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夜空に浮かぶ三つの月を眺めながら、『暁』は欲情の雄叫びを上げた。『黄金』の硬くそそり立つ肉棒が、後ろから己の膣を容赦なく貫く。その快感は、この銀色の大地をもグラグラと揺らす。
宴も終わり、それぞれの家へ戻った戦士たちのねぐらを、長の『黄金』が訪れる。それは長の子種を受け取れる貴重な機会であり、優秀な息子を産み、地位を固めるまたとないチャンスなのだ。誰もが長の夜這いを待ち望んでいる。めでたい夜の床を共にする相手にまず自分が選ばれた事を、『暁』は誇りに思っていた。
格式ばった儀式であった、緑の長への義務的な注送とは違い、今の『黄金』の紡ぎだすセックスは、優しく官能的な愛にあふれていた。こういった性儀の際に声を我慢する事は、逆に長への侮辱に当たる。夜伽の妻として選ばれた戦士たちは、いかに自分が気持ちよくしてもらっているかを、大きな声で周囲に自慢するのだ。
時には過大な演技をする者もいるという話も聞くが、『暁』は、『黄金』に初夜を奪われてこの方、抱かれる際に演技などした事も無い。そんな余裕も無く喘がされる。次席といえども、『暁』にとって『黄金』は、まだまだ手の届かない存在だった。
『黄金』の低く太い唸りが更に大きくなり、腰の動きの早さが上がった。熱く脈打つペニスが、ピクピクと小刻みに痙攣するのが感じられる。そして『暁』は、熱い奔流が子宮に叩きつけられるのを感じた。二人の絶頂の叫びが、夜空に木霊する。
欲情に駆られた他の戦士たちが、『暁』の寝所を覗きながら、互いの陰茎を刺激しあって達する気配も感じられた。しかし、膣への挿入を試みる者はない。いずれ順番が来れば、『黄金』の種を受ける事ができるとわかっているのに、どうして他の者の子を孕むような危険を犯すというのか。
物足りなさげな他の者をよそ目に、優越感を感じながら、『暁』は気だるげに身体を横たえ、荒い息を吐く『黄金』の重みを感じていた。
ズルリと肉棒が引き抜かれ、閉じきらない陰唇が冷たい風に湯気を立てた。『暁』は、滑らかな肌を不意に感じた寒さに震わせた。
『黄金』は、そっと『暁』の股間に顔を寄せ、今まで己の凶器をつきたてていた肉色の割れ目を、そっと舌先でやさしく清めた。
敏感な部分を刺激され、吐精したばかりの『暁』自身の肉棒が、再び頭をもたげてそそり立つ。『黄金』は意地悪く笑いながら、『暁』のペニスを弄んだ。
「『暁』お主はいつも際限なく種をまくな。そのうち自分の種で孕むのではないか?」
ひどい発言に、冗談とわかっていても『暁』は憤った。
自分の種で孕む、というのは、「父」としても「母」としても誰にも相手にされず、自分で自分の子を成すしかない、もてない者を指す侮辱の言葉だ。
拳で『黄金』の肩を叩くと、彼は笑いながら謝った。
「そう怒るな。お主は若く強く美しい。誰もがお主を抱きたがっているし、お主に抱かれたがるだろう。私が一番よく知っている」
『黄金』は、汗ばんだ『暁』の肌に手を這わせた。美しい肌には、しかしいくつか傷もある。彼もまた誇り高い屈強な戦士なのだ。
「今日の戦いは見事だった。お主がいなければ、奴等を完全に追い払う事はできなかっただろう。今夜お主を抱いた事は私の誇りだ」
月の光の中で『黄金』の瞳に見つめられ、『暁』は顔を赤らめた。
「褒美をやらねばいかんな」
『黄金』はそう言って、なんと『暁』のペニスを大きな口にくわえ込んだ。突然の事に『暁』は驚きの声を上げた。妻同士がその棹を慰めあう事はよくある話だが、部族の長は、下位の者の陰茎などにはあまり構わないものだ。
「ま、待ってください『黄金』殿、誰よりも勇敢に戦ったのはあなたではないですか。私にそんな事をしなくても…」
慌てる『暁』をよそに、『黄金』は思いのほか楽しそうに、『暁』のペニスを舐め上げた。
「そうか? ならこれは私への褒美という事にしておこう」
大きな指が、同時に膣に入ってくる。先端を吸われながら体内をかき回され、『暁』はあっという間に二度目の絶頂に達した。
本人がやりたがっているのだ、止められない。『暁』は羞恥に頬を染めながら、『黄金』が彼の種を飲み下すのを見ているしかなかった。
疲れきった『暁』の耳元で『黄金』が囁く。
「いつまでもお主と戯れていたいが、そういうわけにもいかない。また次の機会に楽しむとしよう。待っていてくれ」
「もちろんです。いつでも好きなときにお声をかけてください」
『黄金』は更に声をひそめて、他の誰にも聞こえないように言った。
「残念ながらそうもいかない、好きなときにお主を抱いていたら、他の者にまったく構ってやれなくなる」
彼はそう言って名残惜しげに『暁』の首筋に口付けを落とすと、ゆっくりと次の相手の待つ寝床へと向かった。あれだけ濃厚な性交をしておきながら、まだ今晩はあと四、五人を抱くのだろう。まったく適わない。
『暁』は首を振りながら、今日手に入れた新妻の元へ向かった。少年は顔を青ざめさせながら、しかし落ち着いた様子で床についている。『雫』の手当ての手際が良かったのだろう。股間の包帯には血が滲んでいたが、すでに出血は止まっている様子だった。
少年の顔を拭いていた『雫』が、『暁』を見て恭しく頭を下げる。水色の髪がサラサラと流れるように垂れ下がる。華奢な体を清潔にまとめ、怪我人の手当てという重労働をこなしながらも、品の良いたたずまいを保っている。
『雫』は彼の最初の妻であり、最初の息子の母であった。川下に住んでいた少数民族の生き残りであり、『暁』が成人して初めて参加した戦闘で捕虜となった。
当時の上位の実力者たちがそろって『雫』を無視し、もっと強靭な体躯を持つ者を選んだ中、駆け出しの『暁』は、残った捕虜の中から『雫』を選んだ。
『雫』は、医に優れた知識と技を持つ薬師の家系だったのである。これから幾多の戦いに身をおくであろう『暁』にとって、その知識は大きな力だった。
初めて生まれた息子も、小柄ながら利発に育ち、今は母の手伝いをしながら雑用をこなしている。
緑の髪の少年は、自分よりずっと幼い子供が、自分の手当てを手伝っているのを見て興味を引かれているようだった。
「私の息子の『流水』だ。年は八つになる。お前はいくつだ?」
「…14」
少年はポツリと答えた。
「そうか、私が成人したのは15の時だった。まだまだ早いほうだと自慢に思っていたんだが、お前には負けたな」
少年は『暁』を見つめた。目の前の男に子供の時があったなどと、信じられないとでもいうように。そして、睾丸を取り除かれた自分は、もう『暁』のように逞しくなる事は無い。彼は黙って目を伏せた。
「グルグジュ、と言ったな」
『暁』の言葉に少年は目を丸くした。まさか敵が彼の名前を覚えているとは思わなかったのだ。
「その名はいったい、どういう意味だ?」
「…幼い葉っぱ…」
幼い、のところで少年は悔しそうな顔をした。彼は名前をりりしいものにしてもらえなかった事を残念がっているのだろう。しかし、自らの名に誇りを持つ事を忘れてはいない。『暁』は、少年の若草色の髪を優しく撫でながら言った。
「ならば私も我々の言葉で、お前の事を『若葉』と呼ぼう。悪くない響きだ」
少年は、強い視線で『暁』を見つめた。
「親父はどうなるんだ?」
誤魔化しを求めてはいない口調だった。だから『暁』も真実を告げた。
「死ぬ。お前の父は一族を率いる長として、自らの決断と敗北に責任を取らねばならん。また、我々は捕虜として捕らえたお前たちが、お前の父の元に再び団結する事を望まない。処刑は明日の夜だ。それまでに会いたければ、お前の身体の回復の様子によっては、時間を取ってやっても良い」
少年はゆっくりと頷いた。
「では今夜はもう休め。『雫』が薬を飲ませてくれる。痛みを感じれば呼ぶといい」
「オレは、…どうなるんだ?」
「お前はこの私、『暁』の妻、もう私の一族に属する者だ。傷が癒えれば少しずつ仕事を覚えてもらう。お前の得意なものがあればそれを活かしても良い。何か自慢の技はあるのか?」
「小鳥を捕まえる罠を作ったり…とか」
「それは楽しみだ。ぜひ今度見せてもらおう」
『暁』はにっこりと笑った。
「『若葉』、ここがお前の新しい家だ。前と同じとはいかないが、私の妻の一人として、身分に見合った暮らしをさせてやろう。いずれ私の子を成せば、更にお前の地位は上がる。その時を楽しみにしているぞ」
緑の一族の長の処刑の日、『若葉』は『黄金』と『暁』の立会いの下、父親の元を訪れた。簡単な止血をされただけの父親を見て『若葉』は涙を流したが、逆に長の方は、丁寧に扱われているらしい末子を見て顔を綻ばせた。
完全に傷が癒えるまで、再び『若葉』を抱く事はないと言われ、長は『暁』に頭を下げた。複雑な表情で父を見つめていた『若葉』だったが、やがて涙ながらに最期の別れを交わすと、『暁』の家へ戻った。
処刑は、ひっそりと行われた。木の杭で作った台に大の字に貼り付けられた後、首をかき切る。そして死体は彼らの集落の跡地へ運ばれ、逆さまに地面に打ち立てられるのだ。去勢された傷跡が目立つように。この場所へ戻ってきた彼らの生き残りが、彼らの指導者の末路をよく見られるように。
あまり気分のいい作業ではなかったが、『黄金』たちは必要なことを淡々とこなした。途中、不意打ちで逆襲に躍り出てきた敵の戦士を『暁』が返り討ちにするというおまけもついた。
森の中から躍り出てきた巨漢の会陰に、狙いたがわず恐ろしい速さで槍を投げつける。下からえぐるような穂先を受けて、戦士の巨体は宙に浮き、奥の巨木の幹に縫いとめられた。敏感な組織を突き破られ、どっと鮮血があふれ出る。ビクンビクンと心の臓の鼓動にあわせて四肢が揺れ、吹き上がる血しぶきと同時に、徐々に勢いを失いながら、やがて力なく垂れ下がった。ただ、死に際して痙攣した陰茎だけが、小刻みに震えながら天を突き、ビュルリと断末魔の白濁を飛ばす。
『黄金』は死を確認するため戦士に近寄り、白目をむいて絶命しているのを見ると、短刀を取り出して、死してなお勃起を続ける陽根と、深緑色の茂みに包まれた陰嚢を切り取った。『黄金』は、『暁』にその戦利品を手渡す。
『暁』はありがたく受け取った。『若葉』の未熟だった性器に比べて、これはなかなか食べごたえがありそうだ。先の儀式で少々欲求不満気味だった『暁』は、喜んでこの追加の褒美を、まだ暖かく熱のこもるうちに食した。そして彼らは再び、小さな勝利を祝いながら村に戻った。
なんと、前夜に続いて再び『黄金』が『暁』の寝床に夜這いをかけてきた。再び敵を仕留めた『暁』への褒美という名目だが、明らかに今までに前例の無い話だ。
「本当によろしいのですか? 私は充分昨日の晩に精をいただきましたが…」
「無粋な事を言うな『暁』。長の求めに応じぬというのか?」
「いえ、そのような事は…しかし他の者がなんと思うか…」
『黄金』は『暁』を無理やり引き倒すと、その陰唇へ鼻面を突っ込んだ。鼻を鳴らしながら秘所の匂いをかぎ、敏感な突起を咥えて、器用に舌先でめくり開く。チュルチュルと音を立てて陰核を吸われ、『暁』は息を呑んだ。充血した両の性器から透明の粘液が滲み出す。両脚、両腕からくたりと力が抜けた。
『黄金』は満面の笑みを浮かべ、抵抗をしなくなった『暁』にのしかかってきた。なんと『黄金』は、正面からペニスを突き立ててきた。去勢をしていない『暁』は、そんな抱かれ方をしたら、二つの身体にはさまれた睾丸が潰されてしまう。悲鳴を上げそうになった『暁』の口に太い舌が差し込まれ、『黄金』の両手がそれぞれ片方ずつ『暁』の精巣をつかんで横に引っ張る。確かに押しつぶされる事はなくなったが、ずいぶんと強引な体位だ。しかし、二枚の固い腹筋の壁に挟まれて擦られる『暁』のペニスは、ダラダラと歓喜の涙を垂れ流した。強い刺激に早くも『暁』は射精にいたってしまう。まだまだ余裕のある風情の『黄金』が、二人の胸元に飛んだ粘液をお互いの肌に塗りこめていると、そこへ外回りの雑用を終えた『流水』がトコトコと歩み寄ってきた。
終わった後で報告をするように、父親に命じられていたのだ。『流水』は、一族の長が父の寝所にいるのを見ると、丁寧に頭を下げて礼をした。『黄金』は一人前の挨拶をして見せた幼子に感心する。
「ほう、よく躾けられておるな『流水』」
自分の名前を覚えられていると思っていなかった少年は目を丸くしながらも、如才なく感謝の言葉を返す。ますます気に入った『黄金』は、息を荒げる父親を突き続けながら、息子を手元に呼び寄せる。子供の顎に指をかけ、顔を良く眺めながら、利発な顔立ちを観察する。
「うむ、良く父親に似ておる。整った面構えだ。目は母親譲りらしいな。美しい色だ」
『流水』は頬を赤らめながらどう反応していいのかわからない様子だった。困ったように父に視線を送りながら、頼りなさげに返礼の言葉を紡ぎだす。
「どれ、下も父親に似ておるか見てやろう」
『黄金』はいたずらっぽく笑いながら、幼子の小さな陰茎に手を伸ばすと、クイと包皮を剥き上げた。淡いピンクの亀頭が覗いて、驚きと痛みに『流水』が悲鳴をあげる。
「何をなさいますか! まだ年端も行かぬ子供に!」
さすがに父である『暁』が抗議した。起き上がって、更に息子の恥部を探ろうとする『黄金』の腕を押しとめる。
「利発な子のようである故、身体の発達も早いかと思ってな。うまく育っているようであれば父と共に抱いてやろうと思ったのだが…」
「『流水』はまだ八つです! 初潮も来ていない未熟な器官にそんな太いものを突き立てられては死んでしまいます!」
「では、前をしゃぶるだけでも…」
「逃げろ『流水』!」
一族の長と、父の命令と、どちらに従えばよいのか迷った『流水』はおろおろと立ちすくむ。『暁』はわが子を守るため別の人物を犠牲にする事にした。
「『流水』、『雫』をここへ呼べ。その間、お前が代わりに『若葉』の面倒を見てやるのだ。わかったな」
「はい、父様」
具体的な指示を出された少年は、慌てて母を呼びにやる。
『黄金』は残念そうに少年の後姿を見送ると、わざと『暁』に聞こえるように呟いた。
「うむ、お主らを並べて楽しもうと思ったのだが…仕方ない。今は夫婦を一緒に抱くので我慢してやろう。親子鍋はまたの機会だな」
苦汁を舐めたような『暁』の元に、何事かと目を丸くした『雫』がやってくる。顔を赤らめた『暁』が、共に長の夜伽に付き合うようにと指示を出すと、『雫』はとまどいながらも従順に身に着けていた医術の装いを外した。
元々ほっそりとしていた『雫』の身体は、去勢の後ふっくらと膨らみ、優雅な曲線を描いていた。股間には、水色の陰毛に縁取られた傷跡が残っており、そのまま女陰の割れ目へと繋がっている。
まだ困惑している『雫』に『黄金』が声をかける。
「案ずるな。どちらの種ともわからぬような子を孕ませるつもりはない。ただ、お主はいつもどおりに夫に抱かれておればよいのだ。私はそこを愛でるのでな」
『暁』は『雫』を抱き寄せた。慣れぬ状況に緊張している妻の身体を優しく愛撫する。本当は一番緊張していたのは間に挟まれる『暁』自身であったが、それに気づく余裕も彼には無かった。
『黄金』のニヤニヤと眺める前で、妻の秘所を指でかき混ぜる。いい具合に濡れてきたところで、『暁』は、『雫』の首筋に舌を這わせながら、ペニスを妻のヴァギナに差し入れた。何度も行為を繰り返して、すでに馴染んだ身体であったが、そこへふいに、慣れぬ刺激が加えられる。
『黄金』が、二人の脚の間へ顔を突っ込んで、夫婦の結合部を舌で舐めているのだ。卑猥な水音が倍増し、いつもは余裕を持って妻を快楽へ導く『暁』の膝はガクガクと震えた。『雫』はそんな夫を気遣わしげに見守っていたが、身分の低い『雫』の立場では、夫を助ける事もままならない。
ついに『黄金』は『暁』の背中の上に覆いかさぶり、妻と繋がっている最中の『暁』の秘所へ、自分の陽根も挿し繋げた。『暁』は前後の摩擦に耐えながら、二人の重みで妻が潰れてしまわないように、震える腕で必死に体重を支える。『黄金』の突きが『暁』の腰を打ち、押し出された『暁』の男根が『雫』を貫く。いつもと違ったリズムに三人分の体液の匂い。それぞれに興奮を高められたが、やはり間に挟まれた『暁』の刺激が最も強く、彼は一番に果てた。妻を感じさせる前に達してしまった『暁』は悔しそうな顔をしたが、もはや身体に力が入らない。そんな『暁』の身体を、『黄金』が支えて妻から引き剥がした。ズルッと熟れた音がして、ドロドロになった男根が『雫』の膣から引き抜かれる。『黄金』はうきうきとしながら、『暁』を隣に休ませると、代わりに『雫』の股間に顔を埋めた。『暁』の精液にまみれた『雫』の陰核を、先ほど夫に試したのと同じ要領でしゃぶり上げる。自分の隣で、妻が長に口でイかされるのを、『暁』は複雑な気持ちで眺めた。
好き放題のことをやって満足したのか、『黄金』は非常に上機嫌で帰っていった。それを見た『流水』が、心配そうに両親の様子を伺いに来る。ぐったりとしている両親の身体をあたふたと清める息子に感謝の言葉を述べながら、『暁』は、息子が精通を迎える年にでもなれば、この子も交えてこんな事をされるのだろうかと、少し悩んだ。無論、長の覚えめでたく、寵愛が深いことは喜ばしい事ではあるのだが、なかなかに頭の痛い問題である。
身じろぎをすると、体内をどろりと粘液が伝うのを感じた。『黄金』の残り香が漂う中、『暁』は、『黄金』の種が注ぎ込まれたところを手で押さえ、大事に蓋をしながら眠りに落ちた。『黄金』との間に子が出来たら、いったいどうなるのだろう。夢の中でも『暁』は考えていた。
『暁』自身が実際に妊娠するのに、そう時間はかからなかった。明らかに『黄金』が『暁』の元へ訪れる頻度は高かったからだ。まわりの者達はとても悔しがったが、彼らは『暁』自身の強さも、認めずにはいられなかった。強さは絶対の掟なのだ。
『黄金』は、『暁』の懐妊をたいそう喜び、腹が膨らみ始めて尚、『暁』の元へ足しげく通った。
丸みを帯びた腹を撫でながら、ふっくらと張り出した胸に顔をうずめる。
「もう乳がでるのか」
彼はそう言いながら『暁』の乳首をくわえ、ちゅうちゅうと赤子のように吸い付いた。『暁』の妊娠がわかってから、『黄金』は子供のごとく甘えるようになった。日頃は長として仲間を厳しくまとめる『黄金』のそんな姿を、『暁』は面映く見つめながら、ついつい我侭を許してしまうのだった。
「もう、やめて下さい! 子の飲む分が無くなってしまいます!」
「何を言う。まだ産まれておらぬ子に、飲ませる分など必要なかろう」
「産まれる前に全部飲み干されてしまいます!」
『黄金』はカラカラと朗らかに笑った。
「お主はそんなか弱い身体ではないだろう。その証拠にこちらの方は何度絞っても、涸れることを知らないではないか」
そういって、彼は『暁』のペニスをむんずと掴み、ゆるゆると扱き上げる。腹の子を気にして、抵抗のできない『暁』は、巧みな愛撫の前になし崩しに押し切られるのだった。
すでに子を孕んでいる相手を抱いても何の意味もないと、何度も『暁』は言うのだが、数回に一度は『黄金』の挿入を許してしまう。
子を抱えた腹を気遣いつつ、そろそろと陽根が差し込まれ、うずく乳房を吸われながら、自分のペニスも扱かれる。激しさのない穏やかな交わりではあったが、十分に濃密で、体内に『黄金』の精液が注がれる頃には、いつもくたくたに消耗してしまうのだった。
ふと、二人は、『暁』の腹の奥から、どんと蹴り飛ばす衝撃を感じた。
目を丸くする『黄金』に、『暁』が言う。
「ほら、子が怒っています。頭から種をかけられて」
「おお、すまんすまん。息子よ許せ。お主の「母」が美しすぎるのがいかんのだ」
『黄金』は愛しそうに『暁』の腹を撫で、へその辺りに口付けを落とした。
なにも『黄金』の子はこれが初めてではない。すでに成人して、再び『黄金』の種を受け、孫を成した者もいる。しかし、誰が見ても『暁』は特別だった。『黄金』と『暁』の間にこれから産まれてくるであろう子供たちの血筋は、この部族の中核を成す存在となるであろう。誰もがそう信じて疑わなかった。
日の高いうちから、身重の者は休め休めと寝床に引きずり込もうと画策する『黄金』をたしなめつつ(休めるものか!)、こまごまと一族の暮らしに気を配る『暁』の元に、ある日弟の『夕暮』がやってきた。『夕暮』は『暁』の母が父として産ませた傍系の子である。見た目は良く似た兄弟なのだが、全身の体毛が淡い金の『暁』に対して、『夕暮』は濃いオレンジ色をしていた。
「おお『夕暮』、良いところに。お主からも『暁』に身体を休めるように言ってやってくれ。私が何度言っても、奴め、母としての自覚が足りんのか、無理を言って聞かんのだ。なんならお主も一緒に三人でゆっくりとマラを並べて…」
『暁』は無礼を承知で『黄金』の話をさえぎった。
「どうした『夕暮』。何かあったか?」
「は、長殿、またの機会にお願い致します。兄上にお頼みしたい事があるのですが」
「言ってみろ」
『夕暮』は長の目を気にしていたが、一刻を争うためにそのまま口を開いた。
「『影』殿の一族の者に病人がおります。内密に我らの元へ治療の術について尋ねあわせが来たのですが、病状はかなり重い様子、我らの手には余ります。そこで兄上に医術の知識をお借りできないかと…」
「ふむ、すぐに『雫』を連れて行こう。場所は『影』の宅で良いのか?」
「いえ、今は門番の詰め所におります」
「何故そのような場所に?」
『夕暮』は長の目を気にして返事を躊躇う。それをみた『暁』は今はそれを問いただすべき時ではないと判断し、『雫』を呼んだ。
「『黄金』殿、お聞きの通りです。所用が出来ましたのでお戯れはまたの機会に…」
「なにを言う。私も行くぞ。私の子を腹に入れたまま、単身で病人を見舞いにいくなど私が許すと思うのか」
「あの、長殿、うつる病ではございませんので…」
「『夕暮』、いつからお主は薬師となったのだ? ん?」
ひるむ『夕暮』を見かねて『暁』がピシャリと言い放つ。
「『黄金』殿、邪魔をするなら帰ってください。我らは急いでいるのです」
「邪魔などせぬよ。控えておとなしくしていよう。万一に備えて人手はあるに越した事はなかろう。今のお主がその状態では、手当てをしようにも満足に動き回れまい」
そこへ『雫』がやってくる。簡単に事情を聞いた後、『雫』は『夕暮』に尋ねた。
「どのような病状であるのか、もう少し詳しくお聞かせ願えますか? 準備しておくべきものがわかるやも知れません」
『夕暮』は慎重に言葉を選んだ。
「妊婦の流産のように見えますが、腹はまだ膨らんでおります。陰部から流れる血がひどく、病人自体も憔悴しており、状態は良くありません。いくつか化膿した傷口も…」
『暁』と『黄金』は聞いているだけで眉をひそめた。ことに『黄金』は『暁』の腹を眺めて様子をうかがう。『雫』は『暁』に言った。
「森へ薬草を取りにいく必要があるようです。しかし、私はその方についておくべきでしょうから、『流水』を行かせようと思うのですが」
「この時間から一人で村を出すわけにはいかんな」
しかし、妊娠した『暁』がついていては逆に素早く動けない。その場にいた者を見回して、『黄金』の前で視線が止まる。
「もしご協力いただけるのでしたら…」
「うむ、そういうことであれば、残念ながら別行動もやむをえまい。『流水』を背中に乗せて走ればよいのだな?」
「いえ、そこまでしていただかずとも一人で歩けるとは思いますが」
「何を言う。私が担いだほうが早いに決まっておるだろう。子供の一人や二人、軽いものよ」
「そういうことでしたら、『若葉』も共に背負っていただけますでしょうか?」
「『若葉』も?」
「あの子は森の民、良い案内役になれると思います」
「良いだろう。連れてきなさい」
子供たち二人がやってくると、『雫』は説明した。
「『流水』、アロセラの葉を一束、手に入れなくてはいけません。判別できますね?」
「花の咲く前のものですか?」
「できればそれが望ましいですが、今の季節では難しいかもしれません。あまり無理をせずに葉を見つけたら帰ってきなさい。長があなたを運んでくれます。あなたは葉を見つけることに集中しなさい」
『流水』は頷いた。
「『若葉』、状態の悪い病人がいて、必要な薬草を手に入れるために、あなたに『流水』を森の泉の北端まで案内してもらいたいのです。頼めますか?」
「…オレが?」
『若葉』は自分の主人である『暁』を見上げる。『暁』は答えた。
「お前なら出来るはずだ」
「オレがこいつ追いて逃げたらどうすんの?」
「『黄金』殿の背中に乗っていくなら、少しくらい迷ってもすぐに帰ってこれるだろう。ただ、お前がいればより早く薬が手に入る、病人の助かる可能性が高まる、それだけのことだ。もし本当にこの『暁』の元から逃げ出したいと思うなら、薬が届いた後にでも、逃げてもらって構わない。しかし、これだけは言っておくぞ、『若葉』。今のお前が逃げても、帰る場所はもうどこにも無いはずだ」
押し黙る『若葉』に『夕暮』が声をかけた。
「病人というのはお前と同じ緑の民の者だ。助けてやってはくれまいか?」
それを聞いて『若葉』は『夕暮』を睨みつけた。
「それを早く言えよ」
「『影』の取った緑の者…あのデカいのか」
『若葉』は『流水』を呼んだ。
「泉の北端だな?」
「はい。川の上流の、水のキレイなところにしか生えない草で、摘んだらすぐに使わないと効果が薄れてしまいます。栽培が出来ないので、その都度取りに行かなくてはいけません。出来れば四刻の間に帰ってきたいのですが…」
「オッサンの足の速さにもよるが、一刻あれば充分だ」
口の悪さに皆が顔をひそめたが、今は急ぎであったので不問にふすことにした。それに、言われた当人は気にしていない様子だ。
「頼もしい話だな。よし『流水』、肩に乗れ。その後ろに『若葉』だ。後ろから手を回して『流水』が落ちんように支えておいてくれ」
「わかった」
「『黄金』殿、窮屈かもしれませんが腰巻をつけて置いてください。『若葉』が足を引っかけることも出来ますし」
「なるほど、鐙であるな。良いだろう。畜獣としての役割をまっとうしようではないか。おい『若葉』、合図を決めるぞ。右の耳を引っ張れば右に曲がる、左なら左だ」
「上へ行くときは?」
「上?」
「樹にのぼって飛び移ったり」
「ふむ。では両耳を上に引っ張るとしようか」
子供二人と荷籠を背負って準備が出来ると、『若葉』の合図で『黄金』は矢のように駆け出した。
「では我々は急いで詰め所へ」
『夕暮』の先導に『暁』と『雫』はついていった。
「それで、なぜ『影』の一族の者がこのような場所に?」
「逃げようとして力尽きたのです。村の警備の者が倒れているのを見つけて運び込みました」
「では…『影』は?」
「使いの者を送ったのですが…返答はまだないようです」
寝かされていたのは、いつか大声で泣いていた大柄な若者だった。しかし、げっそりとやせほそり、顔が殴られ腫れあがって、面影も残っていない。全体的に肌の色も悪く、腹だけが痣も無く膨れ上がっているが、下腹部にはろくに手当てもされず膿んだ傷跡と、ダラダラと勢い無く出血を続ける女陰が見えていた。
『雫』が顔をしかめた。予想以上の状態の悪さだ。まず、ついと腹に手を当てて中の子の様子を確かめる。『暁』が尋ねると、『雫』は首を振った。すでに生きてはいない。
詰め所の警備の者が、交代で湯を運んできていた。『雫』は礼を言って持ってきた薬草の数々を並べ、手当てを始める。
「『流水』の取りに行った薬は間に合いそうか?」
「あれがなければ始まりません。今は身体全体の膿んだ傷口と毒の入った血を清めているところです。手持ちの数で足りると良いのですが…」
そこへ人のやってくる気配がした。
「お前はなにをしている『暁』」
ようやく現れた『影』が中にいた『暁』と『雫』を見て言った。
「病人の手当てだ。呼ばれたのでな」
『影』は『夕暮』を睨みつける。
「余計なことを…それで? 子は助かるのか?」
『雫』が答える。
「すでに子は死んでいます。…おそらく、何日も前に」
「フン、やはりか。そのクズはまた子を産めるようになるのか?」
「わかりません。とても状態が悪いので。まず命を助けなければ」
「別に構わん。子を産めぬなら意味はない。捨て置け」
『雫』が困惑したように『暁』を見る。確かに『影』の一族であるからには『影』の決めることではあるが…
「一通りの手当てはさせていただく。すでに『黄金』殿にも薬草を取りにいっていただいているので、何もしないというわけにはいかん」
「なぜ『黄金』殿がそのようなことを?」
「たまたま私が話を聞いたときに近くにいたのだ」
それを聞いた『影』は悔しそうに歯を食いしばった。『暁』の膨らんだ腹を、嫉妬のこもった目で睨みつける。
そのとき、詰め所の中に、金色の獣が飛び込んできた。何事かと驚く『影』の前で、葉っぱの絡みついたボサボサの毛の塊の中から、水色と緑の頭がヒョコリとのぞく。
「ゼゼップラ!」
『若葉』が叫び声をあげて、病床の仲間に駆け寄って行った。後ろに『流水』が籠の中から藍色の草の葉を取り出して続く。子供たちが背中から降りると、『黄金』はブルブルと首を振って絡みついた小枝や木の葉を振り落とした。
「もう帰ってきたのですか? まだ半刻もたっていませんが」
「うむ。『若葉』め、無茶な指示を出しよるわ。あれは道案内ではないな。道などなかった。あんな移動の仕方をされては、我らが緑の一族を森で捕らえられぬのも道理よ」
口の中から草のかけらを吐き出している『黄金』の前に『影』が膝をついた。
「『黄金』殿、この度はわが妻の為にわざわざ手間を取らせ申し訳ございません」
「気にするな『影』よ。して、具合はどうなのだ」
「子はすでに死んでおります。かなり前の事のようなので、おそらく何をしても無駄であったかと」
「母親は?」
「時間の問題のようです。わざわざ薬を運んでいたにも関わらず申し訳ない」
『黄金』は眉をひそめた。
「どうなのだ『雫』よ」
「長様に早く薬を届けていただきましたので、今これを飲ませることが出来れば、なんとかなるやも知れませんが…」
「なら飲ませるが良い」
「それが、気付けの薬にも目を覚ましません。後は口移しにするしか…」
「では『影』にやらせるか?」
慌てて『雫』が言い添える。
「この薬は強い薬です。口にした方にも、あまり良くない影響を与えてしまいます」
「どういう薬なのだ、『雫』」
「腹の子を流す薬でございます。中の子はすでに死んでいるのに出てこない、おかげで身体に毒が回っています。それでこの薬を使い、無理やり外へ流してしまうのです。しかし、この薬を一度飲むと、腹の子が非常に流れやすくなります。『影』様がお口になされましては今後…」
「それは困る。まだ俺は腹で子を成す事を諦めたわけではない」
「しかし、それでは『雫』や、まして子を抱えた『暁』にさせるわけにはいかんな。私が引き受けよう。私はすでに母となる年は越えておる。お主は薬の準備をせい」
『黄金』がアッサリと言って、病人の枕元に座り込んだ。
「しかし、『黄金』殿。何もそこまでせずとも。元々軟弱な身体の上に子も流れやすいとなっては、もはやこの者に価値はありますまい」
「何を言う『影』よ。お主の選んだ妻ではないか。最後まで面倒を見てやれ」
「無駄飯喰らいを養うつもりはありませぬ」
何かを言おうとした『若葉』の口を『流水』の手が塞いだ。
「ではお前はこの者を殺すというのか?」
『暁』が『影』に言った。
「そこまでは言わん。しかしそのまま置いておくのが一番効率的かと思うがな。少なくとも『影』の一族に、そのようなひ弱な血はいらん。どうしても欲しければお前にやるぞ『暁』」
『影』はそう言って『黄金』にだけ挨拶をすると、踵を返して去っていった。『影』が完全に姿を消してから、ようやく『流水』が『若葉』の口から手を放す。
「ごめんなさい。でも『若葉』君が『影』様に何かを言うと、父様の立場が悪くなるんです」
『若葉』は目に涙を溜めてうな垂れた。そして『暁』に向かって言う。
「お願いします。ゼゼップラを助けてください。オレ、なんでもやります。臆病で泣き虫だけど、優しい奴なんです」
「元より無為に死なせる気はないが…『黄金』殿、本当によろしいのですか?」
「二言はない。父として種をまくことは出来るのであろう?」
「はい。これは子宮にのみ効果の働く薬でございます。少しの間お腹が引きつれるように痛むこともあると思いますが、長様はお腹に子を宿していらっしゃるわけではございませんので、すぐに収まります」
『雫』は、葉を刻んで湯の中に浸していた。葉の色からは予想もつかない桃色の液体が出来上がる。
「くれぐれも『暁』様はお手を触れになさいませんように」
皆に追い払われて一歩下がった『暁』に目配せをすると、『黄金』はその薬を口に含み、倒れた若者に深く口付けた。他の者たちが、若者がうまく薬を飲み込めるように、後ろから身体を起こして支える。少し口元からこぼれはしたが、さすがは口淫の巧、何度か繰り返して、すっかり薬を器用に飲ませてしまった。
「これで口をすすいでくださいませ。それから、薬自体の効果は六刻程で消えますが、念の為に、今晩は誰とも接吻は控えてくださいますようお願い申し上げます」
『黄金』は顔をしかめた。
「そういう重要なことは、やる前に言ってもらわねば困るな」
「申し訳ございませんでした」
「まあよい。事情を話せば皆、口技なしでも我慢してくれよう。たまにはそのような趣向も悪くあるまい、『暁』」
「私は『黄金』殿の口技を楽しみにしておりますので、また次の機会にお願い致します。どの道、今晩はこの者を私の家に運び込む算段をつけなくてはなりませんので、そんな時間はございません」
「む、それではしかたあるまい。おい『夕暮』、お主が代わりに相手をせい。冷たい兄の代わりにな」
そのとき、若者の身体がブルリと痙攣した。ただれた陰唇がパカリと開き、濁った羊水がドロドロと流れ出る。腐敗した臭気の中に、やがてどす黒い肉の塊が、血と共にひり出された。すでに人の形もしておらず、つかむとグズグズと崩れ落ちる。
『雫』は子の亡骸を藁に包むと、手の空いた者に墓を掘って埋めるように言い渡した。
若者が、うっすらと目を開き、ひび割れた唇を開いた。
「ゼゼップラ! おい、大丈夫かゼゼップラ!」
「…グルグジュ…坊ちゃん…」
『若葉』の姿を認めた若者はそちらの方へ弱々しく手を伸ばす。
「…赤ちゃんは…オレの…赤ちゃんは…」
若者の手を取った『若葉』は、目を伏せてゆっくりと首を振った。それを見て、若者はポロポロと涙をこぼして泣きはじめた。
「オレ…母ちゃんになれると思ったのに…せっかくなれると思ったのに…こんなことなら、死ねばよかった…あの時みんなと一緒に死ねばよかった…」
弱々しく呟く仲間の手を握り締めながら、『若葉』もまた、なんと声をかけてよいかわからずポロポロと涙をこぼす。
「…父ちゃんにはなれないって、村にいたときから思ってたけど…でも、母ちゃんにはなれると思ったのに…だから、我慢したのに…みんな死んでも、奴隷にされても、チンチン切られても、我慢して生きてたのに…生きてるんじゃなかった…死にたい…オレ、もう死にたい…」
『雫』がまた別の薬の入った椀を、若者の口に当てた。
「この薬を飲みなさい」
「オレ…死にたい…」
「ええ、聞きました。でもこれは痛みをとる薬です。痛いのは嫌でしょう」
「…イヤ…だ…」
「では飲みなさい…飲むと少し眠くなります」
言葉の通り、薬を飲んだ若者は、やがて深く眠りに落ちた。『暁』の指示で担架が組まれる。『暁』は、『夕暮』たちの手を借りて、若者を自分の家まで運んだ。
『影』は怒り狂っていた。手に入れた妻は見掛け倒し、己の腹は一度を子をなさぬまますでに干上がりかけている。少なくとも、これまで『黄金』の夜伽の相手は、例え子が出来ずとも『影』が最も多く勤めていた。子が出来なかったからこそ休み無く抱かれる事になった側面もあるが。しかし、『暁』に抜かれるまでは、確かに誰もが一目置く戦士だった。子が出来ないことを揶揄されようとも、力でねじ伏せてきていた。そのプライドの高さが、やがて神経質な性質となり、気まぐれを言っては『黄金』を困らせた。寝所の睦言で済むうちはともかく、部族全体の決断にも影響するとあって、『黄金』からの評価は決して高くなかった。そして、『暁』に次席の座を奪われ、直系の子も無く、すでに年増となって「母」となることも望めなくなりつつある今、新しく独立しようにも人望の無い『影』は、まさに瀬戸際に追い詰められていた。
それに比べて、どうだろう。『黄金』のあのはしゃぎようは。成り上がりの若造にうつつを抜かすだけでなく、彼自身が子供のように人目をはばからずふざけ回っている。あまつさえ、すでに子を宿した腹に無為に種を注ぎ込むとは! 指を咥えて見ているしかない妻達を顧みることもなく、彼はぬくぬくと若き『暁』の乳首にしゃぶりついている。
下位の妻達が激しい律動に悲鳴を上げてはしたなく悶える様を冷笑しつつ、一人慎み深く讃えられる自分の地位を、『暁』が現れるまで、『影』は磐石のものだと思っていた。だが、もう『影』は『黄金』からの待遇の格差が、第一の妻としての地位からくるものではなく、単に彼の無関心を基にしていた事に気づいてしまった。今までそれに気づかなかったのは、ひとえに彼の巧みな性技と、礼節ある態度のせいだ。
無論、『黄金』の愛撫は昔と変わらず丁寧だ。全く変わりが無い。むしろぞんざいになっていたなら、愛が失せたと思う事も出来ただろうに。『影』は誰にも見せない心の内で泣き喚いた。愛など無い。元から無かった。
『影』の嫉妬と絶望は、やがてどす黒い憎悪に変わった。プライドが高い『影』は、自分の醜態を、感情を外に出す事を拒んだが、その為一層、気難しくなった。
誰も気づかなかったわけではない。しかし、誰もどうしようもなかった。掟は力。力の無い者は、それを受け入れる他ないのである。
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つづく
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投稿:2011.04.01更新:2011.04.01
黄金の太陽−2
著者 自称清純派 様 / アクセス 7607 / ♥ 5