次世代多機能トイレの闇 (4)
第四章:資本主義の洗礼と人間の価値
2055年の社会は、次世代多機能トイレの普及によって、新たな経済システムと倫理観の只中にありました。民間企業の参入と、個人の欲望を刺激する多機能化は、資本主義の新たなフロンティアを開拓したかに見えましたが、同時に、人間の価値そのものを問い直す契機ともなっていました。
会社はさらなる金儲けを企む
廃棄物処理装置の故障により、タケシたちが非人間的な作業に追われている最中も、会社の上層部は次なる金儲けの機会を虎視眈々と狙っていました。彼らにとって、廃棄物処理はコストでしかなく、それよりもいかに多機能トイレから収益を上げるかが重要でした。
「今回のシステム障害は痛手だが、逆に顧客の依存度の高さが証明されたとも言える。もはや彼らは、このサービスなしでは生活できないのだから」
役員の一人が薄笑いを浮かべながら言いました。会議室のディスプレイには、多機能トイレの利用履歴やオプションサービスの購買データがグラフで表示されており、右肩上がりの曲線が並んでいました。特に第3.1世代の美容外科機能の利用率は、彼らの予想をはるかに上回っていました。
「失われた身体機能? 倫理的な問題? そんなものは、市場の拡大に比べれば些細なことだ。むしろ、人々が自らの身体を『カスタマイズ可能な商品』として捉え始めた証拠。これは、新たなビジネスチャンスに他ならない」
別の役員が、興奮気味に腕を組みました。彼らの視線の先にあるのは、人間の身体そのものが持つ可能性、そしてそれを商品化することによって得られる巨額の富でした。彼らは、個人の「なりたい自分」という欲望を巧妙に刺激し、さらなる高機能化、そして有料オプションサービスの拡充を計画していました。多機能トイレは、もはや公衆衛生インフラではなく、個人の身体的変容を促すための「パーソナル・カスタマイズ・ステーション」へと変貌しようとしていたのです。
しかし、その会議の最中、冷静な表情のデータアナリストが口を開きました。
「恐れながら申し上げます。確かに現時点での美容外科領域の収益は顕著でございます。しかし、今後の発展性については、やや懸念がございます」
役員たちが訝しげな顔でデータアナリストを見やります。
「現在、多くの機器が3.1にアップデートされ、市場に溢れています。 これは、供給過多に繋がり、飽和状態が目前に迫っていることを意味します。このままでは、施術単価の低下や、新たな顧客獲得の困難に直面する可能性が高いかと存じます」
データアナリストの指摘は、楽観的な空気に冷や水を浴びせるものでした。たしかに、手軽な施術が売りだった第3.1世代は、あっという間に市場を席巻し、今やその「手軽さ」ゆえに、競合他社との差別化が難しくなっていました。次の収益の柱を、どこに求めるべきなのか。上層部は、新たな金のなる木を探すため、再び頭を悩ませ始めました。
その重い沈黙を破ったのは、役員の一人のつぶやきでした。
「そういえば、子ども用次世代多機能トイレの需要も増えているそうじゃないか。それに、まだ外科ユニットは付いていない。そちらに、外科ユニットを付加できないか?」
その言葉は、会議室に一瞬の静寂をもたらしました。誰もが、その提案が持つ倫理的な意味を瞬時に理解しました。しかし、同時に、そこにある市場の可能性も感じ取っていました。子どもの身体にまで「カスタマイズ」の波が押し寄せるのか。新たな「闇」が生まれようとしていました。
役員は少し考え込み、そして技術部門の責任者に指示を出しました。
「小型化は可能か? 子どもの身体に適用できるよう、外科ユニットの miniaturization(小型化)と安全性の検証を急いでくれ」
その指示は、単なる技術的な課題ではなく、子どもたちの未来、そして社会の倫理観そのものを左右する大きな一歩となることを、その場の誰もが感じ取っていました。