入れ替わった夏の物語
六月の蒸し暑い夜だった。
大学帰りの相沢 恒一は、自販機の前で缶ジュースを開けながらため息をつく。
「……あっつ」
隣では、幼なじみの長瀬 真白が笑っていた。
「おっさんくさ」
「うるせぇ」
真白とは小さい頃からずっと一緒だった。
大学も同じ。
喧嘩もするけど、なんだかんだ毎日一緒にいる。
「ねぇ」
真白が急に聞く。
「もし身体入れ替わったらどうする?」
「急だな」
恒一は笑った。
「まぁ、一回くらい女になってみるの面白そう」
「私は絶対嫌」
真白は即答する。
「男の身体とかほんと無理」
その言い方は妙に真剣だった。
*
三日後。
二人は、本当に入れ替わった。
最初は混乱した。
だが恒一は、案外順応していた。
女として扱われる感覚も、不思議と嫌じゃない。
一方、真白は日に日に様子がおかしくなっていく。
「……気持ち悪い」
鏡を見るたび、自分——いや、恒一の身体を睨みつける。
特に股間を見る時の顔は、本気で怯えていた。
「そんな嫌か?」
恒一が苦笑すると、真白は低い声で言った。
「恒一は平気そうだからいいよね」
その言葉に、恒一は返せなかった。
*
十日後。
突然、二人は元に戻った。
「やっと終わった……」
真白は泣きそうな顔でそう言った。
恒一も安心して、その夜シャワーを浴びようとした。
そして、固まる。
「……え」
視線を落とす。
ちんちんは、ある。
だが、その下にあるはずのタマタマがなくなっていた。
呼吸が止まる。
何度確認しても、そこには何もなかった。
「うそだろ……」
震える手でスマホを掴み、真白へ電話をかける。
数秒後。
『……もしもし』
泣いた後みたいな声。
「真白、お前……タマ、どうした」
沈黙。
その向こうで、小さく嗚咽が漏れる。
『……ごめんなさい』
「なんで」
『どうしても嫌だったの……』
真白は泣きながら続ける。
『でも、ちんちんまでなくしたら戻れない気がして……だから、タマだけならって……』
意味の分からない理屈だった。
けれど、真白が本気で壊れそうだったことだけは伝わってきた。
*
——二ヶ月後。
二人は再び入れ替わった。
理由は不明。
目を覚ました瞬間、また身体が逆になっていた。
「なんでまた……!」
恒一は頭を抱えた。
だが真白の顔色はもっと悪い。
以前より明らかに怯えていた。
「もう嫌……」
毎日そればかり言っていた。
恒一は何度も「大丈夫だから」と言った。
けれど真白は、どんどん追い詰められていった。
*
そして、一週間後。
再び元に戻る。
戻った瞬間。
恒一は嫌な予感で震える手を下ろした。
数秒後。
静かな部屋に、乾いた笑い声が漏れる。
「……はは」
今度は、ちんちんもなくなっていた。
完全に。
何も。
スマホが震える。
真白からの着信。
恒一はしばらく見つめたあと、ゆっくり通話ボタンを押した。
『……ごめんなさい』
泣き崩れる声だけが、夜の部屋に静かに響いていた。
電話の向こうでは、長瀬 真白の泣き声がずっと続いていた。
『ごめんなさい……っ、ごめんなさい……!』
相沢 恒一は、ベッドに座り込んだまま何も言えない。
視線だけが、ぼんやりと自分の下半身へ向いている。
一度目。
タマタマがなくなっていた時も、十分悪夢だった。
けれど今回は違う。
本当に、何もなくなっていた。
男として当たり前に存在していたものが、全部。
しかも、自分が知らない間に。
「……なんで」
やっと出た声は掠れていた。
真白は泣きながら答える。
『無理だったの……だから自分で切っちゃったの…』
「だからって……」
『身体が戻ったあとも、毎日思い出してたの……』
嗚咽混じりの声。
『また入れ替わった瞬間、もう駄目だってなっって思っちゃって居ても立っても居られななくなって… 恒一には悪いと思ったけどおちんちん切っちゃった…』
恒一は目を閉じる。
二度目の入れ替わり中、真白は明らかに壊れかけていた。
夜も眠れていなかったし、食事も減っていた。
けれど、ここまでするとは思わなかった。
『ごめんなさい……』
その謝罪を聞いているうちに、恒一の中の怒りが妙に薄れていく。
代わりに残ったのは、強烈な喪失感だった。
ゆっくり息を吐く。
「……もう戻んねぇんだな」
自分でも驚くくらい静かな声だった。
電話の向こうで、真白がまた泣き崩れる。
恒一は天井を見上げた。
元に戻ったはずなのに。
自分の身体なのに。
どこか、自分じゃないみたいだった。