近年ではパイプカット手術が、包茎手術同様に一般的な医療行為として認知されるようになった。
一般的にパイプカットは、子宝に恵まれた夫婦が避妊具を使用することなく営みを行う目的や不倫による意図しない懐妊を防ぐ目的で施術される手術だ。女性側から旦那や不倫相手に施術させるケースも少なくない。
パイプカット手術のメリットは、日帰り手術が可能であり数万円の費用で、99.9%の避妊が可能であることだ。デメリットは一度パイプカット手術(精管結紮術)により精管を切断すると、再接合をした場合でも生殖能力が完全には蘇生しないリスクである。現在の「パイプカット手術の再建術(もとに戻す)」では、費用が100万円程度かかるうえに、精子出現率90%、精液正常化率40%が相場となっている。もっぱら、この確率は30代後半や40代以上の男性を対象としたものであり、パイプカット手術から長期間(10年以上)経過している者も多数含まれている。そのため、若年層かつ、術後10年以内であれば成功率は更に向上すると予想される。
政府はパイプカット手術を利用して、現代社会の課題である「少子化、母子家庭の増加、晩婚化、そして未成年(18歳以下)妊婦の増加」の解決に向けた糸口を模索し始めた。
第一弾として政府は、パイプカット手術と再建術の技術向上を図るべく、大学法人の医学部研究室へ補助金を支出する方針を固めた。
「パイプカット技術向上のための補助金の概要」
対象 : 日本国内で以下の治験を行い、研究成果を報告できる大学法人ならびに、研究機関。
研究期間 : 6年間を推奨。
治験対象 : 18歳以上、30歳未満の男性を推奨。(技術向上目的での動物実験も認める。)
公示後、大学法人や研究機関は治験者探しを開始した。治験者に1000万円の補償金を提示する私立大学も存在するが、治験期間の長期化やリスクの大きさから人材確保に苦戦した。
政府は有識者会議を開催し、政府出資による治験者への補償金を決定した。
補償内容は、従来の治験補償金に加え、年間200万円の追加補償や、治験期間中の納税免除に加えて、パイプカット手術の再建術が失敗した場合には、追加で1000万円を上限とする補償を計上した。
T大学の医学部では、学内にポスターを掲示し、治験志願者を集めた。治験者には、政府の補助金に加え6年間の学費免除を約束した。6年間といえば、医学部、薬学部、大学院進学希望者の在学期間である。
大学生がパイプカット手術を受けるメリットは大きい。避妊具の使用なく行為できるうえ、学費の免除、そして政府からの補償金200万円/年額 という夢のような好条件を享受できることである。
応募条件
•対象18歳以上30歳未満のT大学在学生 (1年、2年生推奨)および、教員
•睾丸がひとつ以上ある男性
•現在の体重が50-100kgの範囲内である者
初年度の募集人数は30名を予定しているが、募集開始1週間で、83名の応募があった。とりわけ学費が高額になる医学部生からの応募が多いようだ。
志願者には、面接と身体検査が実施された。身体検査で採取された精子は、有事の際に備えて大学病院で冷結保存される。
検査の結果、83名中81名の生殖能力が通常と判断された。大学は様々な条件で治験を行うべく、独自基準にて 30人を選定した。幸か不幸か、治験者から落選した者の中には、条件の異なる別の大学法人や研究機関の治験者となった者も多い。T大学から提携機関への推薦も行われたようだ。医薬品メーカーのなかには、治験期間中の学生が居住するマンションを提供するという契約も存在するようだ。
T大学では選考結果開示から数週間後に、早速パイプカット手術が実施された。半数以上が18歳、19歳の学生だ。18歳は既に成人とみなされる。手術は大学病院の医師らが施術するのだが、医師らの研修も兼ねており、全員が外科医というわけではないようだ。
パイプカット手術は局部麻酔を含めて1人あたり30分程で終了する。T大学では経過観察のため、パイプカット手術後2ヶ月間は寮生活を行う規則になっている。その間の性行為や自慰行為は禁止であり、貞操帯が装着される。
パイプカット手術を行なったとはいえ、睾丸の機能は施術前と変わらず、2ヶ月間の禁欲生活は大学生にとって辛いものとなる。
経過観察中は1週間毎に射精管理が行われ、生殖能力の減退を確認される。多くの学生は1ヶ月程で精嚢に残っていた全精子が排出される。
施術から2ヶ月後の検査で精子が残っていた被験者は2名であり、彼らはエコー検査が実施され精管の状態確認が行われた。うち1人の学生では、右の精管で術後に再結合される医療ミスが発覚した。大学側は教授陣や担当医を集め、手術時の録画映像の視聴による問題確認と再発防止策が検討された。
残りの28名は無事に開放され、6年間に渡る自由な学生生活を過ごすことになる。後に開放された2名も含め、彼らは補助金という資金力にくわえ、将来有望な医学部生も多いことから女性関係には困らない学生時代を過ごすことになるだろう。被験者のなかには、睾丸から精子が排出されないために性行為での持続力が増えたという体験談を語る者もいた。
そんな学生の中には、彼女をつくり、婚約をする者もいる。観察期間の6年間は、毎月一度の射精検査以外は何事も自由である。
また、4年間で卒業する学生などに向け、途中で治験を辞退する制度も存在する。治験開始から、3年以上6年未満で辞退する場合は、政府から支払われた補償金の半額を返済する必要がある。(3年未満で辞退する場合は全額返済)
経済学部のS君には彼女がおり、卒業後すぐ結婚を望んでいる。彼女は結婚の条件にS君の生殖能力が回復することを挙げており、S君は3年間が経過した、4年生の春で治験辞退を決意した。補助金の半額 (300万円)の返済義務、さらには治験期間後の学費の納付が途中辞退の条件となる。
S君の辞退希望の申し出により、T大学の治験では初の「パイプカット手術の再建術(もとに戻す)」が決定した。大学側はS君以外からも、3年間での途中辞退希望者を募った。S君の他に4名から申し出があった。
大学側は通常の「パイプカット手術の再建術」に加えて、学生が負担する政府への補助金返済分を肩代わりすることを条件として、次の治験を受ける「オプション」を提示した。
1 左右いずれかの精管で、人工精管を使用して結合する。(人工精管で結合しない、もう一方の精管の再接合(再建術)は、当初の治験終了期間まで行わない)
2 両方の精管で、人工精管を使用して結合する。
3 一方の精管を完全摘出し、人工精管にて残る一方の精管に誘導する。(例、左精管を摘出した場合、左睾丸から人工精管にて右精管へ精子を流入させる手術) ※こちらの手術の場合には、大学側から追加で500万円の補償金を用意。
4 経過観察の可視化 (結合部のみ)。両精管の結合経過を観察する目的で、2ヶ月間、陰嚢に小型カメラを装着した状態で放置する。2ヶ月間は運動禁止で、寮の室内のみで生活。※片精管の場合で200万円、両方精管の場合300万円の追加補償金を大学側で用意。
5 経過観察の可視化 (全体)。両精管の再結合時に、片側の陰嚢を通常よりも大きく切り裂き、精管ならびに睾丸を陰嚢外へ取り出す。陰部に特殊な器具を装着し、陰嚢内部の様子を2ヶ月間観察する。2ヶ月間は病室から出ることはできない。※こちらの手術の場合には、大学側から追加で1000万円の補償金を用意。
追加補償の発表を受けて、途中辞退の被験者に希望調査が行われた。
S君は、1のオプションを希望。残る学生は、オプション無し(自己返済)が2名、3のオプションが1名、4のオプションが1名だ。大学側の希望が強い5を選択した学生はいなかった。大学4年生ともなれば、リスク計算が上手なのだろう。
治験期間3年間での辞退者への施術は7月に行われることになった。治験開始から3年2ヶ月である。S君らは、男に戻る嬉しさと生殖能力回復への心配が重なり複雑な気持ちである。
7月某日、いよいよ「パイプカット手術の再建術(もとに戻す)」が行われる。医者や政府関係者、メディアが集まり大学は祭り騒ぎだ。手術会場からの中継映像は、医学部生や事前の抽選で当選した学生にも別室で公開されている。個人情報保護の為、電子機器の持ち込みは禁止されているが、大勢の学生や教授陣で賑わっている。どうやらS君の彼女もいるようだ。
被験学生5名の手術は、大学病院内の手術室で一斉に行われた。注目の的は、オプションを追加した3名の学生だ。S君は追加オプションは望まなかったが、彼女との交際に補償金を費やしてしまい、渋々オプション1を選択した。無事に生殖能力が戻れば、彼女と結婚することができるので安パイな選択だろう。
パイプカット手術の再建術(もとに戻す)手術は90分程で終了し、オプション4を選んだ学生以外は貞操帯が装着されたのち解放された。オプション4の学生は数日間入院することになる。
再建術の2週間後、最初の生殖能力検査が実施された。S君、オプション無しの1人、オプション3、オプション4の学生に精子の出現が見られたが、現時点では正常回復とは言えない精子量であった。
再建術2ヶ月後の検査で、S君は治験前の精液に含まれる精子量の40%に回復することができた。3年後にもう一方の精管を通常の手術にて戻すことを考えると、再建術は成功といえる。
オプション3を選択した学生は25%の回復率だ。彼は既に両睾丸に繋がる精管が再結合されており成功とは言えないが、妊娠に必要な精子量は確保されている為、大学側は経過観察とした。さらに精子量が減少した際には、1つに統合された精管を切り離して人工精管での再結合を補償することを約束した。
オプション4を選択した学生は、左精管接合部の経過観察が行われたが問題なく終了し、回復率も110%と治験前の精子量を上回る結果となった。
オプションを選択しなかった学生の1人が回復率85%と成功したが、もう1人のD君は深刻だ。精液中に全く精子が出現しないのだ。エコー検査では問題なく精管の再接合が確認されているため、大学側は返済する補助金の肩代わりの引き換えに睾丸検査を打診した。快諾したくないが、それ以外の方法がなく了承せざる得ない D君…
D君には、いわゆるTESE精巣精子回収術 (睾丸からの直接採取) にて、精子の回収が試みられた。回収術に於いても、妊娠に必要な精子量を採取することが出来なかった。回復の望みが薄いD君が子供を授かる為には、大学病院に冷凍保存されている精子を使う必要があるだろう。参加者は治験前とパイプカット手術直後の射精検査で精子採取が実施され合計で50mL以上を冷結保存している。だが、D君の負った代償は大きい。
政府はこのような研究成果を踏まえ、本格的にパイプカット手術を婚姻前の男子へ義務付ける法案を検討している。
つづく (2)
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投稿:2022.03.08更新:2023.11.26
中学校入学要件に「パイプカット」を追加する法案 (1)
著者 センチュリーミニオン 様 / アクセス 14107 / ♥ 62