性犯罪特別法に基づき設置された特別刑務所は、小田原から少し北にいった山中にあった。道を間違えたこともあって、約束の午後4時に少し遅れて到着した。
鬱蒼と茂る広葉樹が急に開け、高い灰色の塀がそびえ立つ。
私はレンタルした最新型のジープのドアを開け、入り口にあるインターホンに向かった。
「すみません。四時に所長の桐馬さんと約束している朝霧出版の工藤美紀といいます」
そう言って財布からIDカードを手のひら大の平らな黒いセンサーにかざした。国の発行するIDカードは運転免許、パスポート、住民票などもろもろの機能がある。
続いて同じセンサーに手のひらを乗せる。IDカードと手のひらの静脈を読み取って個人を認識するシステムだ。今では公的機関の殆どがこのシステムを利用する。地元の図書館の利用から先進各国の出入りまでが簡単になった。
「ゲートを開けます。車は所員が移動させますのでキーを置いて入ってください」
インターホンから女性の声が聞こえると、がつんと重い音が鳴って鉄製の分厚い扉が内側へと開いていった。
その奥には鉄棒で組まれた回転式の扉が設置されていて、入ることは出来ても戻ることはできないようになっていた。
刑務所に入るのは初めての経験だった。自然に心拍数が上がった。
建物は新しい。白い壁に囲まれ窓の少ない建物だ。入り口は鉄扉で私が近づくと重たい音を立ててスライドした。
髪を顎の高さで切りそろえた小柄な女性が出迎える。濃紺のジャケットにズボンといった制服姿をしていた。
「刑務主任の赤城といいます。ようこそ小田原特別刑務所へ」
「は、はじめまして。朝霧出版の工藤と申します。よろしくお願いします」
私は赤城と言う、少し童顔の優しい顔をした女性を見て驚いた。そう言えば先ほどインターホンに出た人も女性だった。性犯罪者、つまり男性を収容する刑務所と聞いていたから、職員も男しかいないものだとばかり思っていた。
今年4月から施行された性犯罪特別法は劇的な犯罪抑制に繋がった。というのが世間に広まった一般的な認識だ。
この法律では性犯罪を犯し、有罪の決まった者は性犯罪特別刑務所に収監することになった。つまりHな犯罪を犯したらみんなこの刑務所に入れられるということだ。ただ他の刑務所と違うのは懲役を科すことを目的としないことだった。
殺人など凶悪犯罪の増加による刑務所不足が深刻化していた。比較的軽微な性犯罪者には、刑期を延ばすことは難しくなっていた。しかし痴漢、援助交際などは増える一方だ。しっかり懲罰を与えた上で、刑務所に収監する期間を短くし、なお且つ再犯防止にも効力のある方法が議論された。その結果、この特別法はかなり強引な手段を認めた。
男性受刑者の去勢である。
拘留期間は三ヶ月。その間に去勢が行われる。
法案が可決した時から、世間の注目を集めマスコミにも大きく取り上げられた。この刑務所に収容が始まってから半年、今でも多くの関心を集めている。しかし、実際受刑者がどう扱われるのか、刑務所の中はどうなっているのか、未だ確かな報道がなされていない。というのも、刑務所に入れるものは職員か受刑者であり、一般人が入る唯一の方法は受刑者の同意を得た面会だけ。受刑者がマスコミのインタビューに応じるわけも無く、報道の多くは受刑者の関係者から又聞きした噂話程度というのが現実だ。
そんな中、私はある受刑者の面会を許された。
「どうぞ」
職員用の玄関から入った私はスリッパに履き替える。少し大きいクリニックのようだ。二階の一室に通された私は、革張りのソファで待たされた。その間、赤城がコーヒーを出してくれた。ミルクを入れてかき混ぜているとノックと共に扉が開いた。
「あ、お掛けになったままで結構です」
三十台後半だろうか。グレーのスーツを着た女性は、軽くウェーブの入った黒髪を弾ませて、向かいのソファに腰をおろした。
「はじめまして、ここの所長を務めている桐馬薫です」
私は匂い立つ女の壁に押され、ソファに背をつけてしまった。あまりにも刑務所にとって異質の空気があった。そこだけ銀座のオフィスビルになったようだ。アポを取るまで、メールでのやりとりしかしていない私は、てっきり男性だと思っていたので、そのギャップもあった。
「あ、すいません」
彼女に、にこやかに見つめられること数秒後、私は慌ててバックから名刺入れを取り出した。
それを見た桐馬「すみません、私はお渡しする名刺がありませんので」と言った。
「かまいません。習慣ですから」
私はそういって名刺を手渡した。
「ご用件は伺っていたとおり、滝沢正治受刑者との面談ですね」
桐馬の物腰はとても上品だった。おちついたトーンの声。しなやかな手振り。洗練され決して派手ではない化粧。その全てがモデルのような体型にマッチしている。
「はい。でもびっくりしました。所長さんから見学のご提案を頂けるなんて」
私は、ちょうど今日収監される予定の滝沢正治と面談する確約を取りつけた。その旨を連絡をしたところ、桐馬は快諾した上、私が新聞社の者だと分かると所内の見学を提案してきたのだ。
「この刑務所ができて半年。世間ではあること無いこといろいろ噂されています。実際、中で何が行われているのか、世間の感心は高いのに公開されている情報は少ないですし。取材をさせてもらえることになって光栄です」
私は正直に感謝の気持ちを伝えた。受刑者との面会が目的ではあったのだが、ついでに取材もできると期待していた。いや、取材の方が主たる目的になっていたかもしれない。どうやって所内を見てまわろうかと考えていたら、所長から見学の許可が出てしまった。
「別に隠しているわけではないのです。ただ、公的な機関ですから、ルールは守らないといけません。所内に入れるのは正式な手続きを取ったものでなくてはなりません。でも、いったん入ってしまえば私の権限の元、自由にできます」
桐馬薫は、コーヒーカップを持ち上げスプーンで中身をかき混ぜた。かき混ぜる手の向こう、切れ長の目が少し笑ったような気がした。
ドアの近くに立っていた赤木の持つ携帯が音を立てる。他の所員も同じような携帯を首から提げていることから、所内用のPHSなのだろう。
「新しい収容者が到着したようです。あなたの面会相手も一緒ですよ」
桐馬はそういって腰を上げた。私も慌てて立ち上がった。
階段を下り、入ってきた時とは反対方向へ向かう。すると白塗りの壁が、コンクリートのむき出しのものへと変わった。灰色の鉄格子が近づくと、ビーというけたたましい警報音と共に開いた。よく見ると廊下の天井には小型のカメラが備え付けてあった。
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「被告人滝沢正治を特別刑務所収容のうえ男性除去とする」
裁判官の声は雑音のようで、なかなか頭に入ってこなかった。
「滝沢さん、不服申し立てに入ります」
隣の国定弁護人が言った。
滝沢正治は十八歳未満の婦女に対する猥褻行為で逮捕された。
逮捕された夜、滝沢は青山から渋谷駅に向かって歩いていた。夜も遅く流れているタクシーを捕まえようとしていた。そこで、男二人組にからまれている女子学生と出会った。男達から彼女を助けたところ、泊まるところがないと言う。
彼女はどうしても帰らないと言った。滝沢の家は会社の独身寮だから、連れ帰ることもできない。放っておくこともできず、ビジネスホテルに彼女と泊まることになった。シャワーを浴びていると、私服警官が入ってきてあっけなく逮捕された。
判決のあと、滝沢は裁判所の拘置所に一旦入り、他の被告人の審議を待ってから護送車で都内の拘留所に移った。
「また去勢館送りか。この頃多いな」
護送車内、三人の警官が付き添っていたが、その中の一人が口を開いた。定年退職前くらいに見える男性警官である。彼らの座る座席の間には金網が張ってあるが、滝沢はすぐ後ろに座っていたので会話がよく聞き取れた。
「それだけ変態が多いんですよ」
警察学校を出たばかりと言った制服も真新しい婦警が語気を強めた。
「しかしなあ、間違いは無いのか心配になる。一旦あそこへ運ばれちまったら取り返しはつかないんだ」
「それは検察の仕事。だいたい現行犯なんだから間違いようもないでしょう? 満員電車内の痴漢だったら人違いもあるかもしれませんが」
「それはそうだが、生殖器だからなあ」
「大丈夫ですよ。最近はほとんど失敗無く体外受精ができるんですよ。あそこでは去勢する前にお情けで、精子を採取するみたいじゃないですか。しかも国費で精子の保存までしてくれるし。極論を言えば、もう男性のアレは必要ないんですよ。かえって凶器になるリスクがあるんだから銃刀法に加えても良いくらい」
「ははは。最近の子は手厳しいな。エッチは必要ないか」
「やだ。太田さん。もちろん愛情あってのセックスはありですけど、こいつには必要ないですよ」
婦警はくいっと顎だけ背中の方へ向けた。滝沢に向けたものだというのはすぐに分かった。
「男にとっては住みにくい世の中になったものだな」
老警官はそう言うと乾いた笑いを漏らした。
判決の二日後、滝沢は弁護士と面談した。
弁護士は控訴を取りやめようと言ってきた。理由は再審議に十分な疑わしき点が無かった為だった。現行犯、ホテルの証言、目撃者の証言、本人の証言、全てが滝沢に不利だった。国定弁護士はこれらを覆すことは無理だと言った。新たな証拠や証人がいない限り控訴しても無駄だろうと。国費で雇われている弁護士にはこれが限界だと言った。
控訴期間満了を待たずして、滝沢は特別刑務所へ移されることになった。
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「ここにお座りください。向こうからは見えない、所謂マジックミラーとなっています」
私が通された部屋は、壁一面が全てガラスとなっていた。もともと正方形の部屋をマジックミラーで分けたと言った感じだ。ガラスの向こうは白いコンクリートの壁で囲われ、三人の刑務官が待機していた。驚いたことにその三人全てが女性だった。
「あの、ここの所員はもしかて皆さん女性なんですか?」
「そうです。ここでは女性の刑務官しかおりません。設立当初は半々くらいだったんですが、つぎつぎと辞めていかれて……」
桐馬の口元が怪しく笑ったように見えた。
私は背筋に寒気を感じつつも、「どうして?」と聞いた。
「同性が目の前で命乞い……じゃないわね、ペニス乞いとでも言うのかしら? をするのを見ていられないのじゃないかしら? ふふふ」
今度ははっきり笑っていると分かった。
この人は楽しんでいるのかもしれない。男性器を切り落としてしまうことを楽しんでいる。
ガチャンという金属の擦れる音ともに、部屋の右側の扉が開いた。
三人の男性が手錠、腰縄、足枷をつけ、それぞれ紐でつながれて入ってきた。
いかにもと言った、頭のてっぺんが禿げ上がった小太りの中年男性、背の高い細身で髪の毛を肩まで伸ばした男性、そして滝沢正治だった。
「身体検査を行う。服を脱ぎなさい」
刑務官がそれぞれの拘束具を外していく。
男達は灰色のつなぎを脱ぎ、下着一枚となった。
「はい。全部脱ぎなさい」
そう刑務官が言うと、小太りの中年男性が「裸を見るのか」と声を上げた。
「そうよ。裸になってそこの壁に手をつきなさい」
「そんなに見たいのかよ! ええ?」
「早くしなさい」
異性の刑務官の前で裸になることを、さすがにためらっているようだ。あの小太りの中年男性は社内の女性をセクハラして捕まった。セクハラと言っても、ほとんど強姦に近いものだ。数ヶ月の間、女性社員をねちねちと脅迫し、犯し続けた。言葉の端々にサディストであることがにじみ出ていた。
刑務官は手術に使われるような白いゴム手袋をはめ、中年男性の手を壁へつかせた。壁からはホースが垂れており、もう一人の刑務官がその先端を持つと、チューブに入った粘性の液体を先端に塗った。
「アレで腸内洗浄をさせるんですよ。所内に持ち込もうと隠していても全部吸い出します」
桐馬が私の考えを先読みするように説明する。ホースの先端を持った刑務官が男の股を開くようにと言った。男が従わないと足を入れて強制的に広げた。もう一人の刑務官が「腰を高く突き出して」と冷たく言い放つ。
男性はなんだなんだと喚いた。
私は異性の裸をいきなりみせられ面食らっていた。全裸で壁に手をついてお尻をむけている。肛門も陰茎も陰嚢も包み隠さずといった感じだ。あまりキレイなものではない。
「なにをするんだ」
「直腸検査を行う。じっとしなさい」
刑務官は淡々としている。
「う、わっ! やめろ」
男は大声を上げ暴れようとした。すると、男性を壁に抑えていた刑務官が男性の片腕を背中へ回し、ねじりあげた。
「はい静かに。力を抜いてぇ」
ホースの先端を容赦なく男性の肛門へ挿入した。男性が一瞬硬直する。先端がはいるとぶーんという機械音がした。
「アレの先は膨らむんです」
桐馬が両手でボールのようにして見せた。そうなると肛門にひっかかって抜けなくなるそうだ。
「最初に溶解剤を注入して、そのあと吸引するんです。終わるまで抜けません。ここで試験的に導入された直腸検査機ですけど、簡便だからと言うので来年には全国で配備される予定です」
「は、はあ」
私は圧倒されてそう答えるしかできなかった。囚人となったらあんなことをされるのかと思うと背筋が冷たくなった。
「はい、このままじっとしてて」
刑務官二人はそう言うと、中年男性から手をはなした。男は両手を壁につき、腰を高く突き出したまま動かない。いや動けないのだろう。お尻に深々と突き刺さったホースがまるで生きているように時折びくんと蠢いた。
壁には他に四つのホースが垂れていた。
中年男性の隣のホースを一人の刑務官が拾い上げ、同じように粘液を塗った。
「二百三十二番。こちらに来なさい」
細身の男性は震えていた。無理もないあんな光景を目の当たりにしたのだから。
「ふふ。あの人興奮しているわ」
「え?」
見ると細身の男性のブリーフが膨らんでいる。
「やだっ」
私は思わず手で口を覆った。
「ああ言う人は多いんですよ。こう言ってはダメなのかもしれませんが、やっぱり性犯罪を犯した囚人は、どこか変な性癖をもっているのでしょう」
細身の男がブリーフを脱ぐと、勃起したペニスが反り返っていた。刑務官はそれになんの関心を見せる様子もなく最初の男と同様に指示を下した。
次は滝沢正治だ。滝沢は無言のまま下着を脱いだ。顔がこわばっているのが分かる。裸になると、指示を待たずに壁へ手をついた。三人の中で一番背も高く、痩せてもいない太ってもいない。健康な男性と言える体つきをしている。
刑務官に指示され腰を高く突き出す。肛門が露になった。
見ちゃいけないという罪悪感を感じたが、滝沢が肛門に洗浄管を挿されるのをじっとみつめてしまった。
十分ほどして直腸検査は終了した。管が抜かれると滝沢のお尻の穴はぽっかりと空いていた。
「それでは次に貞操具を取り付けるが、その前に陰毛の脱毛を行う」
一人ずつ、問診台のようなベッドに寝かされる。股間全体に透明のジェルを塗られ、放置すること五分。乾いたジェルを剥がすと、股間の毛は一切無くなっていた。あれは私も使っている。毛根を根こそぎ取り除き、毛の元になる細胞を麻痺させる商品だ。痛みもなく発売された当初は売り切れ続出だった。人にもよるが、一度すると三ヶ月は毛が生えてこない。一回の仕様で永久的に生えてこない人もいて、仕様には十分注意するよう書かれているはずなのに、刑務官は大量にジェルを塗った。そのため皆お臍から太ももまで体毛が綺麗さっぱりなくなってしまった。
脱毛が終わると刑務官のひとりがトレイを持ってきた。トレイにはアクリルのような材質でできた格子状の筒とリングが三組乗っている。
「リングに陰茎と陰嚢をまとめて通しなさい」
刑務官が壁にあったポスターを指して説明を始めた。
「リングのサイズは丁度陰茎と陰嚢が通るギリギリのものを付けなさい。緩いようであれば言いなさい」
三人の男達にそれぞれリングが手渡される。ペニスと陰嚢を両方リングに通す。睾丸を片方づつ入れるように指示している。陰茎と陰嚢をまとめて収まったリングはそれだけでも簡単に取れそうには思えない。
「少しきついようね。これを試しなさい」
滝沢のものは大きかった。亀頭は卵のように大きく、陰嚢は私の拳ほどある逞しいものだった。
「このサックに陰茎を入れて、リング上部から出ているバーを通し固定しなさい」
陰茎を包むサックは高さ五センチ、直径四センチの筒だ。陰茎にかぶせると僅かに下へ向かって湾曲している。入り口の上部に、リングの上部から飛び出た棒を通すようになっている。棒には横から穴が開いており、そこへ小さな南京鍵を通すと、リングとサックが固定される。固定されたリングとサックの間は5mmほどしか隙間が無く、その隙間から陰嚢が垂れることになる。よって一体化したサックとリングを抜こうとすると陰嚢が邪魔をして取れないのだ。
サックを全員に取り付け終わった。サックの大きさは五センチほどなので、勃起するとことも叶わない。興奮すると格子状のサックに勃起を食い止められ痛みが伴うのだそうだ。これをつけている間、彼らは射精はおろか勃起すらままならないことになる。
なぜこのような貞操具をつける必要があるのか、私は桐馬薫に聞いた。
「ここでは受刑者の男性器の不能もしくは去勢を目的にしています。もう二度と性犯罪、いや性行為すらできないようにするためです。しかし、生殖を不能にすることはしません。そのために、更生過程で生殖に十分な精子を採取するのです。それには勝手に自慰をされては困るわけです」
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入所の身体検査と貞操具の説明は、護送中に受けていた。しかし実際の方法については詳しく説明が無かった。裸になって肛門から強制的に吸引されたり、股間を脱毛され貞操具によって拘束されたり、人としての尊厳を打ちのめされた気分だった。しかもそれらの行為を全て異性にされたことが、滝沢の男してのプライドを大きく傷つけた。
そんな屈辱的な身体検査と貞操具の取り付けを終えた滝沢は、所内で着る服を渡され、さらにショックを受けた。
灰色のつなぎなのだが、下腹部から太ももの中間くらいまで布が無い。パンストとガーターベルトを繋ぐ紐のように、上と下を紐で結んでいるだけだ。お尻も股間も丸見えなのである。着た姿は滑稽で、股間を露出した上、貞操具によって拘束された陰部は裸より卑猥に見えた。
「貞操具は無理に取ろうとすると警報が発信される。トイレ等で触る分には構わないが、無闇に触れることが無いよう気をつけること。また、房内はカメラによって監視されている。不適切に股間を弄るようなことをすれば手足を拘束して生活することになるので注意しなさい」
まるでここに収容されたのは滝沢ではなく、滝沢の性器のようだった。お前の性器は危険なものだからこの世から抹殺する。そう言われているのと同じだった。格子状の貞操具は正にそのことを物語っていた。もう勝手に触れることすらできない。自分の体の一部なのに所有権はもう無いのだ。
ただそうは言っても男性器は泌尿器を兼ねている。小便は格子の筒に当たっても気にせずするように言われた。
雑居房の隅には腰丈のパーティションに囲まれた和式の便器があった。そこで用を足す。小水が格子に当たって飛び散るので立ってすることはできない。座ってしても貞操具が小水まみれになる。そこで用を足すたびに、ハンドシャワーで股間を洗わねばならなかった。
股間の開いた囚人服の理由は監視上の理由だけかと思ったが、案外こっちが本当の理由かもしれない。自分用のタオルで軽く拭いて、そのままブラブラと乾かすのだ。
「情けないな……」
太った男がぽつりと言った。名前を小杉洋平と言った。大手商社の部長だった男だ。小杉はさっきの身体検査や貞操具の取り付けでかなりまいっている様子だった。
「へへへ。こういうプレイも良いよね。へっへ」
一人興奮しているのは木村泰。二十五歳になったばかりの若さだ。ストーカー及び強姦未遂で捕まった。正座でたたみに座っている彼の股間は、貞操具で押さえつけているにも関わらず勃起していた。格子に彼の陰茎が食い込んで真っ赤になっている。
「チッ、マゾめが」
小杉はそう言ってごろんと壁に向かって寝転がった。
「二三三番。出なさい」
小柄で童顔の刑務官が独居房の入り口を開けた。
滝沢は股間を押さえて立ち上がった。いくら監視されているとは言え、性器を曝したまま異性に面と向かうことなどできなかった。しかし房をでると滝沢は後ろ手に手錠をかけられてしまい、隠すことはできなくなった。
収容区域は吹き抜け構造の二階建てになっている。五人用の雑居房が十部屋、吹き抜けに向かっていた。滝沢の雑居房は一緒に入所した三人だけだった。他の部屋も三人や二人といった感じで、余裕があった。
雑居房の囚人達が見つめる中、滝沢は収容区を出た。
リノリウムの床を歩き、白い鉄格子のゲートを二つ過ぎると、ブロック塀の部屋に通された。部屋はガラスで仕切られた所謂面会室だった。窓口は三つあったが、その一つにスーツ姿の女性が座っていた。
滝沢は彼女の姿を見てようやく自分が何のために連れ出されたか思い出した。
彼女は大学時代の友達だった。判決がおりて控訴をあきらめた頃、拘留所に訪れた。滝沢の無実を信じている、私も自分なりに調べてみると言ってくれた。国定弁護士より遥かに頼りになると感じた。刑務所に移ったらすぐに会いに行くと言っていたのを思い出す。あの時の滝沢には断る理由がなかった。
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目の前の扉が開き、後ろ手で拘束された彼の姿を目の前に私は息を呑んだ。
ここの囚人服はお臍から股間がまる見えだ。さっきも見たが、陰毛一つ生えていない綺麗な肌に、陰茎に嵌められた小さな牢獄は異様だった。まるで性的変質者ということをアピールしているような格好だった。
「正治くん」
変わり果てた滝沢の姿になんと言って良いかわからない。
滝沢は大学時代、女子に人気があった。私も好きだった頃がある。親友の女の子が好きだったこともあり、思いを遂げず身を引いた。高みの花のような存在。憧れの人。私にとって滝沢とはそういう男だった。そんな男が目の前で、誰にも見せられないような情けない格好を披露していた。
滝沢は私の姿をみて呆然とした後、慌てて後ろを向いた。
そのまま部屋を出て行こうとする。
「待って!」
滝沢の歩みが止まる。
「正治くんの言っていた学校を突き止めたよ」
滝沢は背を向けたままじっと動かない。
「写真を持ってきたの。被害者かどうか分からないけど、恵理奈って言う子は三人いてどれかしら・・・」
被害者の女の子は未成年ということもあり、法定には現れなかった。実名も明らかにされていない。滝沢は彼女が無実を証明してくれるはずだと思っていたようだが、非公開の証言で彼女は猥褻目的でホテルに連れて行かれたと言ったそうだ。滝沢の無実を証明するには、彼女が証言を覆さねばならない。
彼はしばらく動かなかったが、意を決したようにこちらに向くと目を合わせずに面会用のブースの席へ座った。どうしても私は彼の股間に目がいってしまう。大きな亀頭が籠の中で窮屈そうだ。陰嚢は張り出て大きな睾丸の形が分かる。私は極力、滝沢の目を見ようと努力したが、どうしても好奇心が勝ってしまう。
「……ごめん。その、それ、痛そうだね」
「い、いや、大丈夫。ちょっと根元がきついけど」
滝沢は顔を少しあげて顔を赤くしながら言った。
「ひどいよね。そんな格好させられて。ここがこんな所なんてびっくりしたよ」
「そうだな。これはちょっと恥ずかしいよ。なぜか看守はみんな女の人だし」
滝沢は悲しそうに顔だけで笑った。無理に余裕を見せようとしているのが分かる。
「男の人は痛々しくて見てられないみたい。所長がそう言ってた」
「そうか……、そうだろうな」
「私、取材しているの。去勢法、じゃなかった、性犯罪特別法のこと」
「そうか、だから面談したいって言ってたんだ」
「それもそうだけど、正治クンが性犯罪者なんて思ってないから来たの。裁判も聴いたよ。なんであんな簡単な審議しかしてくれないのか分からない」
事実、裁判は二ヵ月しかかからなかった。
「最近は訴訟ブームだろ。裁判所も忙しいんだよ。証拠のそろった分かりやすいケースはどんどん済まされる。検事も裁判官も書類だけ見てもう終わったケースみたいに考えてるから、いくら俺が無罪を主張したってダメだった」
「でも、私は正治くんの言っている事は正しいと思う」
「信じてくれるのは嬉しいよ。でもいくら正しくても、こうなってしまってはどうしようもないよ。会社も辞めた。家族は田舎の母親ひとり。秋元とか大学からの友達も裁判中こそ見かけたけど、いまじゃ他人のふりだ。誰も頼る伝が無い。賃貸の解約とかぜんぶ、国定弁護士に頼る始末さ」
「まだなんとかなるよ。控訴を取りやめたって、新事実があれば再審議にもなるんでしょ? そうなったら知り合いの弁護士に頼んでみる」
「最近の弁護士は刑事には興味が無いらしい。性犯罪者の弁護なんてやってもキャリアになるどころか非難されるくらいだからな。俺の知り合いにも当たったが、みんな断られたよ」
「大丈夫。彼女は大学からの友達で正義感も強いし。事情を説明すればやってくれるよ。とにかく諦めないで」
「……分かった。諦めないよう努力するよ。身の覚えのない罪で去勢されるなんてやっぱり嫌だもんな」
滝沢の瞳にようやく少し力が戻ってきたような気がした。
「そうその意気」
私は笑って見せた。そして、写真を彼の目に見えるように持ち上げて「この中にいる?」と聞いた。滝沢は右端の子を指差す。
「わかった。さっそく会ってくるね」
「たのむよ。こんな所早くでたい」
私は「時間です」と刑務官の赤城に言われて退出した。
部屋をでると所長室へと連れて行かれた。
「まじめそうな青年ですね。一流企業にも働いていたそうですし」
「彼とは大学の同級だったんです」
「そうですか。残念ですね……こんなことになって」
「いえ。彼は無罪だと信じていますから」
私がそう言うと、桐馬少し考えるように視線を流した。
「……まあ、そう言う事にしておきましょうね」
切れ長の目が私を捕らえる。心拍があがった。この人は……。
「さて、実際に更生を執行する場を見てみませんか?」
桐馬は腕時計をちらりと見てそう言った。
「え?」
「もうすぐ、プログラムを受ける受刑者が一人います」
桐馬に連れられて階段を下り、収容区とは逆に進んだ。
こちら側は牢獄と言うより病院のようだった。廊下は清潔に保たれ、僅かに消毒液の匂いがする。
「ここのシステムを説明していませんでしたね」
桐馬は歩きながら説明をはじめた。
「受刑者は毎週一回、更生プログラムを体験してもらいます。VRシステムはご存知でしょ?」
たしかヘッドギアで疑似体験できる機械である。私にとってはビデオゲームの延長上としか思えないが、精神科ではセラピーにも使われている。ようするに人工的に夢を見る機械である。
「プログラムは受刑者の性への欲求を無くすように開発されました。まあ、百聞は一見にしかず。どうぞ」
所長に促され、部屋に入る。さっき入所に使った部屋のように、ガラス張りの壁で区切られた部屋である。マジックミラーとなっていて、向こう側からはただの黒い壁だそうだ。
ガラスの向こうにはすでに受刑者がいた。
裸でヘッドギアを嵌められ、床に固定された白い器具の前で立たされている。器具は小さな跳馬のようで、腰の高さまであり、男に向かって小さな穴が開いていた。男は器具に手を突いた状態で固定された。
「プログラム開始します」
刑務官の声がスピーカー越しに聞こえた。
がくんと男の力が抜ける。しかし腕を固定されて倒れることはなかった。刑務官が少し支えるとふらふらと自力で立っている。やっと立っている程度の状態だ。
プログラムが開始されて三十秒くらい経ったころ、受刑者の陰茎が勃起しはじめた。
「あ、あれは?」
「彼は疑似体験をしています。きっと女の子に誘惑されて興奮しているのでしょう」
「そんなことをしたら逆効果になりませんか?」
「まあ、見ていてください。いい夢は今だけですから」
男が白い器具に開いた小さな穴に陰茎を挿入した。
口を開けて息遣いが荒くなっていく。
夢の中で、架空の女の子を犯しているのだ。
男は無機質な白い器具に向かって、腰を振りはじめた。
男というのは幸せな生き物だなぁと関心してしまう。こんな機械でも興奮できるのだから。それにしても、必死になって腰を振る姿は滑稽である。
「こうなると男ってかわいいでしょ?」
「そうですね。かわいいと言うか可哀想になってきます」
男は腰を振るスピードをあげる。まるで、おもちゃの人形が腰を振っているようだ。射精が近づいているのだろうか、声が漏れだす。
器具に股間を叩きつける音が強くなった。
ううっと啼いて、男はぐっと白い器具に腰を突っ込んだ。おしりが小刻みに震えている。
すると、刑務官が白い器具と男をまきつけるようにベルトをはめた。男は器具にびったりと固定された。
びくびくと射精が始まる、すると白い器具から低い振動音が始まった。
「う、うわっ、うあああ」
突然男が叫んだ。器具から離れようと暴れる。
「どうしたんですか!?」
「甘美の夢が、悪夢になったんですよ。射精を感知すると、VRシステムが去勢モードに切り替わります。彼は今、陰茎を失う夢を見ているはずです。噛み切られるのか、刃物で切られるか、千切られるか……」
桐馬は器具の説明を始めた。
「あの器具に開いている穴には、生体のサンプルを採取するために開発されたバイオクリップが組み込まれています」
駆け出しの頃、初めて自分ひとりで取材したテーマがバイオクリップだった。バイオクリップは生きたままのサンプルを採取する医療器具だ。血管や腸などの輪切りのサンプルを一瞬で抜き取り、同時に傷をまったく残さずに接着することができる。だるま落しのように検体を抜き取るのだ。つまり……。
「陰茎の根元から一センチ幅で抜き取ります」
男の陰茎は今の一瞬で一センチ短くなったということだ。
「陰茎なんていう複雑そうな器官でも、バイオクリップができるなんて知りませんでした」
「今の技術では場所によりますが腕や足でもできるそうですよ。陰茎は技術的には問題ありません。こうやって一週間に一度、このプログラムを行います。プログラムで欲求を抑えられず射精してしまうと、ああやって悪夢をみることになり、さらに陰茎も一センチずつ短くなっていくことになります。射精された精液からは精子を洗い出して保存します」
「そうか、プログラムで欲求を抑えることができて、射精もしなければ、精神的な去勢が行われたこと。欲求が抑えられなければ物理的に去勢してしまう。……だけど、どうして一センチずつなんですか?」
「精子の生成は約八十日でサイクルしています。つまり三ヶ月弱、精子を集めることは、男性ひとりの精子形成を一通りカバーできることになります。精子の回収は一週間ごとが良く、だいたい合計で十回行われます。一回一センチだと十センチ切り取ることになりますが、これは平均的な男性器だとちょうど亀頭部だけが残ることになります。バイオクリップは組織が変わる部分には弱いので、亀頭部と茎部に渡る部分はクリップできません。だから一センチなんです」
「じゃあ残った亀頭部は?」
「十回プログラムを行っても射精してしまう者は、残った陰茎も睾丸も外科的に切除することになります」
つまり、プログラムを全て受けてしまうと、受刑者は十回も自分の陰茎が切られるのを体験しなくてはならない。その上、徐々に自分陰茎が短くなって、最後には無くなってしまう。
「なんだか、かわいそうですね。どうせなら一度で済ましてあげたくなります」
「これは救済処置でもあります。プログラムの途中で精神的な去勢が認められれば、陰茎も睾丸も残ります。男性としての社会生活に影響がすくなくすみます」
「今まで途中でプログラムを終了した人はいるんですか?」
「残念ですが、おりません。やはり性への執着が強いからかもしれませんね」
プログラムを終了しますという声が聞こえた、ベルトを外された男は後ずさりした。陰茎はまだ勃起していたが、見た目でわかるほど短くなっていた。一センチというのは案外大きな差だと思った。男は自分の陰茎を見て、安堵しているとも悲しんでいるとも見える顔だった。
なるほど、ああやって少しずつ自分の陰茎が無くなっていくのを受け入れさせていく意味もあるのだ。
滝沢正治も一週間後には彼と同じ運命が待っている。
私は一週間以内に滝沢と面談する予定を告げて、刑務所を出た。
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雨が降っている。少女が傘をささずに道に立っていて、滝沢に抱きついてきた。白いワイシャツが透けて下着が見える。少女は帰る場所が無いと言った。
滝沢は少女とビジネスホテルにはいる。
そうだ、これは逮捕された日だと滝沢は思い出した。制服姿を不審に思ったホテルの受付員が、警察を呼んだという。
でもおかしい。
あの時、滝沢は少女と一緒にチェックインしていない。それに少女は私服を持っていて、ホテルに入る前に着替えたはずだ。記憶違いをしているのだろうか?
551号室に入る。エレベーターから一番遠い部屋だった。
ベッドに腰掛けていると、ブラウスのボタンをはずし始める。
白い肩が現れる。少女は滝沢の膝に跨った。
滝沢は少女の腰に手を回し、スカートのホックを外した。
気づくと二人とも裸だった。
少女が股間に顔をうずめる。温かくやわらかい。舌がカリ首の下を滑っていく。
滝沢は少女の頭を掴んだ。そして頭を股間に押し付ける。先端が咽頭に当たるのが分かる。その度に官能が沸き起こった。
少女は、うっううっと呻いている。
滝沢はかまわず腰を動かした。快感が腰を支配して勝手に動いてしまうのだ。
舌が絡みついているのが分かる。絶頂が近い。
滝沢は激しく腰を振った。そして少女の咽喉へ深々と挿入し欲望のまま射精した。
すると少女は滝沢の腰に手を回し、さらにぐっと奥まで咥え込んだ。
ぶつん。
鈍い音ともに、滝沢の股間に激痛が走った。
「がぁあっ!」
少女の顔が滝沢の股間から離れる。
「いはい?」
血だらけの少女が顔を上げた。
口から滝沢の陰茎ずるりと落ちた。
そして、痛かった? と聞きなおし、少女は笑った。
滝沢は声にならない叫び声をあげた。
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滝沢は他の性犯罪者と変わらず機械に発情して、気持ち良さそうに射精したあと、陰茎を一センチ詰められた。窓越しで見ていた私は、悲しき持ちになった。
「やっぱり、腰を振っちゃうんですね……」
私は誰に言うでもなく、マジックミラーとなっている大きなガラスの仕切り向かってつぶやいた。
「よっぽど、滝沢さんを信頼しているのですね」
桐馬薫が左後ろから言葉を重ねる。
「え、ええ。そうです。彼は無実だと信じていますから」
一週間に一度、私は彼の元を訪れた。あいにく判決を覆すことができる真実を彼に伝えることはできなかったが、彼は私との面談を拒むことはしなかった。
大きかった彼の陰茎はずいぶんと短くなった。
私はこのプログラムが性犯罪者にしか効力のないものだと思っていた。つまり、一般人が受ければ、疑似体験などに誘惑されずに、プログラムを終了できると思ったのだ。彼が本当に無実であれば、陰茎が短くならずに済むだろうと予想していたのだ。
しかし、予想は大きくはずれた。性犯罪者如何に関わらず、男であってはこのプログラムの誘惑から逃れることはできない。もし出来たとしたら、それは精神が男でなくなったということだ。ここは、性犯罪者を更生する場所ではなく、男を去勢する場所なのだ。俗的に去勢館と呼ばれているが、案外正しいのかもしれない。
「また、来週も見に来るのかしら?」
桐馬が顔を近づけて言った。
「はい。彼も誰かと話したいみたいですし」
「でも、彼が望んでいる新事実というのはなかなか見つからなさそうですね」
「被害を受けたと主張する女性がなかなか証言を覆してくれませんから」
「でもあなた、本当に無罪を晴らそうとしているのかしら?」
桐馬の顔がふと笑ったように見えた。
「ど、どういう意味ですか?」
「いえ、大事なお友達が大変な目に遭っているのに。落ち着いて見えるので」
「そんなことないですよ! 変なこと言わないでください。今日だってこれからその子と会うつもりなんですよ」
私は何度も彼女と会って、交渉重ねていると彼に伝えていた。面談は録音されているから桐馬もそれを知っているはずである。
「そのことなんですが……。被害者である少女が、なぜあなたと何度も会うのかしら。たとえ嘘の証言をしていたとしても虚偽の証言をしたことがバレたら罰せられるのは分かっているはず。本当の証言だったらなおさら、証言を覆す必要なんて無い。普通、そんな人が加害者側の人間と会おうとするかしら」
もっともな意見である。
「それでも、ちゃんと会って話してるんです!」
われながら会話が破綻していると分かっていたが、こう言う他ない。私が語気を強めると、桐馬は「分かりました」と言ってこのことにはもう触れなかった。
私は、特別刑務所を出ると、都内の私立高校を訪れた。
前もってメールを入れといた通り、絵梨奈は近くのコーヒーショップに現れた。
「美紀さん。こんにちわ」
絵梨奈は肩まで伸びた黒髪の少女で、その白い肌とミニから伸びるきれいな足が女の私からみても可愛らしい。黒目勝ちの瞳が、今日のニュースなにかしらと訴えかけている。
「なにか、嬉しそうね?」
「ええ? そうですか? でも結構楽しみかも。美紀さんのあの報告」
「はいはい。今日はね、君の口を犯して射精してたわよ」
話の発端は大学時代の親友、和美から失恋話を聞いたことだった。その失恋話というのが、私が身を引いてまで成就させた滝沢正治との恋の破局だった。滝沢は、彼女と八年もつきあってフッたのだ。三十路前の女にとって、このショックは大きい。しかも、理由が他に好きな人が「いた」からだという。
しかし、彼が二股をしたという事実はないそうだ。ということは、今までその子を忘れられなかったということである。行動は起こしていないけど、心はずっと二股をしていたのだ。どうやらその子は、私たちが知っている人らしいのだが、名前までは分からないらしい。私たちの共通の知り合いと言えば、大学時代の同級ということになる。
とにかく、八年も騙すようなな男は懲らしめようとなった。
滝沢正治は、正義感の強い男で女の子には皆やさしい。それが彼の良さでもあるのだが、大学時代は優しくされた女の子が彼を好きになってしまう現場を何度も目撃したものだ。なにを隠そう私もその一人だったわけだ。
話を戻すと、そんな彼の習性を利用して、罠にはめてやろうと考えた。
ちょうど私は、去勢館、いや性犯罪特別法に基づいて設置された特別刑務所の取材を企画していた。しかしなかなか面会できる受刑者は見つからないでいた。滝沢を受刑者にすれば面会もできるかもしれないと、考えたわけである。
決めてしまえば後は簡単だった。
未成年者であれば、裁判での証言も非公開であるし、仕掛ける側のプライバシーは守られる。それに弱い立場ということから、警察も詳しい捜査はしないと予想した。念には念をと現行犯逮捕を考えた。
結果は寸分違わず予想通りとなった。その立役者となったのが、目の前にいる絵梨奈である。私の従妹の幼馴染で、昔から従妹より親ってくれていた。
「うわっ。最悪ぅ」
絵梨奈は舌を出してうぇっと吐くフリをしてみせる。
VRシステムは大まかにどんな夢をみせるのか操作できる。桐馬薫の説明では、通常、被害女性を対象に選ぶそうだ。犯罪を起こした相手に陰茎を切断されるのを何度も体験させることによって矯正しようというのだ。よって滝沢のお相手は、絵梨奈ということになる。そして絵梨奈の行動はある程度プログラムできる。今回は口で奉仕させたとのことだ。
「彼のあれ。もうこれくらいしかなかったよ」
私は小指を立ててみせた。見た目は亀頭だけが陰嚢の上にくっついているといった感じなのだ。勃起してあの程度だから、しぼんだら見えなくなってしまうのではないだろうか。
「それでね。そんなちっちゃなおちんちんで一生懸命腰を振るの」
「けなげ~」
「ほんと。男ってかわいそう」
「ですねー。でもそれじゃあ、もうすぐ全部とっちゃうことになるんですか?」
「そうね。あと二回がいいとこかな。彼のは大きかったから三ヵ月まるまるかかった計算ね」
すると絵梨奈は少し心配そうな顔をした。
「本当に大丈夫ですよね。もしあの人が出てきても私になにかないですよね?」
受刑者には出所するとき、体内に発信チップを埋められる。絵梨奈から十キロ以内に近づこうものなら、すぐに警察と絵梨奈に通報されるシステムだ。滝沢が裁判所と本人の許可なく会うことは不可能だ。
私は大丈夫だからと言った。
あれから滝沢は絵梨奈のおしりの穴を犯して射精し、最後は絵梨奈の手で射精させられてプログラムを終了した。今日は、陰茎、前立腺、陰嚢と男性器に関わる全てを切除する日だ。
滝沢が手術台に寝かされ、両足をカエルのように広げて固定されている。
「結局、最後まできてしまいましたね」
桐馬が言った。私たちは手術室を一望できる二階の部屋にいた。滝沢はちょうどこちらに向かって股間をつきだすような格好をしている。ペニスは小さく、陰嚢の上に埋もれてほとんど見えない。
「さっきの面会で、彼に謝ってきました。力になれなくてごめんねって」
「そうですか」
桐馬はそれだけ言った。
私は手で窓に触れた。
執刀医、麻酔医、助手、看護士すべてが女性である。
執刀医が陰嚢持ち上げて、どこを切るのか書き込みをしていた。滝沢は意識があるらしく顔を上げて心配そうに自分の股間をみている。下半身麻酔だそうだ。
「もう分かっていると思いますが、私は彼のことを本気で助けようとしていませんでした。彼を利用してここの取材をしたかっただけかもしれません。彼は本当に無実なんです」
私は桐馬薫に向き直った。
「それを私に言われても、手術を止めることはできませんよ?」
「わかってます。今さら、彼を救おうとか思ってるわけじゃないんです。べつに彼は去勢されちゃってもかまいません」
「ではなぜ?」
「知って欲しかったというか。性的異常者でなくてもこのプログラムにかかったら性欲を抑えることなんてできないことを」
「ふふ。そんなのあたりまえです」
「え?」
「犯罪性のある性欲と普通の性欲を分けることなどできません。ここに運ばれた一番軽い罪状は、のぞきでした。たまたま、覗かれた被害者が検察官だったのね。それで、初犯だったのにここに送られてきました。まだ十六歳になったばかりで、ちょっと魔が差した程度だったでしょうに」
大人と変わらない量刑の対象が十六歳からになったのも、最近の話だ。
「その子は……」
「もちろん完全に去勢しました。自分のペニスが短くなる度に涙を流して「もうしませんから許してください」って言ってました。でも、ここに入ったらプログラムに従うだけですから……ふふふ」
「そうなんですか。なんだか、かわいそう」
「彼が無実なら、それはそれでもっとかわいそうじゃない? ほら、あれを取るともう男じゃないのよ」
桐馬が窓を覗き込んだ。
メスが陰嚢を切り裂く。思ったより勢いがあってびっくりした。女医は切り口から指で睾丸をつかみ出す。魚の肝を取り出しているかのごとく手早い。滝沢の大きな睾丸が引きずり出された。
滝沢がお腹に違和感を感じたのか、顔を上げた。そして、自分の睾丸が体内から引きずり出されているのを知り愕然としている。
「そうですね。何もしていないのに男を失うなんて。少しかわいそうかな……」
女医が睾丸を切り取ろうと、ハサミを手に取ると、滝沢が「いやだ。やめてください」と喚いた。彼があんなになる姿を想像していなかった。あんな滑稽なものを股間にさげていることがそんなに大事なのだろうか?
執刀医は、懇願する滝沢の目の前で睾丸を切り離していった。そして切り離した睾丸を彼のお腹の上に無造作に置いて、次の作業にかかる。
肛門の少し上くらいから陰茎までを縦に切る。陰嚢部はすでに切られてたが、腹膜まで到るように深く切り開く。
まず皮を剥がされた真っ赤な陰茎が体から剥離されていく。まるでマグロの解体ショーを見ているようだ。小さくなった陰茎だったが、体内にはまだ棒状といえるほど残っていた。その切り取った海綿体や、切り抜かれた精索が睾丸と一緒にお腹の上に並べられていく。滝沢の目の前で切り取られた自分の部品が次々と増えていった。
滝沢の股間は切り口が広げられて、まっかな体内が見えた。
「勃起神経も、射精を促す前立腺も全て切除します。下半身に快感を覚えることは二度とありません」
「やっぱりちょっと可哀想だったかな……」
私は次々と器官を失っていく滝沢が哀れになった。
執刀医が手が止まる。慎重に何かを探っている。
彼女が時間をかけて取り出したのはなにかの臓器のようだった。桐馬に「あれが前立腺です」と教えてもらった。
取り除くものがなくなると、医師は次にGPSを恥骨の裏側に固定した。これによって、地球上のどこに言ってもモニターされることになる。
手術は取り除くよりも、切り口や尿道をつなぎ合わせるのに時間がかかった。
なるべく傷口を残さないように丁寧に縫合されて終了となった。何も無くなった股間には、肛門の少し上に移動した新しい尿道からカテーテルが出ていた。
「問題は尿漏れなんですよね。尿道括約筋も平滑筋もほとんど取ってしまうので。ナプキンが手放せなくなるわけです」
ということは女の子と違って、生理中だけじゃなくてこの先ずっと必要になるわけだ。お詫びにナプキンぐらい買ってあげよう。
手術から二週間が経ち滝沢は出所した。
ブザーが鳴り、小さな鉄の扉が開く、頭をかがめて滝沢がでてきた。
「おつかれさまでした」
私は滝沢に頭をさげた。そして「力になれなくてごめんね」ともう一度謝った。
「いや工藤のせいじゃないよ」
滝沢は力なく笑った。
「どう? 痛む?」
「いや、痛みはもうない」
滝沢を新横浜まで送る。彼はとりあえず実家に帰るらしい。
道中、親友の和美と別れたことを聞いてみた。
「誰が好きだったのよ。あの子、すっごく悲しがってたよ」
「和美から聞いてないのか?」
「聞いてない」
「そうか……」
滝沢はしばらく沈黙した。
「なによ。誰か言えないの?」
「……君だよ」
「は?」
思考が停止して運転しているのを忘れてしまった。車が中央分離帯に乗ろうという寸前で急いでハンドルをもどした。
「な、なにいってるのよ」
「ホントだよ」
なんてことだ、和美は私を利用したんだ。私が去勢館の取材がうまく言ってないのを知っていたし、あの計画を最初に言い出したのも和美だった。私は、自分が好きだった人を、それに実は両想いだった人を、去勢してしまった。
それから会話すること無く気まずいまま車は横浜に入った。
「君が僕を好きだったのは知ってる」
「え? あ、……うん」
「今さらもう遅いかもしれないけど、どうかな、その……」
「つきあいたいの?」
「……できれば」
新横浜に着く。車を駅の近くに止めて一緒に降りる、ここでお別れだ。
「はい。おみやげ。ナプキン三ヶ月分はいってるからね。おしっこ漏れちゃうって聞いたから」
「あ、ありがとう」
「それとね。ナプキンを固定するにはショーツがいいから、何枚か、かわいいのを選んどいたよ。ふふふ」
「ありがとう、でも女物はちょっと……」
「正治くんは股間だけ女と変わらないんだよ。もう公衆トイレだって個室に入らなきゃできないんだし誰かに見られることもないじゃない。使えば慣れるから」
「う、うん」
「それと、さっきのことだけど」
私は滝沢の目を見た。
「私はやっぱり、おちんちんがちゃんとある男性が良いの。ごめんなさいっ」
私はそう言い切ると、急いで車を発進させた。
そもそも私のせいで去勢された彼には、ちょっとかわいそうだったが、はっきり言わないとダメだと思った。無理なものは無理なのだ。だって……。
「機械に向かってサルみたいに腰を振っていた男を、好きになれるわけないでしょう?」
了
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投稿:2007.03.21更新:2007.03.21
去勢館
著者 エイト 様 / アクセス 47162 / ♥ 35