「しかしさあ。思うんだけど、よくばれないもんだねえ、このクラブって。」
クルーザー内の、秘密クラブスタッフルームで、一人が口を開いた。
「そりゃそうだよ。トップクラスは、政治家に実業家、マスコミに法曹界に軍人…とにかく、頭が切れるやつばかりだし。」
「商品の追跡調査なんかどうやってんの?」
「たいてい、一体につき…そうだなあ。10人くらいか?架空のモデル事務所やら、マスコミ関係やらの名前を使って雇うの。一人当たりの雇用期間は6カ月で、一度雇ったらもう二度と雇わない。商品とは全く関係ない人間しか雇用しないし、まさか自分が調査した相手が、秘密クラブ用の商品としてマークされてるなんて思っても見てないからね。私立探偵は絶対に雇用しないよ。それから、一度雇用した人間は、商品がどうなったか判らないくらいの遠くに転勤したり、雇用先を見つけるように話を持ってゆく。」
「親を多重債務者にしちゃうっての、あれもまだやってはいるんだよね。」
「ああ。その手もまだやってるよ。」
「親が本人の意思を無視して売り飛ばしてきたりとかもね。まだあるある。」
「売り飛ばされてきた商品の戸籍は、こっちでクリーニングしちまうんだよな。」
「ああ、親の方も全く新しい名前を与えて、どっか遠くへ引っ越させる。」
「全く、ビンボー人ってのは浅ましいもんだねえ。」
「商品の…あれだ。股間のお宝はどうやって見定めるわけ?」
「クラブの息がかかってるサウナや病院、プールなんかで。こいつを調べるのは、当然クラブのエージェント。いいお宝を持ってる、性転換用の商品に彼女が出来たっていう情報が調査員から入ってくると、女の味を知らないうちにちょん切って改造するために拉致る。」
「クラブ会員の子供達…ほらほら、例のちびっ子部隊。あの子たちも世界中で大活躍だ。なんせ、商品と同世代だから、商品は全く警戒しない。男の子の部隊員だったら、商品のお宝だって見放題。拉致担当のエージェントへの手引きなんかもやってる。」
「あと、チンポと球が育ち始めて、そろそろ友達に見せびらかして仕方がなくなる年頃やら、オナニーの味を覚え始めた矢先のとか。こいつらが拉致られて目を覚まして、股間のものが跡形もなくなってるのに気付いた時の発狂ぶりがたまんねえ。だから、こういう年頃のをちょん切って調教するのが最高って方も大勢いるしな。」
「拉致の担当も…あれだ。エージェントだろ?」
「そう、エージェントの仕業。商品が一人で行動してるときなんかに。エージェント同士で協力することもある。無味無臭の、ひと嗅ぎしたりひと舐めしたりしたら、三日は意識が戻らない薬を、鼻っ面にしゅっとやったり、飲み物に混ぜたりして。」
「確か、車は最低でも三回は変えるんだよな。」
「そうそう。最初の一台と最後の一台の運転はエージェントだけど、この二台は仕事が終わったら即スクラップにして、中継ぎの輸送車は、クリーニングののちに第三国に売っぱらう。最初の一台の中で、商品は箱詰めにして…な。途中の数台の運転手も、全く商品とは縁もゆかりもない運転手を使って。
こいつらには、箱の中身が人間だなんて絶対に教えない。取扱注意の家電製品とか、大型のけものの剥製やら高級陶磁器やらだって教えてある。これも調査員同様、仕事が終わったら遠くに転勤するように持ってゆく。エージェント自身も、仕事が終わったら即出国して、もう二度とその国には戻らない。」
「調査員も運転手も、全く顔見知り同士じゃない人間を使うし、個人間で関わり合うことは決してない人選をするんだよな。」
「商品を拉致する日にちと時刻は、当然てんでんばらばら。」
「だから、飾り窓に、ダイレーターを突っ込んであるのが並んでるわけだ。」
「商品の無麻酔去勢とそのビデオ撮影、性転換手術は必ず深夜に走行中の小型クルーザーの中。言葉が通じない医師に手術させる。商品の担当係もそうだ。言葉が商品に通じない奴。」
「…まあ、死体でも見つからない限り、行方不明人の捜査なんてそんなに付きっ切りでやる国なんてめったにねえし。」
「第一、この組織のトップに警察官僚もいるからねえ。」
「そして、俺達も、ここでこんな仕事をしてることや、この会話の内容は決してばらせない…っと。」
「ああ。ばれたら、チンポやキンタマどころか、命も取られっちまうぜ。」
「おい、新しい商品のご到着だぞ。」
誰かがそう言いながら、船内モニターの切り替えスイッチを操作する。
そこに映し出されたのは、首輪を装着されたヒスパニック系の少年の全裸画像だ。
ストレッチャーの上に身を横たえ、ぐっすり眠っている彼の身長は150センチ程度。
生えかけの恥毛をすっかり剃り落された股間の男性器は、もうすでに成長を始めている。
「…大人の階段を昇りはじめましたってところか?」
「こいつはどうすんの?気付け薬嗅がせて、無麻酔去勢ビデオ撮影?」
「いや、この御面相と体格だ。まだ筋肉が付いてないし、骨格も育ってないだろ?それに、首輪のところのロット番号。…ほらほら、この、A-103っての。Aで始まるロットは、性転換用って意味だ。」
「Bが無麻酔去勢用で、Cが未加工商品用って意味だったよな。」
「ま、いずれにせよ、どの商品も最終的には竿も玉もなくなっちまうんだけどな。」
モニターの向うで、少年の男性器は、塗布するタイプの薬剤で勃起させられている。
今から、ディルドを作成するための型取りが始まるのだ。
脈を打ちながらむくむくと膨れ上がるペニスの先端をすっぽり覆っていた包皮がむけてゆき、ピンク色の亀頭が誇らしげに大きくえらを張る。
血管を浮き上がらせながら、全体がはちきれんばかりに膨れ上がり、亀頭が少年の下腹をリズミカルに打ち付ける頃の長さは15センチほど、太さは少年自身の手首ほど。
「…おほっ。でけえ。」
「このまま大人になりゃあ、もっとでかくなりそうなんだけどなあ。」
「うわ。でっけえタマ!」
勃起したペニスに引っ張り上げられた二つの睾丸も、重たげに、かつ誇らしげに揺れる。
少年の身体を、男に造り替えてゆくことを。
そして、少年自身の男としての新たな芽吹きを、力強く屹立したペニスともども誇るがごとく。
…少年の男としての命が、もう直に終わることも、ペニス共々切り取られてしまうことも全く知らない無邪気さで。
「…まあ、調査が始まった頃には、もうこいつのチンポとタマはちょん切って女に改造されるって決まってたんだけどな。」
「それも知らずに立ちションしてオナニーして、一生男でいられるって、なーんの疑いもなく思いこんでたんだよなあ、こいつ。」
「目が覚めたら、もうこの御立派なものは跡形もないのか。」
「…知らぬは本人ばかりなり、ってね。きっと狂ったようにわんわん泣きわめくぜ。」
モニターを見ながら、スタッフたちがそんな軽口を叩いていたとき、だしぬけに緊急出動アラームが鳴り、第二監視室を示すランプが点滅を始めた。
「いっけね。すぐに出動だ。」
彼らは全員、スタッフルームを飛び出してゆく。
第二監視室で取り押さえられていたのは、性転換商品の身の回りの世話をさせられているはずの、「シロアリ」と呼ばれている、最下層奴隷だった。
「客がいるフロアの廊下に紛れ込んで、うろちょろしてやがったんだ。」
「なに考えてやがるんだ!シロアリの分際で!!」
スタッフの一人が悪態をつきながら、「シロアリ」の頭に蹴りを入れ、土足で踏みつけた。
シロアリ達は皆、革製のベストひとつの裸である。下穿きの着用は認められていない。
その首に付けられている首輪には、商品用の軽い物とは違い、ショックで昏倒するほどの高圧電流が流れる仕様となっている。
そして、股間にはペニスはもちろん睾丸も付いていない。
この、醜悪な顔立ちをした東洋人の「シロアリ」は、いつから「シロアリ」になったのだろう。
皮膚がたるんでいることから考えて、かつては肥満体であったのだろう。
だが、「シロアリ」には、基本的に最低限の食事しか与えられないために、骨と皮まで痩せている。
筋肉はやせ衰え、髭も恥毛も抜け落ちており、転売を繰り返された果ての薬物中毒にかかっていた。
体中に深いしわと傷跡が刻み込まれ、歯は一本残らず抜き取られ、舌も切り取られていた。
もはや、まばらにしか残っていない頭髪も、すでに真っ白だ。
「…で、このシロアリ、何しでかしやがったんだ。」
「女性客につかみかかろうとしたんです。」
「その方はご無事だろうな!?」
「はい、当然。突進しかけたところで、第二監視室のモニタールームから遠隔操作で電気ショックを。」
「…このシロアリ、マジで始末した方がいいな。」
「シロアリの分際で、人間様に楯つこうなんて…なあ。」
「みっともねえ風態で、お客様の前に出やがって、この糞が。」
そう言うなり、スタッフの一人は、「シロアリ」の腹に重い蹴りを入れた。
このクルーザーに乗り合わせている、全ての人間にとって、「シロアリ」は人間ではない。
だから、「シロアリ」になる以前の職業も、出身国も、名前すらも誰も知らない。
「全く以て取るに足らない、どうでもいいこと」だから、だ。
客に至っては、「シロアリ」の存在自体を知らない。
その「シロアリ」が客の目の前に出た…
しかも、客に危害を加えようとしたとあっては、スタッフ全体の面汚しなのだ。
彼ら全員の怒りは、頂点に達していた。
「そもそも、シロアリになるってことは、人様には恥ずかしくて言えないようなことをしでかした過去を持ってるってことだ。そういうやつでないとシロアリにはならねえからな。」
「そうそう。こいつに男の印をぶら下げてる資格も権利もない。って思われるほどの…な。」
「全く以て、男失格、男の顔汚しだ。せめて最後くらいは、俺達男の手で、きっちりと後始末をしてやらねえと…なあ。」
「商品たちは、大事にされて、生きていられるから…なあ。高い金で追跡調査され、高い金で輸送され、高い金で売り買いされ、改造される。一体一体がお客様にとっての一点物の特別な存在だ。やすやす死なせちゃあたまったもんじゃねえ。」
「ひと山いくらで、いくらでも替えのいるシロアリなんぞとは訳が違うよ。」
「シロアリ」に同情する者が誰一人としていないのは、そういう、「シロアリ」たちの「過去」に起因するものでもあった。
だから、「シロアリ」が死ぬことにも、殺すことにも、何らの憐憫の感情を示すことはない。
血反吐を吐いて這いつくばっている「シロアリ」には、自分を罵倒する者たちの言葉は判らない。
反駁する舌も持っていない。
だが、スタッフたちの自分への殺意だけは感じ取ることができた。
特殊警棒や、スタンガンを手にした、黒人、白人、東洋人といった、さまざまな人種のスタッフたちが、哀れな「シロアリ」を取り囲んでいる。
彼らの眼は、「たかがシロアリごときのせい」で、減給され、あるいは休暇を取り消され、クルーザーから当分降りることができなくなるであろうことに対する怒りで、ぎらぎらと輝いていた。
第一、この「シロアリ」が客に指でも一本触れようものならば、彼ら自身が「男性器破壊ショー」に供されることになりかねなかったのだから。
「ところで、お客様の方は大丈夫か?」
「ああ。大加崎貿易商事の美佐子様か?全くご無事だ。」
「大加崎商事?…確か、このクラブの幹部の一人である、大加崎武彦さまの会社だろ?そこのご令嬢に手を出そうとしたのか!?」
「美佐子様も、なぜこの船に、あんなボロ雑巾が乗っているのか全く分からないし、つかみかかられそうになった理由も、全く心当たりがないとおっしゃられていた。」
「…ますますもって許せねえな、このシロアリ。絶対にぶっ殺してやる!!」
皆、筋肉質で、身の丈は2メートル近くある彼らの視線の中、「シロアリ」は、「自分は、もうすぐ死ぬのだ」「命乞いをしても無駄なのだ」という絶望につき落されていた。
その愚かな「シロアリ」は、その日のうちに、全身の骨が砕け、破裂する内臓は全て破裂し、血だるまで頭からは片方の眼球と脳漿が零れ落ちた状態になって死んでいった。
その死体は、ずた袋に詰め込まれ、その日の食事で出た生ごみとともに、回収船に積み込まれ骨のかけら一つ残さずに焼却された。
スタッフの誰一人として知らないことではあったが、「シロアリ」の、もとの職業は体育教師で、名前は「イソベススム」であった。
大加崎美佐子によって、5年前に去勢され、人間としての権利は、男性器とともに、職業や名前に至るまで全て剥奪され、「シロアリ」となっていた。
転売の果てに、この大型クルーザーに偶然商品世話係として乗り合わせていたのだったが、美佐子自身は、「イソベ」の名前はおろか、彼を去勢したことさえ、全く忘れ去っていたのだった。
面影が残っていれば、あるいは思い出したたかもしれないが、「シロアリ」には、欠片の面影さえ存在していなかったし。
それに、彼女にとっても「イソベ」など、全く取るに足らない、どうでもいいことだったのだから。
シロアリの過去はこちら
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投稿:2011.10.19更新:2011.12.02
スタッフ達のシロアリ退治
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