やさしい彼女
春休みの終わり頃だった。
増田 太一は、恋人の田中 麗奈の部屋で目を覚ました。
2人はお泊まりの後そのまま二人で寝落ちしてしまった。
「……ん」
身体が妙に軽い。
違和感を覚えながら顔を上げる。
目の前には、自分の身体。
「……は?」
ベッドの向こうでは、“自分”が飛び起きていた。
「えっ!? な、なにこれ!?」
聞こえてきたのは麗奈の声。
だが身体は太一そのものだった。
太一は震える手で自分の胸元に触れる。
柔らかい感触。
長い髪。
細い腕。
「うそだろ……」
二人は、本当に入れ替わっていた。
*
最初は混乱だけだった。
「え、待って、待って!」
麗奈——太一の身体に入った彼女は、鏡の前で大騒ぎしている。
「ほんとにおちんちんついてる……!」
「ちょ、やめろって!」
太一が止める間もなく、麗奈は興味津々で触り始めた。
「なんか変な感じ……」
完全に好奇心だった。
だが数分後。
「っ……え、ちょ、なんか出た!?」
麗奈が真っ赤になって慌てる。
太一はベッドの端で頭を抱えた。
自分の身体なのに、自分じゃない。
その現実がただ怖かった。
結局、その日は普通に学校へ行くことになった。
入れ替わっているなんて誰にも説明できない。
太一は麗奈の身体で制服を着る。
鏡に映る自分は完全に別人だった。
一方、麗奈は終始不機嫌だった。
「体重い……」
「慣れるしかないだろ」
「声低いし、おちんちん邪魔だし……」
その言葉に太一は苦笑した。
正直、太一はそこまで嫌じゃなかった。
女子として扱われる感覚も、不思議と新鮮だった。
だが、麗奈は違った。
三日目の夜。
麗奈はついに泣き出した。
「もう無理!!」
太一の身体のまま、床に座り込む。
「おちんちんもタマタマも邪魔だし、身体重いし、声も低いし、全部気持ち悪い!!」
本気だった。
涙を流しながら、自分の股間を睨みつけている。
太一は言葉に詰まる。
「でもさ……」
「太一は平気そうじゃん!!」
その通りだった。
太一は今の生活に、どこか順応していた。
その温度差が、麗奈をさらに追い詰めていた。
六日後の朝。
二人は突然、元に戻っていた。
「戻った……!」
麗奈は泣きそうなくらい安心している。
太一も心底ホッとしていた。
——だが。
トイレへ行った瞬間、異変に気づく。
尿が太ももを伝って流れていく。
「……え?」
嫌な予感。
視線を落とす。
そこに、おちんちんはなかった。
太一の呼吸が止まる。
「うそだろ……」
震える手でスマホを掴み、麗奈へ電話をかける。
数秒後。
『……もしもし』
泣いた後みたいな声。
「麗奈、お前……」
沈黙。
やがて麗奈が小さく言った。
『……無理だったの』
「何した」
『病院で、おちんちん取ってもらった』
太一の頭が真っ白になる。
『でもさ!ほら、タマタマさえ残しておけば子孫は残せるかなって……だから、おちんちんだけならって良いかなって思ったの!どうせまた生えてくるよ!』
意味が分からなかった。
怒りが込み上げる。
だが麗奈は本気で泣いていた。
太一は何も言わず、電話を切った。
それから三日。
太一は現実を受け入れようとした。
だが無理だった。
鏡を見るたび、喪失感が胸を締めつける。
そんな夜。
インターホンが鳴った。
ドアを開けると、麗奈が立っていた。
目は真っ赤だった。
「……太一」
部屋に入るなり、麗奈は泣き出した。
「本当にごめん……そこまで落ち込むと思ってなかった…」
太一は黙っている。
麗奈は震える声で言った。
「また生えてくるよね……?」
太一はゆっくり首を横に振る。
「一回取ったら、生えてこない」
その瞬間、麗奈の顔が崩れた。
「えっ…… ごめん……っ、ごめんね……!」
泣きながら、太一を抱きしめる。
「おちんちんなくなって辛いよね……」
太一は抵抗できなかった。
ただ、疲れ切っていた。
その夜、麗奈を自室に招き入れ麗奈が慰めるように抱きしめてくれ、二人は抱き合ったまま眠った。
翌朝。
太一は目を覚ました瞬間、悟った。
身体がまた軽い。
嫌な予感と共に視線を落とす。
細い腕。
長い髪。
「……またかよ」
再び入れ替わっていた。
そして六日後。
元に戻った朝。
太一は静かにトイレへ向かった。
もう、確認する前から分かっていた。
震える手を下ろす。
数秒後。
太一は静かに目を閉じる。
タマタマも、なくなっていた。
スマホが震える。
麗奈からの着信。
太一はしばらく見つめたあと、通話ボタンを押す。
『……ごめんね』
泣き声混じりの声。
『タマタマも病院で取ってもらったの』
太一は何も言えない。
『悪いかなって思ったけど……おちんちんない太一が辛そうだし可哀想だったから、辛い原因がなくなれば少しは楽になるかなって、おもってタマタマも取ってきたよ…』
部屋に沈黙が落ちる。
太一は窓の外を見た。
春の朝日が、妙に眩しかった。