むかーし、むかし、あるところに、吾作どんという男が住んでおった。吾作どんは村一番の大男じゃったが、少しぬけたところがある上に、どうにも気が弱く、村の若者衆や子供たちばかりでなく、里に下りてきたキツネタヌキのたぐいにまで、しょっちゅうからかわれておった。
この日も吾作どんは、川で水浴びをしている間に誰かにふんどしを盗まれて、村のものがクスクスと笑う中を、顔を真っ赤にしながらまたぐらを押さえて、走って帰るハメになった。
「まったく、だーれだーよ。オラのふんどしなんか、取ってもいいことなんぞなんもなかろうに」
それでもお人よしの吾作どんは怒るでもなく、替えになりそうなふんどしを探していたが、あいにくどれもこれも、はきふるして汚れたものばかり。日頃のものぐさがたたって、使えそうなものは一つもなかった。
「こんなことなら、さっき一緒に川へ持っていって、洗えばよかっただなあ」
とりあえず一枚だけでもと、吾作どんは汲んでおいた水がめの水を使ってザブザブと洗い、庭に干して乾くのを待つことにした。日差しはポカポカと気持ちいいので、すぐに乾くだろうと思った吾作どんは、そのままごろりと横になり、うつらうつらとうたた寝をはじめたのじゃ。
そこへ、ネズミのちう太がやってきて、寝ている吾作どんを見て言った。
「あれまあ吾作どん。なんちう格好をしよるだか。いい年こいて赤ん坊じゃあるまいし。かみなり様に、へそだけでなく、ねっこまで取られるぞ」
それを聞いたいたずらもののちう吉が、ピクピクとヒゲを震わせながら言った。
「んだらば、ちうとばかり、からかってやるのもよかろ」
ちう吉はいたずら仲間と一緒に稲わらを集めてくると、そのわらを編んで縄を作り、吾作どんが脚をおっぴろげてグースカ寝ているところへ、ぶらんとぶらさがっている大きなねっこの根元に、ギュッと縛り付けた。
「そうれみんな、引っ張れえ」
縄の輪がしまって、ねっこを引っ張られた吾作どんは、思わず声をあげた。
「ふぁ、あぁん」
それがなんとも鼻にこもった情けない声であったので、ネズミどもは一斉に大笑い。のんきな吾作どんがそれでも目を覚まさないものだから、調子に乗ったネズミたちは、もっと大胆に好き勝手なことをはじめた。
皮を剥いてわざとくびれの部分に引っかかるように擦ったり、袋を踏んで中の実を突いてみたり。鈍感な吾作どんは、息を荒げてぷるぷる震えるばかりで一向に目覚める気配もなく、やがて、最初はバカバカしいと冷ややかな目で見ていた年配のネズミたちも、それぞれ稲わらを手に寄ってきて、ねっこ遊びに加わった。
そのうち、真っ赤に膨れ上がった吾作どんのねっこは、赤かぶか、太にんじんかと思うほどに大きくそそり立ち、ネズミどもは、畑から大根を引っこ抜く要領で、よいしょよいしょと引っ張り始めた。集まるネズミの数はどんどん増えて、それぞれがわらを持ってきて綱を長くしていくので、吾作どんのねっこを引っこ抜こうとする列も、どんどん長くなっていく。
そこへぶらりと通りがかったネコのなご郎は、餌のネズミが集まって騒いでいるのを見て、二、三匹食らってやろうとこっそり忍び寄った。
しかし、遊びに夢中のネズミたちは、天敵が近づいていることもお構いなしに、一生懸命になって綱を引いている。なご郎はネズミたちがいったい何をやっているのか少し気になり、綱の先の方をちょっと覗いてみた。
するとそこには、素っ裸で大の字になって寝ている吾作どんが、おっ立てたねっこを縛られて、うんうん唸っている情けない姿が。なご郎は思わず呟いた。
「そんなごとに必死こいて、おみゃあさんら、バカじゃあにゃあか」
すると、それを聞きとがめた学者ネズミのちう助が、なご郎の前に進み出てちうちうと抗議した。
「そんなことはなかとです! 千里の道も一歩から! 禍福は糾える縄の如し! 犬が西向きゃ尾は東! どんなつまらなそうに見える物事にも、加わって努力して、成果を目にしなければ、その真の価値ちうのはわからんとです! 隣でつまらなそうに見ているだけのネコやに、知った風な口を利く権利はなかとです!」
「そ、そんなもんだかにゃあ?」
ちう助の勢いに押されたものの、いまいち納得しきれていないなご郎に、ちう助は縄の一端を差し出した。
「百聞は一見にしかず! 覆水盆に帰らず! 踊る阿呆に見る阿呆! やってみればわかるとです! さあ!」
よくわからぬうちに、縄の端を持たされてしまったなご郎は、仕方なく縄を引っ張る列に加わる。
ネコのなご郎が、ネズミに混じって一緒に綱を引いているのを見たイヌのばう蔵は、びっくりして声をかけた。
「何してんだ、なご郎? ものぐさなお前さんが汗流してそんなことばうしよって」
「やかましい!」
ちょっとイライラしていたなご郎は、鼻息荒くばう蔵を叱り飛ばした。
「わしも好きでやってるわけじゃにゃあよ! 間抜け面さらしてる暇があったら、おみゃあさんも手伝ったらどうにゃ!」
なご郎の剣幕に震え上がったばう蔵は、股間に尻尾を挟み込んで言った。
「そりゃ構わんけんどもよ、したらば、うしろから引っ張ったらよかと?」
「わしの尻尾を引っ張るでにゃあよ! 自分で紐を探して持って来れ!」
ばう蔵は、急いで村を駆け回り、使えそうな紐を探すと同時に、なご郎がなにやら面倒な事になっているようなので手伝ってほしいと働き手を募って回る。
やがて、ウサギやモグラやスズメなど、たまたま行きあわせた動物たちがみんなこぞってそれぞれ紐を持ち、なご郎の後ろの列に加わった。もはや行列は吾作どんの小屋の中に納まりきらず、道の真ん中にずらりと並んでおった。
たまたま行きがかった村一番の力持ちの十兵衛どんは、動物たちが道の真ん中で列になって、何かの紐を一生懸命引っ張っているのを見て首をひねった。
「どうしただか? お前さんたち、こんなところで」
「なんでもおおきなねっこがひっかかって、ネコのなご郎が身動きが取れなくなってしまったらしいだよ」
「んだんだ、だからみんなで引っこ抜いて助けようとしてるだよ」
十兵衛どんは、それは一大事と、行列の最後に加わると、他に紐になりそうなものがなかったので自分のふんどしをほどいて結びつけ、自慢の怪力を生かして力いっぱい引っ張ったのじゃ。
「そうれ引けぇ!」
「よおいしょ!」
みんなが声を合わせて綱を引く。
ぎゅうぎゅうと力を込めていると、そのうち、スッポーンと大きな音がして、急に手ごたえがなくなり、みんな一斉にしりもちをついた。
「うひぃやああぁ!」
遠くのほうから突然叫び声があがり、行列の先の方からネズミの群れが走り出てきて、ぱっと散りぢりに逃げていく。
それから、ネコのなご郎が、歯をせせりながら出てきおった。
「おお、なご郎。助かったのか」
「何の話にゃ? わしは食事をしにきただけにゃ」
みな一様に首をひねる。
「じゃあ、この紐は何を引っ張っておったんじゃ?」
「ハ、くだらない話にゃ。説明する気にもにゃらん」
満腹のなご郎は、膨れた腹をポンと叩くと悠々と去っていった。狐につままれた様子の動物たちも、それぞれ山や森へ帰っていく。
十兵衛どんは、それでも気になるので、さっき悲鳴が起きた場所へと進んでいった。するとそこには吾作どんの家があって、庭にふんどしが一枚干してある。
「おぅい、吾作どん。さっきの行列はなんじゃあ」
家の中を覗き込んだ十兵衛どんは、そこで素っ裸の吾作どんが、真っ青な顔をしながらまたぐらを押さえて、うろうろと走り回っておるのを見た。
「大変じゃあ、大変じゃあ!」
「何があったんじゃ、吾作どん」
「大変じゃあ、大変なんじゃあ!」
泡を吹いた吾作どんは、取り乱してしもうて話が通じん。ふと、隣にあったたらいに水が張ってあるのに気づいた十兵衛どんは、落ち着かせるためにそれを頭から吾作どんにぶちまけてみた。なにやら小便臭い水だったが、この際仕方がない。
「じゃから、何が大変なんじゃあ。言うてもらわんとわからんわい」
「ない、ない、ないんじゃあ! オラのねっこがどこにもないんじゃあ!」
ごぼうかだいこんか、それともわさびかながいもか。家の中をきょろきょろとそれらしきものを探してみるが、何もない。まあ、ないから探しておるのだろうと思うが、素っ裸で顔色を変えて走り回るねっこに想像がつかん。
「ねっこてあ、なんじゃあ。何のねっこがのうなっとるんじゃあ」
「ねっこはねっこじゃ、男のねっこじゃ」
十兵衛どんは、目をパチクリさせて吾作どんの股ぐらを見下ろした。大きな手のひらでぎゅうと握られて直接は見えないが、確かに見えないにしても、なにやらこう、膨らみを握り締めている感じがしない。指の隙間からはみ出すものもない。
「いや、しかし、おめえ、男のねっこなんざ、のうなるもんじゃねえだろうに」
「しかし、のうなっとるんじゃあ」
「ほれ、ちょっと見せてみんかい」
十兵衛どんに言われて吾作どんはおずおずと手を外した。
なんとそこには、まるでだいこんを引っこ抜いたような穴が、ぽっかりと空いておるではないか。十兵衛どんは目を丸くした。
「お前さん、女じゃったっちゅうことはないじゃろうのう」
「何を言うだか。一緒に水浴びしたこともあろうに。今日の昼まではちゃんとあったんじゃあ」
確かに、ものの大きさは十兵衛どんのほうが少し上だったものの、それなりに立派なねっこが吾作どんの足の間にぶら下がっていたのは、見た覚えがある。それが今は丸い穴ぼこだ。女の割れ目とは少し違うようだが、股ぐらの毛の中に空いた丸い穴を見ていると、なにやらヒュッと吸い込まれそうな気がしてくる。
十兵衛どんは、つい手を伸ばして、その穴の縁を指でなぞってみた。吾作どんがヒッと悲鳴を上げて身をすくませる。おそるおそる穴の中まで指を入れてみると、吾作どんはぶるぶると震えながらべそをかきはじめた。
「怖えよう怖えよう」
今まで出っ張りしかなかったところに、指が入ってくるのじゃ。怯えて泣く吾作どんを見た十兵衛どんは、慌てて指を引っこ抜いた。
「泣いてるばかりじゃ仕方あるめえ、早えとこお前のねっこを探さんならいかんでな」
「そんなこと言ってもよう、寝てる間に無くなっちまったんだってばよう」
にぶい吾作どんとは違って、十兵衛どんには薄々、自分の引っ張っていた綱が吾作どんのねっこに繋がっていたのがわかってきたが、よもや自分もねっこを引っこ抜くのを手伝ったとは言えない。そこのところだけ都合よくぼかして、十兵衛どんは、動物たちが行列になって綱引きをしていたことを吾作どんに説明した。
「な、なしてみんなしてオラにそんなことをするだ! オラがいったい何しただーよ」
「いや、何を引っ張っておるのかは、みなよくわかっとらんかったようじゃぞ。ネコがねっこに引っかかったのなんのと……」
「オラのねっこはネコをとっ捕まえるような悪さはせんのじゃあ!」
「いや、そんなことをしたとは誰も言うとらん……のか? とにかくワシも又聞きじゃからして、詳しいところは知らんのじゃ。ここはやっぱり、実際に引いておった動物どもに聞いて回るしかなかろ」
しゅんとなった吾作どんをせきたてて、十兵衛どんはその小屋を出た。吾作どんは、ふんどしを締める段になって、包むものがなくて上手く結べないと泣き、小便がしたくなって、筒がなくて出し方がわからないと泣き、いざ厠にいってふんどしを濡らしたと泣き、脱がせておくと股ぐらがすうすうすると泣いた。
恙なく出発できるころには、十兵衛どんは罪悪感と哀れみを通り越してげんなりしており、早くしないとねっこを取り戻せなくなるぞと、脅しをかけるようになっていた。
最初に出会ったウシのもう次は、ロバのひん丸に頼まれただけで、もうそれ以上は知らんと言い、ロバのひん丸は、ブタのぶう之進に呼ばれた以上のことは知らひんのじゃと言い、ぶう之進は、すでに農場のおかみに絞められて捌かれておった。哀れである。
とにかく、いろんな動物たちを回って犬のばう蔵にたどり着くと、ばう蔵は尻尾を股に挟んで自分のねっこをかばうようなそぶりをしながら申し立てた。
「ありゃあ、ネズミどものいたずらじゃろう。なご郎がネズミどもと必死に何かをやっておるもんで、なんの意味があるもんやらわからんまま、ついうっかり協力してしもうたが、まさか本当にすっぽ抜けるとは思わんだ」
そういいながら、吾作どんの小便の染みのついたぺったんこのふんどしをちらちら気まずそうに見やる。
「じゃあ、吾作どんのねっこがどこへ行ったのかは知らんのか?」
「ワシもねっこが抜けて穴が開いたところで腰を抜かして逃げてしもうたからのう。やはりネズミどもに聞かんとわからんのう」
そこで今度はネズミを捕まえるため、油揚げの欠片やら米粒やらをエサに、屋根裏にもぐったり納屋の稲わらをひっくり返したり。すばしっこいネズミどもを相手に、大の男が二人してばたばたと走り回った。まあ、ねっこがないのを抜きにしても、もともとどんくさい吾作どんは逃げられてばかりだったので、結局役に立っていた男は十兵衛どんだけであったのだが。
それはともかく、ようやく捕まえられたちう太は、顔を真っ赤にしてふうふう言っている人間二人を前に、ぷるぷるとヒゲを震わせながらちうちう弁解した。
「あれはちう吉がやりはじめたことで、オイラはちうとも悪くはなかとよ。オイラは吾作どんが素っ裸の丸出しで寝よるのを見て、風邪引かねえか心配してただのに」
「でも一緒に引っ張っただな?」
ギロリと睨む吾作どんに、ちう太がしゅんと首をすくめると、自分も身に覚えのある十兵衛どんが、冷や汗を流しながら口を挟んだ。
「それで、吾作どんのねっこは今誰が持っておるんじゃ」
ちう太は首をひねった。
「そんなもん、持ってても何の役にもたたんじゃろ?」
「オラの大事なねっこを役立たずとはなんじゃあ!」
悔しがる吾作どんをなだめて十兵衛どんが聞きなおす。ちう太はやはり心当たりがないようだった。
「あの後、ネコが飛び込んできて騒ぎになったもんで、詳しいことは覚えとらんのう。みんな逃げるのに必死で、吾作どんのねっこなぞ、持って運んどる場合じゃなかろうが。ふーむ、やはり言いだしっぺのちう吉にでも聞かんとわからんのじゃないかのう」
吾作どんはへとへとになって膝を付いた。
「また、ネズミとの追いかけっこだか……」
十兵衛どんは呆れたように言った。
「てやんでい。そんなことやってられるか。お前さんがちう吉とやらのところへ案内しやがりゃあ済む話よ」
それなりに引け目のあったちう太は、屋根裏のネズミ仲間の溜まり場へ行って、ちう吉を呼び出した。呼び出されたちう吉は、悪びれずにあっけらかんと鼻をこする。
「大したことはやってねえよ。ちうとばかりからかっただけさね」
「ちうとばかりで、男のねっこを引っこ抜く奴があるか!」
「いやあ、まさか本当に抜けるとは」
さすがに怒った吾作どんがちう吉を握りつぶそうと手を伸ばしたので、十兵衛どんが慌てて聞く。
「それで、吾作どんのねっこは今どこにあるんじゃ?」
「さあ?」
今度は吾作どんがちう吉をとっ捕まえても、十兵衛どんは止めなかった。慌ててちう吉が答える。
「あ、あ、聞いてみる、仲間に聞いてみる。誰か知っておるかもしれんし」
それでしばらくボソボソゴニョゴニョクスクスウフフとネズミ仲間とヒゲつきあわせて情報交換をしていたが、やはりみな、ネコから逃げるのに必死で、吾作どんのねっこなどに構っている場合ではなかったらしい。
「抜けたねっこをつっついたところまでは覚えておるんじゃがのう」
「んだんだ。ふにふにしてただ」
「おいらアニさんに渡した気がするぞ」
「ワシは放り投げてはねるのを見ておったぞい」
それでも遊んでいる者はそれなりにいたようで。一仕事終えた達成感で盛り上がる最中、吾作どんのねっこが神社のみこしのように、ネズミたちの間で前足から前足へと回されたことはわかってきた。
さて肝心の、最後はどうなったか、となると、とたんに覚えているものがとんといなくなり、ネコに仲間が襲われてみな散り散りに逃げた話ばかりになる。
「そういえば、学者ネズミのちう助をあれから見んのう」
「そういえばそうじゃのう。あの薀蓄を最近聞いておらんのう」
「わからないことがあればちう助に聞けばよかったんじゃがのう」
なにやら、話題が変わってしまったので、十兵衛どんがネズミらの雑談に口を挟んだ。
「その学者ネズミとやらが吾作どんのねっこのありかを知っておったりはせんじゃろうか」
途端にネズミたちが口々にちうちうと叫びだす。
「そうじゃ、ちう助なら知っておるかもしれん」
「ネズミ一の博識者じゃからのう」
「あいつに聞いて知らんもんはなかべ」
「しかし、とんと姿を見んぞなもし」
「ネコやに食われてしもうたんじゃろうか」
「いたましいことじゃ」
突然どんよりとした空気が一同を襲った。しかし、他に手がかりも無い。十兵衛どんと吾作どんは、ヒゲの垂れたネズミどもをせきたてて、ちう助のねぐらにしていた神社のお社へ向かった。
「こげなところへ巣を作るたあ、ふてえネズミじゃ」
「しかし、中は涼しく静かで快適なんじゃよ。お供えの餅やら米やらあるし」
「ますますもって罰当たりな畜生どもじゃ」
首を振り振り呆れ顔で付いていく人間たちをよそに、ネズミどもは自慢げに鼻を鳴らす。
お社の裏手へ着くと、ちう吉が声を張り上げてちう助を呼んだ。
「ちう助ー! 生きておるかー!」
「無事なら出てこおい!」
しばらくシーンと静まり返っていたが、やがてどこからかコソコソと小さな音が聞こえ、お社の垂木の隙間から、線の細いネズミがちうと顔を出した。
「おお、ちう助、生きておったか!」
「姿を見んゆえ、ネコめに食われてしもうたかと思うたぞい」
ちう助ネズミはそれを聞いてヒゲを引きつらせたが、何かを答えようとしてそこに人間二人がいるのを見つけ、慌てて首を引っ込めた。
「あ、あ、こら待てマテ!」
慌てた吾作どんがお社の柱によじ登ろうとし、それより落ち着いていた十兵衛どんの指示で、ちう太ちう吉の両名が、するするとちう助を追いかけて、連れ戻してきた。仲間の無事が確認できてお調子者に戻ったネズミたちは、ずるずるとちう助を引っ張ってくる。
ちう助はちうちうと叫び声を上げながら苦情を申し立てた。
「ここで会うたが百年目! 色は匂えど散りぬるを! 悪事千里を走る! こげな無碍な扱いを受ける道理はなかとです! 我輩何もしておらんです!」
「何もしたとは言うとらんじゃあ。一つ聞きたいことがあってのお、お前さんなら知っておるかも知らんと思うて聞きに来たでよ」
「一を聞いて十を知る! 口は災いの元! 知らぬは夫ばかりなり! 我輩は知らんとです! 生きるとは皆之忍耐であります!」
じたばたと暴れるちう助の尻尾を押さえて、ちう吉が言った。
「なにを言うか。お前さんはネズミ一の物知りではないか。知らぬことなど何も無かろう」
「しょ、勝負は時の運。有為転変は世の習い。死人に口なし。我輩、無用な口はきかんとです」
「なにを言うとるのかようわからんが、わしらはちいと探し物ばしとるだけじゃて。お前さんが見たか見ておらんか、それだけを聞きたいのよ」
十兵衛どんはひょいとちう助の尻尾をつまみあげ、目の高さに持っていって話しかけた。ネズミにすれば山ほど大きなヒゲ面にきゅうと覗き込まれて、ちう助はつぶらな瞳をうるうるさせながら鼻面を押さえた。
「お前さんも、仲間のネズミと一緒に、吾作どんのねっこを引っこ抜いた場所にいただな? そんでよお、その引っこ抜いたねっこがどこへいっちまったものか、皆目検討がつかんだで、お前さんが何か見とらんかと思って聞いておるんよ」
「知らんです、知らんです! 犬も歩けば棒に当たる! 情に棹さしゃ流される! ころり転げた木の根っこ! 我輩何も見ておらんです! 吾作どんのねっこやは、村の外へ歩いていったに違いないとです!」
「オラのねっこがオラをほって一人で勝手に外へ出て行くわけがなかんべ!」
吾作どんに横から怒鳴られて、ちう助はひょいと首を引っ込めて頭を抱え、耳を前足で塞いで聞こえない振りをした。
「歯に物着せぬが玉に瑕。蓼食う虫も好き好き。袖振り合うも他生の縁。玉袋やも、ごろごろにゃあと転げて、旅に出たくなることもあるとです!」
「オラのねっこがオラに愛想尽かしたとでも言うだか!」
ネズミの言にムキになってプリプリ怒る吾作どんの隣で、十兵衛どんは何やら引っかかるものを感じた。何が引っかかるのかは見当もつかんが、このちう助ネズミの言う事はどうもよくわからない。
「本当に何も見とらんだか?」
「目から出たうろこ! 目の上のたんこぶ! 目は口ほどにものを言う! 我輩何も見とらんとです!」
ちう助はひょいと目を押さえて目を隠した。
「なにも聞いとらんだか?」
「寝耳に水! 馬の耳に念仏! 耳にたこができる! 我輩何も聞いとらんです!」
ちう助はまたぴょこと耳を押さえて耳を隠した。
「なにも嗅いどらんだか?」
「木っ端で鼻かむ! 出鼻をくじく! 鼻毛をよむ! 我輩何も嗅いどらんです!」
ちう助はぷうと鼻を押さえて鼻を隠した。
少し面白くなってきた十兵衛どんはそのまま続けた。
「なにも食うとらんだか?」
「それは我輩じゃなかとです!」
語気も荒くプリプリと怒るちう助を見て、吾作どんは目をパチクリとさせ、十兵衛どんは眉をしかめた。
「誰が何を食ったんじゃと?」
ちう助は慌てて口を塞ぎ、モゴモゴと言った。
「口八丁手八丁、良薬は口に苦し、口から先に産まれる、我輩何も言うとらんです」
「今言うたじゃろう、ワシゃあ聞いたぞ」
ちう助の顔を覗き込もうとする十兵衛どんを見て、まだいまいち話のわかっておらん吾作どんは、不思議そうに首をかしげた。
「いったい何を言うたんじゃ?」
「言うとらんです! 何も言うとらんです! 我輩はあのネコやに何も言うとらんのです!」
また眉をしかめた十兵衛どんは、ちう助に聞いた。
「ふむ、それでお前さんはそのネコやに何を言うて食わせたんじゃあ」
ちう助のヒゲがションボリと垂れ下がる。
「わ、我輩……我輩が言うたわけではなかとです……ネコやが……ネコやが……我輩……他にどうすることも出来んかったとです」
そうして、ちう助はわっと泣き出した。あっけに取られた様子で吾作どんとネズミ達がそれを見守る。
ちう助は泣く泣く、みんなが浮かれ騒いでいたときに、逃げ遅れた自分がなご郎にとっ捕まってしまったことを語った。このままでは食われてしまうと怖くなったちう助は、何とかして自分が助かる方法を考えた。
「十兵衛どん、オラにゃあ、なんの話やらさっぱりじゃあ……」
十兵衛どんは吾作どんを見ながら頭をガシガシ引っかきながら何というべきか悩んだ。わからんのも無理は無い。吾作どんはあの時、満腹の様子で吾作どんの家から出てきたネコのなご郎を見ておらんのじゃから。
「ううむ……」
なんとも本人には言いがたい。しかし、今から思い返せば、ネズミどもが皆無事でおるのに、ネコやが満腹で出てきたということは、他の何かを食ったからに違いあるまい。
ネズミながらに聡い上、遠慮を知らないちう吉が、ズバリと核心を突いた。
「つまり、ちう助は、ネコめに吾作どんのねっこを身代わりに差し出して助かったわけじゃな?」
ちう助がショボンと目を伏せる。
「な、な、な、な、な!」
吾作どんが飛び上がった。ネズミ達もそれを聞いて驚きの声を上げる。
「なるほど!」
「その手があったか!」
「さすがはちう助じゃ!」
真っ赤になった吾作どんの足元で、ご機嫌になったネズミ達が、ちう助の機転を讃えるどんちゃん騒ぎをはじめる。
仲間から賞賛され、気を取り直して尻尾を立てて照れていたちう助を、吾作どんが怒鳴りつけた。
「ふざけるでねぇ!」
ネズミ達がびくりと首をすくめる。
「オ、オ、オ、オラのねっこを引っこ抜いた挙句に、勝手にネコに食わしちまうたぁ、どういう了見だ!」
ちう助は再び、うるうると黒い瞳に涙をためて項垂れた。
「で、でも、わ、我輩そうしてなければ、今頃は……く、食われるしか……」
ネズミ一同が並んで尻尾を垂らし、もらい泣きでちうちうと鼻を鳴らして己が種族の因果な運命を嘆いた。
お人よしの吾作どんはそこでうっと詰まる。ねっこは大事だ。男の宝だ。しかし、だからとて、目の前の者に死んでしまえとは言えない。ましてやここは神様のお社だ。
吾作どんはしぶしぶ振り上げた拳をおろした。
「仕方あんめえ、もう済んだ話じゃ。今更どうこう言うてもしょうがなかと」
ネズミ達はそれを聞いて感動し、もう吾作どんの畑の芋をほじり返したり、褌に穴を開けたり、寝床の藁に糞をしていったりはしないと約束した。
「全部おめえたちの仕業だっただか……」
青筋浮かべてぷるぷると震えながらも、反省して詫びるものに追い討ちを掛けるわけにもいかず、吾作どんはネズミたちをそれぞれの巣へ送り返した。
「もう悪さすっでねえぞ。ネコに近づくなよ」
ちうちうと小さな声が聞こえなくなると、神社の境内が急にガランとしたように思えた。お日様も西に傾き、夕暮れが迫っている。
気丈に振舞ってきた吾作どんだったが、ここにきて、股のすうすうするのがもう元に戻らないことに思い至り、急に切なくなった。
隣の十兵衛どんに、よよよと泣き付く。
「十兵衛どんよぉ、オラの、オラのねっこが……」
十兵衛どんはよしよしと吾作どんを慰めながら、一応なご郎を探して確認を取ってみるべえと、促した。
なご郎は食後の散歩を終え、村の広場へ帰ってきていた。
「おい、なご郎、吾作どんのねっこの話だが……」
「ああ、あれかにゃ。なかなかオツな味だったにゃ。ネコも長く生きてみるもんにゃ」
なご郎はゆうゆうと尻尾をふりふり寝そべりながら、なんでもないことのように答えた。もしやの思いも打ち砕かれ、がっくりと肩を落とした吾作どんは、恨みがましく呟いた。
「お、お前さん、オラのねっこだとわかってるクセに、なしてオラに何も言わずに食っちまうだ」
「んにゃ? おみゃあさんも食いたかったんかにゃ? そりゃすまんかったにゃあが、人間が自分のねっこを引っこ抜いて食う趣味があるとは知らんかったにゃ」
なご郎はポリポリと首をかきながら答える。
「そ、そげな趣味はなかとよ……そもそも、オラが自分で引っこ抜いたわけじゃないわい」
「引っこ抜かれるまで気づきもせずにグウスカ寝とるのがどうかしとると思うがにゃ」
切り捨てるように言われて吾作どんがショボンと肩を落とす。
「それより食わんにゃら、引っこ抜いたねっこなんぞどうするつもりだったんにゃ?」
「ど、どうって……そりゃあ元のところに……」
「戻るもんなのにゃ?」
なご郎はびっくりして目をまん丸にした。素直に驚かれると吾作どんも十兵衛どんも首を傾げるしかない。今まで男のねっこがスポンと引っこ抜かれた話なんぞ聞いた事も無ければ、戻った話も聞かないからだ。
「さ、さあ……」
「なんにゃ。驚いて損したにゃ。にゃら、わしが手に入れた肉をわしが食って文句を言われる筋合いはにゃあよ。おみゃあさんらも食わんのなら腐るだけにゃ。もったいにゃあし、早いもん勝ちにゃ」
なご郎はストンとあぜ道に飛び降りると、興味をなくしたように悠々と去っていった。
「最初に会うたときに教えてくれておりゃ、こげな苦労はせんですんだんじゃがのう」
十兵衛どんの呟きも、ガックリした吾作どんの耳には入らなかった。見かねた十兵衛どんが吾作どんを小屋まで連れ帰ってやる。
「メシを食うか?」
「水でも飲むか?」
なにくれとなく気を使って世話を焼く十兵衛どんだが、吾作どんは首を振るばかり。
「そう落ち込むでねえ。ねっこがなくなったからって、今すぐ死ぬわけじゃあるめえ」
座り込んだ吾作どんの、不自然にぺったりした褌を改めて眺め、十兵衛どんはふと思った。
「おい、ちょっと褌を脱げ。一体どうなったもんか詳しく見とかんとまずいじゃろう」
そういわれてみれば、慌ててバタバタとしておったばかりでしっかりと手当てもしておらんことに気づく。吾作どんはのろのろとふんどしを緩めて、やはり、そこにでっぱりが無いことを見直し、べそをかいた。
「血は出ておらんようじゃな。痛くは無いのか?」
「痛くはない」
十兵衛どんはサオとフクロが繋がっていたはずのところをぐるりと撫でた。良く見れば少し縄でこすれた跡がある。
「しかし、見事になんもかも引っこ抜かれたもんじゃのう。なーんも残っとらんわい」
吾作どんは、おむつを替えてもらう赤ん坊のような体勢のまま、めそめそとすすり泣いた。
「そう泣くな、おなごじゃあるめえ……し……、あー……うん? うーむ……」
女とは言いがたいが、かといって、男と呼んでよいのかも悩んでしまう。十兵衛どんは言葉を濁して、もじもじと指先で吾作どんの股ぐらに開いた穴をくるくる撫でまわした。
別段十兵衛どんに他意はなかったのじゃが、敏感なところを弄られた吾作どんは、ひゃあと色気のない喘ぎ声をあげて、股ぐらをヒュッとすぼめた。すると、入り口をつついていた十兵衛どんの指は、穴の中にパックリくわえ込まれて、キュウキュウと締め付けられたのじゃ。
十兵衛どんは目を丸くして、吾作どんの股間を眺めた。試しに奥の方を少し弄ってみると、くすぐられた吾作どんは、目じりに涙を浮かべて身を震わせる。目をギュッとつむって頬を桃色に染めておる姿は、ヒゲ面ではあったがなかなか苛めがいのある顔に見えた。
「のう、吾作どん、この穴ちいと貸してくれんか?」
「貸すてななんじゃあ、穴ぼこ取っちまったら、余計に穴が大きくなっちまうだよ」
「いや、そういうことでのうて、の?」
十兵衛どんはこそこそと自分のふんどしを緩めると、吾作どんがぼんやりしておる隙に、自分のねっこを取り出して、吾作どんの前に開いた穴へ押し込んでしもうた。
突然太いものを差し込まれた吾作どんは仰天して叫んだ。
「な、な、な、なにするだ、おめえ!」
逃げようとする吾作どんを、十兵衛どんは上から押さえ込んで、ゆるゆると腰を振る。吾作どんはどんくさいところがあったので、肩を押さえ込まれるともう動けなかった。
「いや、最近ちいとばかり女子に縁がのうての。買うのももったいねえで溜まっておったのよ。じゃから、ちいとだけ。 よかろ?」
「いいわけあるめえ! オラは女子でねえと何べんいわせるだ!」
「しかし、痛くはなかろ?」
「い、痛くはなかども気持ち悪いわい! ええい、抜け! 放せ!」
「痛くないなら、いいでねか。ワシのねっこはデカすぎて女子も痛がるんじゃあ。思い切り腰を振るなんてことも、なかなか出来んのよ。ちいとばかし面倒見ておくれ、な? な?」
「バカこくでねえ! 早く抜けと言うとろうに! さあ出せ! とっとと出せ!」
「おうよ、すぐに一発抜いて出したら終わるけえ」
「嫌じゃ、嫌じゃあ! 出すな! 出すなあぁ!」
吾作どんの抵抗むなしく、十兵衛どんは娘子にやると顰蹙を買って平手を張られるような豪快で荒々しい所作で腰を振り、実に気持ち良さそうな声を上げて存分に精を放った。どぷどぷと生々しい音がして、ねっこのささった穴の隙間から、粘っこい汁が溢れ出る。
満足そうに荒く息を吐く十兵衛どんとは違って、自分の腹の中をべたべたに汚された吾作どんの方はたまったものではない。生暖かい汁がじっとりと股の間に絡みつく情けなさと気持ち悪さに悲鳴を上げながら、なんとか十兵衛どんの下から抜け出そうともがく。
すると、吾作どんの動きに刺激された十兵衛どんのねっこは、あろうことか、再び吾作どんの腹の中でムクムクと膨れ上がった。
「な、何をしておるんじゃあ! 終わったなら、はようのかんけ!」
「もう一発だけ! な? もう一発だけ!」
好き放題に腰を振れる穴がよほどよかったのか、あまりの巨根をもてあましてよほど溜まっておったのか、結局十兵衛どんはそのまま夜が明けるまで、抜かずの三発と言わず、何十発といった勢いで猿のように腰を振り続けた。
途中で抵抗する気力も失せた吾作どんは、息も絶え絶えになって痙攣し、その上に崩れ落ちた十兵衛どんは、実に幸せそうにやつれておった。
すっきりして我に返った十兵衛どんは、さすがにそろそろ離れようかと身体を持ち上げたが、その時、ねっこをぐいと、ひっぱられるような感触を受けた。なにかと顔を下へ向ければ、そこには汗やら種汁やら、泥交じりの小汚い汁まみれの、毛むくじゃらの男の下っ腹が二つ仲良く並び、吾作どんの股の穴が、十兵衛どんのねっこを根元からがっしりとくわえこんでいる。
頭を少し冷やしてみれば、バカなことをしたものだと自嘲しながら、十兵衛どんは腰を引いた。しかし、吾作どんの穴は十兵衛どんを放さない。十兵衛どんはぐったりとしている吾作どんの顔をペチペチと叩いて呼んだ。
「おぅい、吾作どん。名残り惜しんでくれるのは嬉しいが、さすがにワシももう勃たんでよ。そろそろちいと緩めてくれやあ」
吾作どんは、かすれた声で弱々しく怒った。
「ふざけるでねえ……オラがおめえのねっこなんか惜しんでたまるもんかい……とっとと出てけこの色ボケの助平のバカタレめ……」
温厚な吾作どんの珍しい暴言に目を丸くしつつ、今にも息絶えそうな吾作どんに十兵衛どんのねっこを握りしめるような体力など、そもそも残っていないことを確認した十兵衛どんは、もう一度腰を引いてみた。
しかし、さんざんに吾作どんの中に出しまくった十兵衛どんの汁は、かぴかぴに固まり、のりのようにしっかりとくっついていた。十兵衛どんが立ち上がろうとしても、吾作どんの腰ごとずるずると引っ張られるばかりでいっこうに離れる気配がない。
「や! や! くっついてしもうたぞ!」
「なにをバカなことを言いよるだか。いつもオラをバカにして笑うのはおめえさんの方だで……な、なんじゃこりゃあ!」
ただ事でなくなってしまっていることに、遅ればせながら気づいた吾作どんも、大慌てで協力して二人の身体を引き剥がしにかかる。柱を掴んで両側から引っ張ってみたり、お互いのへそに足の裏をあててうんと蹴りつけてみたり、どさくさにまぎれて拳骨で殴りつけてみたりしてみたが、産まれたときから一つの生き物だったようにぴったりと合わさったままだ。
そこへ、ちうちうと声を上げながら、ネズミ達がそれぞれに手に食べ物を持って現れた。
「吾作どん、昨日はオイラ達がすまんことをしたで、詫びの品ば持ってきたとよ。量はなかども、オイラ達の気持ちだで……何をやっとるだか? 二人とも。男二人でそげなくっつきおってからに」
人間二人は顔を赤らめて、口ごもった。
「いや、くっついて離れんようになってしもうたんじゃあ……」
ネズミ達はそろって小首をかしげる。
「なして、そげなことに?」
純粋で素直な疑問が、二人の心を打った。えぐるように、激しく。
「オ、オラは悪くねえだ! 全部十兵衛のバカが悪いだで!」
「ワシだってこげなことになるたぁ、思うわけねえべよ!」
「思うも何も、あげなことやってみようと思うのがバカだべ! おめえなんかバカ十で充分じゃ! このバカ十め!」
「なにおう、元はといえば、吾作どんがねっこを引っこ抜かれたりすっからこげな間抜けなことになったんでねか! このヌケ作!」
喧嘩の声が村中に響き、何事と集まってきた村人達は、そこに醜い言い争いを続ける珍妙奇天烈な肉の塊を見つけた。
さて、ある程度お互いを罵りあった二人は、すぐにぐったりと力尽きた。丸一晩腰を振った後である。無理もあるまい。慌てた村の衆は、急いで二人を引き離そうと試みた。力いっぱい引っ張っても、頑固に張り付いた二人の股ぐらは、親子の絆か夫婦の愛かと言わんばかりに剥がれない。案外そういった情の鎖の方が切れやすいかも知れぬ。
しかしながら、うんと引っ張るより他に手段を思いつかない皆の衆は、吾作どんと十兵衛どんの身体にぐるぐると綱を巻きつけ、それぞれ両側から皆でひっぱることにした。
村中の人間が一緒になってずらりと並び、いっせいに綱を引く。ぴんと張った綱の上にネズミ達が乗って、音頭を取った。
「そうれ引けえ!」
「よおいしょ!」
騒ぎを聞いて、再び動物達が集まってきた。
あきれたようにネコのなご郎がため息をつく。
「なんにゃ、朝っぱらから、またやってるのにゃ? よく飽きんもんだにゃ」
すると、それを聞きとがめた学者ネズミのちう助が、なご郎の前に進み出てちうちうと抗議した。
「なにを悠長なことを言うとるですか! これは人助けであります! 背に腹は変えられぬ! 急がば回れ! 情けは人の為ならず! なご郎どんも吾作どんには、ねっこ一つの借りがあるとですよ! 二人が困っておるなら前足の一本ぐらい貸してよかとです!」
「そ、そんなもんだかにゃあ?」
再び強引に縄の端を持たされてしまったなご郎を筆頭に、近辺の動物達も加わって、突如として村を上げての綱引き大会が始まった。
「紅勝てぇ!」
「白勝てぇ!」
砂煙の中を怒号が舞い、汗が飛び散り太陽に煌く。そんなのどかな臨時の祭典も、やがてスポン! という軽快な音と共に終わりを迎えた。
突然すっぽ抜けたおかげで、全員が総倒れになったが、吾作どんと十兵衛どんが二人離れているのを見ると、彼らは最初の目的を思い出し、わっと歓声を上げた。
村が一つになった連帯感の中、そこに敗者はなく、全員が勝者なのであった。
もみくちゃにされてフラフラになった吾作どんと十兵衛どんが、ううんと唸り声を上げ、ようやく意識を取り戻すと、村の衆は、ようやく二人の体調を思いやるつもりになった。
「や!」
「や、や、や!」
昨日の事情を知っている者も知らない者も、みんなそろって驚きの声を上げる。
「”十兵衛どん”! なしてねっこが無くなってるだか!?」
「はぁ?」
ボケた返事を返した十兵衛どんは、皆が吾作どんと自分を取り違えているのだろうと、同じように呆けている吾作どんの股ぐらに視線をやり、目を丸くした。
吾作どんの脚の間には、それは立派な、とても立派な男のねっこが、ふてぶてしくぶら下がっていたからである。吾作どんの新しいねっこは、めったにお目にかかれぬほど、女衆が痛がって嫌がりそうなほどで、まるで、村一番の力持ちかつ巨根の持ち主の十兵衛どんのねっこと同じくらい大きかった。
十兵衛どんは、自分の下腹を見下ろすのが嫌で、ぎゅっと目をつぶると、おそるおそる手を伸ばして股間をまさぐってみた。
「……ない」
産まれてこのかた、小便をするときは行儀よく指を添えるよう厳しく躾けられた立派な男子である。いくら目を閉じていようと、大事なねっこの位置を間違えるはずも無い。
ぶるぶると震えながら指先を立てて、もう少し奥まで進めてみると、十兵衛どんの指はぽっかりとあいていた穴に、ヒュッと吸い込まれた。
「くっ……!」
十兵衛どんはがっくりと崩れ落ちた。元が立派な太竿で、益荒男で鳴らしていた為に、落胆もひとしおである。なんと声をかけるべきかとうろたえる村人達をよそに、昨日同じ心持ちを味わった吾作どんが優しくポンと肩を叩いて慰めた。
「そう落ち込むでねえ。ねっこがなくなったからって、今すぐ死ぬわけじゃあるめえ」
十兵衛どんは、それを聞いて弾かれたように立ち上がると、吾作どんの股ぐらにぶらさがるねっこに飛びついた。
「返せ! そりゃ、ワシのねっこじゃ!」
「痛テテ! 引っ張るでねえ! 千切れるでねえか!」
「千切れるもクソもあるか! おめえのはネコに食われたじゃろうが!」
「オ、オラが盗ったわけじゃねえ! オラは知らねえだよ」
「見損なったぞ、吾作どん! 自分がねっこを無くしたからって、ひとのねっこを横取りするような奴だとは思わなかった」
「バカ言うでねぇ! その言葉そっくりそのままけえしてやる! おめえが勝手に嫌がるオラにくっつけたんでねえか! 自分が悪いべよ!」
再び喧嘩を始めた二人を見て、ちう助がちうちうと鼻を鳴らした。
「なんとまあ人間ちうのは、ねっこを取ったり付け替えたり出来るでありますか。いやあ、さすがの我輩も知らんかったとです」
「うーむ。ちう助が知らんことがあるとは。世の中ちうのは広いもんじゃのう」
ネズミ達はそれぞれ感慨深げにヒゲを擦りつつ、ちうちうと頷く。
「まだまだ我輩も学ぶべきことが沢山あるでありますな。二兎を追うものは一兎をも得ず。光陰矢のごとし。兵どもが夢の跡。日々精進であります」
ちう助ネズミの博識ぶりに、なんとなく皆が感銘を受けている間に、渦中の二人の喧嘩は、一方的な懇願へと変化していた。
「頼む! 後生だ! この通り! なんでもするから返してくれ!」
土下座して地に額を擦りつける十兵衛どんを前に、吾作どんは困惑していた。
「そげなこと言われたってオラだって困るだよ。粘土細工じゃあるめえし、そう簡単につけたり外したり出来るわけなかろ?」
試しに指でつまんで、ちょちょいとひっぱってみたが、大きなねっこはがっしりと吾作どんの股ぐらに根を張っていた。
「そこをなんとか!」
「やり方がわからねえのに、なんとかもねえだよ」
うにゃにゃ、と不機嫌そうな唸り声が響いた。
「そんにゃもん、悩むまでもにゃあよ。バカバカしい」
なご郎がイライラと尻尾を振りながら、またしても無駄な労働に付き合わされたことに腹を立てつつ、吐き捨てる。ネズミ達が不穏な気配を察して、さっと身を隠した。
「おみゃあさんらが昨日なんにゃらやったから、ねっこが入れ替わったにゃ? もういっぺん同じように繰り返せば終わりにゃ」
なご郎は前足を振り払って、気だるげに身を翻したが、ふと振り返ると、吾作どん達やその後ろに身を隠したネズミどもにびしりと肉球を突きつけて宣告した。
「でも、今度くっついたときはおみゃあさんらだけで引っ剥がすのにゃ。今日だけは勘弁してやるけども、今度こんなごとにわしをつき合わせたらただじゃおかんにゃ」
なご郎が去って行ったのを見届けると、集まっていた動物達も、満足したのか解散の流れになった。
それにまぎれてこっそりと去ろうとしていた吾作どんを、十兵衛どんは逃がさず、がっしりと捕まえた。
冷や汗を流しながら震える吾作どんに、十兵衛どんが苦渋の決断をして言い放つ。
「ワシも腹をくくる、吾作どん」
「くくらんでええよ、十兵衛どん……」
「一晩だけでいいんじゃ! ちいとばかり腹がベタベタになってくっつくぐらい朝まで腰を振ってくれりゃあ、きっと元に戻る! な!」
「む、無理じゃ。オラはそんなにもたん」
「出来る! ぶらさがっとるのはワシのねっこじゃ! 抱いてくれ! 女子の格好をしてもよい! この通りじゃ!」
しばらくの間、吾作どんを口説き倒す十兵衛どんの姿が村のあちこちで見られるようになった。村の衆は、はじめは何事かと仰天していたが、やがて軽く受け流すようになった。
結局二人は、ときどき交代でねっこを付け替えて、仲良く暮らしていたそうな。村の人間や動物達も、定期的に起こる綱引き大会を、良い気分転換だと楽しんでおったようじゃ。吾作どんと十兵衛どんの間に赤ん坊が出来たなんて噂もあったが、まあ些細なことじゃて。
めでたし、めでたし
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投稿:2013.01.31
おおきなねっこ
著者 自称清純派 様 / アクセス 9083 / ♥ 2