それは、スルタが14歳になったばかりの頃のことだった。
父親の言いつけで使いに出た帰り、いきなり数人の男たちに、石造りの建物に連れ込まれた。
それから、全裸にされて大股開きでくくりつけられるまでは、本当にあっという間の出来事だった。
「ほんとにこいつ、ちょん切っちまうのか。結構でけえのにもったいねえな。」
自分の股間を覗き込んだ男の一人が、確かにこう言った。
(え…!?ちょん切るって、何を!?)
全く訳のわからないうちに、スルタの股間の物の付け根は、皮ひもで結わえられ…
激痛が見舞った。
男の左手に握られている物が、さっきまで自分の股間についていたものだと、全く信じられないままに、スルタは激痛に失神した。
自分の身の上に起こったことを理解し、それを一度目の絶望とともに受け入れざるを得なかったのは、傷が癒えた時だった。
(…ないっ!チンポが、俺のチンポがないっ!キンタマも二つとも無いっ!!)
尻丸出しでしゃがみこみ、赤く、丸く引き攣れた傷跡にぽっかり空いた穴からほとばしる小便を見ながら、スルタは泣いた。
泣いて、泣いて、泣き明かした。
スルタは、自分の股間の物が大好きだった。
立ちションはもちろん、覚えたばかりのオナニーの快感も。勢いよく跳ねあがってはちきれんばかりの勃起感も何もかも。
やっと大人並みの大きさになったところだったのに。
キンタマだって大きくなってたし、竿だって、勃つとカチカチになって、長さはふた握りに近くて、自分の手首よりちょっと細いくらいの太さになって…
皮をむいても、痛くなくなったのに。
おっ勃つと、亀頭が皮を脱ぎすてて誇らしげにえらを張り始めていたのに…!!
もう、永遠に立ちションもオナニーもできないんだ。
一生、尻丸出しでしゃがんで小便して、そのたんびに布で尿口をぬぐわなきゃいけないんだ。
自分の股間に、ぶらぶら揺れるあの感触を味わうことも、股間の物を見ることも触ることも、永遠に叶わないんだ…!!
ときどき、失敗して小便を漏らしたり、体の中の竿に残った小便が褌を濡らしたりするので、慣れるまでは尿口を布や海綿や綿で覆わなければならなかった。
チンポさえついてりゃ、こんな思いしなくったってすんだのに…!!
悔しくって悲しくって、寂しくって、スルタは泣いた。
「ほら!スルタ!下をちゃんと全部脱いで裾をまくれ!チンボとタマを切った跡を、雇い主様にちゃんとお見せするんだ!!」
金持ちに引き渡されるとき、スルタは大勢の人が見ている前で、去勢痕を丸出しにされた。
「ほう…確かに切り落としておりますな。もう一人若いのが欲しかったところですから。いやあ、あなたが快く引き受けて下さって、本当に助かりましたよ。」
これは、全てがスルタの父の差し金だった。
飲み代やばくちの借金のかたとして、スルタを金持ちの奴隷として売り払ったのだ。
金持ちは、男の奴隷であれば…それが特に若い男であれば、ペニスを睾丸もろとも切除することを求めるのが普通だった。
その、若いオスでありながら、主人やその息子の立場を決して脅かさない「なにも付いていない股間」こそが奴隷の刻印であったし、スルタの父はあっさりとそれを呑んだ。
そして、闇の去勢屋に、「あいつには使いだと嘘を言うから、その帰りに」と言って、去勢させたのだった。
屈辱に顔をゆがめるわが子を尻目に、もう一つの去勢の証拠であるカラカラに乾燥させて半分以下の大きさになった我が子の男性器を手にして、父は金持ちと談笑していた。
スルタは、その会話で自分が去勢されたいきさつの全てを知った。
「なんでだよ!なんでそんなこと俺に黙って勝手にしたんだよ!!」
泣きわめいて抗議したスルタの横っ面を、父は力いっぱい張り飛ばした。
「俺のガキと、その股ぐらについてるものをどうしようと俺の勝手だ!お前のチンボやキンタマなんざ、付いてようがいまいだどうだっていいんだよ!!」
父は、スルタの股間にかつて付いていた愛しいものを、地べたにたたきつけた。
「何だ、こんなもんが!!」
父の土足で踏みつけにされたそれは、ずたずたにちぎれ、引き裂かれて、原形をとどめないまでになってしまった。
二度目の絶望が、スルタの男のプライドを心もろとも、木っ端みじんに打ち砕いた。
それから二年ほど経ったある日の朝、厠に向かったスルタは、自分の体に異変が起きていることに気がついた。
最初のうちは、無くなったはずの股間の物が勃っている…実際に、体の中に残っている竿は勃っているのだが。という、いつも自分を苦しめるあの感覚だと思っていた。
最初のうち、スルタは、この感覚を味わうたんびに泣いていた。
たしかに勃起感はあるのに、股間には何も勃っていないのだから。
その日の朝は…違っていた。
褌が、かすかに膨らんでいる。
そっと外してみた。
(…生えてるっ!)
長さとしては1センチほどか。
まるで、体から亀頭の先っぽだけが突き出たような、丸くぷっくりとした肉塊が、股間から生えていた。
チンポが…
俺のチンポが、また、生えてきた!!
触ってみたら、確かにかすかに気持ちがいい。
(生えてきた、生えてきた、生えてきたんだ…!!)
スルタの頬を、大粒の涙が伝う。
もちろん、これは嬉し泣きだった。
まだぶらぶら揺れはしないけれど、もうちょっとしたら、また、立ちションができる長さまで延びてくるんだ!!
そしたら、また、キンタマも元通りになるんだ!
大声で叫びたい気持ちを、ぐっと抑えて小便をしたスルタは、また、元通りに褌を締め直した。
それから、2〜3日後の夜の事だった。
「さあ、改めだ改めだ改めだ!、奴隷ども、みんな褌を外せ!!」
大入道の様な男が、そう喚きながら奴隷小屋に足を踏み入れた。
彼の傍には、長い黒髪を後ろで一つに束ね、携帯湯沸かし器と大きな布袋を手にした、若い優男がいた。
奴隷たちは全員、褌を外した状態で、壁際に一列に並ばされ、一人一人順番に股間を調べられた。
当然、誰の股間にもなにも付いていない。
「いやしたぜ、ルカさん!!」
…スルタの前で足を止めた大入道が、大声で叫んだ。
(…な、何を!!)
ルカと呼ばれた優男が、スルタの股間をまじまじと見て、それから、声色はあくまでも優しいが、淡々と事務的な口調で言った。
「ポルト。…それから、そこの二人。うん。そこの体の大きな二人。この子を床に寝かせて。ポルトは上半身を押さえて。君たち二人は、この子の足を片足ずつ。大股開きにして、しっかり押さえつけて。そこの小さな子は、明かり採りのカンテラで、この子の股間がよく見えるように照らして。」
(…え!?)
スルタは、あっという間に床に寝かせられて、上半身と両足を押さえつけられた。
「ポルト。舌をかんだら大変だから、布をかませて。」
ルカは、布袋から、何やらごそごそと取り出しはじめ、携帯湯沸かしの中身を手桶に移した。
「…ひでえヤブ去勢師に切られたんだなあ。お前も、最初っから、ルカさんに切られてりゃあ、こんな思いもしなくってすんだのに。」
ポルトというらしい大入道は、心底気の毒そうにそう言った。
ルカは、手桶の湯でスルタの股間を洗い、生えかけたものの付け根を、テグスで縛ってテグスごと上に引っ張った。
「………!!」
あの、二度と味わいたくなかった激痛が、スルタを襲った。
スルタは、また気を失った。
「意識が戻ったら、一日に三回、レモンを絞り込んで蜂蜜を溶かした水を少しずつ飲ませてやってくださいね。」
どこか遠いところで、そんな声がしたような気がした。
スルタは、奴隷小屋の片隅で、傷を掻き壊したり包帯をほどいたりしないように後ろ手に縛られ、うろつかないように腰を壁につながれたまま、激痛に悶えながら茫然と涙を流し続けていた。
その股間には、膏薬が貼られた上から包帯が巻かれている。
尿口には葦の茎が突き挿され、そこからちょろちょろと流れる小便を、小さな桶が受けていた。
あれは、生えてきたのではなく、切り株といって、引っ張り具合の足りない闇去勢師の手際の悪さが原因で、体の中に埋まっていた竿が出てきただけだったこと。
放っておいても、決して元通りにはならないし、どんなにしても、失った男性器は決して戻らないこと。
去勢するとき、充分に引っ張りさえすれば、出てくるということは普通はないこと。
成長期に切ると、まれに出てくることもあるので、数年に一度主人の依頼で去勢師の改めがあり、切り株が出てくると、改めて切られること。
最初から勃起や成長を見越した腕のいい去勢師に切られると、改めで引っかかることはまずないこと。
ポルトとルカの説明の言葉が、頭の中でぐるぐると回転する。
かくして、スルタは、三度目の絶望に打ちのめされたのだった。
前作はこちら
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投稿:2010.12.15更新:2011.08.23
三度目の絶望
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