失われた記憶
1章 美緒
2章 駆け落ち
3章 幽閉
4章 祐子
5章 再会
6章 告白
7章 美緒ちゃんと
8章 戸籍抄本
9章 結婚式
10章 大阪
11章 友哉
12章 対決
13章 事故
14章 策略
15章 喪失
16章 再び
17章 封印
1章
夕闇が迫る街角。
そっと身をひそめるように黒い影がビルの蔭に身を滑らした。
「待った?」
篠原美緒が囁くと、ひっそりと佇んでいた赤木祐介が満面に笑みを浮かべて立ち上がった。
美緒は立ち上がるのを待っていられない様子で祐介に抱き付くと、祐介は分かっていたかのようにそっと美緒を抱きしめた。
二人はしばらくお互いの胸の中を覗き込むように見詰め合った後、どちらからともなく唇を合わせた。
夕闇が街を包み始めてようやく黒いシルエットが離れた。
同じような背格好の二つの影がビルの陰で揺れた。
「私もう待てない」
「僕も。でももう少しがまんするしかないよ」
「いや・・・いつまでがまんすればいいの?」
僕は美緒が悲しそうに首を振るのを黙って見詰めた。
「もう行かないとまずいよ」
僕はそっと通りを覗った。
「いや。こんな風にしか会えないなんて私もういや」
僕の胸に顔を埋めていやいやをしている。
「でも、しょうがないだろう・・・」
「そんな事言ったって・・・」
またいつもの言い争いが始まってしまった。
「美緒・・・」
僕がなだめるように美緒の長いストレートの髪を撫ぜると少し落ち付いた。
美緒は僕の長い髪を手にからめながら、何かを秘めたような目をした。
「祐介一緒に逃げよう」
僕は驚いて美緒の大きな目を見詰めた。
「逃げるって・・・」
「そう。駆け落ちしよう」
美緒がそう言うと僕の胸に顔を埋めた。
美緒・・・
愛おしい・・・
「でも僕達はまだ高校一年だし、それに一体どこへ?」
僕だってどこかに行って二人で暮らせるものならそうしたい・・・
「どこでも祐介と一緒ならいいわ」
「後二年待てば僕も働けるようになるから」
「駄目。その時には私はあの男の嫁にさせられちゃう・・・」
美緒の目に涙が溢れた。
「昨日パパが電話ですぐに結婚させようと言っているのを聞いてしまったの・・・」
美緒のパパ・・・
民自党の有力幹部で、影の実力者と言われている。
美緒は、同じ政党の次期総理候補と言われている男の次男と、美緒の気持ちも聞かずに婚約させられてしまっていた。
「まさか。まだ僕達高校生じゃないか」
「そんな事関係無いの。パパは総理になる事しか頭にないの・・・」
そんな事させてたまるか・・・
昔じゃあるまいし、政略結婚だなんて・・・
「僕がそんな事させないよ」
「祐介・・・」
美緒の華奢な体を強く抱きしめた。
「早く行かないと・・・」
秘書の金子に見付かったらまずい・・・
僕達は美緒がピアノのレッスンから秘書の待っている車に戻るまでの僅かな時間を使ってこうして会っている。
「いや。祐介がうんっと言ってくれなきゃ・・・」
「美緒、分かっているだろう」
「いや。うんって言ってくれなきゃもう車に戻らない・・・美緒死んじゃう・・・」
美緒が絶対に後に引かないと言った表情で僕を潤んだ目で見詰めた。
今見付かったら、僕達は二度と会えなくなってしまう・・・
どうせ、高校出たって大して変わらないし。
でも、今はとにかく美緒を車に戻らせなきゃ。
金子が見に来るんじゃないかと心配になってきた。
「分かった」
「本当?」
美緒が本当に嬉しそうな顔で僕に思いっきり抱き付いた。
同じ位の背恰好だから、美緒に押されてよろめいて倒れそうになった。
「じゃあ、明日の夜10時にここで。絶対よ」
美緒を見ていたらとても断ることなんか出来ない。
「分かった。必ず来るから」
「嬉しい」
美緒が僕の首に両手を回して唇を押し当てた。
美緒。僕の大事な美緒・・・
どうなるのか、不安が膨らんで来たけど僕は美緒の為にも駆け落ちする事に覚悟を決めた。
美緒が出て行って少ししてから、僕も通りに出た。
美緒の姿はもう見えなくなっている。
急に心の中に穴が開いたようになった。
美緒と一日中一緒に居たい・・・
頭の中は明日からの逃避行の事で一杯になっていた。
ぼんやりと美緒と初めて会った時の事を思い出した。
僕が美緒と初めて会ったのは、高校の入学式の時だった。
入学式の時に黒塗りのベンツが校門の横に横付けされたのを見た時は誰が来たのかと思って驚いた。
黒い背広の男の人が出てきて、後ろのドアを開けると中から、髪の長いちょっと勝気な感じの女の子が出て来て、何事かと思って見ている僕達を睨みつけた。
「何見てるのよ」
顔を上げて言ったとたんにみんな引いてしまった。
僕は男の人に付き添われて中に入っていくその女の子を見詰めた。
気が付くと胸がどきどきして締め付けられるようになっていた。
つんと立った細い鼻と大きな目がまぶたに残っていた。
これが僕と美緒との最初の出合いだった。
僕が二回目に美緒に会って初めて話をしたのは、一ヶ月後だった。
授業が終わって帰ろうとして体育館の横を通ると、女の子がすすり泣くような声が聞こえて来た.
どきっとして良く見ると、体育館の陰でセーラー服の女の子が体を小さくさせて震えている
一瞬迷ったけれど、何だかほっとけなくてそっと傍に歩み寄った。
「君どうしたの?」
おずおずと聞くと、はっとしたように僕を振り返った。
「何よ・・・」
篠原美緒・・・
僕は彼女の目に涙が光るのを見逃さなかった。
「何よって、何だか泣いていたみたいだったから」
「泣いてなんかないわよ」
ぽいっと横を向いてしまった。
「でも・・・」
彼女が僕を拒むように体を堅くしてじっとしていた。
「じゃあ、僕は行くけど本当に大丈夫?」
彼女は黙って向こうを向いている。
「何も聞かないけど、もし何か困っていたら相談に乗るよ。クラスメートだろう」
僕は後ろ髪を引かれるような思いで踵を返した。
校庭に戻って振り返ると、彼女が僕をじっと見詰めているのに気が付いてはっとした。
胸がどくんと鳴った。
でも僕は急いでその場を立ち去った。
入学式以来みんな彼女を敬遠しているからなあ。
きっと彼女もああいう態度していても寂しいんだろうな・・・
僕は家に帰るまで彼女の事が気になってしょうがなかった。
3度目に彼女と話したのは、一週間後のやっぱり体育館の陰だった。
いつものように帰ろうとして体育館の横を通ると、女の子のすすり泣く声が聞こえた。
篠原さんだ。
はっとして、体育館の横に立っている女の子を見た。
思わず駈け寄った。
どうしようか迷ったけど、そっと彼女の肩に手を置いた。
「どうしたのまた?」
びくっとした様子で体を堅くすると長い髪を揺らせて振り返った。
「赤木君・・・」
無理に何でもないような顔をして目を見開いた。
「何でもないわ」
「そんな事無いだろう」
彼女の目に光涙が物語っている。
「誰かいじめたの?」
「ううん・・・」
「良かったら聞いてあげるよ」
胸をどきどきさせながら言った。
僕にこんな事言えるなんて。
堅い表情で僕を見ていたかと思うと、ふっと気が緩んだような表情になってまた目に涙が滲んだ。
「私の事怖くないの?」
「何で?」
「何でって、みんな私のこと敬遠してるじゃない」
首を振って、勝気な顔を曇らせた。
「それに、いつも川崎さんがついているし・・・」
「そんな事ないよ」
「私の事怖くないの?」
「何で?」
「何でって、みんな私のこと敬遠してるじゃない」
首を振って、勝気な顔を曇らせた。
「赤木君・・・」
突然篠原さんが僕の手を取って、胸に顔を埋めた。
「篠原さん・・・」
慌てた僕の顔を見上げて泣きそうな笑顔を浮かべた。
「ごめんね」
「ううん。僕に出来る事なら何でも言って」
「本当?」
目に浮かんだ涙を拭うと僕の耳元にそっと囁いた。
「えっ。そんな事・・・」
でも僕は彼女の顔を見て小さく頷いた。
2章
僕は不安な気持ちでビルの隙間で佇んでいた。
美緒ちゃん本当に来るかなあ?
それにこれからどうしよう・・・
美緒ちゃんと一緒にいられる嬉しさと同時に不安が膨らんで行った。
「祐介」
はっと声をした方を見たら、美緒ちゃんが立っている。
「美緒ちゃん」
美緒ちゃんが屈んで荷物を置くしぐさをすると飛び込んできた。
暗闇の中で唇を合わせて抱き合う二人のシルエットが揺れた。
「行きましょう」
美緒ちゃんが唇を離して囁いた。
「うん」
僕は自分のバッグを持つと、美緒ちゃんと一緒に道路に出た。
「何これ?」
僕は道路に置いてあるバッグの山を見て唖然とした。
「何って、着替えとか色々と」
ちょっと照れたような顔をしてはにかんだ。
「だって、しょうがないじゃないの」
「あ、ああいいよ」
僕はこの荷物の山をどうしようか頭を抱えた。
「取り敢えず持ってみるよ。でも美緒ちゃん良くこんなに一人で持ってこれたね」
「へへ。すごい格好だったから見られなくて良かった。二個はピアノの先生のところに置いておいてたし」
でも、駆け落ちという暗い気分がどこかに飛んで行ってしまった。
そうだよ。子楽なる事なんかないよね。
しかし・・・
取り敢えず二人で持って見た。
「駄目だー。これじゃあ動けないよ」
「でも・・・」
二人でお互いの格好を見て吹き出した。
「何その格好」
「美緒ちゃんだって」
「何か捨てて行けないの?」
「えー。だって、みんな要るもの・・・」
美緒ちゃんを見ていてこれ以上言えなくなった、
「わかった、僕は取り敢えず今着てるのでがまんするから・・・」
自分のボストンバッグを、ビルの陰にほおり投げて美緒ちゃんを振り返った。
「行こうか?」
「うん」
美緒ちゃんが嬉しそうな顔で僕に寄り添った。
と言いたいけど、バッグがぶつかっただけだった。
「ねえ、どこに行く?」
「そうね。今日は遅いからホテルでも泊まっちゃおうか?」
にこっと笑って僕を見た。
「そんなにお金有るの?」
「うん。ほらカード持ってきちゃった」
そう言って金色のカードを僕に見せた。
「そんな事していいの?」
「いいの。私の意思を無視して、自分の欲の事しか考えていないパパのお金なんか」
「そうだね」
祐介と美緒は可笑しそうな顔をして大きな声で笑った。
僕は胸をどきどきさせながら、美緒がチェックインするのを見ていた。
フロントの人は、あやしむような顔で僕達を見ている。
美緒は気にしない様子でいる。
「301号室よ」
僕に目配せすると、さっさと歩き始めた。
「待ってよ」
僕は荷物を持って急いで後を追った。
フロントの人がじっと僕達を見ているのが気になった。
「わー。やったー」
部屋に入って荷物を置くと、美緒が僕に抱き付いてきた。
「何だかわくわくしちゃうね」
無邪気にはしゃいでいる美緒ちゃんを見て複雑な気持ちになった。
でもいいか。
美緒ちゃんがこんなに喜んでいるんだから。
「シャワー浴びてくるね」
「うん」
僕は大きなベッドの上で仰向けになった。
何だか緊張してたから眠くなってきたなあ。
少しうとうとしてると、美緒ちゃんが僕の肩を揺すっているのに気が付いた。
はっとして目を開けた。
寝ちゃってたんだ。
「祐介起きた?」
美緒ちゃんがピンクの可愛いネグリジェを着て、僕の顔を覗きこんでいる。
どきっとして、美緒ちゃんをどけて起き上がった。
胸がどきどきしている。
顔が紅くなってしまった。
「祐介も入ったら?」
「うん」
僕はバスルームに入って、シャワーを浴びた。
さっぱりした気分で体を拭いてから、着替えがないのに気が付いた。
まあいいか。
さっき脱いだ下着を身に着けてジーパンをはいて、部屋に戻った。
「何でジーパンはいてるの?」
「だって、これしかないもん」
「あっ。そうだったんだ。ごめんね」
美緒ちゃんが舌をちょっと出して照れ笑いをした。
「別にいいよ」
「でも、それじゃあ寝れないでしょう?」
僕のジーパンを見ている。
「私の貸して上げようか?」
「い、いいよこれで」
美緒ちゃんの着ているネグリジェを見て頬がぽっと紅くなった。
「そう。別に二人しかいないからかまわないけど」
僕は無視して美緒ちゃんの隣に座った。
「少し眠くなっちゃったね」
「うん。もう寝ようか」
「じゃあ、一緒に寝よう」
「えっ?」
「いいじゃない。駆け落ちしたんだから」
おかしそうな顔をして僕を見ている。
「でも、まだ高校生だし」
「ふふ。そうね、今日は寝ようか。でも一緒に寝て」
「うん」
「ジーパンは脱いでね」
「そうだね・・・」
ジーパンを脱いで下を見られないようにベッドに潜り込んだ。
美緒ちゃんが、すぐに僕の首に両手を回してきた。
僕達は薄明かりの中でじっと見詰め合った。
美緒ちゃんの息遣いが目の前に聞こえて、胸が苦しくなってきた。
美緒ちゃんの体柔らかい・・・
それにいいにおい・・・
気が付くと、あそこが硬くなっている。
美緒ちゃん・・・
美緒ちゃんの体を抱きしめた。
「祐介・・・」
「美緒ちゃん・・・」
駄目だよ、まだ僕達は・・・
美緒ちゃんの柔らかい胸の感触が伝わる・・・
僕はじっとしたまま、美緒ちゃんを抱きしめ続けた。
「祐介・・・」
突然美緒ちゃんが目を開けて僕に何かを訴えるような表情をした。
「えっ?」
「いいわよ」
美緒ちゃんが僕の手を握って、下の方に誘った。
美緒ちゃんの冷たい手の感触にぞくっとした。
駄目、もうがまんが出来ない・・・
震える手を美緒ちゃんの胸にそっと乗せて揉んだ。
「あんっ・・・」
美緒ちゃんが潤んだ目で僕を見てから唇を重ねた。
美緒ちゃん・・・
僕は震える手で美緒ちゃんのネグリジェを脱がし始めた。
「あー良く寝た」
美緒ちゃんの声に目を醒ますと、美緒ちゃんが僕が見ているのに気が付いて頬を紅くした。
「おはよう・・・」
「おはよう・・・」
僕も何だか恥かしくなって目を伏せた。
昨日あんな事したのが何だかうそみたい・・・
「起きようか」
「うん・・・」
何だかおかしくなってきた。
駆け落ちっていうよりも・・・
「ねえ、どこに行く?」
「そうだね。どうせなら行った事がないところがいいな」
「そうね、じゃあこれから暑くなってくるから北海道でも行こうか?」
「いいけど、高くない?」
「大丈夫って言ったじゃない」
美緒ちゃんがにこっと笑った。
「そうだね」
「うん」
何だか修学旅行でも行くみたい。
二人はどちらともなく唇を合わせた。
「こんなところで朝食食べるのなんて初めてだよ」
「バイキングだから一杯好きなの食べられていいよ」
バイキングかあ。
ちょっぴり楽しみ。
美緒ちゃんとしっかりと手を握ってエレベータに向かった。
美緒ちゃんが先にエレベータを出た。
はっとしたような顔をして中に引き返した。
真っ青な顔をしている。
「どいしたの?」
「金子が・・・」
美緒が震える手でボタンを押して僕に寄り添った。
「どうしよう・・・」
「とにかく急いで戻らなきゃ」
「何でわかったのかしら・・・」
「まさか本名を書いたの?」
「ううん」
首を振っている。
「きっとパパがホテルを調べさせたんだわ」
青い顔をしている美緒ちゃんと急いで部屋に戻った。
「どうしよう。ここから出なきゃ」
「でも、金子が見張ってるんだろう?」
「あそこに居たら絶対に見られちゃう・・・」
「裏口は?」
「駄目よ。フロントの前は必ず通らなきゃ出れない・・・」
「荷物はどうする?」
「こんなに持っていけないよね・・・」
美緒ちゃんが惜しそうな顔をしている。
「持ってってあげたいけど・・・」
「ねえ、ボーイさんに頼んで、先にタクシーに乗っけてもらおうか?」
「うん。それならいいかも」
「でも、どうやって金子の目を盗もうか・・・」
僕と美緒ちゃんが目を見合わせた。
「そんなの無理だよ・・・」
僕が首を振ると美緒ちゃんが悲しそうな顔をした。
「あーあ。こんな年頃の男女なんて私達位しかいないし絶対にばれるよね」
はっとしたような顔をして僕を見た。
「ねえ、まだ私達金子に気が付いた事しらないよね」
「多分・・・」
美緒ちゃんが僕の前に立って、体を触った。
にやっと笑うと口を開いた。
「ねえ、服脱いで見てくれない?」
「何だよ急に?」
「いいから」
美緒ちゃんが僕の服を脱がした。
パンツ一枚で何だか恥かしい。
「ちょっと待って?」
美緒ちゃんがボストンバッグをごそごそさせてから、水色のワンピースを取り出した。
「何する気?」
美緒ちゃんがくすっと笑って僕の体にワンピースを当てた。
「美緒ちゃん止めて恥かしいよ・・・」
「似合うじゃない。これならいいかも」
そう言うと、楽しそうにバッグの中から下着を取り出している。
「早くこれを着けて」
「これって?」
目を丸くして美緒ちゃんを見詰めた。
「祐介が女の子になって私と一緒に出ればごまかせるかも」
「えー???」
女の子になるの?
ばれなければ良い考えかもしれないけど・・・
「ばれるに決まってるよ・・・」
「とにかく試してみてよ」
「分かったよ」
僕はブラを手に取った。
何だか恥かしい・・・
「着け方が良く分からないよ・・・」
「しょうがないわね」
僕からブラを奪った。
「ほら手を出して」
「うん」
僕の手にブラを通すと背中のホックを留めた。
初めて着けたブラが何だか恥かしい・・・
「あら、似合うじゃない」
くすくす笑って僕を見た。
あそこが大きくなってきてどきっとした。
手で隠したのに気が付いてくすっと笑って僕を見た。
「下もはきかえよう。線が出ちゃってばれるとまずいから」
「あっち向いてて」
「うん」
僕は急いで白いパンティを穿いた。
「はい、スリップ」
美緒ちゃんが向こうを向いたまま僕に滑らかな感触の真っ白いスリップを手渡した。
これ着るの?
「頭から被って」
目を瞑って頭から被った。
何だか変な感じ・・・
滑らかな感触にぞくっとした。
「きゃー、可愛い」
美緒ちゃんがにこにこして僕を見ている。
うーんと首を傾げてから、ティッシュを何枚も丸めて僕の胸に押し込んだ。
「うん。こんな感じ」
そう言うと、僕にワンピースを被せて、背中のファスナーを上げた。
「恥かしいよ」
「しょうがないじゃない」
「そうだけど・・・」
パンストを苦労してはいてから立ち上がった。
美緒ちゃんがちょっと離れて僕を見た。
「ちょっとここに座って」
僕をドレッサーの前に座らせた。
僕は鏡を見てどきっとした。
そんなに変じゃない・・・
「前髪切るよ」
「駄目だよ」
「言う事聞きなさい」
いつもの勝気な美緒ちゃんに戻って、鋏を手に持って笑っている。
目の前にぱらっと髪の毛が落ちた。
「髪が長いから何とでもなるね」
美緒ちゃんが鋏をぱちぱちさせている。
僕は見たくなくて目を瞑っていた。
「はい、出来た」
美緒ちゃんの声に恐る恐る目を開けた。
僕?
女の子っぽくなった僕の顔がワンピースの上に乗っている。
「これなら何とかなるんじゃない?」
美緒ちゃんがにこにこして僕を見ている。
「祐介女の子みたいな顔してると思っていたけど、こうすると男の子だなんて分からないね」
「もうからかわないでよ」
顔が真っ赤になった。
「じゃあ、少しだけお化粧してあげる。私も化粧と髪型でごまかそう」
僕に急いでお化粧をすると、美緒ちゃんも隣に座って髪を少し切った後で、お化粧をした。
鏡の中で二人の女の子が見詰め合っている。
一人の女の子は顔を真っ赤にして恥かしそうにしている。
「うん、これなら金子もわからないね」
「そうだね・・・」
僕は鏡を見ながら頷いた。
部屋を出てエレベータの前で待った。
誰かに見られるんじゃないかと胸がどきどきして堪らない・・・
「美緒ちゃん恥かしいよ・・・」
美緒ちゃんの手を握り締めた。
僕の左手にはごていねいにハンドバッグをぶら下げている。
美緒ちゃんはサングラスを掛けて顔を分からないようにしている。
エレベータが開いて心臓が止まるかと思った。
年配の夫婦らしい男女が僕達を見て微笑んだ。
思わず目を伏せた。
美緒ちゃんは構わずに僕の手を引いて中に入った。
足が震えてよろけそうになった。
美緒ちゃんが二人と何か話している。
僕はワンピース着ているのが恥かしくて、黙って下を向いていた。
1階に着いてドアが開いた。
美緒ちゃんが僕の手を引いて夫婦と一緒に外に出た。
美緒ちゃんと繋いでいる手が汗ばんできた。
心臓が苦しい・・・
顔を上げると、金子がちらっと僕達を見るのに気が付いた。
美緒ちゃんと僕は、年配の二人の家族みたいな顔をして、二人の傍に寄り添って歩いた。
金子は目を戻して違う方を見た。
ほっとした。
美緒ちゃんも僕を見て、やったねという顔をした。
二人と一緒にフロントに行った。
美緒ちゃんが二人と話しながら清算をしている。
いつ金子が気が付くか気が気じゃない。
ワンピースから出ているサンダルを履いた足が震えているのに気が付いた。
すごく長い時間が経ったような気がした。
僕の手が握られて引っ張られるのに気が付いてはっとした。
また二人と一緒に話しながら出口に向かった。
気になって振りかえると金子と目が合ってしまった。
はっとしたけど、怪しまれると困るから知らないふりをして目を戻した。
金子が一瞬僕を見つめたような気がした。
ばれちゃったかな・・・
美緒ちゃんも緊張した顔で僕を見た。
でも、金子は追ってこない。
「駅に行くんですか?なら、一緒に行きませんか?」
美緒ちゃんが二人に言うと、二人が頷いているのが見えた。
4人がタクシーに乗り込んでドアが閉まると急に体の力が抜けた。
逃げ出せた・・・
「お嬢ちゃん達はこれからどこに行くの?」
「北海道に行くんです」
「そう、二人だけで偉いわね」
僕は黙って顔を伏せたままワンピースのスカートを握り締めていた。
「疲れた・・・」
僕が声を出すと、美緒ちゃんが嬉しそうな顔をして僕を見た。
「やったね。何だか映画みたいでどきどきしちゃった」
「僕何てこんな格好してるから、美緒ちゃん以上だったよ・・・」
羽田の待合室に座って、胸をなぜ下ろした。
「まだこれ着てなきゃいけない?」
「しょうがないじゃない。着替えるところないし」
「でも・・・」
通り過ぎる人が僕を見るたびに体が竦む。
ほっとしたら急にワンピースを着ている事が恥かしくてたまらなくなった・・・
顔を紅くしていると、美緒ちゃんがくすっと笑った。
「誰も祐介の事男の子だなんて思ってないよ」
「そう?」
「そうよ。あんまり似合うからちょっと驚いちゃった」
「からかわないでよ」
「からかってなんかないわよ」
「でも早く着替えたい・・・」
「そうしていれば見付からないから、しばらくそうしている?」
「嫌だよ」
美緒ちゃんが面白そうな顔をして僕の手を握った。
早く出発時刻にならないかなあ・・・
いつ金子が現われるかと思うと落ち付かない。
搭乗の案内が放送された。
二人で見詰め合って微笑んだ。
「これで一安心ね」
「うん」
ほっとして立ち上がろうとしたら、後ろから低い声がした。
「美奈」
はっとして振りかえると、恰幅の良い男の人が美奈ちゃんを見ている。
「パパ。何でここに?」
パパ?
見付かった・・・
心臓が止まるかと思った。
「帰るんだ」
「嫌・・・」
美奈ちゃんが僕にしがみついた。
美奈ちゃんのお父さんが僕を見て驚いたような顔をした。
「君は?」
「祐介よ。私この人と一緒になるの」
美奈ちゃんが怖い顔をしてお父さんを睨みつけた。
「この人って、お前?」
「何よいけないの」
「君は男の子なのか?」
僕は顔を紅くして頷いた。
僕を見て急に笑い出した。
「美緒。こんな女みたいな男の子と別れて家に帰るんだ」
「嫌・・・」
美緒ちゃんが僕の腕にしがみ付いたまま睨んだ。
「私あんな男となんか絶対に結婚しない。それにもう私女の子じゃないんだから」
「何?」
急にお父さんの顔が真っ青になった。
「金子」
「はい」
いつのまにか僕達の後ろに来ていた金子が僕を羽交い締めにした。
美緒ちゃんの腕をお父さんが強く掴んで僕達を引き離した。
「金子。お前はそいつを連れて行け」
そう言うと美緒ちゃんを引きずって行った。
もがこうとしたけど動けない。
「祐介ー」
「美緒ちゃんー」
見詰め合う二人の目から涙が零れた。
いつまでも僕を呼ぶ声が聞こえて、小さくなって消えていった。
「さあ、お前も来るんだ」
「止めて下さい・・・」
金子が唇を歪めて笑った。
「まさか美緒様がお前みたいな男と駆け落ちするとわなあ・・・」
周りの人達が唖然とした様子で僕達を興味深気に見ているのに気が付いた。
こんな恰好しているのを見られている・・・
急に恥かしくなって、抵抗する力が抜けた。
「さあ、来るんだ」
僕は金子に引っ張られて、車に押し込められた。
「どこに連れて行こうと・・・」
怯えた顔をした僕の口にガーゼが押し付けられた。
「な、何を・・・」
「ふふ。少し眠っていなお嬢ちゃん」
嘲るように笑う声が遠くに聞こえて消えて行った。
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投稿:2007.04.05
由紀さんの「失われた記憶」ほんの一部分です。
著者 匿名 様 / アクセス 13425 / ♥ 2