次世代多機能トイレの闇 (7)
第七章:不審な利用者と予期せぬ発見
2027年、タケシは新入社員のユウコと仕事にあたっていた。ユウコが加わったおかげで、タケシの作業負担は随分と軽減されていた。
午後の予定を確認すると、タブレットには古いショッピングセンターに設置されている機器の修理が指示されていた。
故障中のトイレ
その日の午前中、とある郊外の大型ショッピングモールに設置された3台の次世代多機能トイレのうち、1台がシステムエラーを報じていた。モールの少し奥まった、比較的利用者の少ない一角だ。
彼らは手早く「故障中使用できません」と書かれたバリケードを設置した。
多機能トイレの専門技師であるタケシとユウコは、故障した装置の修理に当たっていた。彼らのタブレットには、エラーコード「O-02:直腸アプリケータシステム異常」と表示されている。
「またこれか……最近、このエラーが多いな」タケシが眉をひそめる。「これ試運転必要だよなぁ……俺、挿入されるの苦手なんだよなあ」と愚痴をこぼした。
それに対し、ユウコは即座に反応した。「それってまた私に実験台になれってこと?今日はもう2回もやったよ、上司にパワハラって言いますよ!」
「やっぱり交換しないとダメだな。部品トラックにあるから取ってきてよ」タケシはユウコに指示した。
ユウコが部品を取りに行っている間、タケシはバリケードの内側で休憩していた。すると、隣の多機能トイレに利用者が現れた。タケシは利用者に軽く会釈し、休憩を続けていたが、利用客と鉢合わせると少し気まずい気持ちになるため、今日はついていないなと少しがっかりしていた。利用者は操作パネルを操作し、カード決済を済ませる。人気の少ないフロアに、決済音が静かに響き渡った。まもなく利用者は中に吸い込まれていった。
その時、タケシの携帯電話が鳴った。「先輩、部品この型番で良かったでしたっけ?」受話口からはユウコの少し不安そうな声が聞こえてくる。「いや違うよ」タケシはすぐに答え、続けて「多分もっと下の棚の方だ」と、具体的な指示を電話で伝えた。
「先輩!ありました!持っていきます!」ユウコからの明るい返事に、タケシは少し安心して電話を切った。
ちょうどその時、隣の多機能トイレから先ほど中に入っていった男が出てきた。タケシは「妙に早いなぁ……まあ、何か忘れ物を取りに戻っただけかもな」と思いながら、彼を目線で軽く追いかけた。
すぐにユウコが目的の部品を持って戻ってきた。タケシは早速、ユウコに指示を出し、直腸アプリケータの取り外しと交換作業を開始した。ユウコの教育のため、タケシは具体的な手順は指示するのみで、彼女自身の作業を見守る。
「そうそう、それを外して……。このパイプは外すと水が少し漏れるから注意して……」タケシはユウコの手元を注意深く見守りながら、的確な指示を出した。
その時、隣のトイレに利用者が入る影が見えた。ユウコが外そうとしているパイプを離せば水が溢れてしまうため、タケシは利用者の姿をしっかりと確認することはできなかった。彼は、先ほどの男が、なにか別の用事が片付いたので戻ってきたのだろうと、軽く考えていた。
ユウコは30分程度で順調に部品の交換を終えた。「お疲れ様。随分上手くなったね」タケシは労いの言葉をかけた。「古い部品をトラックに持って帰ったら、試運転は僕がするよ。時間がかかるから、30分ほど休憩していいよ」とタケシは指示した。
「ありがとう!先輩!トラックで休んでいるね!」ユウコは上機嫌でその場を後にした。
ユウコが去り、一人になったタケシは、直腸アプリケータの試運転のことを考えながら、少し憂鬱な気分で道具を片付け始めた。その時、ふと隣のトイレの利用者が**「ずいぶん長いな」と気がついたのだ。タケシは長年この仕事に携わっているため、装置の動作音からおおよその施術内容を判別できた。耳を澄ますと、外科ユニットから発する特徴的な電気メスの音**が微かに聞こえてくる。
「ははーん……あの人、少し怖くなって一旦戻ったんだな。怖いならそんな施術、やめればいいのに」タケシは呆れていた。すると、すぐに機械の動作音が止まった。再び利用客と鉢合わせると少し気まずいので、タケシはとっさに隣のトイレに背を向けた。
利用者が中から出てくるのを待っていたところ、突然背中から声をかけられた。振り返ると、中学生程度の見た目の男の子が立っている。「おじさん、タイガーマスクの人?ありがとうございました。ぼく……いや私、とっても幸せです。この恩は忘れません!」そう言い残すと、男の子は一目散に走って去っていった。タケシは急な話で、いったい何のことか全くわからなかった。
暗号と理解
先ほどの男の子が何を伝えたかったのか、その意味を理解しようと、タケシはもやもやした気持ちを抱えたまま、修理した装置の試運転に臨んだ。
多機能トイレの腸内洗浄モードで機械を操作しながら、タケシは自身のスマートフォンで漠然と何かを調べ始めた。すると、偶然ある匿名掲示板を見つけた。その掲示板のタイトルは、「男の子やめたい人はいる(タイガーマスク)」。
画面をスクロールすると、衝撃的な書き込みが目に飛び込んできた。
今日の9時15分: 「男の子です決心しました。全部取りたいです。タイガーマスクさんお願いします。」
10時54分: 「○△□ショッピングセンター2F 13時キッカリに来れるかい?」
11時34分: 「行きます約束は守ります」
これらの書き込みを見た瞬間、タケシの背筋が震えた。
彼の頭の中で、全ての点と点が線でつながり、状況の恐ろしい意味を理解した。先ほどの「妙に早い」利用客の出現。その後の「ずいぶん長い」二度目の利用。微かに聞こえた「電気メスの音」。そして、去り際に少年が口にした**「タイガーマスクの人?ありがとうございました。ぼく…いや私、とっても幸せです」**という言葉。
タケシは、自分が意図せずして、とんでもない行為の片棒を担いでしまったことに気づいた。これは犯罪なのか?しかし、少年は「決心した」と言い、双方に「合意」があったようにも見える。法と倫理の狭間で、タケシの心は激しく揺さぶられた。
そうこうしている間に、直腸アプリケータの試運転が静かに終わった。タケシはドッと疲れた表情で、広げていたバリケードや道具を回収し、片付けを始める。
帰り際、ふとタブレットに目をやると、画面には「保管バッグ回収1」と表示されていた。それは、隣の多機能トイレから回収すべきものが存在することを示す表示だ。タケシは複雑な心境で、その銀色の保管バッグをそっと、しかし優しく回収した。そのバッグの中には、少年の「決意」が形となったものが収められていることを、彼は理解していた。
トラックに戻ると、ユウコが憔悴しきったタケシの顔を見て、驚いたように声を上げた。「えっ、大丈夫ですか?ホントに苦手だったんですか?!」
タケシは重い口を開き、「今日は疲れた。もう帰ろう」とだけ告げ、深く追求されることを避けるように現場を後にした。彼の心には、得体の知れない重苦しさがのしかかっていた。