闘いの前の闘い
ふらふらとした足取りで彼は計量台に向かった。
「57.65kg・・・500gオーバーです」
しかし検査員は彼、そして彼のトレーナーたちに冷酷に告げた。
彼はフェザー級のボクサー。初めてのタイトルマッチを3日後に控えて最終の計量に挑んでいた。
タイトルマッチに向け最強を目指すべく「ハードすぎる」と言われるほどのトレーニングを積んだ。
その結果パンチ力はすでに「1クラス上」と目されるような強烈なものを身に着けるにいたったのである。
しかし、その代償はあまりにも過酷なものだった。
身についた筋肉は「重み」となり、過去にない壮絶な減量とも戦う事となってしまったのである。
ボクサーの水気のない、憔悴しきった顔は既に出せる物は極限まで出し切ったということを明確に物語る。
「パンツだ!パンツを脱ぐんだ!」
ぼーっとした顔をしており、動く気配すら見せそうもない彼のパンツをトレーナーが剥ぐ。
抱えられるように計量台に向かった彼。祈るような気持ちで計量計の数値を見つめるトレーナーたち。
しかし、ゆっくりと数値はあがっていき・・・それでも目標数値を越えてしまった。
「57.4kg・・・250gオーバーです」
検査員は眉の一つも動かさず、冷静にそう告げた。
「髪の毛!・・・いや、体毛を全部剃り上げるんだ!チンゲもだぞ!」
台から降ろされたボクサーは抵抗する事もなく、むしろ進んで頭を差し出した。
元々そう長くない髪の毛だけでなく、すね毛も剃られた。しかしこれも濃くなく効果は少ないだろう。
あっという間に陰毛まできれいになったボクサーは三度び、数値との戦いに挑んだ。
「57.3kg・・・150gオーバーです」
彼は敗れた。しかし、後ほんの少しだけなのである。
検査官の昼飯の都合で再々再検量は1時間後とされた。
これでダメなら失格となってしまう。何とかしなければならない。
「何か減らせるものはないのか!そうだ!血を抜け!仕方がない!」
トレーナーの指示で注射器を持ったジムドクターが彼の腕にそれを突き立てた。
しかし、その見通しは甘かった。
既に極限まで水分を抜いて脱水状況になっている彼の血は一滴も注射器に入らなかったのである。
トレーナーとジムドクターは悩んだ。朦朧としながらもボクサーも訴えた。
「こんなところで、負けたくない・・・」
「何か減らせるものはないのか、ドクター!」
「もう何かを削るしかありません。」
何を削る?トレーナーは目だけぎらぎらさせている極限まで減った体を見まわした。
当然削れるような脂肪などない。毛の類は全部取った。
目を取るわけにはいかない。見えないボクサーは話にならない。
耳も取れないだろう。音が聞こえなくてはフットワークを感じられない。
歯は?・・・いや、そんなものを取ってしまっては食いしばれなくなる。パンチは半減だろう。
腕や足は論外である。
「どうしたものか・・・」
ふと、トレーナーは覆うべきパンツを失い、上を飾るべき陰毛を失ったボクサーの股間を見た。
疲れマラ、というべきかそれともギラギラとした闘志の表れか。
意識朦朧とした顔とは裏腹に彼の陰茎は濃い血の注ぎ込まれた血管を浮き立て、極限まで硬直していたのである。
その下の二つの睾丸も、試合に備えて強烈な禁欲生活を送っていたせいだろう。カチカチに張って大きさを誇示している。
「ははは!あるじゃないか、ここに。ドクター!これなら問題ないな」
「少なくとも何も見えなくなったり聞こえなくなったりはしませんね。」
「ファウルカップもいらなくなるしな。身軽に動けるはずだ」
ドクターは深くうなづき、注射器をメスに持ち替えた。
「よし、取れ!! 綺麗さっぱり取るんだ!」
「了解です」
サクッ・・・というメスの音がボクサーの股間に響いた。
ボクサーは痛みにグオォ!と叫びかけたがぐっとこらえる。
最後の試練だ。これさえ乗り越えればあいつと、あいつと戦えるんだ・・・と思いつつ。
そして1時間後。股間を押えた彼は強い決意を込めた目をし、計量台に挑んだ。
54.5・・・55.0・・・55.5・・・56.0・・・56.5・・・57.0・・・
「57.15kg・・・パスです。」
やった、勝ったぞ!当然出るわけもない涙を心で流し、ボクサーはそのまま気を失ったのであった。
「で。どうなったんですか、そのボクサーは?」
「まるっきり、ダメだったわよ。もーね、試合なんか最悪。闘志も何もなくってさ。パンチが怖いって逃げ回ってたわねぇ・・・あっという間にボクサー生命終了よ。」
とママはため息をついた。
「やっぱあれですかね。やっぱりタマ取っちゃうとダメなんですかね。」
「そーなのよ。闘争心なくなっちゃうのね。」
「ママ。もしさ、そのボクサーに逢ったらあんたなんていうと思う?」
「タマ取る位なら、クラス上げなさい!っていうと思うわ〜ぁ・・・。」
そういうと元ボクサーはさっきより倍以上大きいため息をついたのである。
「経験談としてね。」