乃雅のトイレ事情
休み時間の男子トイレは、常に無防備な肉体の放熱で満ちていた。
小便器の前に並び、背中を丸めて立位のまま放尿する同級生たち。
前方にむかって放物線を描き、水を穿つ彼らの背後を、乃雅は音もなくすり抜ける。突出した器官を持ち、尿線を意のままに制御できる者たちの無邪気な連なり。
その強固な共通から物理的に排除された彼は、迷わず一番奥の個室へと滑り込んだ。
扉を閉め、つまみを回す。
カチャリ、と硬質な金属音が響いた。
その微小な響きひとつで、外側の喧騒は遮断される。
男社会の視線から、自らの股間に広がる「空白」を死守するための、強固な防壁が完成した瞬間だった。
乃雅は静かにズボンとパンツを下ろし、和式便器を跨いで深く腰を落とした。
蹲踞(そんきょ)の姿勢をとると、剥き出しになった大腿の内側に、トイレの湿った冷気が触れる。
彼の股間には、突出した肉塊も、それを収める嚢(ふくろ)も存在しない。
あるのは、白く平坦な恥丘から会陰にかけて縦に走る、一本の淡い縫合痕だけである。
大陰唇の膨らみも、女子にあるべき陰裂もない。
完璧な「空白」。
その静謐な皮膚の末端、かつて肛門との間に穿たれた、会陰部尿道口が便器の暗がりに向けて開かれている。
下腹部の緊張を、静かに緩める。
突出部を持たない肉体において、排尿は前方に放射されるのではない。
括約筋が開くと同時に、温濁たる液体は会陰の傾斜に沿うようにして、真下へと滑り落ちた。
ジョボジョボという、男子特有の水を叩く激しい音はしない。
尿は陶器の斜面を静かに伝い、微かな、しかし確かな糸となって奥の死角へと吸い込まれていく。
個室の外からは、水洗の轟音や同級生たちの乾いた笑い声が途切れ途切れに聞こえてくるが、乃雅の耳には、自らの内側から零れ落ちる液体の、かすかな摩擦音だけが純粋に響いていた。
それは、惨めな隠蔽ではなかった。
俗世の基準から完全に孤立した密室のなかで、乃雅は自らの「神聖な空白」と冷徹に向き合っている。
この起伏のない滑らかな平地こそが、他者に侵されない彼の領土であり、やがて新たな生命を穿つための、潔癖な祭壇そのものであった。
排泄を終え、衣服を整える。
再びつまみを回す金属音が鳴れば、外側の世界へと戻らねばならない。
しかし、下腹部に残る僅かな熱量だけが、彼の中に厳然と存在する聖域の輪郭を、静かに主張し続けていた。