2010年去勢の旅(1)◆去勢人間ドック
2009年1月、業界トップのさくら生命やみずほ生命をはじめとする国内の7つ生命保険会社は、病気と死亡の確率に対する厳密な算定の結果として、去勢している男性の保険料の20パーセント引き下げを発表した。
そのころ、保険や金融系を始めとした大企業も、独自の調査結果で、去勢男性の業務処理効率が優れているという調査結果に基づき、20歳台の未婚の男性社員が去勢処置を受けた場合の給与の加算措置を始めた。この動きは他の企業にも広まり、2009年10月に、大手電子機器メーカーのNETが労働組合に提示した加算率は、睾丸摘出者が5%加算、陰茎を含む全性器切除者が15%加算となっていた。コンピューター業界トップで高賃金のNETでの、この破格の加算は、大きな話題になった。2010年4月からは、大手自動車会社や電力会社でも、給与の加算はないものの、健康保険組合が人間ドック並の経費補助を始めた。
このような流れの中で、各生命保険会社は、男性の去勢希望者の増加に対応して、自前の人間ドックに併設するなどして、去勢施設の設置を始めた。さくら生命の施設は主要都市に展開され、特に、2010年3月に開設された、東京日本橋のビルにあるさくら生命の「東京健康増進センター去勢科」は、特に大規模なので有名になった。
「去勢人間ドック」とも呼ばれる「東京健康増進センター去勢科」は、ビルの11階にある。10階は普通の人間ドックで、その上のワンフロア全部が「去勢科」だ。
エレベーターを降りて入口を入ると、靴をスリッパに履き替える。中は待合室で、申込用紙を書く記載台があって、正面には受付カウンターがある。
ちょうど今、さくら生命の契約者でNET社員でもある中野翼と加藤大地が手続きをしている。2人とも24歳、大学在学時からの友人で、入社後に2人とも東北地方の支店に配属。昨日から東京出張で、今日は仕事明けなので、上京のついでに去勢してから帰ろうと考えて、いっしょにやって来たわけだ。
予約は不要で、料金は、睾丸摘出が2万円、全性器切除が4万円。ただし、さくら生命保険加入者はどちらも5000円、それ以外でも契約企業の社員は、企業や健康保険組合の負担で、無料だったり割引があることが多くなっている。
彼ら2人も、カウンターの女性に保険の証書と社員証を見せて、無料取り扱いの手続きを済ませた。
2人は受付を済ませて待合ロビーのソファーに腰を下ろす。まもなく奥の扉から、「中野翼さん、加藤大地さん。」と名前が呼ばれた。
2人が扉を入っていくと、係の女性が検査衣を持って待っていた。
「お2人とも更衣室で服も下着も全部脱いで、これに着替えてください。身に付けているものは全部外してください。」
翼に緑色の検査服を渡しながら言った。
「まず中野翼さんですね。中野さんは睾丸摘出をご希望ですので、上下別れたこの服になります。上は着物のように着て、前を紐で結んで下さい。下は普通にパジャマのように履いて下さい。前の4ヶ所のスナップを外すと開いてしまいますので、ご注意ください。」
続いて、大地にオレンジ色の服を渡しながら言った。
「加藤大地さんですね。加藤さんは全性器切除をご希望ですので、この浴衣のような服になります。前がはだけやすいのでご注意下さい。パンツをはいていませんから。では、更衣室はこの扉の向こうです。」
2人は更衣室で素っ裸になって、ロッカーに服と持ち物を全部入れた。2人ともちょっと細い体格だが筋肉質で、皮膚のつやもよく美形なので、さぞ女性にもてただろうと思われる。
作務衣か甚平のような緑色の検査衣を着た翼と、浴衣のようなオレンジ色の検査衣を着た大地が、更衣室を出ると、そこは診察待合所だった。そこには15人ぐらいの先客がベンチタイプのシートで待っていた。睾丸摘出希望者の緑の検査衣が5人、全性器切除希望者の検査衣が10人、若い青年が多いが、40代、50代に見える男性も混じっている。
企業によって補助対象年齢は違うし、生命保険の割引は年齢が高くてもOKなので、別に不思議はないのかもしれない。
名前を呼ばれると、血圧などの測定があってから検尿だ。検尿用のトイレでの小用が、大地にとっては、生涯最後の立小便になるはずだ。
続いて問診。聴診器などを当てて、手術に特に問題ないかどうかを医師がチェックする。2人も順番に呼ばれる。
医師も、「悪いところはないですね。」といった、ごく簡単な問診をしただけ。ただし、全性器切除希望の大地は、診察台に寝かされ、検査衣を捲り上げて陰部もしっかりチェックされた。大地の陰茎を摘み上げた医師は、その長さにちょっと感心して、「ほお」と声を上げていた。2人とも無事に診察が終わって、入ってきたのとは別の扉から次に進んだ。
診察室から先は、また別の待合室があった。入ってきた方向と反対側の待合室の正面には、AからEまでの番号を振った手術室の扉があり、手術室Eの右側には、1から3の番号を振った扉がある。
まもなく大地の名前が、1の扉から呼ばれた。そこは剃毛室で、診察台に仰向けになった大地の検査衣の前がめくられ、看護師によって、加藤君の陰嚢、陰茎、デルタとも全部ツルツルのパイパンにされてしまった。
待合室に戻ると、次は2の扉から呼ばれた。そこには向こうを向いた和式便器があって、大地がそこにしゃがむと、看護師がオレンジ色の検査衣のスソを後ろからめくり上げて、天井のフックのクリップで挟んだ、露になったお尻に看護師は、先端がL字に曲がった浣腸器を当てた。浣腸液が全部注入されると、看護師が{5分間我慢して下さい。」と言って、タイマーをセットした。大地が、我慢の限界だと思った丁度そのとき、ブザーが鳴ったので一気に排泄してしまった。看護師がしっかり後ろで確認していたが、気にする余裕は無かった。肛門周りを紙で拭いてから、浣腸室を後にした。
最後に呼ばれた3の扉の奥は、シャワー室だった。大地はオレンジ色の検査衣を脱いで棚に上げ、全身シャワーを浴びた。剃毛と浣腸で少し汚れた身体も、これでさっぱりすることができた。
翼がシートに座って見ていると、1から3の扉の部屋に呼ばれるのは、みんなオレンジ色の検査衣の男性ばかりだった。つまり、全性器切除希望者だけが、剃毛や浣腸をするらしい。
一方、AからEの手術室のうち、Aに呼ばれるのは、緑の検査衣の男性だけ。どうやらAが、睾丸摘出専門の手術室のようだ。呼ばれる間隔も10分から15分に1人づつで、あまり時間がかからない様子である。
BからEの手術室は、1から3の部屋で、剃毛や浣腸を済ませた、オレンジ色の検査衣の男性が入っていく。翼がこの待合室に入ったとき、ちょうどCの手術室に人が入っていったが、1時間ほどしてようやく同じ手術室に、次の男性が呼ばれた。他の3室は、まだ1人入っていっただけだ。
大地が3の部屋からシャワーを浴びて出てきた。オレンジ色の検査衣の前をちらっと開けて、翼にパイパンの前陰部を見せた。
この待合室に入ったとき6番目だった翼が、自分の順番はそろそろだと思っていると、Aの手術室から、「中野翼さ~ん。」と呼ばれた。
翼は大地に、「じゃあ、お先に。」と声を掛けて、手術室に入った。
Aの手術室は6畳間ぐらいの大きさだった。中には、医師と看護師は1人づつ待っていた。医師の指示で、中央のベッドに仰向けに寝ると、看護師が翼の手首と足首と胸のあたりを、革のベルトで縛り付けた。
看護師が、翼の緑の検査衣のズボンのスナップを外した。すると、翼の性器が露出した。看護師は、ハサミと剃刀で、翼の陰嚢の中心部の毛を剃り落とした。
医師が、翼の陰嚢の周囲に、いくつも部分麻酔の注射を射つと、翼の股間部の感覚が無くなってきた。医師が手袋をした指先で陰嚢を弾いて、「いいかな。」と聞いたが、無感覚だ。
医師は、メスを持ってきて、先ほど看護師が剃毛した部分に切れ目を入れる。メスを動かしていくと、白い睾丸が顔を出すので、医師がそれを摘んで引き出した。一緒に出てきた精索を、すぐにメスで切断する。反対側の睾丸も同じように処理された。
続いて、陰嚢の傷が縫合され、バンソウコウが貼られる。看護師が翼の検査衣のズボンのスナップを元通りにした。こうして10分ちょっとで、翼の去勢処置は完了した。
手術室の反対側が出口だ。その先はリラックスルームで、フルリクライニングのソファーや、横になれるベッドなどが用意されている。緑色の検査衣の睾丸摘出者だけじゃなくて、オレンジ色の検査衣の全性器切除者もたくさんいる。
ここは、利用時間は無制限で、片隅のスナックコーナーには、無料の軽食も用意されていて、希望すれば一晩泊まることもできる。現に手術範囲が広い全性器切除者は、日帰りしない人も多いそうだ。
翼はここで、大地を待つことにした。
大地は、翼から30分ほど遅れて、Eの手術室に呼ばれた。その間にAの手術室に次の男性が入って入ったので、翼の手術は終わったんだということは分かった。
Eの手術室は、15畳ぐらいの広さがあった。医師も看護師も2人づついた。大地は、最初に右側にあるベッドに、横向きになって体を丸めるように言われた。そのとおりにすると、看護師が大地のオレンジ色の検査衣の背中を捲り上げた。
医師に1人が注射器を持ってきて、大地に腰椎麻酔を施した。続いて、手術室の中央にある産婦人科で使うような手術台に移された。下半身が痺れかけているので、看護師に手助けしてもらって乗り移ると、両脚の膝の裏と足首が、空中に設置された台の上に載せられ、足首と膝、手首、胸部が革ベルトで固定された。
大地の検査衣は下半分がはだけて、肛門から臍までの下腹部が完全露出した。剃毛を済ませているのでパイパンだ。看護師が大地の尿道に、ゴムのカテーテルを挿入した。
医師が、麻酔が効いてきたのを確認してから、メスを大地の陰茎の腹部側の根元に突き刺した。そのまま円を描くように、腹部の皮膚を切り裂いていく。陰嚢全体も陰茎と同時に切除するので、メスは陰嚢の皮膚の上を進んでいった。こうして性器の周りをメスが一周すると、今度は腹腔内の陰茎の根元が切られていく。保険の割引の条件として、陰茎は根元も全く残さずに完全に取り除かれるのだ。
陰茎脚が骨盤がら切り離されると、尿道が途中で切断され、肛門の方に誘導され、大地の会陰に新しい尿道口が作られた。睾丸は当然二つとも摘出され、陰嚢も一部の皮膚を残して切除された。
大きく開いた傷口は、陰嚢の残った皮膚を伸ばして縫い合わされた。傷口の縫い目は、ちょうど縦棒が短いYの字になっている。大地の下腹部全体に包帯が巻かれ、新しい尿道口から出たカテーテルの先には、小水を受ける蓄尿袋が取り付けられた。下半身麻酔がまだ効いていて歩けないので、大地の身体は車椅子に移され、看護師に押されて手術室を後にした。
大地がリラックスルームに現れると、翼が素早く見つけて寄ってきた。看護師は大地を車椅子からベッドに移して、カテーテルや傷口に対する注意事項を説明した。麻酔の関係で、どうやらあと2時間ぐらいは、歩くのは無理なようだ。
2人はしばらくここで休むことにした。周囲を見渡すと、緑の検査衣の睾丸摘出者は、備え付けのパソコンをやったり、テレビゲームをしたりしている人が多いが、オレンジの検査衣の全性器切除者は、ベッドに横になって、寝ているか本を読んでいるようだ。
翼がコーヒーとサンドイッチを、大地のところに持ってきて、2人で食べた。
3時間ほどして、大地が「もうだいじょうぶ。」と言ったので、2人は更衣室に向かった。最初に入った更衣室とはロッカーを挟んで裏側にあたり、ロッカーも裏の扉を開けることになる。もちろん暗証番号は同じだ。
検査衣を脱いで駕籠に入れると、あとは自分の服を着るだけ。大地は股間部に蓄尿袋をぶら下げているので、ちょっと歩き難そうだが、これも明日の朝には外して大丈夫とのことだ。
更衣室を出ると、入ったときと同じカウンターがある待合ロビーだった。2人はカウンターで会社に提出する去勢完了の証明書をもらい、生命保険の割引の手続きも同時に行う。
それから2人に、痛み止めと化膿止めの飲み薬が渡された。大地には、蓄尿袋のスペアと就寝時用の紙オムツも渡された。傷口を縫合した糸は自然に溶けるので、異常がなければ今後の受診は不要とのことだ。
「おーい、中野、加藤。」
背後から声がかかった。2人が待合ロビーを振り返ると、待っている10人ぐらいの男性の中に、2人と大学時代に同じサークルにいて神奈川市役所に就職した、今西翔太君の姿があった。
「おお、今西、君もかい。」
大地が返事をした。
「今日はどっちだ。」と翔太。もちろん、睾丸摘出か全性器切除かという質問だ。
「ボクは全部、中野はタマだけ。今西は。」
と、大地が聞き返す。
「もちろん全部さ。ところでどうしてその気になった。」
と翔太。
「会社で薦められてね。今西は神奈川市だろ。神奈川市役所でも薦められたのかい。」
と、翼が聞く。
「いやあ、ウチの『神奈川市職員健康保険組合』も、去勢料金の7割の補助を始めたんだよ。何でも民間並ということで。『去勢休暇』という特別休暇制度もできたりしてね。それも年齢制限無しなので、うちの職場はちょっとした去勢ブームなんだ。」
と翔太。
「へえ、意外だねえ。この時間からだと1泊かい。じゃあ、がんばって。」
2人はこういって、翔太と分かれていった。
2人が後にしたさくら生命の「東京健康増進センター去勢科」。大繁盛で待ち時間も長いので、第2センターを作る構想があるそうだ。また、一方では、もっと小規模なクリニックを地方に作って、全国の去勢需要に対応しようという動きも出てきている。その話はまたいずれお伝えしたい。
(終)
--------------------------------------------------------------------------------
2010年去勢の旅(2)◆空港の去勢診療所
「えっ、出ないの。」
空港のカウンターで、3人分のチケットを出した川辺智也は思わず叫んだ。
「申し訳けありません。昨日の台風で機材のやりくりがつかなくなりました。始発便から12時10分発まで欠航です。」
カウンターの女性は謝った。
「その次の便は定刻に出るの、空席はあるの。」
「ええ、お取りできます。でも14時10分発ですから4時間後になります。」
「ビジネスパックだから他社にはできないし。しょうがないよねえ。それに代えるよ。」
「ご迷惑をおかけします。ありがとうございます。」
智也は24歳、コンピューター業界トップのNETの社員で、同僚の中野翼と加藤大地の2人とともに、東京での研修を兼ねた10日間の出張を終えて、任地の秋田に帰るところであった。
「どうする。4時間だぜ。中途半端だよなあ。」
智也が翼に話し掛けた。
「JRにすれば良かったかな。とりあえず喫茶店で時間でも潰すか。」
「そうしようぜ、都心まで戻ってもやることないし。」
こういいながら、3人は近くの喫茶店のテーブルに座った。
注文が終わって落ち着いてから、まず、智也が口火を切った。
「おまえら2人、先週の土曜に去勢してきたんだって。」
「うん、中野は睾丸だけ、オレは全部。」
と、大地が答えた。
「それでどんな気分だい。」
「オレは今までと変わりないよ。その日から普通の生活で、翌日はシャワーもOK。加藤は全部取ったから、3日ぐらいかかったかな。」
と、今度は翼が答えた。
「オレはカテーテルと蓄尿袋がが取れたのが2日後の月曜日で、その日からずっとしゃがんでオシッコだよ。包帯もオムツも要らなくなったのは火曜日から。気分良好、すっきりした。股間に何も無いのっていいぜ。」
と、大地が補足した。
「加藤は、立小便とかできないけど、不自由はないの。」
「小便で個室に入るのも、そんなに悪くないぞ。ズボンを汚さなくて済むしな。」
智也は「ふーん。」と聞きながら、先ほどパンフレットラックから引き抜いてきた、空港の案内マップを、手なぐさみにヒラヒラさせた。そこへコーヒーが運ばれてきたので、智也はパンフを仕舞おうとして、そこに、やや場違いな文字を見つけた。
「みずほ生命羽田空港去勢診療所」
元あった店の名前の上に貼った訂正シールに、それは印刷されていた。
「あれ、こんなところにも、去勢診療所があるぞ。」
智也がつぶやいた。
それを聞いた翼と大地が、「どれどれ」と覗き込む。
「本当だ。こっちはみずほ生命か。オレたちの行ったところはさくら生命だったけど。」と翼。
「オレが入っているのは、みずほ生命だ。」
智也が答えた。
「それならちょうどいいじゃん。川辺もどうだ。」
と言いながら、大地が人差し指と中指で、ハサミの真似をした。
「そうだ、4時間もあるからチョッキンしちゃえよ。」
翼も乗ってくる。
「ええっ。全然そんなつもり無いよ。」
智也は、当惑しながら言った。
「とりあえず見に行ってみよう。どうせ暇だし。」
大地は智也を誘った。
「まあ、見るだけなら・・・・。中野や加藤がどんなところに行ったのかも興味ないわけじゃないし。」
と、智也も同意した。
コーヒーを飲み終わった3人は、インフォメーションの前にある空港フロアの案内板で確認すると、それは、空港ビル4階のレストラン街の片隅にあることが分かった。
「何だ、さっきの喫茶店の近くじゃん。」と、大地が言いながら昇りエスカレーターに向かおうとしたとき、反対側から同じNETの同期で、今回の研修で智也と大地が所属したグループのメンバーだった大川英一がやって来た。
「あれ、大川。どうしたん。」
と、大地が尋ねた。
「おう、オレ、大分支店だろ。飛行機に乗ろうとしたら昨日の台風の余波で欠航でさ。午後2時までやることが無いんだ。」
「あれ、同じだ。こっちは秋田だけど。」
「へえ、それでこれからどこに。」
「こっちの川辺が4階の去勢診療所を見たいと言うから、連れて行くところ。」
「去勢診療所か。オレ、去勢してもらおうかなあ。前々から考えていたんだけど忙しくて。川辺も去勢するなら、一緒にやろかな。」
2人の会話に、あわてて智也が割って入る。
「別に見たいと言ったわけじゃないんだけど・・・、中野も加藤も1週間前に去勢を済ませたと言うし、どんなところか興味あって。」
英一が答える。
「グズグズするなよ。行こう行こう。善は急げだ。」
英一は、「えっ。えっ。えーっ。」とか言っている川辺の背中を押して、一緒にエスカレーターに乗っってしまった。
なりゆきと雰囲気で4人は去勢診療所前にたどり着いた。そこは、さくら生命の「東京健康増進センター去勢科」を見てきた翼と大地には、ずいぶん小さな診療所のように見えた。
入口には、
「みずほ生命羽田空港去勢診療所~どなたでもご利用いただけます」
「睾丸摘出なら30分・完全去勢手術も2時間後には搭乗OK」
といった掲示が出ていた。
翼、大地、智也の3人は、
「へえ、ここか」と言いながら、突っ立っているが、英一だけは、
「みずほ生命か。オレもみずほ生命の契約だからちょうどいい。」
などと言って、1人ではしゃいでいる。
そのとき突然、
「いらっしゃいませ。どうぞお入りください。」
扉の向こうから、女性の声が呼んだ。
女性の声と同時に、入口の引き戸が突然開いた。そこには30歳ぐらいの白衣の女性が立っていた。
「4人さんですか。今空いてますよ。どうぞ。」
白衣の女性は、まるで居酒屋みたいな台詞で、4人を招き入れた。4人は、なりゆきで中に入ることになった。
中は、小さな待合室で、正面は受付らしいカウンターがあって、左側に数人が座れる長いソファーがあった。4人はそのソファーに一緒に腰を下ろした。カウンターには看護師らしい女性の姿が見えた。
「私が、ここの医師の横井由美子です。今日は、受付の担当の子が休みですので、私が皆さんに、ここのシステムをご紹介します。」
由美子は、4人の正面、入口の右の壁面を指差した。
そこは、プロジェクターで映すスクリーンになっていて、いきなり左に男性の股間部の写真、それも手術前後の実例が上下になっているものが映し出された。摘出された睾丸が生々しい。右には、横から見た断面解剖図が映っている。画像の中央の上には「タイプ1」と表示されている。
「まず最初が、タイプ1の睾丸だけの摘出です。陰嚢はそのままです。生命保険の保険料の割引は、これでも受けることができます。会社での手当の扱いは多くの場合最低限です。10パーセントの男性はこれを選びます。」
由美子が、手元のスイッチを押すと画像が変わった。やはり、左に写真、右に解剖図だ。
「次がタイプ2、睾丸のほかに陰嚢も切除します。睾丸の無い陰嚢は邪魔なだけですので、こちらの方がお薦めです。包茎の方には割礼がサービスされます。30パーセントの男性はこれを希望します。」
更に、画像が変わる。
「タイプ3です。陰嚢のほかに亀頭を切断します。立小便は可能です。中途半端なので、希望者は5パーセントぐらいです。」
次々続く由美子の説明に、いつのまにか英一や智也だけでなく、もう去勢しているはずの翼と大地までもが、身を乗り出して見つめている。
「タイプ4です。陰嚢を取ってから、陰茎は2センチほど残して切断されます。立小便はできませんが、洋式便器に座ったときは、この残った陰茎を下向きに押し付けて小用をします。会社の約半数が、このタイプ4を完全去勢と認めて、最高額の手当を支給しています。セックスはできませんが、オナニー防止には不完全です。希望者は15パーセントです。」
また、画像が変わった。
「最後はタイプ5です。陰茎は腹腔内の陰茎脚の部分から完全に切除されます。尿道は下方に移動して、排泄口は肛門のすぐ前に新たに作られます。オナニー防止にも完全な方法で、会社の残りの半数は、このタイプ5までやって、初めて完全去勢の最高額手当の対象としています。残りの40パーセントの男性が、このタイプ5を選んでいます。」
スクリーンの画像が消えた。「去勢のお勧め」「去勢の長所」といった前置きが一切無く、「去勢は当然、さあどれにしますか。」と迫ってくる説明は迫力十分で、説明が終わったあとも4人はしばし声が無かった。
由美子はそんな4人を見ながら、
「皆さんはどれを選ばれますか。」
と聞いた。
翼が、大地を指差しながら、
「僕たち2人はもう宦官になってます。今日は付き添いです。」
と答えると、由美子は、
「そうですか。お友達に良いアドバイスをしてあげてください。」
と、やや残念そうに言った。
英一が、
「オレはタイプ5に決めた。川辺もそうしろよ。」
と言うと、智也は、
「えっ、えーと、ちょっと考えさせて。」
と、小さな声で答えた。
由美子は、英一に、
「じゃあ、こちらの方から先に手術しましょう。申込用紙はこのカウンターで書いてください。もう1人の方は、そこに手術の案内書がありますから、比較してよく考えておいてください。私は用意を始めます。」
と言って、看護師のいるカウンターに向かわせた。
記入が終わると、看護師は英一に、
「ご一緒にこちらにおいでください。」
と言って、先ほどのスクリーンの右手の部屋に案内した。
翼と大地は、智也に、
「どれにする。」
と聞いた。
智也は、
「どうしても、どれか選ばないといけないの。」
と、すっかり弱気になって、由美子が置いていった本を見ている。
20分ほどして、その扉から、青いガウンに着替えた英一が、看護師といっしょに出てきた。
「いやあ、脱毛で前がツルツルになったよ。この脱毛は3ヶ月ぐらいはパイパンを保つんだって。浣腸でお腹の中もカラッポ。」
などと、うれしそうに話した。
看護師が、
「次はこちらです。」
と、今度はスクリーンの左の扉を指した。
英一は、看護師といっしょに、その扉の向こうに消えていった。
30分以上たってから、智也が、翼と大地に、
「これにしようかな。」
と、本のページを指差した。
それはタイプ4だった。
「どうして、半端じゃない?。」
と大地が聞く。
智也は、
「でも、後ろの一覧表を見ると、NETはこのタイプ4でも最高額の給与加算だって。タイプ4と5は同じみたいだ。それならセックスはダメでもオナニーが出来きた方がいいや。」
翼が、
「そうかあ、そういう考えもあるなあ。」
と、考え込んだ。
そのとき、左の扉が開いて、英一が出てきた。電動車椅子のようなカートに乗っている。
「終わったよ。意外に簡単だった。設備もデラックスだぜ。このカートは、このまま搭乗口まで行けるそうだ。川辺も早くやっちゃえよ。どれに決ったかい。」
と聞いた。
大地が、
「タイプ4だって。」
と言ったとき、看護師が戻ってきた。
「決りましたか。じゃあこの申込書をどうぞ。」
と、智也をカウンターに呼んだ。
そこからはもう、英一と同じで、着替え、脱毛、浣腸を済ましてから、手術室へ。
智也の手術は、英一より早く、30分たたずに3人のところに戻ってきた。やはりカートに乗っている。
智也は、英一と対照的に、
「終わったよ。なりゆきで去勢しちゃった。何かまだぼーっとしている。早く秋田に帰りたいなあ。」などとつぶやいていて。表情もイマイチだ。
しばらく休んでから、昼食に行こうということになった。
診療所の待合室には他に誰もいなかったので、翼と大地は、更衣室のロッカーから、英一と智也の服を持ってきて、この場で着替えさせた。もし来客があっても、女性患者は来ないので、大丈夫だろう。
2人の新しい尿道口には、まだカテーテルが残っているので、紙オムツをしている。予備がたくさんもらえたので、着替えといっしょに取り替えておこうということになった。
交換を手伝いながら、翼と大地は、英一と智也の股間を確認した。英一のイチモツがあった場所には、もちろん何も無くて、横一文字の縫い目があるだけ。智也の股間には、1センチほどの長さを残してプツ切りにされた陰茎の名残が、まるで潰されたナルトのような感じで残っていた。
(終)
続編(Part3◆裸祭の夜◆)へ
-
投稿:2006.09.12更新:2023.05.12
2010年去勢の旅(1~2)◆去勢人間ドック/◆空港の去勢診療所
挿絵あり 著者 名誉教授 様 / アクセス 37341 / ♥ 116