組分け掃除機 (去勢委員の秘密の遊び)
放課後、学校から少し離れたファーストフード店のボックス席。テーブルの上には、ハンディ型の自動去勢検査装置の説明書と、分厚い『去勢委員マニュアル』が広げられていた。去勢委員の女子生徒、委員長のマユ、クラス委員のハル、そしてミキの三人が、明日の処置を前に話し合っていた。
「いい? 今回はハルとミキが初めてだから、特に段取りが大事よ。検査の時は、必ず『吸引を開始します』と、検査対象者の目をしっかり見て伝えること。不安にさせないように、ってマニュアルにも書いてあるでしょ」マユが厳格に指示を出す。
ミキはスマホを取り出し、SNSの画面をチェックし始めた。
「ミキ!」マユはピシャリと叱った。「男子の運命を決める処置なのよ。真面目にして。あんたも去勢委員になった以上、その重さを理解しなさい」
ミキは不満そうに口を尖らせた。「だって、私たちの仕事は自動去勢装置を押し当てるだけでしょ?判断は自動なんだし、私たちがお行儀よく仕事をしても何も変わらないよ」
マユはため息をついたが、反論はしなかった。
ミキはマニュアルの特定ページを開いた。
「私たち委員が処置をスムーズに行うため、学校はある保証をしていわ、ここよ」
指差した先には、【去勢委員の免責事項】の項目があった。
処置の実施と診断結果の判断は、自動去勢検査装置によって自動的に行われるものであり、去勢委員の皆様の責任は一切発生しません。装置の診断は絶対的なものであり、如何なる疑義も受け付けられません。
「つまり、何があっても私たちの責任じゃないってこと。私たちは、ただマニュアルに従ってスイッチを押すだけ。結果はすべて、この機械の判断」ミキは静かに言った。
「…そうか、機械のせい」ミキはその言葉に潜む無責任な万能感に気づいた。
ミキはスマホの画面をマユとハルの中央に滑らせた。画面に表示されていたのは、刺激的なタイトルのゴシップ記事だった。
これ見てよ!ミキは興奮した声で言った。
『男子には絶対秘密!自動去勢装置の裏技!!去勢委員は必見』
そこには自動去勢装置についての裏マニュアルのようなものが書いていた。
裏技は、測定時の吸引時に挿入口を少しずらして空気が通る空間を確保する方法だって。装置は吸引しながら計測するんだけど、隙間があると十分に引っ張られないから測定値が過小になって、去勢される確率が上がるんだって!
ハルは震えた。「そんな…恐ろしすぎるわ」
マユは、さっきの厳格な顔を消し、冷たい笑みを広げた。「これは、私たちに責任がないからこそ、できる遊びかも。神様のフリができるってことね。明日、試してみたいかも...」
翌日。臨時の去勢検査室。
ミキは、裏技のターゲットとして前夜から決めていた男子生徒カイトの処置を担当した。その手には、噂で判定が厳しいとされている海外製のB社製掃除機。
「組分け検査を開始します」ミキはマニュアル通りに、しかし心臓を早鐘のように打ちながら、カイトの目をしっかり見て告げた。
そして、ミキはスイッチを押す瞬間、裏技を実行した。挿入口を体からわずか数ミリ浮かせる。
ヴウウウウウウウンッ!
B社製の凄まじい吸引音が響く。ミキは、空気の漏れる「スースー」という小さな異音を確かに聞いた。カイトは顔を真っ赤にして、歯を食いしばっている。
吸引が止まり、ヴン……カチッ。次に、運命の判定音。
ピッ……
低い、短い電子音が響き、カイトの顔色が一気に青ざめた。
カチリ。
すぐに次の動作が始まった。吸引音が止まったはずの装置の内部で、まるでミキサーのような高速で何かを砕く稼働音が鳴り響いた。その激しい振動が、ミキの手を伝って、彼女の腕全体に「何かを処理している」という生々しい感覚を伝えた。
カイトは、声にならない悲鳴を上げ、椅子の上で身をよじった。装置は冷酷に処理を続行した。
グィィィィィン……ガタン。
音が止まり、ランプが点滅を繰り返す。
「…処置完了です」ミキの声は震えていた。カイトは何も言えず、諦念の塊のように部屋を出て行った。
ミキは残された装置を見つめた。カイトが去勢されたのは、自分の悪意ではなく、「B社製掃除機の判断」であり、「装置の判断」なのだ。この時ミキのわずかな罪悪感を瞬く間に吹き飛ばした。
彼女たちのゲームは、これから本格的に、メーカー間の性能差を巡る、悪意ある実験へと発展していくのだった。
彼女たちは裏技が本当だったと確信した。次々と男子生徒が処置を受ける
カイトの処置を終えたミキは、残された装置を冷めた目で見つめた。そして、隣に控えていたマユとハルもまた、興奮を抑えきれない顔で、ミキの手元のB社製掃除機を見つめていた。
「すごい…本当に切られちゃった」マユが息を飲んだ。「裏技、本当だったんだ」
ミキの心の中にあったわずかな罪悪感は、「裏技の成功」という確信的なスリルに完全に塗り替えられた。彼女たちの間に流れる空気は、もう「委員の仕事」のものではない。それは、ルールを破って勝利した者だけが味わう、優越感と共犯の熱だった。
そして、その確信は、免責事項によって完全に守られている。「すべては機械の判断」。この魔法の言葉が、彼女たちの行動を正当化するのだ。
「次はハル、あなたの番」マユが告げた。
ハルはまだ顔が強張っていたが、裏技の成功という事実は、彼女の倫理観を突き破るには十分だった。彼女はミキからB社製掃除機を受け取ると、静かに処置席へと向かった。
処置は、次々と進んでいった。
男子生徒たちは、それぞれ異なる緊張を抱えて椅子に座る。ある者は目を閉じ、ある者は天井を見つめる。彼らにとって、この数日間は運命の選別期間であり、去勢委員の女子たちは、その運命を宣告する冷酷な神官だった。
そして、去勢委員の三人は、秘密の裏技を使うかどうかの冷酷なジャッジを、一瞬で下していた。
気に入らない男子には、吸引口をわずかに浮かせる裏技。
見た目が地味で、問題を起こしそうにない男子には、マニュアル通りの処置。
あえて判定が甘い噂のP社製を、裏技を使って試し、その限界を測ろうとする実験的な試み。
彼らがどのメーカーの掃除機を当てられるかは、完全に委員の気分次第だった。
「次はM社製で試すわ」ミキは心の中で決めた。M社製は判定が少し厳し目という噂だが、大容量パックで連続使用できるため、処置数が多い時には重宝される。
処置席に座った男子は、いつもクラスで大人しいタカハシだった。
ミキはM社製掃除機を手に取り、タカハシの体には密着させず、わずかな空間を空けたままスイッチを押す。
グウウウンッ…!
M社製の吸引音はB社製よりやや低い。ミキは吸引力から伝わる振動に集中する。裏技による空気の乱れが、果たして判定を狂わせるか。
五秒後。
ピッ……
低い電子音が響き、タカハシの顔が強張った。そして、
カチリ。
グィィィィィン!
ミキの手元でミキサーのような稼働音と振動が再び起こり、タカハシは椅子の上で小さく呻いた。
(やった…また成功)
ミキは、男子の人生を弄んだという事実よりも、システムを出し抜いたという勝利の快感に酔いしれていた。ハルもマユも、その冷たい興奮を共有していた。彼女たちにとって、去勢検査はもう退屈な仕事ではない。
それは今や、彼女たちが男子の運命を、そして自分たちの優越感を感じるための、完璧な武器となっていた。そして、誰もその冷酷なゲームを疑う者はいなかった。