トイレでの再会〜ある男と小便器〜
みんなはオシッコをしたことが⋯あるよな、さすがに。
立ったままでも、上手にできる?
え?
チンチンなんて、あるわけないじゃん?
使ったら便座を戻しておけ?
そうだよな。
世の中の大半の人はそうだろうから、それはそれでいい。
でもさ。
もし付いているなら大切にしろよな。
ところで俺の場合は⋯
◆
深夜に帰社して、駐車場のトイレで用を足していたときだ。
誰かが隣に並んだので、反射的に声をかける。
「お疲れさまです⋯ってはあ?」
「『は?』じゃないわよ。ちゃんと言うことがあるでしょう?」
相手は久しぶりに顔を合わせた派遣の事務員だ。
何のことか心当たりがない。
恋人として付き合った覚えなどはないし、もちろん連れションをする仲ではない。
目の前の窓枠には誰かが置いていった備品が並んでいる。
そいつは灰皿を手に取ると、くわえたタバコに火をつける。
いちいち咎める立場でもないし、構わずアサガオに小便を注ぎ込む作業に集中する。
「うわ、普通に出てるし!アタシに全然反応しないなんて失礼ね。それとももうあの娘のモノなの?」
これを女の中に受け入れてもらうアテはない。
だからその「あの娘」には会ってみたい気がするが、この話に深く関わりたくはない。
だって女の発言としてはいろいろおかしいし、だからといって男のセリフでもない。
それに一応男女共用ではあるが、常に大が小を兼ねる奴ならこのコーナーに用はない。
どうせ自分は見せられないだろうに、ひとのモノばかりをジロジロ見やがる。
こらえかねて、俺は口を開く。
「いい加減にしろよ。俺から『一緒にしようぜ』とでも言ったってか。ありえないだろ。女装でもしているなら別だが、それはそれで俺の趣味じゃねえ。」
「そういうのはもういい。なんて言えばいいんだろう。アレの持ち方は人によって違うし、別に何かを押し付けたいわけでもないし。」
話の筋が見えないが、要するに溜まってたものを俺に吐きだしたいのだろう。
「だからそういうことするなら、ちゃんと振って欲しいのよ。自分ではできないけど、簡単にキレたりはしないし⋯」
さっきより表情が晴れてきたので、タバコを消したところまでで切り上げてもらう。
「じゃあな。お前の用もさっさと済ませて、気をつけて帰れよ」
彼女がどうだか知らないが、俺のほうはスッキリしている。
先端の皮を戻しながら、きびすを返す。
散々見られたので今更だし、早くこいつの視界から消えたい。
「ちょっと!これで終わり?信じられない!」
「俺はいつもこんなものだ。一応振ったし、こいつはキレがいいからな。」
自分の後始末に手間がかかるのは確かだろうけど、具体的にどんなものを持っているとかいないとかなどどうでもいい。
「へえ、便利でいいわねえ。こんなに小さい包茎のくせに。昔のアタシはチビでボーイッシュだったからさ、『まだ届かないのね?』とかさんざん⋯って、そうじゃなくて!」
「触ったら手を洗えってか。ご忠告、ありがとよ。」
さすがに面倒くさくなったので、追い払うように手を振る。
「ひっどーい!こっちは真剣なのに!それなら、#####⋯」
意識が一瞬飛んだ気がしたが、深く考えても仕方がない。
マジで手ぐらいは洗っておこうと思い洗面所に行く。
そういえばと思って周りを見渡す。
いつのまにか女の姿が消えている。
しかしその顔は鏡の中にあった。
それから5年とちょっと。
あれこれ大変だったが、なんとか正社員の職にありつくことができた。
今は下っ端ながら、自分の身体の頃に近い仕事をしている。
そしてある日。
深夜に帰社して、駐車場のトイレで用を足⋯せなかった。
この時間だというのに、ひとつしかない個室はふさがっていた。
ついでに小便器や洗面台も埋まっていたが、会食帰りか何かの集団だろうか。
仕方ないので、外で待っていたときだ。
誰かが後ろに並んだので、反射的に声をかける。
「お疲れさまです⋯っておい!」
既視感がある状況だが、それより⋯
「ちゃんと説明しろよ!」
今回はこちらから訊く。
そいつは肩にかかるくらいまで髪を伸ばして、アイドルのような化粧をしている。
風貌はかなり変わったが、その顔に見覚えがあるどころではない。
おそらく中身はこの身体の持ち主だろう。
「えっと、説明と言われても⋯。あんたになってから、一旦休職して復帰したら⋯」
少しうわずっているが、懐かしい本来の声。
それにわけのわからない切り出し方をする相手も相変わらずだ。
やがて中にいた人達が出てきたので、話は中断になる。
軽く会釈を交わしたが、全員ではない。
「でも小は空いたのか。やっぱり速いな。」
思わずつぶやいたその言葉に、目の前の相手が反応する。
「それならお先にどうぞ。元のアタシって女装した男なんでしょう?」
そんなことを言ったような言わなかったような⋯
あのときの会話を脳内で再生してみる。
それで最後はたしか、
「#####!」
無意識に例の呪文のような言葉を口にする。
気がつくと、目の前を女が歩いていた。
さっきまでの俺の姿だ。
本当に便器を選べるはずがないその身体は、空いたブースの中に吸い込まれる。
あんな状況だったが、当然普通の女だ。
胸の膨らみはたいしたことがないが、色の濃い部分の存在感がすごかった。
それが男のものであるわけがない。
それにしても頭がうまく働いてくれない。
少し考えて水分を控えていたようだと思い当たる。
それなのに尿意は経験したことのないレベル。
そのせいなのかムラムラとしていて、出口が閉まりそうな感覚がある。
しかしその部分が自己主張している様子はない。
今のうちに済ませておきたい。
幸い大のほうはまだ大丈夫そうだ。
それならあいつのほうこそ、さっき済ませておけばよかったろうに。
だが俺もあの尿道口に外付けの器具か何かを当ててまでしてみたいとは思わなかった。
元が女だとそれと似た感覚かもしれない。
そんなことを考えながらも足早に小便器の前に駆け寄ると、レディススーツのスカートをたくし上げて固定する。
ご丁寧にパンストまではかされているので、伝線に気をつけながら膝の上あたりまで下ろす。
なんと下着まで女物だった。
急いでいるというのに、戻ってきたはずのホースのことなど何も考慮されていない。
それにしても俺の身体で女装するなんて、よほど根に持ってたんだなと苦笑する。
それでもこのあたりまではかなりのんきに構えていた。
とりあえずショーツの上から手を入れてみる。
蒸れて肌に張り付いていたが、剥がすようなイメージでめくる。
内側に入った空気が毛の生えた部分に当たって少し気持ちいい。
その毛も以前はゴワゴワしていて、脚やら腹やらにもあった体毛と繋がっていたはずだ。
それを洋式便器に座った時に見えるかどうかというくらいに整えてある。
手入れをすること自体は別に構わない。
問題は久しぶりに触ったらそうなっていたものだから、その部分の位置関係がよくわからないことだ。
いや、そんなことがあるのか。
長いことハンズフリーでやっていたとはいえ、奥まで手を突っ込めばさすがに探しているモノを取り出せるはず。
焦って手に力が入る。
すると指先が何かに挟まれる。
多少いびつではあるが、経験のある感触に俺は青ざめる。
慌ててショーツの横を引っ張りながら、脚の間を広げる。
膝と腰を曲げて覗き込むと、普段トイレでペーパーを当てている部分と変わらない。
「どうして俺の身体にチ、チンチンがない⋯んだ?」
もともと回っていなかった頭がさらに混乱して、簡単に受け入れることなどできない。
でも「ω」の形に膨らんでいる皮膚は目立たないこともあったはずだ。
それにこのあたりは全体的に伸び縮みしたはず。
それなら縮んでどこかに隠れたかあるいはあいつが隠したと信じて、茂みの生え際をまさぐってみる。
そのとき俺の古い記憶にはない部分がこすれてしまい、敏感に反応する。
「アン!」
その刺激が脳に伝わるとともに、ついに膀胱が決壊した。
飛び出した尿が本来の男の構造では狙えないであろう場所に着地する。
目の前の便器に向かって腰を突き出してみるが、受け止めてくれるわけもない。
今度は必死に止めようとしたが、一瞬水流が弱まっただけだ。
とっさに腰を落としたあとは、自分の意思とは関係なく垂れ流すばかり。
しかもだんだん勢いが強くなって、床に濃い色の水たまりが広がっていく。
股の底が振動し、耳にも感覚が伝わってくる。
それが別のところから聞こえたものと重なり、そちらの音の主も気づいたようだ。
「本当にそんな趣味があったんだ。あんたが自慢してた便利グッズの新しい性能はどう?」
「性能って、お前!今すぐ返せ!勝手に切り落としやがって!」
だがこのあとドア越しに返ってきた答えに俺は絶望する。
「そうじゃないわよ。最初はそのまま使ってみたの。でもね、アタシには向かない仕様だったから、お医者さんに加工してもらっちゃった。『女のおチンチン』ってやつのかわりになるようにね。」
⋯ということは⋯
「イったときの快感はクセになると思うわよ。白いアレを飛ばしたりはしないから、いつまでもヤッていられるし。そりゃそうよね、もうタマがないんだもん。」
この女は自分の持ち物でしていたようなひとり遊びができればそれでよかったんだろうが、俺は⋯
「せめて一度くらい⋯できるうちに女とそういう経験をしておけばよかった。」
泣きそうな声で俺はつぶやく。
「なあんだ、童貞だったんだ。でも残念、もう卒業は無理ね。まあ、彼氏でも見つけてよ。」
先に止まったのかペーパーホルダーをカラカラと鳴らしながら軽い口調で言う。
そのまましばらく呆然としていたが、下着を戻して出口を隠す。
自分の用が完全に済んだ女が、そばを通ったのだ。
こちらに見下すような視線を投げたあと、手を洗いながら言う。
「スカートの自称男が職場で立ちションしようとしておもらし?そんなのただの変態じゃん。誰かに見られたら、あんたもうクビかもよ。」
こいつのせいで人生を棒に振るなんて。
そんなツいていないことは勘弁してほしい。
そして手元に振る棒が付いていないという最悪の現実。
「そこまでじゃなくても、ノーパンで帰るのは確定よね。せめておマ⋯じゃないのか、おチンチンもどきのまわりについたオシッコだけでもすぐに拭いておけばよかったのに。」
「思いがけず、せいせいしたわ。最初は他の女に取られるのが悔しかっただけなんだけど。」
お前の片思いなんて俺に分かるわけ⋯。
今更どうでもいいのか。
金輪際そういう関係になることはないだろう。
「でもからかってくれたんだから、このくらいの”お礼”をしたほうがいいわよね。」
最後にそんな独り言を残して去っていった。