ここはA国の、死刑囚と終身刑囚専門の刑務所。A国は死刑廃止国ではないが、囚人自身が死刑と終身刑を選択できるという、ユニークな制度を持っている。
それなら全員が終身刑を選ぶだろうと思われるかもしれない。しかし、必ずしもそうじゃない事情も含めて、この刑務所の内部をご案内しよう。
最初は、死刑を執行する処刑室だ。囚人は、処刑される方法を、近代の死刑執行の代表的な6種類、即ち「電気椅子」「銃殺」「ギロチン」「薬物注射」「絞首」「ガス室」から選ぶことができる。それも執行直前に決めればよいことになっている。
処刑室は一辺が3mの正六角形をしていて、そのうちの一つの辺の壁には入口がある。死刑囚は全裸でこの部屋の中に入ってから、自分が処刑される方法を選ぶ。
入口の左には電気椅子がある。囚人が電気椅子を希望する場合、ここに腰掛けて、壁に吊るされているヘルメットのような帽子を被る。その上で両足首に電極がついたベルトを巻き、両手首を椅子の肘掛にある穴に入れると、センサーが働いて、自動的に手首がロックされる。帽子と手首のロックにも電極が付いていて、準備が完了すると2000ボルトの高圧電流が流され、囚人は一瞬にして気絶する。その後、電極間には更に高圧で大量の電流が流し続けられ、血液は沸騰し、囚人はそのまま蒸し殺される。
電気椅子の左の一辺は銃殺。ここの壁には防弾用の厚い金属板があり、そこに電気椅子で見たような、手首と足首をロックする装置が、囚人が立ったまま固定されるように付いている。首の部分にも裏側から飛び出すロック装置がある。正面、即ち入口の右の辺の壁には、自動発射の機関銃の銃口がある。囚人がロックされると、正面の壁から大量の銃弾が発射され、囚人を蜂の巣にしてしまう。
銃殺壁の左の一辺、入口から見ると正面はギロチン。ただし処刑室の中には、長さ1.8mのベッドがあるだけで、ベッドの先の壁には穴が開いている。囚人はうつ伏せにここに寝て、頭部だけを穴に入れる。すると首がロックされて抜けなくなる。こうして準備が完了すると、天井から垂直のレールに沿って、重くて鋭いギロチンの刃が落ちてきて、囚人の頭部は、一瞬にして切り落とされる。
更に左の一辺には、薬物注射の処刑用のベッドが、今度は壁の平行に置かれていて、壁に小さな穴がある。囚人はやはりここに仰向けに横になり、腕を壁の穴に差し込むとロックされ、壁の向こうでは看護婦が待機していて、差し出された腕にゴムバンドを巻き、血管に点滴針を差し込んでから、最初に睡眠薬を、続いて致死量の毒物を注入して、囚人を死に至らしめる。
その左の一辺は、先ほどご紹介した銃殺刑用の銃口がある。
処刑室の中央には、絞首用の縄がぶら下がっていて、先端に首を通す輪が、一度締まったら緩まないハングズマンノットという結び方で作られている。囚人がここへ首を通してから、自分の手で輪を締めると、縄の真下の処刑室の床が開き、囚人の身体が落下して、絞首刑が完了する。
囚人が処刑室に入ってから15分間、どの処刑方法も選択しない場合、ギロチンや薬物注射用の穴が塞がれ。密閉された室内に自動的に毒ガスが送り込まれて、処刑室全体がガス室となる。これにより囚人が執行方法の選択を躊躇している場合も、処刑が完了する。
このようにA国の処刑は、囚人の自発的意思を尊重した「人道的な刑執行」が特徴であるが、更に囚人が死刑に代えて終身刑を選択できる。
この終身刑においても、「人道的な刑執行」の特質を見ることができる。
終身刑には第1種から第3種までの3種類があり、囚人はこのうちいずれかを選択する。
「第1種終身刑」は、死ぬまで一生独房暮らしである。独房は、幅2m、奥行き3mほどで、ベッドのほか、手洗いと便器とシャワーの設備があろ。この独房の入り口は、囚人が一旦入ると、生きて出ることはできない。外観はコンテナそのものである。
窓はなく、囚人が外の景色を見ることはもうない。天井には監視カメラがあって、部屋のどこにいても姿が映るようになっている。
生存のために必要な最低限の食事や衣服は、囚人が要望すれば、壁の小さな穴から出し入れされる。ただし、衣服、食事とも、決められたものだけである。
空調、照明完備。労働もなく、生活は何ら規制されることはないが、囚人同士の交流はなく、看守に必要最小限の要望を伝えるほかは、誰とも会話することはない。刑務所の外の情報はもちろん、刑務所内部の様子も、囚人に伝わることはない。
囚人が入っている独房には、看守も立ち入らない。囚人の自然の寿命は保証されるが、もし病気になっても一切の診察も治療もされない。
囚人が死んでも独房は開けられることなく、中に囚人の死体や独房の設備を入れたまま、大型プレス機でスクラップにされる。
これを選ぶ囚人は少なく、独房コンテナ16室のうち、現在囚人がいるのは3室のみである。
「第2種終身刑」は、普通の刑務所に近い。男女は完全に分離された空間に、4人1室の雑居房が並び、便所やシャワー室は共同である。囚人は毎日12時間の労働が義務付けられているので、廊下を通って工場に向かう。屋外での運動を許される日もあるが、全てスケジュールに沿った集団行動が義務付けられている。
また、この第2種終身刑の囚人は、万一の脱走に備えて、額と両頬に終身刑の囚人である旨の入墨がされ、左腕には位置を知らせるセンサーが、左脛には逃走を防ぐため遠隔操作で爆発する超小型爆薬が、手術で埋め込まれる。
囚人同士のトラブルは厳禁。言葉での攻撃には口枷が、暴力を振るった場合は両腕拘束衣が、同性愛的な違反には貞操帯が、それぞれ30日間連続着用を義務付けられる。この日数は、違反の回数が多いと延長される。食事も口枷を着用した場合は流動食しか取れず、両腕拘束衣着用の場合は犬食いしかできない。貞操帯は性器を覆うだけでなく肛門もカバーするため、便所で排尿はできるが排便はできないので、結果としてオムツ着用となる。
約6割の囚人は、この第2種終身刑を選択する。
「第3種終身刑」は、刑務所の中の限られたスペース限定ではあるが、社会生活を送ることができる。ただし、第3種終身刑を選択した囚人は、第2種終身刑の囚人と同じ、顔の入墨とセンサーと爆薬の埋め込みされる。更に、男女混合の生活となるため、男女とも全ての性器を除去される。
男性は、ペニス、睾丸、陰嚢を除かれるだけでなく、前立腺も摘出されて、肛門性交での快感も奪われる。それに加えて、乳首も切除、オーラルセックス対策のために舌も抜かれるのである。
女性は、子宮と卵巣を切除され、膣も摘出されて縫い潰される。乳房も切り落とされ、男性と同様に舌を抜かれる。
その上で脳の一部を切除するロボトミー手術を受けさせられ、精神的には廃人同様にされる。
第3種終身刑の囚人は、刑務所内の工場で働くと、刑務所内限定のクレジットで賃金を貰うことができ、それで日用品や服を買ったりすることもできる。ただし、売られている服は、女性とも男性ともつかないユニセックスタイプのみである。
舌を抜かれていて会話もできないので、囚人同士は独特の手話で意思疎通している。手話を覚えていない新入りは、筆談である。
約3割の囚人は、この第3種終身刑を選択し、残り1割の囚人は、第2種の囚人生活も、第3種の去勢手術も嫌って、直接死刑を選んでいる。
この刑務所に囚人がひとたび入ると、法律的には死亡と見なされ、市民権は無くなり、財産は相続される。第1種と第2種の終身刑では、男女は完全に分離されており、第3種の終身刑では囚人全員が去勢されているので、新たな子孫が生まれることはないからである。
また、刑務所に入った囚人が、死刑を選択したのか、終身刑を選択したのかは発表されず、実際に死亡した場合も、公表されることはない。
第1種から第3種の終身刑は、一旦選択したら変更できないが、改めて死刑を選択することはできる。毎年、終身刑に耐えられなくなった囚人が何人か、自らの希望を看守に伝えて、処刑室に向かう。
第1種終身刑の場合は、独房から出ることはできないので、壁にあるボタンを押すと、独房が密閉され、そのままガス室になる仕組みを備えている。
今日も囚人を乗せた護送車が、刑務所の門から入っていった。乗っている囚人のうち、最終的に何人がどういう選択をするのか。それは誰にも分からない。
-
投稿:2006.12.25更新:2022.02.13
人道的な刑執行◇挿絵付小説◇
挿絵あり 著者 名誉教授 様 / アクセス 41610 / ♥ 67