ここの世界は戦争が絶えない。それも敵国を殲滅するためというよりは殺し合いというよりいかに相手の戦闘能力を奪って支配下に置くかという戦いだ。だから、どうして戦争が始まったのか、どうして終らないのか誰も知らない。あの国とこの国は敵であっちの国は味方ということもない。近くにある国は全部敵なのだ。
戦闘方法も独特だ。銃の撃ちあいで殺しあうよりいかに敵兵を捕虜にするかに重きが置かれる。だから火薬で作られた爆弾を人間に使うのはタブーなのに、致死性でない毒ガスや生物兵器はなんら問題ない。催眠ガスの爆弾がうまく不意を突いて敵陣に命中すれば、大量の捕虜を獲得できる。
不意を突いて敵国の都市に大軍で乱入することもある。一般市民でも戦闘員になる可能性がある若い男性は捕虜にしても差し支えないことになっているのだ。
捕虜とされた者の運命も捕らえた国によって様々だ。国家の労働力として使う国もあれば、奴隷として売りさばく国もあるという。分かっていることは死んだ者より生きている者の方が価値が高いということだ。
さて、上官の命令を受けたカルタイ国の兵士ニコルは、敵情視察のために国境を越えてハリス国の奥深く潜入していった。持っている食料は3日分。すぐに戻る予定だったが、敵の部隊が退路を遮る形で布陣したため、大回りを余儀なくされていた。懐ろには危険を冒して撮影に成功したハリス国の兵器の貴重な写真データを持ち、道なき道を進んでいた。
突然、ニコルの足元の地面が無くなった。というか敵の仕掛けた落とし穴に嵌ったのだ。3mも落下しただろうか。穴の底に竹槍でも突き出ていれば一巻の終りだし、硬い地面でも無事では済まなかったであろう。しかし、底に敷き詰められていたのはクッションになる藁であった。ニコルはなんとか這い上がろうとしたが穴の壁には手がかりになるものが無かった。
やがて、頭上でハリス人の声がした。うまく捕まえたとか言っているらしい。穴から引上げられたらまずいと思ったが、ハリス人の兵士は、麻酔銃らしきものを取り出して、ニコルに向けて発射した。ニコルはたちまち気を失った。
ニコルは気が付いたら数人のハリス人兵士に取り囲まれていた。持ち物は全て奪われ、衣服も剥ぎ取られて全裸だ。秘密の写真データが入ったボックスも調べられているが、すぐには再生できないらしい。ハリス語でこれは何かと問われたが、ニコルは言葉がわからないふりをして答えなかった。
するとハリス人の下士官らしき男が、司令部に送れとかいう意味の命令を出した。全裸のニコルにカルタイ国伝統の下腹部に巻きつける長い布の下帯が返された。2m以上あるその褌を手際よく身に着けると、その上にこれを穿けと、ブリーフパンツを渡された。カルタイ国の男はこのような下着は異国かぶれと馬鹿にして使わないので、ニコルは民族伝統の下着を馬鹿にされたような気分になった。
縦も横も1mほどしかない鉄格子の檻が、上半身は裸で足は裸足のままのニコルのところに運ばれてきた。ニコルは後ろ手に縛られ、猿轡を嵌められて小さな鉄格子の檻に入れられ、そのまま軍用車両で運ばれていった。
猿轡に付いた大きなボールで口は目いっぱい開かされた。このままだと唾を飲みこむこともできない。ただボールには管を通す穴が開いていて、そこに差し込まれた管を通して、時折、僅かばかりの水分が与えられた。大小便は下着の中に垂れ流しの状態だ。
こうして4日目に、ようやく捕虜収容所らしい施設の塀の中に入った。
トラックは建物の中までそのまま入っていくようだ。トラックの荷台の幌が外されると、頭上に鎖で吊るされたフックを持つ天井クレーンが見えた。
フックは4つあり、ニコルの檻の四隅に引っ掛けられるようになっている。檻が引き上げられ、長い廊下のような通路を運ばれていく。やがてクレーンは大きな部屋の端で停止した。
そこで目にしたのは、荷物箱のように積まれた檻の山だった。上下に5段に積まれた檻の一つ一つに、捕虜らしい人間が入れられている。ニコルの猿轡の管が抜かれた。もう水は飲ませてもらえないらしい。
ニコルの檻は天井から下がっている鎖に吊るされて、そのまま積み木のようにちょうど空いていた檻と檻の間の空間に置かれた。5段積みの3段目の位置だ。鎖が外されると、すぐに上に別の檻が積まれた。
第2話はこちら
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投稿:2022.01.09更新:2022.01.10
捕囚の印(第1話-ニコルの捕縛)
著者 Eunuch様 / アクセス 5355 / ♥ 25