ドキュメント〜今生態系保護を考える(星間現代ベガ号特集)
ニンゲン、それは子供の大好きなお馴染みの複性動物。あなたの家の物置にも、子供の頃に手に入れたペニス標本が埃をかぶっているはず。しかし、その標本のペニスの元の持ち主が、どのような目にあってきたのか、私たちは知っているだろうか。
インタビュー ジャレウラ・ミフィッピギ
中央アルペクトヴZRT銀河大学教授。TM2845L年代から活躍する下等動物学者。特にテラ産の野生ニンゲンの研究を専門とする。「野生ニンゲンを守る会」を設立し、自ら現地に赴いて保護活動を行う等、実践派として数々の業績を残している。主な著書に「奪われたペニス」(大銀河堂)、「ニンゲン狩り」(光速文庫)など。
よく間違われるんですがね、ニンゲンの保護活動をしているというと、一時期有名になったあのぺット泥棒集団と。実験動物や一般家庭で飼われているペットの扱いがひどくて可哀想だからとそこらじゅうの星で盗み出した挙句、適切な居住可能空間も用意せず荒れた小惑星にみんな投げ込んだヤツ。私に言わせればどっちも殺し屋みたいなもんですが、それはさておき、私が行っているのは、あくまで『野生』ニンゲン、厳密には『ホモ・サピアンス・テラリアンシス』という種族の保護活動です。『テラ』という星に生息している純野生種以外のもの、法規制以前に採集された個体から繁殖させたいわゆる『養殖ニンゲン』や、他星系の生命体と掛け合わせた亜種などは含みません。もちろん養殖モノを扱うショップの劣悪な飼育体制や、惑星生態系を破壊する帰化亜種など、問題はそれぞれにあるわけですが、私が扱っているのは個体の道徳観念ではなく、一種族としての野生社会環境なわけです。
−−我々にはその、野生社会環境、という概念があまり馴染みのないものですが。
イマイチ、ピンとこないかもしれませんね。私が『ニンゲン』が絶滅しかかっている、というと、多くの人が「はぁ?」と返します。「だって、そのへんの店で大量に売ってるじゃないの。うちの息子だってよく通学路で野良ニンゲン拾ってくるわよ」、とね。
皆さんは本当の『野生種』というものがどんなものかご存じない。野良ニンゲンというのは、飼われていたペットが脱走して道端の餌で食いつないでいるだけのもので、本質的に『野生種』とはまったく異なるものです。本物の野生ニンゲンは、群れ固有の原始的なシグナルを使い分けて、独自の社会を構築しています。
−−それは、我々の『社会』に似た、という意味ですか?
極めて初歩のレベルではありますがね。非効率的な方法ではありますが、記録の蓄積もできていますから、それはもう文化と呼んでもいい。
−−下等動物に、文化、ですか。
養殖ニンゲンしか知らない一般の方は驚かれるでしょう。この特質は一度コロニーが破壊されると失われて回復しないものなのです。養殖個体を野性に戻しても、そのシグナルを覚えることはありません。野生種同士でも群れごとに使用するシグナルの種類が違って、異なる群れを混ぜ合わせても、すぐに同じコロニーの個体同士に別れるほどです。面白いのは冷凍保存しておいた個体を元の場所に戻したケースです。どうやらすでに群れの使用するシグナルは変質してしまっていたようで、その個体は排斥されてしまいました。
−−非常に不安定なものなんですね。
そうです、だからこそ、保護しなければならない。ニンゲンの暗黒期、と呼んでも差し支えない星系間有機体輸送に関する法整備前に、ペニス目当ての乱獲で、ピーク時には60億匹ほど生息していたニンゲンも、今では700万匹程に減少してしまいました。その中には、有名な『ホモ・サピアンス・マンモギレンシス』、いわゆるブラックサンダーの原種となったネグロイド亜属など、すでに絶滅してしまった種族もあります。
−−野生のブラックサンダーはもう生存していないのですか?
ええ。特徴的な黒い光沢のある大きなペニスが、今でも子供たちに大人気ですよね。だからこそ、暗黒期には最優先で乱獲されたわけです。ひどいときにはコロニーごと根こそぎ全部捕まえて、片っ端からオスのペニスを切り落とした後、残りカスとメスは恒星廃棄なんてことを平気でやっていた。純種のニンゲンのオスが成体になるのに2.5バルクは時間がかかりますから、養殖では供給が追いつかなかったわけです。今でこそマーセル星型癌細胞を組み込んだ高速培養技術が確立して、観賞用の標本を取るためなら、ペニスだけ八分の一の期間で性熟させることができますから、値段もぐっと落ち着きましたけど、その前は一本にものすごい値がついた。まさにニンゲンのオスは股間にお宝をぶらさげて歩いていたようなものです。黄金の棒と玉ですね。いまでも密猟者は絶えない。
−−養殖より野生の方が良質だったりするのでしょうか?
それは、むしろ逆です。ペニスに限って話をすれば、養殖モノの方が大きくて形も良い。実際、ペニス目当てに殺害されたにも関わらず、小さすぎたり、形がいびつだったり、傷や潰瘍ができていたりといった理由で、売り物にならないと判断されて、そのまま切らずに放置されたケースも少なくない。ニンゲンにしてみれば殺され損ですよね。考えてみれば当然のことで、養殖モノはペニスの大きさと質のみを考え追求して、何不自由なく栄養を与えられ飼育されているわけですから。にも関わらず密猟が横行するのは、要するに仕入れの単価が安くなるからなのです。
−−仕入れの単価、ですか。
ニンゲンは、生息範囲が広い割には皆さんが思っているほど丈夫な生き物ではありません。最近ショップで売っている亜種は交配で改良してあるのでいくらかはマシですが、それでもちょっとした気圧や温度の変化ですぐに死んでしまうデリケートな生き物なのです。養殖プラントの設営にはそれなりの資金が必要になる。ところが、野生種のニンゲンは、繁殖からペニスの性熟までを勝手に自力でやってくれているわけですから、密猟者にしてみれば、わざわざ自分で手間をかける必要はないということでしょう。
これこそが、先ほどお話した野生社会環境の最も重要なポイントでもあるのです。ニンゲンは、そもそも脆弱な生命体です。にもかかわらず、野生のニンゲンは、自分の居住区域を拡大する方法を自力であみだしている。この方法というは、群れごとに固有の特性です。かつてニンゲンが暮らしていた巣の跡に、別の群れを住まわせても、すぐにバタバタと死んでしまいます。養殖の群れなどでは、地域によっては1エル・レソも持ちません。一度群れが全滅してしまってからでは遅いのです。
−−そこで、設立されたのが「野生ニンゲンを守る会」なのですね?
そうです。「守る会」の活動は、当初は違法な輸送船のパトロールだけでした。コロニーのニンゲンを根こそぎ浚って売り飛ばしたりするのを防いでいたんです。ところが、そのうち密猟者は、テラの惑星内でニンゲンを殺してペニスだけを持ち去るようになった。ニンゲンそのものを生かして星から連れ去るのは大掛かりな設備が必要になりますが、ペニスだけならいくらでも隠して持ち運べる。ただの観光だと言い張られると、現場を押さえない限り我々には止めようがないわけです。ひどいものですよ、巣を破壊されたところに股間をむき出しにしたニンゲンの死体が仰向けになって見渡す限り転がっているわけです。オスもメスも容赦無しで、とりあえず殺して、ペニスがついてるかどうか確認してみるわけですね。で、ついてたらえぐりとる、なかったら、次…それを群れが全滅するまで繰り返すんですよ。
−−ずいぶん無茶な話ですね。
おかげでいくつもの貴重な『文化』が失われました。私が昔調査したシグナルの記録のいくつかは、すでに使う群れがいなくなって無意味なものとなってしまいました。彼らの『言語』をある程度まで系統だって解析できたものもあったのですが、とても残念です。
しかし、密猟者たちは、ニンゲンのペニスのことばかりで、文化の存続まで考えようとしません。そこで我々は、別のアプローチをすることにしたわけです。
−−別のアプローチ、とは?
発想を逆にするわけです。全てのニンゲンを密猟から守りきることは、不可能です。とてもそれだけの余裕がありません。そこで、我々が先に、彼らのペニスを取ってしまうことにしたわけです。
−−それで、いいんですか?
もちろん、殺しはしません。きちんと麻酔をかけて切除後の処置もちゃんと行います。そして、既にペニスを切除してあるということが一目でわかるように、皮膚全体に目立つ発光色を塗りこみます。こうしておけば、密猟者のターゲットにはならない。我々は群れの虐殺を回避できればそれでいいわけですからね。あとは採取した精子をときどきつがいのメスの腹に植えつけてやればいい。すでに群れとしての特徴が顕著に現れた学術的に重要な区域のオスは、ほとんど去勢済みです。
−−「守る会」の手法に関して批判も多いという話も聞きますが。
そうですね。特に切除したペニスを販売するようになってからは、内部からも疑問の声が上がるようになりました。これでは、密猟者と大して変わらない、同じ穴の狢ではないか、とね。私も販売に踏み切るまでずいぶん悩みました。しかし、保護活動にも資金が必要なのが現実ですし、切除したペニスを延々と保存し続けるだけでもそれなりに費用はかさみます。我々の活動で貴重な生態系が守られているのは事実ですから、どうせペニスを取られてしまうのであれば、それを売った金でニンゲン達自身を守る活動につぎ込んだほうが、ニンゲンも喜ぶんじゃないかと私は思っています。また、販売する標本も単に量産品として叩き売るわけではなく、ちゃんと採取した個体の情報や、属する群れの特徴などの記録がついた学術的価値も高いものですからね、もっと一般にも、野生ニンゲンの保護について理解してもらえるようになるのではないかと、期待しています。
もちろん、将来的にニンゲンの養殖技術が向上して、もっと安価に量産できるようになれば、要するに野生密猟ペニスの販売が割に合わなくなりさえすれば、我々があえてこのような措置を取る必要もなくなるわけですから、そちらの研究のほうも私としては頑張ってもらいたいですね。
−−ニンゲンの養殖やペニス標本それ自体には肯定的でいらっしゃるわけですね?
私自身も子供の頃わくわくしながらペニス標本を集めたクチですからね。それが元でこの職についたようなものです。そこまで根本的に否定するつもりはありません。しかし、だからこそ現状には心を痛めているわけです。
前述の通り、野生ニンゲンに価値があるのはその個性的な社会環境です。乱獲によって失われた文化は惜しいけれども、代が変わって群れの能力を失った養殖ニンゲンを今更『テラ』へ大量に放ったところで何の意味もありません。それこそ件の下等動物愛護団体と同じレベルで、全滅させるだけです。
むしろ、野生ニンゲンと、養殖ニンゲンは別のものだと考えて、積極的に我々の簡単に飼育できる玩畜として改良を重ねていくべきです。そうすれば、野生ニンゲンをわざわざ狩る理由がなくなり、生態系も荒らされないようになるでしょう。それこそ我々とニンゲンの両方が平和に共存できる道だと私は考えています。
大義では我々自身が環境の一ファクターでもあるわけですから、我々自身のコンセンサスを得ない理想論ばかりを掲げていても、状況は改善されません。私たちが一方的に我慢するのでなく、相手が一方的に犠牲を強いられるのではなく、お互いにWIN−WINの関係を作る。それが真の意味での環境保護なのではないでしょうかね。
(次号、インタビューはギエロ星の最後の生き残り、レヴノ・アドゥラーン氏)
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投稿:2011.09.14
今生態系保護を考える
著者 自称清純派 様 / アクセス 7885 / ♥ 1