シュメール人が導入し古代中国を通して最終的にユーラしシア大陸に広がった宦官制度は、アジアではつい100年前まで最高権力を保持するほど当たり前の存在で、欧州でも帝国が宦官供給元である属州を失う近世まで続いた。その欧州にしても、宦官から派生したカストラール(去勢した男性合唱団員)制度は20世紀まで続き、ローマ教会には1912年まで専用の去勢機関が存在した。もしも中国が明清時代に身近な外敵に晒されて軍事大国を維持していたら、西欧列強を逆に圧倒していたことは十分にありうることで、その場合、宦官制度が現代まで続いたどころか、欧州ですら再導入する状況になった可能性がかなり高い。
かように宦官などの去勢制度は異文化との戦いの激しい地域では普遍的な制度に近かったが、その普遍性は群れ社会そのものが持つ性質にも関わっている。つまり、群れ社会では、生殖要員と非生殖サポート要員(戦闘要員を含む)によって構成される傾向にあるという自然の摂理だ。それが去勢制度の根底にあろう。
極端な例が、アリやハチなど、群れを作る昆虫だ。その構成要員の大多数は生殖能力を奪われた「名目メス」によって占められている。昆虫の場合、非生殖要員がサポートするコアは雄雌1匹ずつだけとなるが、これが鳥類(鶏など)やほ乳類になると、メスの生殖負担が大きくなるために、一つの集団に複数の生殖メスが必要となる。それに対して生殖オスは1個体で十分だ。のこりは名目上オスであろうがメスであろうがサポート要員なのである。要するにハーレムと下僕という階級社会の誕生会ある。
一方で大型動物は雄雌比が1対1で生まれやすい。だから、余った雄はのし上がらなければ番を得ることができない。そして、この「雄どおしの闘争」が自然淘汰として機能し、「強い」子孫を作っていく。人類においても同じことで、中国以外での去勢制度は、戦争敗戦国の男たちを非生殖サポート要員に落とすことで発展してきた。
近代社会は医学や法律のお陰で自然淘汰を必要としなくなった。自然淘汰に任せる社会、例えばナチスの優性民族思想に基づく社会は前近代的な社会である。しかしながら、動物的な自然淘汰に委ねた結果の去勢制度が現代社会に残らなかったのは、前述のように単純に偶然かもしれないのだ。特に、世界が過酷な経済競争を迎えようとしている現代、イスラム国を始めとする反近代組織が一定の勢力を保つことに成功した場合、宦官制度と、それに伴う去勢機関が復活する可能性は今でもある。死刑制度の廃止の代わりに宮刑を復活させるという形で。
おそらく、最後まで宦官制度に抵抗するのは日本だろう。だが。
20**年、俺は卒業旅行に海外へ出かけた。行き先は法治国家だ。安心できる筈だと思っていたら、何故だか他人の女性にちょっかいをかけた罪に着せられて捕まった。大使館の人が面会に来て、つい最近法律が変わったことと、警告を外務省のホームページに出していたことを説明してくれたが、それって言い訳ではあっても助けにはならない。唯一、良心的な弁護士を紹介してくれたことぐらいが感謝できるところか。
さて、その弁護士だが、彼の話は要領がつかめない。私の行為にちょっとでも故意の要素があったら、ナントカいう刑罰になるという説明で、メリットもあるとか妙なことを言ってくる。ナントカという単語の意味が全然分からないし、メリットというのも変な話だ。もしかしてえん罪の補償をしてくれるのかな? そうでなくてもせいぜい罰金が関の山だろう。だから俺はタカをくくっていた。
そして判決。
その後、俺はその国で仕事をオファーされた。なるほど、確かにメリットではある。嘘ではない、が。
仕事の一部に犯罪取り締まりがある。月に1回だけの取り締まりだが、俺は誰よりも厳しくすることにした。というのも、俺の受けた精神的ダメージは言葉にはできないほどで、どんな手段を使っても、日本の偉い人に伝わるとは思わないからだ。ならば、仲間を増やすほうがマシというもの。そうやって被害者を増やさせば、日本政府も重い腰を動かすかもしれない。
だが、本当の理由は、奪われた宝が保管されているからだ。もしも俺が俺の後輩を10人つくったら、宝を返してくれるらしい。宝を取るのはともかく、それを返還する接合施術など、つい最近の高価な技術だから、真偽のほどは定かでない。しかし賭ける価値はあることぐらいは、俺も文官の端くれとして計算できる。そこまでしても、この国にとって損ではない筈だからだ。
俺ぐらいの歳と教育水準の即戦力というのは、母国でかなりの教育費・養育費がかかっている。それをいきなり「宝」という事実上の人質で引き抜いたのが今回の事件だ。施術代が如何に高いとはいえ、教育費・養育費に比べると10分の1以下で、その分、国家資源を節約できるのだ。日本では田舎に子育てをさせて、それを東京が奪うお陰で東京に富が集まっていると聞いたことがあるが、それと同じことだ。
最近、隣の国で、もっとえげつないことを始めたと聞いた。宝を半分だけ奪って、残り半分を10年間の執行猶予にするというものだ。その期間に「更正の証」としての仕事をきちんと出来なかったら、もう一方も奪うと訳だ。片方生き残っているとはいえ、俺の場合と違って帰国する権利も与えられていないから、俺の方がマシだろう。しかも噂によると、ものすごく優秀な者以外は、年に1人の「ノルマ」があるらしい。ねずみ講方式で宝を取るので、ねずみ取りと呼ぶらしい。
もっとも、こういうえげつない国が国際競争では生き残っていくのかも知れない。
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投稿:2016.08.28更新:2016.11.23
eunuch: 宦官制度(裏話追加)
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