男根鍬
「男根鍬」。
はるか古代、人類が鉄器を扱い始めた頃に、性犯罪者へ課された古い刑罰である。鍬の柄を直径1.5cm程に加工し、受刑者の亀頭から尿道へ挿入する。柄を陰茎の半分の長さまで挿入したら、カリ首の辺りに楔を打ち込み、貫通させて固定する。これで「男根鍬」の服役が開始する。
なお、これらの作業は全て、その村でも最も容姿、体形の優れた女たちによって行われた。特に、乳房が顔を隠せるほど丸く大きく、肉づきの良い女が選ばれた。理由は二つ、受刑者を解放できない性欲に苦しませるため、そして、受刑者の陰茎を膨張させ、鍬を埋め込む際の隙間をなくすためであったという。
受刑者は、自らの陰茎に埋め込まれた鍬を用いて耕作を強いられる。逃亡を試みた者もいたが、鍬が足枷となりすぐに捕まってしまい、陰茎を半分の長さに切り落とされ、鍬を再度埋め込まれたそうだ。
受刑者がまず苦しむのは、「尿意」だった。尿道が鍬の柄によって塞がれているため、放尿をしようとしてもせき止められ、限界まで膨張した陰茎に激痛が走ったという。陰嚢の裏に孔を開けることのみで、排尿することを許され、立って排尿することは二度とできなかった。苦痛に耐えられず陰茎を自ら切り落とす者もいたが、今度は陰茎の根本に鍬が埋め込まれていたという。
受刑者は、就寝にも苦しんでいた。宙に浮く寝袋に入り、地面に垂直になって寝ることが決まりであった。さらに、鍬を寝袋の中に収めることができなかったため、鍬の全重量は受刑者の陰茎にのしかかっていた。受刑者の多くは、牽引された陰茎が肥大化するのみであったが、牽引に耐えきれず千切れてしまい、陰茎の半分を失った者もいたという。
性欲を処理することもままならなかった。先端に鍬の埋め込まれた陰茎では以前のような自慰行為は叶わず、仮に射精に成功したとしても、精液は地面に放たれるだけであった。
日々の耕作と就寝によって陰茎が肥大化すると、次第に寝袋から地面まで、鍬が届くようになる者が増えた。そのような受刑者は、柄の長さを短くすることで、再び地面に届かないようにされていた。
それを繰り返していくうちに陰茎が著しく肥大化した者は、鍬の柄が取り外され、鍬の刃が直接陰茎に埋め込まれるようになった。
さらなる陰茎の肥大化を繰り返し、いよいよ寝袋から地面に陰茎が届いた者は、鍬を取り外し解放の身分となった。
一般社会に帰った受刑者は、「男根の長」として崇められていた。脚よりと長く、たくましい陰茎に多くの女が見惚れ、一夜を過ごしたという。
しかし、「男根の長」はどの女も孕ませることができなかった。カリ首に埋め込まれていた楔は癒着しており、完全に外すことはできず、立派な陰茎の先から放たれると思われた子種は陰嚢の裏の孔から吐き出されるばかりだったのだ。
この屈辱に耐えられなかった「男根の長」は、自ら陰茎を切り落とし、死を選んだという。
この刑罰は現代にも伝承され、男根に埋め込まれた鍬を振るい続ける者もいるのだとか。