あるポスオペのTSは、本人の解剖学的・生理学的な「オートガイニフィリア(自己女体化嗜好)」(それは排尿機能を中心とする)について詳細に語っている。
「オートガイニフィリア(自己女体化嗜好)」というのは、まさにおれのケースにぴったりだと思う。
10代の頃から、おれは自分自身が今でいうTS(トランスセクシャル)だと思っていた。
しかし、通常のTS(トランスセクシャル)とはかなり異質だともわかっていたが、さりとて女装趣味者でもないし、と何年も悩んでいた。
(おれは性転換する前も、してから後も、男とセックスしたいと思ったことは一度もないのだ。もし恋人にするなら女がいい。)
女装するのはたいして興奮しない。
一時ハマったが間もなく飽きてしまった。
性転換後の今でもそうだ。
性転換以前には、オナニーの時には、病気かケガで陰茎も陰嚢も性器すべて切除されてしまった自分の股間を想像したり、自分の股間が女性の外陰部になっているのを想像したりしていた。
そして、当時も今も、女のような小便をするのに興奮する。
性転換する前は、生理用品に小便して生理の気分を味わったものだ。
おれの好みは、横漏れ防止の長いヒレがついて、後漏れ防止用に前後に大きくなったビッグサイズのナプキンだった。
男性器がある都合上、大きいのでないと具合が悪かった。
しかし、女装趣味と同じく一時ハマったが間もなく飽きてしまった。
トイレでは女のように「しゃがんで」もしくは「座って」しなきゃならない、といつも思い込んでいた。
何年もの間、おれは女の排尿に似せるため、ペニスをもって方向を維持したりできないようにしてしまう工夫をいろいろしていた。
(女装趣味者のタックという睾丸を体内に隠す技は、おれの陰嚢が大き過ぎてむりだった。)
例えば、陰部をまるごと後に回して股間に押しつけた状態でテープで固定して、股間を平にしてから、上からガーゼで覆い、性器の切断手術を受けた様子を模造してみたり。
これは見た目だけで精液がもれてくるほど興奮した。
ペニスの先を少し出して、後ろ向きに小便が出るように工夫してみたこともある。
これだと男子用小便器が使えない。
尻の谷間や肛門までびちょびちょになり、ドキドキするほど刺激的だった。
おれは通常のトランスセックスではない。
(そもそもトランスセックスではないのかも。)
だから性転換手術もきわめて特殊な注文をすることになった。
医者は面食らったが、また興味も示して、おれに協力してくれた。
結果は、女性器の外観はどうということもないものだった。
おれは女性器の外観の出来の良さにはまったくこだわらなかったし、深い興味もなかった。
(性同一障害者の場合、そういう患者はきわめて珍しい。
普通は精神不安定になるほど過剰に外観の出来にこだわる。)
しかし特殊な機能がついていた。
世界でおれにとってのみ意味のある機能だが。
そして、正確には、機能がついているというより、ある機能をあえて壊した状態なのだが。性転換での収穫は、トイレにいくたびに、「男」じゃなくなってしまったんだと毎回気付かされることであり、それがおれにとって最大の感動でもある。
おれはいまだに小便の出方が女のようになってしまったと思うたび興奮する。
ドアをあけて個室の方に入らなきゃならない。
滴った尿のために糞したわけでもないのに肛門まで拭かねばならない、この屈辱。出てる最中は、小便が割れ目の中で暴れたり股間に滴ったりして、尿の生暖かさを感じるし、小便が便器の中の水に当たる音、女の小便に独特の広がって渦巻いて流れ出る「シュワージュルジュシャー」という独特な音が聞こえる。
これも大きな快感だが、股間を拭くだけではなく、小便が散らばったり垂れてきたり引っかかったりして、ふとももや尻まで拭かなければならない。
そしていつまでも切れの悪い小便。
尻を上下にふってみっともない思いをしながら雫をきったつもりが、パンツをはくと冷たかったりする。
和式なら、便器を飛び越したり足首に引っかかったりハミ出して床に垂れ流したり。
おれはしゃがみ方や足の位置を工夫したりカカトと尻を浮かし気味にして左右に尻を動かして調節したりと必死だがかならず無駄な抵抗に終わる。
洋式なら便器から飛び出して前の方にこぼしたり、尻と便座の間に尿が回ってふとももまでびしょびしょになったり。
洋式は尻の位置は固定されるため和式のように工夫すらできない。
なされるがまま。中腰にして尻を浮かしてやると飛び散ってもっと悲惨なことに。
(それでも汚い公衆トイレでは便座から尻を浮かして中腰でやるが。)
・・・など、屈辱と羞恥にまみれた毎日のたいへんな手間がある。
それでおれの排尿器官は壊れた水道管みたいに形状も機能も破壊されてしまったと思い知る。
いちいちズボンとパンツを降ろし、糞するわけでもないのに女のようにケツをさらしてやってるのに、おれは小便も満足にできない、生まれもつかぬ女になってしまった。
いや、ほとんどの女性はトイレできちんと用を足しているのだから、女以下になってしまったことを否応なしに思い知らされる。
その屈辱妄想を、股間を拭く時の指の刺激がますますヒートアップさせ、トイレの中で射精してしまうことすらある。
性転換してから、一瞬だが、女の下着にも興味をもったことがある。
ちょうどブラジャーがおっぱいを保持するためにカップ状にできているように、女物のパンツは女の平らな股間に合わせて社会の窓はなく股のところはぴったり閉じた構造になっている。
その感触は悪くない。
それと、股のところがホックやボタンになっていて脱がずに小便できる構造の下着にちょっと興味をもったが、金を出してまで買おうとは思わなかった。
男物のブリーフが一番いい。
もはや存在意義を失って開かれることのない社会の窓。
男物なのに中身を失ってぺしゃんこの自分の股間は今でも眺めているだけで興奮してくる。
拭き方が悪かったり、切れが悪かったりすると、小便のシミができる。
それをみたいから、いつも色は白だ。
小便のシミをみて、なんておれはダメな奴だと思う。
そして女性用の尿漏れパットを買ってくる。
パンツを汚すのはほどほどにしないと、馬鹿馬鹿しくなってきて興奮が冷める。
恥丘のふくらみと膣は無いが、陰核・陰唇はオナニーをしていない時でも、ただあるだけで性的な刺激を感じるし、尿道口や肛門そばにかけての内股のあたりも敏感な性感がある。オナニーするとなると、自分の女性器にまつわるおれのフェチと、排尿時の感触の記憶、トイレの恥辱妄想などが絡み合って、おれはオルガスムスに達し、射精してしまう。しかし射精では終わらない。性転換以前ほど極端な絶頂は感じないがそのかわり長く続くようになった。
女のような小便をしたい(女の外陰部をもちたい)というおれの子供の頃からの望みこそ、性転換手術を望む本当の理由だった。
むろん、性転換前には、このことはセラピストにもトランス系の知人にも誰にも明かさなかった。
性転換の計画を支援してくれなくなるだろうと心配したからだ。
女装趣味者・ゲイ・オカマ・性同一性障害者、誰もおれの理解者ではなかった。
おれは孤独だった。
今おれは幸福に包まれている。
外見上男として暮らし続けつつ、パンツの下には女性器がある。
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投稿:2015.09.24更新:2021.10.23
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