私の名前は彩花。看護学校を卒業したばかりで、この田舎の小さな病院に就職した新人看護師だ。初めての職場に緊張しながら入職した初日、先輩看護師の愛理さんに更衣室を案内された。「ここで制服に着替えてね。あ、荷物はそこの壁掛けにでも引っ掛けておいて」と笑顔で言われ、私は素直に頷いた。更衣室の壁には、少し黒ずんだ、何か棒状のものがフック代わりに打ち付けられていた。見た目は奇妙だったけど、先輩に言われるままバッグを引っ掛けた。
手触りが少し人間の皮膚っぽくて、不思議な感触だった。「これ、なんですか?」と愛理さんに聞くと、彼女はくすっと笑って、「あ、それね。昔の患者の悟史って子の、おちんちん」とさらっと答えた。私は一瞬固まった。「え、え!?おちんちんって……その、ほ、本物ですか!?」と慌てて聞き返すと、愛理さんは楽しそうに頷いた。「うん、本物。事故で切り落とされちゃって、まあ、自業自得なんだけど。捨てるのも可哀想だから再利用したの。面白いでしょ?」
頭が混乱したけど、愛理さんの軽い口調に引きずられるように、「そ、そうなんですね……」と曖昧に笑った。彼女はその後も「悟史ってさ、社会人になってからはもうダメダメでね」と笑いながら昔話を始めた。どうやら、このおちんちんの元の持ち主とは知り合いだったらしい。私はバッグをその“壁掛け”に掛けたまま、制服に着替える。つい、チラチラとそれを見てしまった。黒ずんでくしゃくしゃになった先端、妙に伸びた皮の部分が、確かに“それ”っぽい形をしてる。気持ち悪いのか面白いのか分からない感覚が湧いてきた。
勤務が始まって数日後、更衣室で他の先輩たちと一緒になった時、その壁掛けが話題に上った。「彩花ちゃん、あのフック使ってる?」とベテランの美咲さんがニヤニヤしながら聞いてきた。「はい、荷物掛けてますけど……あれ、本物なんですよね?」と返すと、みんなが一斉に笑い出した。「そうそう、悟史くんの忘れ形見!」「あいつ、昔は愛理ちゃんの彼氏だったらしいよ」「今は金玉だけ残して惨めに暮らしてるって」と、みんな楽しそうに話してる。私は「へえ……」と相槌を打ちながら、壁に吊るされた“それ”に目を向ける。触ってみると、冷たいけど、どこか生々しい感触が残ってる。美咲さんが「どう?触り心地いいでしょ?タオル掛けても落ちないし、優秀だよ」と笑うから、私もつられて「確かに便利ですね」と笑った。でも、心のどこかで「これ、ほんとに男の人の大事な部分だったんだ……」と思うと、ゾクッとした。いつの間にか入ってきた愛理さんが「あいつ童貞だったし、女の子にいっぱい触ってもらえて、喜んでるんじゃない?」と冗談を言うと、更衣室はまた笑いに包まれた。
その日から、私はそのフックにバッグやタオルを掛けるたび、ちょっとした好奇心で触ってしまう癖がついた。指でつまんでみたり、軽く撫でてみたり。「悟史ってどんな人だったんだろう」と想像してしまう。でも、こんな形で使われてるなんて、悟史って人はどんな気持ちなんだろう、と少しだけ思った。
今日も勤務が終わって更衣室に戻ると、みんなが例のフックを触りながら帰っていく。「お疲れ、悟史くん」「今日も頑張ってね」と冗談を言いながら。私は自分のバッグを手に持ったまま、じっと見つめた。切り落とされた過去の持ち主は、今頃どこかで惨めな生活を送ってるんだろうな。でも、童貞のくせに、ここでは、毎日たくさんの女の子たちにおちんちんを触られてる。なんだか皮肉だな、と思いながら、私は人差し指でフックを軽く弾き、「お疲れさま」と呟いて帰った。
-
投稿:2025.03.12更新:2025.03.12
謎のフック
著者 カンノ 様 / アクセス 465 / ♥ 9