トイレでの再会(改)
深夜に帰社して駐車場のトイレで用を足していたときのことだ。
誰かが隣に並んだので、反射的に声をかける。
「お疲れさまです⋯ってはあ?」
「『は?』じゃないわよ。ちゃんと説明してよ!」
相手は久しぶりに顔を合わせた派遣の事務員だし、何のことか心当たりがない。
もちろん連れションに付き合ってもらういわれはないし、恋人として付き合っているとかそういうこともない。
そいつは目の前の窓枠に誰かが放置している灰皿を手に取ると、くわえたタバコに火をつける。
俺は別に注意する立場でもないし、構わずアサガオにションベンを注ぎ込む作業に集中する。
「うわ、普通に出てるし!アタシに全然反応しないなんて失礼ね。それとももうあの娘のモノなの?」
その“あの娘”というのに興味はあるが、今のところはこれを女の中に受け入れてもらえるようなアテはない。
それに普通の女のセリフとしてはいろいろおかしいし。
「ああ、そうか!女装でもしているのか。それなら俺の趣味じゃねえよ、悪いけど。」
一応男女共用ではあるが、常に大が小を兼ねる奴ならこのコーナーに用はない。
どうせ自分は見せられないくせに、俺のをジロジロ見やがって。
「じゃあな。お前もさっさと済ませて、気をつけて帰れよ」
本当にするつもりがあるかは知らないが、俺のほうは出し切った。
先端の皮を戻しながら、きびすを返す。
散々見られたので今更だし、早くこいつの視界から消えたい。
「ちょっと!これで終わりっておかしいでしょ?」
「あん?一応振ったし、こいつははキレがいいからな。」
相手がどんなものを持っているとかいないとかなどどうでもいいが、俺より後始末が楽ということはないだろうな。
「へえ、包茎のくせに便利ねえ。しかもこんなに小さいのに。いや、そうじゃなくて!」
「ああ、触ったら手を洗えってか。ご忠告、ありがとよ。」
さすがに面倒くさくなったので、追い払うように手を振る。
「ひっどーい!要するに別れる気がないのね。それなら、最後の手段!」
「#####⋯」
一瞬意識が飛んだ気がしたが、深く考えても仕方がない。
マジで手ぐらい洗っておこうと思い洗面所に行く。
そういえばあの女はもういない。
しかしその顔は鏡の中にあった。
それから5年とちょっと。
あれこれ大変だったが、なんとか正社員の職にありつくことができた。
今は下っ端ながら、自分の身体の頃と近い仕事をしている。
そしてある日。
深夜に帰社して駐車場のトイレで用を足⋯せなかった。
この時間だというのに、ひとつしかない個室はふさがっていた。
ついでに小便器のほうも埋まっていたが、会食か何かの帰りだろうか。
仕方ないので、建物の外で待っていたときのことだ。
誰かが後ろに並んだので、反射的に声をかける。
「お疲れさまです⋯っておい!」
既視感がある状況だが、それより⋯
「ちゃんと説明しろよ!」
今回はこちらから訊く。
そいつは肩にかかるくらいまで髪を伸ばして、アイドルのような化粧をしている。
風貌はかなり変わったが、その顔に見覚えがあるどころではない。
おそらく中身はこの身体の持ち主だろう。
「えっと、説明だったわね。あんたになってから、一旦休職して復帰したら⋯」
少しうわずっているが、懐かしい声。
それにわけのわからないところから切り出すのも相変わらずだ。
ここまで聞いても全然わからなかったが、外に出てくる人がいるので話を中断する。
軽く会釈も交わしておく。
「小は空いたのか。やっぱり速いな。」
思わずつぶやいたその言葉に、目の前の相手が反応する。
「それならお先にどうぞ。元のアタシでも使えるんでしょう?」
そういえばそんなことを言ったような言わなかったような⋯
あのときの会話を脳内で再生してみる。
それで最後はたしか、
「#####!」
無意識に例の呪文のような言葉を口にする。
気がつくと、目の前を女が歩いていた。
さっきまでの俺の姿だ。
便器を選べるはずがないその身体は、ブースの中に吸い込まれる。
あんな状況だったしあいつにはいろいろ言ったが、当然物理的には普通の女だ。
それに胸の膨らみはたいしたことがないが、色の濃い部分の存在感がすごかった。
それが男のものというのはありえないだろう。
それにしても水分を控えていたのか、頭がいまいち働かない。
それなのに俺のほうの尿意は経験したことのないレベル。
そのせいなのかムラムラとしてきて、出口が閉まりそうな感覚がある。
しかしその部分が自己主張している様子はないので、今のうちに済ませておきたい。
幸い大のほうはまだ大丈夫そうだ。
それなら彼女のほうこそ先に済ませておいて欲しかったが、元が女だから抵抗があったのだろう。
俺もあの身体で外付けの器具か何かを使ってみようとは思わなかったし、それと似た感覚だったのかもしれない。
そんなことを考えながらも足早に小便器の前に駆け寄ると、スカートをたくし上げる。
さらにパンストまで履かされているので、伝線に気をつけながら膝の上あたりまで下ろす。
しかも中の下着まで女物。
俺の身体で女装するなんて、よほど根に持ってたんだなと苦笑する。
それでもこのあたりまでは結構呑気に構えていた。
とりあえずショーツの上から手を入れてみる。
蒸れて肌に張り付いていたが、剥がすようなイメージでめくる。
内側に入った空気が毛の生えた部分に当たって少し気持ちいい。
その毛も以前はゴワゴワしていて、足やら腹やらにも生えたそれと繋がっていたはずだ。
それを洋式便器に座った時に見えるかどうかというくらいに整えてある。
手入れをすること自体は別に構わない。
問題は久しぶりに触ったらそうなっていたものだから、その部分の位置関係がよくわからないことだ。
いや、そんなことがあるのか。
長いことハンズフリーだったとはいえ、奥まで手を突っ込めばさすがに探しているモノを取り出せるはず。
焦って手に力が入る。
すると指先が何かに挟まれる。
多少いびつではあるが、経験のある感触に俺は青ざめる。
慌ててショーツの横を引っ張りながら、中身を露出させる。
最近見慣れてしまったものと同じようになっているが、もともとあったものをそこに隠しているだけであってほしい。
空いた手で茂みの付け根をまさぐっているうちに、特に敏感な部分をこすってしまった。
脳に伝わる刺激とともに、ついに膀胱が決壊した。
飛び出した尿が本来の男の構造では狙えないような場所に着地する。
これでは目の前の便器が受け止めてくれるわけがない。
必死に止めようとするが、俺の意思とは関係なく垂れ流されていく。
しかもだんだん勢いが強くなって、床に濃い色の水たまりが広がっていく。
俺の股の底が高い音を出して、別のところから聞こえたものと重なる。
そちらの主も気づいたようだ。
「うわあ、そんな趣味に目覚めちゃったんだ!」
個室の中から聞こえる声に俺は絶望する。
「でも気をつけてね。あの日あんたが摘んでたところをお医者さんに加工してもらったから。『女のおチンチン』ってやつのかわり。」
⋯ということは⋯
「興奮しても白いアレが出たことはないわよ。そもそもタマもないしね。」
あいつは自分の持ち物でしてたようなひとり遊びができればそれでよかったらしいが、俺は⋯
「せめて一度くらい⋯できるうちに女とそういう経験をしておけばよかった。」
泣きそうな声で俺はつぶやく。
トイレットペーパーをカラカラ鳴らしながら、相手はさらに追い打ちをかける。
「なあんだ、童貞だったんだ?残念だけど、もう卒業は無理ね。」
しばらくして自分の用が完全に済んだ女が出てくる。
こちらに視線を投げたあと、手を洗いながら言う。
「その姿で立ちションしようとしておもらしなんて、傍目にはただの変態ね。ここに人が来たら、あんたもうクビかもよ。」
こいつのせいで人生を棒に振るかもしれないなんて、本当にツいていない。
「そこまでじゃなくても、ノーパンは確定よね。とりあえずおマ⋯じゃないわね、おチンチンもどきのまわりについたオシッコだけでも拭いておいたら?」
そのうえ手元に振る棒が付いていないという最悪の現実。
「思いがけず復讐が成功しちゃった。なんかせいせいしたわ。」
最後にそんな独り言を残して去っていった。