明るい彼女
大学の文化祭前日。
黒崎 陽斗は、準備で疲れ切ったまま部室のソファに倒れ込んでいた。
「もう無理……寝る……」
その隣では、彼女の一ノ瀬 美玲が笑っている。
「まだ終わってないってばぁ!」
美玲はオカルト研究会所属だった。
机の上には、展示用の怪しい鏡や札が並んでいる。
「その鏡ほんとに呪われてたりして」
陽斗が冗談っぽく言う。
「だったら面白いね」
美玲は笑いながら鏡を持ち上げた。
その瞬間。
鏡が眩しく光る。
目を覚ました瞬間、陽斗は違和感に気づいた。
身体が軽い。
髪が長い。
「……は?」
視線を落とす。
そこにあったのは女の身体。
「えっ!?!?!?」
隣では、“自分”が悲鳴を上げていた。
声は美玲。
身体は陽斗。
二人は、本当に入れ替わっていた。
最初は大騒ぎだった。
だが陽斗は、意外と順応が早かった。
女として扱われる感覚も新鮮だったし、身体も軽い。
一方、美玲は完全にダメだった。
「無理……」
部室の隅で膝を抱える。
「何が?」
「全部……」
美玲は泣きそうな顔で自分の股間を見る。
「おちんちん邪魔……」
「そんな言うなって」
「だって変な存在感あるし、タマタマも気になるし気持ち悪い……!」
本気で嫌がっていた。
三日目。
美玲の様子がおかしくなる。
妙に静かだった。
「大丈夫か?」
そう聞いても、「平気」としか言わない。
だが視線だけは、ずっと下を見ていた。
六日後。
二人は突然、元に戻った。
「戻った!!」
陽斗は心底安心する。
だが、その安心は数秒で消えた。
トイレへ入った瞬間。
違和感。
視線を落とす。
「……え?」
そこに、おちんちんはなかった。
呼吸が止まる。
「うそだろ……」
その瞬間。
後ろから声がした。
「やっと気づいた?」
振り返る。
ドアにもたれかかる美玲。
その顔は、妙に落ち着いていた。
陽斗は震える声で聞く。
「……お前、何した」
美玲はゆっくり近づいてくる。
そして、スマホを取り出した。
画面には病院の待合室。
診察券。
包帯の写真。
「あれ邪魔だったから入れ替わってる間に取ってもらったの」
陽斗の頭が真っ白になる。
「なんで……」
すると美玲は、少し笑った。
「だって、あれ嫌だったんだもん」
悪びれた様子はない。
むしろ、スッキリしたような顔。
「毎日見るたび気持ち悪かったし、勃起してる時トイレしにくかったし」
そう言いながら、美玲は陽斗の腰へ視線を落とす。
まるで“確認”するみたいに。
「ちゃんとなくなってるね♡」
陽斗は後ずさる。
美玲はどこか満足そうだった。
「でも大丈夫だよ」
「……何が」
「また生えてくるかもしれないし!」
本気で言っていた。
陽斗は言葉を失う。
美玲はそんな彼を見ながら、小さく笑う。
「なくても…… 、意外と普通でしょ?」
その日の夜。
陽斗は、自室のベッドに座ったまま動けずにいた。
頭が真っ白だった。
何度確認しても。
何度触っても。
おちんちんは、ない。
「……なんで」
掠れた声が漏れる。
昼間の美玲の言葉が頭から離れない。
『ちゃんとなくなってるね』
まるで、自分の持ち物でも確認するみたいな言い方だった。
スマホが震える。
画面には一ノ瀬 美玲の名前。
陽斗は数秒迷ったあと、通話ボタンを押した。
『あ、出た』
妙に明るい声。
「……なんであんなことした」
沈黙。
だが次の瞬間、美玲は不思議そうに言った。
『そんなにダメだった?』
陽斗は言葉を失う。
『だって、陽斗は女の身体結構楽しそうだったじゃん』
「それとこれ関係ないだろ……!」
『でも私はほんとに無理だったんだもん』
美玲の声は本気だった。
『おちんちんもタマタマも、ついてるだけでずっと気持ち悪くて』
陽斗は目を閉じる。
『だから、“なくなれば楽になる”って思ったの』
その言葉に、背筋が冷える。
美玲は続ける。
『病院でおちんちんとタマタマ取ってもらったあと、すごい安心したんだよ?お金もったいなかったから取るだけで増膣?っての断ったから綺麗に真っ平でしょ?ツルツルで私めっちゃスッキリしたんだよ!』
嬉しそうですらあった。
陽斗は何も返せない。
すると突然、美玲が小さく笑った。
『ねぇ』
「……なんだよ」
『今、もう一回見てる?』
陽斗の呼吸が止まる。
『何回も確認しちゃうよね』
図星だった。
『私も入れ替わってる時、毎日何もないツルツルのお股見てたもん』
その声は妙に優しかった。
でも、だからこそ怖かった。
『変な感じする?』
陽斗は唇を噛む。
『でもそのうち慣れるよ』
美玲は軽い口調で言う。
『だって、ない方がスッキリしてたし』
陽斗は耐えきれず電話を切った。
静かな部屋。
呼吸だけがやけに大きく響く。
数秒後。
スマホに通知が届く。
美玲からの画像。
震える手で開く。
そこには、病院のベッドの上で何も無い股を広げてピースしている美玲の写真。
そしてメッセージ。
『おちんちんとタマタマ取った直後の私♡』
翌日、陽斗は大学を休んだ。
外へ出る気になれなかった。
ベッドに座ったまま、ぼんやり天井を見つめる。
ふとした瞬間に確認してしまう。
そして、そのたびに現実を思い知らされる。
「……っ」
スマホが震える。
また一ノ瀬 美玲からだった。
『お昼買ってきたよー』
数分後。
インターホンが鳴る。
陽斗は無言のままドアを開けた。
美玲はコンビニ袋を提げて立っている。
「ちゃんと食べてる?」
その声は、いつも通りだった。
陽斗は何も答えない。
美玲は勝手に部屋へ入り、机に袋を置く。
「はい、プリン」
「……帰れよ」
「まだ怒ってる?」
当然だった。
だが、美玲は本当に不思議そうな顔をする。
「そんなショックなんだ」
陽斗は思わず睨みつける。
「当たり前だろ……!」
すると美玲は少し考え込むように首を傾げた。
「でも、おちんちんとかタマタマなくても別によくない?」
「……は?」
「だって生活できるしスッキリして楽じゃん」
悪意はゼロ。
本気でそう思っている顔だった。
美玲はベッドへ座り込み、陽斗を見上げる。
「それに、陽斗って元々そんな気にしてなかったじゃん」
「気にするとかそういう問題じゃねぇよ……!」
陽斗の声は震えていた。
美玲はしばらく黙る。
やがて、小さく呟いた。
「私は毎日ほんとに嫌だったんだよ」
その目は少しだけ暗かった。
「おちんちんあるのも、タマタマあるのも、全部気持ち悪くてさぁ、自分でタマタマ潰しちゃえ!と思って軽く握ってみたら痛すぎるしさ、おちんちんも意味もなく勃起するし、なんかムラムラしちゃうし」
陽斗は何も言えない。
美玲はゆっくり立ち上がる。
そして、不意に陽斗へ近づいた。
「でもさ」
そのまま、彼の股間へそっと手を伸ばす。
陽斗がビクリと肩を震わせる。
美玲は確かめるみたいに何も無い股間に触れながら、小さく笑った。
「ほんとになくなったんだね♡」
陽斗は反射的にその手を払った。
だが美玲は怒らない。
むしろ少し嬉しそうだった。
「なんか不思議」
「……何がだよ」
「入れ替わってる時、毎日見てたのに」
静かな沈黙。
窓の外では、夕立の雨が降り始めていた。