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生命保険会社の新制度をきっかけに始まった、若い男性の去勢ブームの波は、ここ秋田県にも押し寄せてきた。【→2010年去勢の旅(1)◆去勢人間ドック/2010年去勢の旅(2)◆空港の去勢診療所を参照のこと】
コンピューター業界トップのNETの秋田工場でも、男性工員の2割近くが去勢してしまい、会社は対応策を迫られた。
とりあえず、完全去勢した工員も男子寮に入寮できること、トイレやシャワーは男性用を使用することなどが決められたが、男性用トイレの個室の不足はいかんともしがたく、やむを得ず小便器を全て洋式の腰掛け大便器に取り替えた。
工員の定員管理の面から、一斉休憩の時間や便器の個数は全社の労働安全衛生基準で決っているため、数を減少させることはできず、扉も仕切りもない洋式便器が、横に密着するように並べて配置された。
去勢した工員が小用をするときは、余裕がある限り一つおきに使用しているが、場合によっては通勤電車のシートのように、隣りの工員と身体を密着させて全員が座らなければならないこともあった。
夏の終りのある日、工場内のそんな便器剥き出しのトイレに、半月前に完全去勢した27歳の工員の中村悠が、座ってズボンを下ろして小用をしていると、そこに2年先輩の工員で、副班長でもある川瀬昭文がとおりかかった。
悠を見た昭文が話しかけた。
「今度の班の旅行は八幡平(はちまんたい)の後生原(ごしょうばら)温泉に決ったぞ。」
班というのは、工場の工員グループの最小単位で、班長以下6人で構成されている。男性、女性はそれぞれ別のグループだが、悠のような完全去勢した男性と、昭文のような普通の男性の工員が入り混じっている。悠の班で去勢しているのは、悠だけだ。
後生原温泉は、八幡平温泉郷の一つで、戦国時代の出羽北部の覇者安東氏の隠し湯としても知られ、「馬で来て下駄で帰る後生原」と謳われたほど、リウマチや神経痛などの病気に効くことで有名だ。
「そうですか。あそこらへんは最近、近代的なホテルもできて、昔の湯治場の雰囲気も変わってきているでしょう。」
「そうだけど、今度の旅行は、その後生原温泉の湯治宿の方に泊まってみるらしい。」
「へえ、面白そうですね。」
「そうだろ、湯治宿の方は混浴だからな。もっとも女性は、おばさんばかりらしいが。」
「混浴ですか。」
悠は、混浴と聞いても、特に興味が涌くわけではないが、何もない股間部を女性に見られるのは、ちょっと恥ずかしいかなと思った。
「そういえば、お前はチンチン取ってるんだったな。それなら見られるものが無くて、恥ずかしくないからいいじゃん。」
昭文は、そんなことを言いながら、トイレを出て行った。どうも昭文は、悠とは逆の思いを持ったらしい。
旅行当日の朝、2台の乗用車に分乗した6人は、田沢湖に寄ってから後生原温泉に向かった。6人は、途中の唯一の大きな温泉街でもある船川温泉で、昼食をとることにした。
ホテルの1階のレストランには、大きな展望ガラスがあって、すぐ下の玉川の河原が、一望のもとに見渡せる。その河原に一隅に、プールとも池ともつかない場所があって、裸の人が何人かたむろしていた。
ウエイターがやってきたので、悠が、あれは何かと聞くと、無料の露天風呂だという返事が返ってきた。すると、温泉好きな班長の高橋真吾が、
「風呂なら入りに行こう。」
と言い出し、食事が済んでから、全員で行ってみることになった。
そこは、まさに河原のど真ん中で、大きな石をコンクリートで固めて、20人ぐらいは入れそうな湯船が作られている。屋根どころか脱衣場もなく、実に開けっ広げでオープンな空間だ。そこに、船川温泉の湯が引かれている。男性のお客が何人か、服を近くの岩場に脱いで、素っ裸になって入浴していた。
近くに案内の看板があり、なるほど、水着での入浴禁止となっている。
6人も、同じように裸になった。先に入浴していた男性客は、悠の何も無い股間を見ると、一瞬驚いたような表情を浮かべるが、悠の顔を見て去勢した男性だとわかると、最近の若者の去勢ブームを思い出して、納得したような表情に変わった。
こうして、悠にとって去勢してから初めての露天風呂体験は、どうということなく終わったが、女性客がいなかったので、混浴での反応は、まだちょっと心配であった。
2台の車は、もう涼しくなった八幡平アスピーデラインに入り、途中にある後生原温泉ホテルの前を通過し、目的地の湯治宿の駐車場に着いた。
後生原温泉の湯治宿は、長期滞在の療養客向けの「自炊部」と、普通の旅行客用の「旅館部」に分かれている。
「自炊部」は、その名のとおり食事の提供はなく、食材を売店で買って、共同の台所で各自が食事を作る。部屋は、床下に温泉の蒸気が通るようになったオンドル形式で、50人ぐらいが雑魚寝の山小屋のような大部屋、2~3人部屋、個室の3種類がある。また、オンドルになっていない絨毯敷の個室もある。
「旅館部」の部屋は、おもに2階にあって、畳の4人部屋と2人部屋がある。2人部屋は割増料金で個室使用ができる。1階のオンドル部屋の一部も、旅館部の2人部屋として使われている。6人は、旅館部の畳の4人部屋を2室予約していた。
悠が、
「ここらへんはもう寒いから、オンドル部屋の方がいいんじゃない。」
と聞いたが、真吾は、
「真冬じゃない限り、畳部屋でも熱気が上がってきて、十分に暖かいよ。」
と、返事をした。
部屋に荷物を置いてから、そろって「後生原自然研究路」を見物した。何よりの見どころは間欠泉。待つまでもなく、熱湯が吹き上がってきた。
他にも、泥が噴出して積み重なったような泥火山や、硫黄の臭いが特に鼻を衝く噴気孔、温泉の源泉の一つの湯の沼などを巡る遊歩道を30分ほど歩くと、元の湯治宿の入口に戻った。
途中で全裸の人ともすれ違ったが、更衣室から露天風呂の湯舟までの通路が、一部この遊歩道と重なっているらしい。
散歩や見物のお客は着衣なので、変な感じではある。
部屋に戻ってから、食事の前に風呂に行こうということになり、手ぬぐいを1枚ずつ持って、大浴場に向かった。
脱衣所は男女別になっているが、中に入ると混浴だ。大浴場に入るときには、なぜか悠が一番先頭になって、注目を浴びる位置になってしまった。去勢してまだ2ヶ月。手術のときに全剃毛した股間は、まだ毛が生えそろっていない。
悠は緊張したが、実際には、そこには誰もおらず、6人は、入り口入って左手側に名物の「砂湯」に行くことにした。ここには、旅館の手伝いの中年女性が2人控えていて、下から蒸気が上がってくる大きな砂場の砂を、適温になるようにうまく攪拌し、平にならしてから、人が入れるぐらいの窪みを作っている。
6人は、まず砂湯に入ることにした。先客が何人もいたが、新しい窪みがちょうど6人分が開いていた。ここに仰向けに横になるわけだが、手ぬぐいは頭の下に敷くので、全身スッポンポンの姿になるのが、他の温泉に良くある浴衣のまま入る砂湯と違うところだ。
悠のところに砂を掛けに来た係の女性は、悠の突起物が無い股間を見て、やはりちょっとびっくりした様子だったが、ここは元々混浴の砂湯。たいして気にしないふりをして砂埋めをしてくれた。
砂湯から上がると、その隣にはマッサージ効果バツグンの「打たせの湯」があり、砂風呂に入ってた人はみんなここで砂を落とす。
砂風呂の反対側は、木箱から首だけ出してあたたまるユニークな「箱蒸し風呂」がある。顔だけ出して入るサウナといった感じで、昔は「原始トルコ風呂」と言っていた。箱の上部は、昔は大きな木の蓋であったが、やがて自分で閉めれるジャバラ式となり、今は蝶番で開閉する扉になっている。密閉度が上がったので過熱を防ぐために、扉の前に丸い穴が開いている。 蒸気が密閉されてない首の周りから上昇してくので熱く、そこに手ぬぐいを当てる。
悠は、穴を通じて股間が外から丸見えなのが気になった。実際は中は暗くて、そんなに見えないはずなのだが。
その奥には自然の蒸気を利用した、普通の「全身サウナ風呂」がある。普通といっても高温で低湿度の北欧サウナとは違って、中は蒸気で何も見えない。
中の腰掛けに座っていても、悠の局部には誰も気がつかなかった。
いよいよ、大浴場に入る。ここの木製の浴槽は、「神経痛」ならぬ「神恵痛の湯」と呼ばれている。神の恵みが肌まで染み渡るようなネーミングだ。中は混浴だが、乳白色の湯なので、湯船に浸かれば下半身は見えない。
しかし、浴場に入ったときに、先客の男女何人かが、悠の股間を見て、目を丸くしていた。湯は、ちょっと熱めである。
その隣にはボコボコ吹出す気泡が肌を美しくする「火山風呂」。こちらは適温だが、スーパー銭湯などの気泡浴に比べると、泡が大きいのが面白い。
建物の外には露天風呂がある。ここの湯船も木製だ。ここで初めて、悠は2人連れの女性客から声を掛けられた。しかも珍しく20代の若い女性だ。
「あなた、男性ですよね。」
「そうですよ。」
悠が、答えた。
「アソコはどうしたの。」
「去勢してもらったんです。」
「最近流行してるって聞いていたけど、本人見たのは初めてだわ。こんなにイケメンの人も去勢するんだ。」
もう1人の女性客も、話しかけた。
「私たち、東京から来ているの。良かったら今夜、私たちの部屋に来ない。」
「そうね、あなたなら安心だし、いろいろお話したいわ。」
悠は、ちょっと困って答えた。
「友達と一緒に来ているので、申し訳けないけど。」
「その、お友達も、去勢しているの。」
「いえ、仲間で去勢しているのは、ボクだけです。ほら、そこにいるのがその1人、」
そこには、同じ班の後輩の伊藤圭一がいた。
2人の女性は、圭一のイチモツをちらっと見てから、
「あら、残念だわ。」
と言って、行ってしまった。
夕食は、襖で仕切られた6人だけの和室が用意されていた。内容は、しょっつる鍋ときりたんぽ鍋の選択。秋田に住んでる6人にはどっちも珍しくなかったが、遠来の客には好評のようだ。6人は、3つづつ分けて頼むことにした。
ビールを飲みながら、圭一が悠に、
「先輩、露天風呂では、何を話していたのですか。」
と、聞いてきた。
あの時のやりとりやと、部屋に誘われたときの話をすると、
「いいですねえ。ボクも早く去勢しておけば良かったかなあ。」
などと言い出した。
圭一が実際に去勢するのは、秋田に戻ってまもなくのことである。【2010年去勢の旅(3)◆裸祭の夜を参照のこと】
夜は、畳部屋だったが、真吾が言ったとおり、1階のオンドルの熱気が上がってきて、十分に暖かかった。むしろ暑すぎて、窓を開けたほどだった。
6人は翌日、八幡平を観光してから、秋田に戻った。東北への秋の訪れと、厳しい冬を予感させる小旅行であった。
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投稿:2007.01.02更新:2023.05.09
2010年去勢の旅(4)◆八幡平の秘湯を訪ねて◇挿絵付小説◇
挿絵あり 著者 名誉教授 様 / アクセス 28427 / ♥ 134