組分け掃除機・2
あれから十数年。優生遺伝子保護法は、もはや社会の根幹をなす制度となっていた。政府はその効果を実感し、学生には毎年の検査を義務付けた。毎年何百万もの学生が検査を受けるとなると、かつてのような検査員を確保するのは不可能だった。しかし、この問題は新型の自動去勢検査装置によって解決された。
新型の装置は、片手で持てるほど小型化されたハンディ型。まるでハンディ掃除機のような見た目になっていた。操作も至って簡単で、スイッチを押して男性器を機械に吸い込ませるだけ。まるで掃除機を使うかのような手軽さだ。なお、今回の新型機器には包皮切除の機能は搭載されておらず、去勢処置のみの判断基準となっていた。
政府の方針で、この新型機器は各学校に配布され、生徒の自治的な活動で運用されることになった。学校には「去勢委員会」が設立され、専任の委員とクラス委員が数日にわたり、放課後に男子を処置していく。去勢委員の仕事は年に数日だけで、しかも報酬がつくため、生徒の間でも人気が高かった。クラスで強気で少しヤンチャな女子が、好んで立候補することが多かった。
検査当日はトラブルに備え、複数の自動去勢検査装置が運び込まれる。去勢委員は好きな装置を選んで処置を行う。噂ではメーカーごとに判断基準が異なるとされており、男子の間では様々な憶測が飛び交っていた。
代表的なメーカーの特徴
P社製: 判断基準は甘いらしいが、少し重く、動作も遅い。
M社製: 判断基準は少し厳しい目で、重たい。しかし、大容量回収パックが採用されているので最大5回の去勢もパックの交換なしで行える。
H社製: 小型軽量で処置も高速。好んで使う人が多いが、判断基準は一番厳しい。
B社製: 海外製で大型。大きな性器も無理なく処置できる。割礼の有無で判断基準が違うと噂されており、包皮が残っていると厳しいらしい。
その日、ユウトたちのクラスでは、放課後に行われる去勢検査に5人の男子生徒が残されていた。クラス会の後、去勢委員の女子生徒1名とクラス委員の男子生徒1名、そして該当の男子生徒5名が教室に残り、緊張した空気が漂っていた。
去勢委員のひとりは、金髪に染めた女子生徒で、手に持ったH社製の小型装置を軽々と扱っていた。彼女は男子生徒たちに笑顔で言った。
「じゃ、さっそく始めちゃおっか。ひとりずつ、前出てきてね。早い者勝ちだよー!」
5人のうちの一人、ケンタが意を決して前に出た。彼は成績優秀で運動も得意だったが、噂のH社製に当たることを恐れていた。しかし、去勢委員が手にしているのがH社製であることに気づき、顔が強張る。
「じゃあ、いくよー」
去勢委員は笑顔のまま、H社製の装置をケンタの股間に近づける。ケンタは震える手で性器を装置の挿入口に収めた。スイッチが押され、装置が静かに性器を吸い込む。「スーッ…」というかすかな吸引音と共に、装置はぴたりと動きを止めた。
数秒の沈黙が続く。去勢委員は首をかしげた。
「あれ?なんか止まっちゃった?故障かな?」
クラス委員の男子も顔色を変える。「マジかよ!先生呼んでくるわ!」
その瞬間、装置が「ギュオオオオオオン!!」と強烈なモーター音を唸らせ始めた。
「あ!良かった、壊れてなかったね!」
女子たちはホッとしたように笑い、装置を眺めている。
装置は、内部で何かを粉砕するような「ガリガリガリッ」という音を立てて動いている。ケンタは顔面蒼白になり、歯を食いしばって耐えていた。
「多分、去勢されちゃったね…残念。」
去勢委員が残念そうな声で言う。その声は、同情というよりは、事象を淡々と述べているように聞こえた。3分ほどで全ての動作が完了し、装置が静かになる。ケンタは解放された性器を見た。そこには、何も残っていなかった。
「ハイ終わり!時間がないんだから、次の人呼んできて!」
去勢委員はテキパキとクラス委員に告げ、クラス委員はケンタの無くなった箇所に保護パッドを貼り付ける。ケンタは虚ろな目でその様子を見つめていた。
H社製の装置は回収パックの容量が小さく、交換するのが面倒だった。去勢委員はM社製の装置に持ち替える。
「次はこれねー。こっちはパック交換しなくていいから楽なんだよねー!」
二人目のヒロシは、M社製の装置を手に取り、意を決してスイッチを押した。性器が装置に吸い込まれる。装置はすぐに「ブーーン…」と鈍い音を立てて動き始めた。やがて装置の音が「ガリガリガリッ!」という音に変わり、ヒロシは絶望に顔を歪めた。3分後、装置から解放された彼の性器には、何も残っていなかった。彼は呆然と立ち尽くし、クラス委員に保護パッドを貼ってもらった。
三人目のコウタもM社製の装置で検査を受ける。同じように「ブーーン…」という動作音。彼も去勢処置の対象と判断されたのだろう。「ガリガリガリッ!」という音と共に、コウタの性器は切除された。コウタは絶望に打ちひしがれ、涙を流しながら「嘘だろ…」と呟いた。
四人目のシュウヘイも同じくM社製の装置に臨む。彼の性器は装置に吸い込まれ、「ブーーン…」と動き始める。やがて装置の音が「ガリガリガリッ!」という音に変わり、シュウヘイの性器は切除された。彼は呆然と立ち尽くし、クラス委員に保護パットを貼ってもらう。処置は完了した。
その時、M社製の装置が「ブッ、ブブブッ…」と不規則な音を立てて停止してしまった。
「あれ?どうしたの?」と去勢委員が不思議そうに声をかける。
クラス委員の男子が「これ、故障じゃない?なんか詰まってるっぽい」と指摘した。去勢委員の女子たちは「えー、めんどくさーい!」と言いながらも、パックの交換を試みるが、詰まりはパックではなく装置の内部で起こっているようだった。
「もういいや!次の装置にしよう!」女子たちは諦め、近くに置かれていたB社製の装置に手を伸ばした。
最後の生徒、タツヤは、B社製の装置を手に取った。彼は海外製の装置の噂を思い出していた。「割礼の有無で判断基準が違う、という噂だ。タツヤは幼い頃に包茎手術を受けていたため、他の生徒とは異なり、包皮が全くない状態だった。彼は「これなら開放で済むかもしれない」と、ほんのわずかな希望を抱いた。
去勢委員の女子がタツヤの性器を見て、ニヤリと笑った。
「あれ、あんたズルムケなんだね!もしかしてB社って、剥けてたら判断が甘いんだっけ?違うメーカーにしとく?」
タツヤは顔を赤くし、懇願するような目でクラス委員に視線を送る。タツヤの必死な様子に、クラス委員は去勢委員に向かって言った。
「頼むよ、コイツ、俺と同じサッカー部なんだよ!チンチン無くなって弱くなったら困るから、頼むよ!」
クラス委員の言葉に、去勢委員は少しだけ表情を和らげたように見えた。そして、無言で頷き、B社製の装置を手渡した。タツヤは勇気を振り絞り、B社製の装置に性器を吸い込ませた。「ブーーン…」という鈍い音がする。タツヤは痛みに顔を歪めるが、その後の変化を待っていた。しかし、装置は容赦なく「ガリガリガリッ!」という音に変わった。タツヤの体から、何かが切除される感触が伝わってくる。
タツヤの顔から絶望の色が広がるのを見て、去勢委員とクラス委員の間には気まずい沈黙が流れた。
「多分、切られちゃったね…」と去勢委員がぽつりと呟いた。
「だよな…」とクラス委員も力なく答える。「あの噂、嘘なのかなあ…」
タツヤは「嘘だろ…」と、膝から崩れ落ち、ただ呆然と処置が完了するのを待つしかなかった。
全ての処置が終わり、教室には疲労と絶望の空気が漂っていた。去勢委員の女子たちは、手際よく保護パッドを貼り付けた男子生徒たちを解放し、後片付けを始めた。
「じゃ、私、これ保健室に返しに行ってくるね」
金髪の去勢委員が、使用済みの装置をまとめて抱える。M社製の装置の回収パックは、すでにパンパンに膨らんでいた。
保健室に着くと、彼女は奥にある専用の大型ゴミ箱の蓋を開けた。そこには、すでに回収袋が何個も投げ込まれていた。彼女はM社製の装置のパックを取り外し、中身を直接ゴミ箱に流し込む。
「じゃあね、バイバイ!」
まるでゴミを捨てるかのように、パックの中身がドサリとゴミ箱の底に落ちる。彼女は気にも留めず、空になったパックを装置に戻し、保健室を出ていった。