第1章 タイトルイラスト
(略)
第2章 パンフレット
白い霧が森を深く包んでいる。
中世の城を思わせる石造りの洋館が霧が薄くなるにつれて姿を現してきた。
純白のドレスを身を纏った少女がバルコニーにぼんやりともたれかかっている。
黒いローブを着た長身の男がバルコニーに出て来た。
何やら少女に囁くと、少女の手を取って中に入って行った。
一瞬霧が晴れて少女をくっきり映し出した。
漆黒の長い髪が腰まで伸びている。
大きな黒い目が全てを吸い込むように見開かれている。
整った鼻と薄い薔薇色の愛らしい唇が生身の女性とは思えない美しさを醸し出している。
その時低い鐘の音が森に響き渡った。
何かを覚悟するような表情を一瞬したと思うとまた穏やかな表情に戻った。
少女が姿を消すとまた森は静寂に包まれた。
霧が再び濃くなって洋館を隠していった。
「ねえ、光。少しその性格直したら」
千香ちゃんが学校の帰り道に怒ったような顔で僕を見た。
「しょうがないじゃない。生まれつきだもの」
「そんな事言ってるからみんなにいじめられるのよ」
「千香はいいよな。女の子だけどはっきりものを言えて」
「光は男の子なんでしょう」
僕を見て笑い出した。
「あんまり男の子には見えないけどね」
「ひどいなー」
またいつものような会話になった。
僕は御園光。聖マリアンヌ高校の1年生だ。
彼女も同じ高校に通う幼なじみの上条千香ちゃんだ。
僕が小さい時から周りにいじめられるから、いつも守ってくれている。
普通は逆なんだけどなー。
僕が小さくて華奢なのに比べて彼女の方が大きくて性格も強いから自然にそうなっちゃった。
いじめられるのは、僕の顔が女の子みたいだっていうのも影響している。
「髪の毛を短くしたら少しはましになるんじゃない?」
「嫌だよ。一度短くしたら、すごく年下に見られて嫌な思いしたから」
「じゃあ今みたいに長くしていたらいいの?」
「まあね」
肩を超す髪を手で掻き揚げた。
「まあそうしていると中学生の男の子には見えないわね」
「そうだろう」
「ええ。その代わり高校生一年の女の子に見えるけどね」
そう言うとけらけら笑った。
ふくれっつらをしたけど相手にしてくれない。
「大体小遣いをたかられるなんて、光が相手に対してはっきり拒絶の意志を見せないからよ」
「だけど、男の子達何だか恐いんだもん」
「問題は見かけじゃないんだからね」
「そうなんだけど・・・」
「いつまでも今日みたいに私が守ってなんかあげられないよ」
千香ちゃんが少し考えてからおもむろに鞄から一枚のパンフレットを取り出した。
「これでも行ってみたら」
「何それ」
覗き込むと自己啓発セミナーって書いてある。
あなたの隠された自己を発掘して、自信を持った人生を送るための福音のセミナー?
「なんなの一体?」
「光見てると大体自己ってものがないのが問題だと思うわ」
「一度こういうの聞いてみなさいよ」
「だけど・・・」
「はい」
パンフレットを僕に手渡した。
「もう申し込んでおいてあげたから行ってきなさいよね」
「えー」
「駅と反対側だから、一人で行ってきなさいね」
唖然とする僕を尻目にさっさと外苑前の改札を入ってしまった。
パンフレットを見詰めた。
自己開発研究所って書いてあるけど何だかうさんくさそうだな・・・
無視して帰ってしまえばいいんだけど・・・
そうしたら後で千香ちゃんが怒るだろうな・・・
帰れるようならこんなセミナー行かなくてもいいんだろうな・・・
ぼんやりと改札の前で立ち竦んだ。
第3章 自己開発研究所
恐る恐る自己開発研究所と書かれたドアを開けた。
何人か座っているのが見えた。
中にいたスーツ姿の女の人が僕に気が付いて歩いてきた。
「御園光君ね」
えっと思った。
「何でわかったんですか?」
その女の人は黙って笑って僕を見た。
「それより席に座ってくれる」
その女の人に案内されて一番前の席に座った。
何をするのか不安がよぎる。
やっぱり来なければ良かった。
後悔してきた。
僕の後に何人か入って来てから説明が始まった。
女の人も半分位いる。
僕が一番若いみたいだ。
「当研究所のセミナーにようこそ」
女の人がハスキーな声で挨拶した。
「みなさん今まで自分を出せないで色々損をされたり苦労されてきた事と思います」
何人かが肯いている。
「当セミナーを受講されるときっと新しい自分に生まれ変わる事と思います」
そう言うとにこっと笑った。
「私も昔は皆さんのように自分を出せなくて苦しんでいたんですよ」
みんなを見渡した。
「私もこのセミナーを受けてから、自分に自信が持てて人生が変わりました」
ほーっという声が聞こえた。
「みなさんも心配しないで受講して下さいね」
真面目な目をして隣の男の人が頷いた。
「御園君も今までいじめられたりしていたんじゃないのかな?」
急に言われてどきっとした。
恥ずかしくなって黙って頷いた。
急に手を叩いた。
驚いて彼女を見た。
「はい、では二人ずつペアになってもらいます」
僕達は名前を言われた人と向かい合って座った。
僕は興奮したまま自己開発研究所を後にした。
胸の中に熱気がまだくすぶっている。
あたりはもう暗くなっている。
駅に着く頃には少し頭がすっきりしてきた。
今日のは一体何だったんだろう?
セミナーでの出来事を思い返した。
僕達は相手の人に自分を何故言いたい事を言えなくなるのか話させられた。
大抵周りの人とか会社がとかの理由を言うんだけど・・・
相手の人は、徹底的に何故?何故と責めるように言われた。
言われた方の人は大抵最後には泣き出してしまった。
そして交代して同じ事をさせられた。
「何故小さいからいじめられなくてはいけないの?」
「それは男の子は強くなくてはいけないから・・・」
「何故女の子みたいな顔をしていたらいけないの?」
「それは男の子だから・・・」
「何故抵抗しないの?」
「みんな力強いし恐いから」
「何故恐いの?」
「僕男の子だから・・・」
「何故男の子だったら恐いの?」
「何故優しくしてたらいけないの?」
「男の子なのに恥ずかしから・・・」
「何故男の子だと恥ずかしいの?」
「それは・・・」
そんな風にどんどん続いていった。
最後に言葉に詰まって黙り込んでしまった。
何故だろう・・・
最後の言葉が恐くって出てこなかった・・・
今まで誰にも触れられた事のないところまで来た時急に涙が溢れて泣き出してしまった。
家に帰ると千香ちゃんから電話が掛かった。
「どうだった?少しは変わった」
「そんなに急に変わらないよ」
「何だ残念」
そう言って笑っている。
「でも明日もあるんだ」
「そうね。どんな事やったの?」
僕は今日の事を説明した。
「ふーん。そんな事するんだ」
ちょっと考え込んでいる。
「じゃあ、また明日教えてね」
「う、うん。」
「明日も絶対に行くんだよ」
「うんわかった」
電話をそっと置いた。
明日はどんな事をするんだろう。
今日の事を思うと不安になってきた。
僕の心の奥が曝け出されるようで恐い気がした。
あんな事で自分が変われるんだろうか?
いつも考えないようにしていた何かが蠢きはじめたのを感じてびくっとした。
第4章 自我
「今日は少し講義をします」
川村という女の人が部屋の前で話始めた。
何だか少し難しかったけどこんな事だったと思う。
生まれた時から持っている内的自我が僕達本来の姿だと。
それが成長するにしたがって、もう一つの外的自我が生まれていくって。
周りの期待た慣習とかが主な原因になっていくって。
大抵の人は、内的自我と外的自我に大きな違いはなくって自然に順応して行くって。
でも内的自我と外的自我に大きな隔たりがあると問題が起こるって。
自分本来の自我を押し込めてしまう。
自分を素直に出せなくなって受動的にもう一つの自分を作っていくんだって。
何だか聞いていてそうなかも知れないって気がしてきた。
本当に幸せになるのは、本来の自分を取り戻さなくてはいけないって。
生きていると色々な制約とかがある。
その為に、それを出すことが出来なくて自己が消えていってしまうって。
自己開発というのは、その内的自我をあらゆる制約を取り除いて発掘することなんだって。
恥ずかしいと思う事こそ、本来の自分と今の自分との違いを解く鍵だって言っている。
昨日のセミナーは内的自我に近づく訓練だったって。
「じゃあ、これから皆さんの内的自我に迫ってみましょう」
にっこり笑って僕達を見回した。
「心が解放されると、今までより自然に積極的になってきますよ」
何人かが肯いている。
「では昨日と同じ組み合わせで、また同じ事をしてみましょう」
一瞬ペア同士目を見あわせた。
「但し、年齢、地位、職業、性別すべてを忘れて下さい」
教室がざわっとした。
「何故と聞かれてそれらが理由になっている時は」
息を継いでゆっくり話しはじめた。
「そうじゃない自分になったつもりで、相手もそのように扱って下さい」
えー・・・
そんな事・・・
「では始めて下さい」
僕の相手の女の人は僕に昨日と同じ質問を始めた。
「何故小さいからいじめられなくてはいけないの?」
「それは男の子は強くなくてはいけないから・・・」
「じゃあ男の子じゃなかったら?」
「強くなくてもいい・・・」
「じゃあ女の子だったらいいのね」
「うん・・・」
「何故女の子みたいな顔をしていたらいけないの?」
「男の子だから・・・」
「あら、今は女の子でしょう。じゃあ何故?」
「いけなくない・・・」
「何故抵抗しないの?」
「みんな力強いし恐いから」
「何故恐いの?」
「僕男の子だから・・・」
「女の子だから恐くないでしょう?」
相手の女の人がまたにっこり笑った。
「恐くない・・・」
「何故優しくしてたらいけないの?」
答えに詰まった。
女の子だったら優しい方がいいよね・・・
「そうよね。優しくていいのよね」
そんな風にして質問が進んで行った。
相手の女の人はだんだん僕を女の子として質問を続けている。
僕は何だか恥ずかしかったけど、でも今まで覚えた事のない開放感を感じてきた。
横で川村さんがにっこり笑って僕を見た。
「恥ずかしがらないで。ここには何にも制約はないのよ。自分に素直になって」
不意に目が熱くなってきた。
涙がこぼれた。
どうしたんだろう・・・
他の人を見た。
少年になってる男の人もいる。
餓鬼大将になってるおじさんもいる。
僕は・・・
今度は僕が相手の女の人に質問を始めた。
「何で会社で男の人の言う事にさからえないんですか?」
「それは女だから」
「今は女だって忘れましょう」
「そうね。でも技術じゃ勝てないから」
「何故?」
「実際に子供の頃いじってなかったから」
「何故?」
「女の子は機械遊びなんて出来なかったから]
「何故?今は女の子じゃないんですよ。嫌いだったから?」
「ううん。好きだった・・・」
「何故言われた事しか出来ないのですか?」
「女だから」
「ほらまた」
「そうね」
相手はにっこり笑った。
「何故リーダーになれないんですか?」
「お・・・」
言いよどんでから
「リーダーの力がないから」
「何故?」
「小さい時からリーダーになっちゃいけないって言われてて」
「何故?」
「何故かなー?」
不意に黙ってから
「本当はリーダーになりたかった・・・」
相手のほほを涙が一筋流れた。
質問していて不思議な気持ちになった。
何だか僕逆みたい。
急に親近感が沸いてきた。
川村さんが微笑んで見ている。
「では、明日は日曜日ですので少し時間を多くとりますので朝から始めます」
川村さんが僕達の顔を見てにっこり笑った。
「皆さん帰りに一寸採寸をしますからそれからお帰り下さい」
僕達は助手の人に体のサイズを測られてから順にドアを開けて帰った。
駅に向いながら不思議な気持ちになった。
何だったんだろう?
今までにない開放感と安らぎを覚えた。
雑踏に混ざるとまた現実感が蘇ってきて、暗い気分になってきた。
明日が何だか少し楽しみになって来たけど、帰りの採寸がちょっと不安だ。
一体何をするんだろう・・・
家に帰ると早速電話が鳴った。
「今日はどうだったの?」
「うん昨日と同じだったけど・・・」
ちょっと不満そうだった。
「他になかったの?」
何だか千香ちゃんに全部話すのが恥ずかしくなって黙っていた。
「何だか怪しいな-」
どきっとした。
「まあ、いいわ。明日また教えてね」
「うん・・・」
夜ふとんに入っても、何だか寝付かれなかった。
第5章 ロールプレイ
研究所に着くまで何だか落着かなかった。
途中で何度か引き返そうと思った。
だけど、心の底で何かがそれを引き止める。
不安な気持ちは自己開発研究所と書かれたドアを開けると消え去った。
「おはよう」
川村さんが笑顔で僕を迎えた。
僕も思わず笑顔になった。
もうみんな来ていて座っている。
「では、始めたいと思います」
「その前に皆さん別の部屋で着替えてもらいます」
部屋の中がどよめいた。
助手の人達が入って来て一人づつ連れて行った。
僕も川村さんに連れて廊下に出た。
「さあ、入って」
促されてドアを開けて中に入った。
中は6畳位で大きな鏡と化粧台が置いてある。
横にクローゼットがある。
胸がどきどきしてきた。
「何に着替えるんですか?」
「心配しないで。ここでは何の制約もないのよ」
そう言うとにっこり笑った。
「何で着替えるんですか?」
おずおず聞いてみた。
「内的自我を出しやすいようにするのよ」
「そうなんですか?」
「じゃあ、着替えちゃいましょうね」
「さあ、行きましょう」
「恥ずかしい・・・」
促されたけど足が動かない。
足を包むチェックのミニスカートを見下ろした。
鏡に白いブラウスに赤いリボンを結んで白いベストを着た女子高生姿の僕が映っている。
髪もきれいにウェーブを掛けられて前髪を少し切られてひたいに可愛く掛かっている。
体が熱くなった。
髪が長くって優しい顔立ちのせいか、自然な感じに見える。
いつも女の子みたいな顔って言われていたけどこうして見ると・・・
薄く化粧もしてくれたからか、自分じゃないみたい。
でも、こんな姿みんなに見せるなんて・・・
「ほら恥ずかしがらないで」
「でも・・・」
「恥ずかしくなんかないわよ。みんなも内的自我に合わせた姿で来るから」
「うん・・・」
「それに、とっても可愛いわよ」
頬が赤くなった。
「今は光君の本当の自我にぴったりの姿になってもらっただけなんだからね」
手を引かれて教室に歩いて行った。
胸がどきどきしてたまらない。
足がスースーして恥ずかしい・・・
何でこんな恰好をしなくちゃいけないんだ。
「女の子の服着るの嫌なの?」
聞かれてどきっとした。
黙って俯いた。
教室の中にみんな色々な服を着て恥ずかしそうに座っている。
何だか嬉しそうな顔をしている人もいる。
子供の服を着ている人や、海賊の服を着ている人もいる。
スーツを着て、髪を後ろに束ねている女の人もいる。
ドレス姿の男の人もいる。
何だかおかしい。
「さあ、みなさん恥ずかしがらないで昨日と同じようにして下さい」
みんなおずおずと向かい合った。
武藤さんを見てちょっと驚いた。
スーツ姿で何だかきりっとしている。
恥ずかしそうな顔をしているけど何だか自信があるように見える。
武藤さんも僕を見て驚いている。
「御園君?」
こくっと頷いた。
「やっぱりそうかなって思った。可愛いよ」
急に笑顔になった。
「じゃあ始めようか」
「ええ」
顔が真っ赤になってほてっている。
恥ずかしい。
でも、嫌な気分じゃない・・・
武藤さんが同じように質問を始めた。
何だか言い方が段々男の人みたいになってくる。
僕は女の子みたいな話し方になってくる。
お互いに見慣れてきて少しずつリラックスしてきた。
「さあ、今は何も考えないで今の自分のまま素直に心を開いて」
「はい・・・」
「じゃあ、昼食にします」
ほっとした。
着替えれる。
「あっ、そのままの恰好で昼食を摂って下さい」
一瞬ざわめいた。
「今日は一日そのままでいてもらいます。
お互い相手を見たままの姿で接して下さいね」
そう言うと少しきつい目になった。
「約束を破った人はそのままの姿ですぐ出ていってもらいます」
えーっという声があがった。
僕達は昼食が用意してある隣の部屋に入って行った。
4人ずつ一緒のテーブルに座った。
川村さんがお互いの呼び名を決めていった。
僕はそのままの光ちゃんになった。
「光お姉ちゃんはどこの高校?」
男の子の姿の男の人に聞かれた。
何だかおかしいな。
でもにっこり笑って応えた。
何だかみんな色々な恰好してるから恥ずかしさは薄れている。
でも、パットを入れたブラの感触が妙に気恥ずかしい。
食事しながら話していると不思議な開放感に溢れてきた。
女の子としての僕は今まで感じていたコンプレックスが消えている事に気が付いた。
「じゃあ、セミナーはこれで終わりです」
にっこり笑って見渡した。
「アドバンスクラスが用意されておりますが、希望の方はお申し込み下さい」
僕達に新しいパンフレットが手渡された。
えー、30万円?
驚いて金額を見た。
「あのー。本当にこれで終わりなんですか?」
質問が出た。
「はい。みなさんは自分自身に出会ったはずです。
その自己を大事にして、自信を持って行動して下さい。
今回は自分を知る事が目的ですのでこれで終りです」
にっこり笑ってから僕を見た。
「更に周りを変えて行くための講座は次のクラスで行います」
少しざわめいた。
「では。ご苦労さまでした」
「あのー。着替えたいんですが」
「あら、ごめんなさい」
手元のボタンを押すと助手の人達が入って来た。
川村さんが僕のところにやってきた。
「じゃあ着替えましょうか。ご苦労さまでした」
少しハスキーな声で言った。
「川村さんもこのセミナー受けたんですか?」
「そうよ」
そう言うとにっこりと笑った。
「川村さんは何を着たんですか?」
「ふふふ」
と意味ありげに黙って笑った。
「じゃあ行きましょう。それともそのままがいい?」
「いいえ」
あわてて頭を振った。
「その恰好御園君にはとっても合ってるわよ」
「そんな事ありません」
顔が赤くなった。
「御園君は今回の中でも優秀な生徒だったわ」
どきっとした。
「その内連絡があるかも知れないわ」
「何のですか?」
「優秀な受講生にはそのうち講師になってもらいたいのよ」
「そんなのなれませんよ。それにお金もありません」
「そう。そんな事ないわよ」
また意味ありげな笑いをした。
ビルを出ると目の前に千香ちゃんが立っていた。
驚いていると話し掛けてきた。
「どうだった?」
「う、うん・・・」
「ねえマクドナルドに寄って行こう」
「ええ。いいけど」
彼女に笑い掛けた。
千香ちゃんがちょっと変な顔をした。
「どうしたの?」
「な、何でもないよ」
「ふーん」
そう言うと僕の顔を見詰めた。
「何だかちょっと感じ変わったかな?」
どきっとして横を見た。
マクドナルドで根掘り葉掘り聞かれた。
「受講料出してあげたんだよ。高かったんだから」
「そうみたいだね」
初回のセミナーでも5万円位したらしい。
「だから聞く権利あるわ」
「うん・・・」
全部話すの恥ずかしい。
でも、結局みんなしゃべらされてしまった。
「やだー」
そう言うとけらけら笑って僕を見ている。
「笑わないでよ」
「だってー」
そう言うとまた僕の顔を見ている。
「見てみたかったなー」
「見たかったら千香ちゃんも受けたら」
「私は必要ないもん」
けらけら笑って僕を見た。
「でも、ちょっと意外だったな。
男の子っぽくなれば良いと思ったのに、女の子になったら自信が付くなんて」
僕を面白そうな顔で見詰めた。
「そんな目で見ないでよ」
「でも、それいいかもね」
「嫌だよ」
まだ可笑しそうにしている。
「もう次のセミナーは行かないよ」
「何だ。でも高いもんね」
そう言うと手元のパンフレットを見ている。
「でもちょっと興味あるな。次も行ったら光どういう風になるのかな?」
いたずらっぽい目で僕を見詰めた。
第6章 招待状
セミナーの後しばらくぼーっとなっていた。
学校に行っていても、ふとセミナーでの出来事を思い出してしまう。
相変わらず友達にはからかわれてしまう。
その度に、女子高生になった僕が蘇ってきて体が熱くなった。
ただ前と違って、からかわれてもあんまりむきになって腹が立たなくなった。
これには自分でも驚いた。
「おいまた髪が伸びたんじゃないか?」
いつも僕をいじめる鬼頭君がやってきた。
「また女みたいになったな」
「そう。可愛い?」
セミナーの時の感覚が蘇ってにっこり笑い返した。
「な、何だよ。気持ち悪いな」
そう言うとちょっと顔を赤くしてあっちに行ってしまった。
何だかおかしくなった。
自分を否定すればするほどからかわれていたのに。
セミナーで言われた通り自分を受け入れたら、何だかあっけなく終ってしまった。
僕は小さな声を立てて笑った。
「光相変わらずね」
側で千香ちゃんが笑っている。
「全然男らしくならないんだね」
どきっとした。
「しょうがないじゃないか。これでも努力してるんだから」
「そうかなー?」
「そんなに簡単には変わらないよ」
「そうね。またセミナー行ったら?」
僕を見て笑った。
「いいよもう」
「そうね。逆効果かもね」
「僕だってもっと男らしくなりたいんだから」
複雑な気持ちで千香ちゃんを見詰めた。
一ヶ月位経ったけど、それまでとあまり変わらない日々が続いた。
そんなある日、家に帰ると机の上に手紙が置いてあった。
何だろうと思って封を切ると、案内状が落ちた。
特別セミナーご招待券って書いてある。
優秀な成績で修了された方への特別セミナー無料招待券だって?
急に川村さんの言った事を思い出した。
手に持って案内状を見詰めた。
胸がどきどきしてきた。
行きたいって声がする。
でも、何だか恐い気がする。
目をつぶってごみ箱に招待券を捨てた。
ベッドで横になってもまだ招待券の事が頭から消えない。
あの時の解放感が蘇って来た。
頭を振って目を閉じた。
「支部長如何いたしましょう?」
若い女がスーツ姿の女性にひざま付いて伺いを立てている。
「何とかしなさい。出来れば穏便に事を運びたいですね」
「わかりました」
「教主様も待ちかねておいでです」
「はい」
そう言うとその若い女は引き下がって行った。
机の前に座って川村貴美子はため息を吐いた。
「あの子なら・・・」
部屋の中はもう薄暗くなってきた。
暗くなった部屋の中で身じろぎもせず座り続けた。
もうすぐ夏休みになる。
やっぱり何回来ても夏休みは嬉しいな。
気持ちがわくわくしてくる。
「ねえ、光」
千香ちゃんが僕の席の前に座った。
「なあに?」
「夏休み何か予定ある?」
「別にないけど」
「そう」
にっこり笑った。
「ねえ、こんなの来たんだけど」
そう言うと僕に手紙を見せた。
手紙を見た。
自己開発研究所特別ツアーのご招待。
今回特別に優秀な受講者とその紹介者へ特別研修を兼ねたツアーへご招待致します。
紹介者は研修の間様々なイベントに参加出来ます。
場所は奥軽井沢となっている。
「何これ?」
「ねえ、一週間で一万円だってさ」
「そう書いてあるけど」
「光また受けなよ。そうすれば私も一緒に行けるから」
「だけど、あのセミナーって」
「どうせ今度はまた違うことするんでしょう」
「そうかも知れないけど」
「私行きたいな。光もこの間のセミナーで少しは変わったみたいだし」
「うん・・・」
黙って頷いた。
手に持った招待状を見詰めた。
「一度来たけど、捨てちゃったんだ」
「じゃあ、良いじゃない。こんなに安くて涼しいところに旅行行けるだけでももうけもんじゃない」
「そうだね」
確かに安いし、避暑するだけでもいいかな?
「ねえ、良いよね」
「しょうがないなあ」
「じゃあ、すぐ申し込んでおくよ」
嬉しそうな顔をして僕を見た。
「でも、誰が払うの?」
「良いわよ。私が払うから」
「ママは何て言うかなあ?」
「私がうまいこと言っておいてあげるわ」
千香ちゃんはママに信用あるから大丈夫かな。
千香ちゃんは嬉しそうな顔をして自分の席に戻って行った。
第7章 霧の中の洋館
僕と千香ちゃんは特急浅間に乗って軽井沢に向った。
千香ちゃんは喜んでいるけど、僕は複雑な気分だ。
何だか不安だな・・・
「どんなところかしら。楽しみだわ」
「そうだね」
「乗馬もしたいな。出来るかしら?」
「知らない」
「冷たいなー」
「だって、僕はセミナー受けなきゃいけないんだもの」
「いいじゃない。只で研修受けられて」
「別に受けたくないけど」
心の中でほのかに期待しているのをさとられたくなくって無愛想になった。
「今度はどんな研修なのかしらね?」
「わからない」
「前と同じみたいなのだったら嬉しい?」
「そんな事ないよ」
僕はぶすっとした顔で横を向いた。
千香ちゃんは笑って僕を見ている。
でもまあいいか。家にいても退屈で暑いだけだし。
駅を出て川村さんを探した。
迎えに来てくれるって言ってたけど。
急に僕達の前にマイクロバスが止まった。
川村さんが車から降りてきた。
「いらっしゃい」
「お世話になります」
千香ちゃんが頭を下げた。
バスの横に聖光教団と書いてある。
「あの。これは?」
「ああこれ。宗教団体の施設借りたからついでにバスも貸してもらったの」
そう言って川村さんが僕を見て微笑んだ。
「そうですか」
ちょっと気になったけど、車が走り始めるとすぐ忘れてしまった。
「他の人はいないんですか?」
「ええ、少ないから中止しようかと思ったんだけど」
「じゃあ、僕達だけなんですか?」
「ええ。中止するのも可哀相かと思って開催する事にしたの」
にっこり笑って僕達を見た。
「上条さんには色々用意しておいたわよ」
「乗馬も出来ます?」
「もちろんよ」
川村さんがそう言うと千香ちゃんが「やったー」と声を上げた。
車は山の中に入っていく。
もうあたりには家も無くなってきた。
少し霧も出てきた。
何だか日本じゃないみたい。
ぼっと景色に見とれた。
1時間程走ったと思うと古びた門の前で止まった。
川村さんが何か無線で話している。
門を開いてバスはまた走りはじめた。
すぐに中世風の洋館が見えてきた。
「着いたわ」
「わー素敵」
千香ちゃんが歓声を上げた。
「どう気に入った?」
「ええ」
僕には何だかその建物が不気味に思えて体が震えた。
泊まる部屋に案内された。
部屋は意外にきれいで新しい。
10畳程の広さでベッド以外に、大きな鏡が付いたドレッサーと大きなクローゼットもある。
トイレとバスも付いていてきれいだ。
千香ちゃんの部屋に行った。
千香ちゃんの部屋も同じようなつくりをしている。
「素敵」
千香ちゃんがそう言うとベランダに出た。
風が涼しい。
霧で景色が霞んでいて、外国にいるような気分になる。
「これで一万円なんて只みたい」
うっとりとした顔で外を見ている。
川村さんが入って来た。
「お食事は二階のダイニングです」
僕達は振返って部屋の中に入った。
「朝は7時半。お昼は12時からで夕食は7時ですから遅れないようにして下さいね」
「はい。わかりました」
「それと研修は明日から毎日8時半から2階のセミナールームで始めます」
「はい」
僕は神妙な顔で頷いた。
「上条さんは食事が終ったら一回の受付けに行って下さいね。
高木さんがお世話しますから」
千香ちゃんが嬉しそうに頷いた。
「希望があったら高木さんに言って下さればなんとかしますから」
「やった」
手を叩いて喜んでいる。
「それから、聖光教団の方もいらっしゃいますけど、普通にしていればいいわ」
僕達は川村さんが出て行くのを見詰めた。
「ねえ、食事も豪華」
「うん。宗教団体の組織っていうからもっと質素かと思ったけど」
「下手なホテルなんかより素敵ね。これで素敵な彼と一緒だったら最高」
「僕がいるじゃない」
「やーね。光ちゃんは彼氏って感じじゃないもの」
笑っている。
ちぇっ。
少しがっかりした。
「少しは性格変わるといいね」
「うん・・・」
僕はお皿の上のステーキを見詰めた。
上条千香がその時意味ありげな顔で光を見詰めた。
明日からが問題だわ。
川村貴美子は自分の寝室でソファーに座ったまま考え込んだ。
やっぱり本人にその気になってもらわないと。
もうあまり時間がないわ。
でも何で私では・・・
ぼんやり外を流れる霧を見詰めた。
ふと敵意に似た思いが心を掠めた。
暗い部屋の中で貴美子の目が光った。
その時ドアをノックする音が聞こえた。
「誰?」
ドアが開いて若い女が入って来た。
暗闇の中で二人のシルエットを月の光が浮かび上がらせた。
第8章 レッスン
教義室と書いた部屋に僕は行った。
千香ちゃんは、乗馬に行くといって一階に行ってしまった。
ドアを開けると川村さんがもう座っている。
「おはよう」
にこやかな顔で僕を見た。
「おはようございます」
「じゃあ始めましょうか?」
「本当に僕一人なんですか?」
「ええそうよ。何か問題?」
「そういう訳じゃないんですけど」
「じゃあ、始めるわ」
壇上に立って講義を始めた。
「あー疲れた」
千香ちゃんが大きな声を出した。
周りの人が僕達を見た。
「いけない」
舌をぺろっと出して笑った。
僕達はお昼のテーブルに座って料理が来るのを待った。
待つ間千香ちゃんが何をやったか聞いてきた。
「うん・・・」
僕は講義の内容を話した。
本来の内的自我を素直に育ててその上に外的自我を作らないと感情が出せなくなってしまうって。
ロボットみたいな人間になってしまうって。
僕みたいな人は、環境によって本来の自分が育つ事が出来なかったらしい。
それで外的自我も弱くなっちゃうんだって。
だから、周りからも抑圧されてしまうらしい。
「ふーん。でもそうかもね」
千香ちゃんが肯いている。
「で、光の内的自我ってなんなの?」
「うん・・・」
言いよどんだ。
「まだ良く分からない」
「ふーん」
「午後から環境によって抑圧されていた僕の自我を解放して大きくする訓練をするんだって」
「へー。興味あるわね」
「そうすれば、その上に他の人みたいに強い自我を持てるようになるって」
「そうかー」
「面白そうね。私も受けようかしら」
「千香ちゃんはもう十分に持ってるじゃない」
いやみを言ったけど通じない。
「僕何だか不安だなー」
「何言ってるのよ。このままだと他の人のいいなりになっちゃう大人になるわよ」
何だか恐くなった。
「そうだね」
「折角だから頑張りなさいよ。応援するから」
「本当?」
「ええ。昔からそうだったでしょう」
「うん・・・」
「それより乗馬したの?」
「ううん。まだ乗る前の準備だけだったわ」
「何だ」
「午後から乗せてくれるって」
「いいなー。僕も乗りたいな」
食事が来た。
二人で食べはじめた。
「じゃあ、午後の講義を始めます」
緊張して聞いた。
川村さんがにっこり笑って僕を見た。
「午前の講義は理解出来た?」
「はい」
「じゃあ、これから御園君の自我を解放するレッスンを行いましょう」
のどがごくっとなった。
「御園君の自我は前回のセミナーで大体わかったわ」
どきっとした。
「自分でも良く分かったでしょう」
黙って頷いた。
「御園君はまず、すべての束縛をなくして素直にその自我を伸ばさないといけないわ」
「それって」
にこっと笑った。
「そうしないと、大人になったらロボットみたいになっちゃうわよ」
身震いした。
そんなの嫌だ。
「じゃあ、御園君の部屋に行きましょうか」
「えっ?」
訳が分からなかったけど、川村さんの後に付いて行った。
もしかしてまた・・・
僕達は、僕の部屋に入った。
川村さんがクローゼットを開けた。
心臓が止まるかと思った。
中に女の子の着るドレスとかが一杯下がっている。
「みんな、君にぴったりのはずよ」
そう言うと引き出しを開けた。
中には真っ白な下着が入っている。
「気に入った?」
「だけどこれ・・・」
「ここは全ての束縛がないのよ。恥ずかしくなんかないのよ」
川村さんが体を硬くして立っている僕の服を脱がした。
「どう、この下着きれいでしょう」
レースが付いた純白のブラスリップと対のパンティを手に取った。
「でも・・・」
「駄目よ、素直にならないと。きれいなものはきれいって素直に思わなきゃ」
そう言うと続けた。
「光ちゃんは女の子みたいな内的自我を持ってるのよ」
優しく僕に微笑んだ。
「だから一度女の子になって、その自我を解放しなくっちゃね」
「・・・」
胸がどきどきして止まらない。
「別に女の子になれって言ってるんじゃないのよ。
光ちゃんの自我を伸ばすのには一度女の子になった方が伸ばしやすいの」
「でも・・・」
「大丈夫よ。そうすれば男の子としての自我もその上に伸びるからね」
「そうですか?」
「前の時も大丈夫だったでしょう」
「うん・・・」
「それに、光ちゃんはとっても可愛いからこういうの着ても可笑しくないわよ」
クローゼットの中からピンクのワンピースを取り出した。
「知ってる人もいないし、だからこういう場所を選んだのよ」
「でも千香ちゃんがいるけど・・・」
「いいわ。私が説明しておいてあげるから」
ちょっと考え込んだ。
「そうだわ。彼女にも協力してもらいましょうね」
「でも、恥ずかしい・・・」
そう言ってる間に僕にブラスリップを被せた。
胸ががキュンっとなってあそこが硬くなった。
「じゃあ、これもはきなさいね」
差し出されたパンティを手に持った。
「見ないから大丈夫よ」
恥ずかしいから急いではきかえた。
ワンピースを着せられた。
背中のジッパーを上げて僕を見た。
「じゃあストッキングもはこうか」
ストッキングをはくのに苦労している僕を見て笑っている。
「丸めてからはくのよ」
顔が赤くなった。
ドレッサーの前に座らされた。
手にはさみを持っている。
「川村さん・・・」
「黙って」
僕の髪が女の子みたいに可愛く整えられて行く。
もともと長かったけど、前髪を切り揃えて、横の髪を頭の後ろでまとめられた。
「ほら、可愛くなった」
体が何だか熱くなった。
恥ずかしい・・・
でも、鏡に映る僕を見て目が吸い付けられた。
可愛い・・・
ちょっと微笑んでみた。
「そう、素直に感じなさいね」
川村さんが微笑んだ。
「光ちゃんの持っている細やかな感情を素直に出して見なさいね」
黙って頷いた。
「いい、ここにいる一週間は光ちゃんの中にある女の子の自我を伸ばしてみなさいね」
「はい」
不思議なときめきを覚えて頷いた。
あー疲れた。
千香が自分の部屋に戻ってベッドの上に横になった。
でも面白かった。
乗馬ってあんなに気持ち良かったんだ。
来て良かった。
お腹も空いちゃった。
外を見た。
もう暗くなってきたなー。
光はどうしてるかな?
気になって起き上がった。
光の部屋の前に立ってノックした。
返事がない。
あれまだ帰ってないのかしら。
もう一階ノックした。
中でカタッという音がした。
あれいるじゃない。
ドアを開けた。
「光。どうしたの?」
一瞬部屋を間違えたかと思った。
中でワンピース姿の少女がびっくりした顔で私を見ている。
「ごめんなさい」
急いでドアを締めて部屋の番号を確かめた。
220。
合っているじゃない。
じゃあ、今の光?
そう言えばこの前のセミナーで女子高生の恰好させられたって言ってたっけ。
急に可笑しくなってドアを開けた。
「光でしょう」
中の少女がびくっとした顔で私を見た。
光にそっくり。
でも、少女に見える。
黙って体を強張らせている。
「光ー何とか言ってよ」
「千香ちゃん」
泣きそうな顔をして私を見た。
「可愛いじゃない」
ちょっとほっとした顔をした。
「また女の子の恰好させられたの?」
「うん・・・」
頷いた。
「一週間こうしていなさいって」
もじもじしている。
顔が赤くなってきた。
胸がきゅんっとなった。
可愛い・・・
私より細くて小さくて、何だかいじらしい。
「驚いちゃったけど、似合うね」
笑顔で光を見た。
「おかしい?」
「おかしくないよ」
「馬鹿にしないで」
「何で馬鹿にするのよ」
光と一緒にベッドに腰を掛けた。
光がセミナーの内容を話してくれた。
そうだったの。
こういう事だったの。
「いいじゃない。じゃあ私も一週間光の事女の子と思えばいいのかな?」
黙ってもじもじしている。
「そんな風にしていたら、駄目じゃない」
私を恥ずかしそうな顔で見た。
「ほら、女の子だったらそんな風に恥ずかしがらないわよ」
「うん・・・」
「でも光女の子の恰好似合ってるね」
ほほを赤く染めた。
細くて白い手が薄暗闇の中に浮かび上がった。
第9章 晩餐
夕食の前に川村さんが僕の部屋に来た。
「夕食の時には着替えなさいね」
「えっ?」
訝しがる僕を尻目にクローゼットを開けてドレスを選んでいる。
「これがいいんじゃない?」
白いロングのイブニングドレスを手に持ってにっこりと笑った。
「何で?」
「女の子の服と思わないでね。光ちゃんの自我を解放する為の道具と思って」
黙って立っている僕のところに来てワンピースを脱がし始めた。
「これから今まで押さえていた色んな感受性や喜怒哀楽を伸ばすのよ」
にっこりと笑いながら僕に純白のイブニングを着せていく。
両手にもひじまでの白い手袋をはめた。
「首飾りもいるわね」
真珠の首飾りとイヤリングを付けた。
あそこが膨らんできた。
両手で悟られないように押さえた。
川村さんが見咎めて意味ありげな笑い顔に浮かべた。
「あらあら。これもいりそうね」
僕は手渡されたガードルを黙ってはいた。
顔が真っ赤になった。
川村さんの顔を見るのが恥ずかしくて目を合わせられない。
「いいのよ。恥ずかしがらないで」
僕の肩を抱いてドレッーサに座らせた。
「お化粧もしましょうか?」
体を硬くして黙ってお化粧されるのを見詰めた。
「どう?今まで感じたことのない喜びを感じない?」
黙って頷いた。
赤いルージュを僕の唇に引いていく。
鏡の中できれいになっていく僕の顔を見て目が離せなくなった。
「自分は男とか女とか忘れて素直に見れば今の自分が嫌じゃないでしょう?」
鏡の中から僕の目を見詰めて聞いた。
「でも・・・」
今まで感じたことのない興奮が湧き起こってきた。
胸が熱くなった。
あどけない顔をした可憐な少女が僕を見詰めている。
「いい。今は君の自我は鏡の中にあるのよ」
川村さんが目をひからした。
「ここにいる間だけでも鏡の中にいる自分になりきってしまいなさいね」
催眠術を掛けられた様になって黙って頷いた。
「もう女の子みたいって馬鹿にされないからね」
もう一度僕の目を見詰めた。
「光ちゃんは女の子なんだから。小さくっても可愛くても優しくてもみんな誉めて呉れるわよ」
彼女の目に操られるように頷いた。
「ほらもっと楽しそうに笑って」
強張った笑顔が僕を見ている。
「ふふふ。もっと練習しなきゃね」
川村さんが鏡の中で意味ありげに微笑んだ。
夕食の時間になったのでダイニングホールに着替えて出掛けた。
机の上にメッセージが置いてあるのに気が付いて読んでみたら正装して来るように書いてあった。
クローゼットを開けると、赤いイブニングドレスが掛かってあった。
着てみるとぴったりだった。
驚いたけど、似合っているし何か趣向があるのかと思ってちょっとわくわくした。
指定された席に行くともう川村さんと白いドレスの少女が座っている。
光?
じいっと見詰めたらほほを赤くしている。
「やだ。やっぱり光なの」
可笑しくなった。
ボーイが来て椅子を引いてくれた。
「上条さん一緒にさせてもらうわね」
「ええ、どうぞ」
にっこり笑って彼女を見た。
ちらっと光を見た。
女の子みたいだと思ってたけど、こうしていると本当に女の子みたい。
「彼女にはここにいる間色んな研修をしてもらおうと思ってるの」
「ええ」
「女の子の服着てるのはその為の道具だから変に思わないでね」
「ええ、いいですよ」
笑顔で彼女を見た。
「でも光の性格これで直るんですか?」
「ええ、大丈夫よ。あなたも協力してね」
「もちろん」
でも、これで引っ込みじあんの性格が直って男の子らしくなるのかなあ?
「この後男らしくなるんですか?」
聞いてみた。
「ええ。抑圧がなくなれば自然に自分が出てきますから」
「ふーん]
ちょっと腑に落ちないけどまあいいか。
どうせ悪くても今までと同じだから。
何だか余計女っぽくなるみたいな気がするけど。
「千香さんもそのドレス良く似合ってるわよ」
「ありがとう」
スープが来たのでみんなで食べはじめた。
光は恥ずかしそうにして黙って食べている。
その姿を見ていて胸がきゅんっとなった。
僕は千香ちゃんと川村さんがおしゃべりしているのを聞いていた。
二人に見詰められる度にどきっとしてしまう。
他のテーブルの人も時々僕をちらちら見ている。
その度に体が硬くなって、無理して笑顔を作ってしまう。
何だか食べてるものの味が分からない。
そっとドレスのスカートを見下ろした。
何だか僕の体じゃないみたいな気がする。
胸が少し開いていて落着かない。
でも、誰も変な顔をしないから少し気が楽になってきた。
でも僕こんな事していて本当に変われるんだろうか。
不安な気持ちで食事をしている二人を見詰めた。
食事の後コンサートホールに言って他の信者の人達と一緒に音楽を聴いた。
「鏡に映った自分を想像しながら聴いてごらんなさい」
「はい・・・」
知っている曲なはずなんだけど、今までと違って聞こえる。
何だか胸にしみいってくるみたい・・・
周りにいる人達が僕の意識から消えていった。
貴美子は自分の部屋に戻ってほっとため息を吐いた。
今のところは順調に行ってるわ。
それに想像以上にきれいだったわね。
問題はその後ね・・・
机の上に置いて有る本を手にとった。
最初のページを開いて、食い入るように見詰め続けた。
第10章 入信
次の日朝起きたら、ドアの下に手紙が置かれていた。
中には、女子高生の服に着替えてダイニングに来なさいと書いてある。
どきっとした。
クローゼットを開けると、最初のセミナーの時に着せられたチェックのミニスカートの制服が掛かってあった。
どうしようか迷ったけど、それに着替えた。
ダイニングまで途中ですれ違う人が僕を見る度に緊張で体が硬くなった。
中に入ると川村さんが僕を見て手を振った。
「おはようございます」
隣に腰掛けて挨拶した。
「おはよう」
何事もないような顔をして僕の服の事は何にも言わない。
ちょっとほっとした。
千香ちゃんもやってきた。
「おはよう」
僕を見て笑顔になった。
「あら、似合うじゃない」
「ありがとう」
ほほが赤くなった。
食べながら川村さんが今日のセミナーの内容を教えてくれた。
「今日光ちゃんには、女子高生として聖光教団に入会して、入会研修を受けてもらうわ」
驚いて川村さんを見た。
「別に本当に信者になってもらうわけじゃないわよ」
笑いながら言った。
「女の子として他の信者さんと一緒に生活することで、擬似的な実体験を得られるのよ」
「だけど・・・」
「大丈夫よ。とってもいいレッスンになるから」
「でも男の子だって分かっちゃいますよ・・・」
「そんな事ないわよ。女の子の服着て入会したらみんな女の子と思い込むから」
「そうかなあ・・・」
不安が胸を締め付ける。
「千香ちゃん」
千香ちゃんを見た。
「大丈夫じゃない。普段でもあんまり男の子に見えないんだから、スカートはいてれば女の子と思うよ」
何だか馬鹿にされたような気がしたけど黙っていた。
「じゃあ、食事の後一緒に行きましょうね」
教団の事務所に行って手続きをした。
性別の覧を書く時少し手が震えた。
「ほら心配しないで」
川村さんが僕の肩を抱いて言った。
僕は女と書いてある方に丸を付けた。
これでここでは僕は女の子になってしまったんだ・・・
「じゃあ、教義室に行きましょう」
教義室におずおず入ると黒いローブを着た女の人が笑顔で迎えてくれた。
僕は御園光という女子高生としてみんなに紹介された。
「終ったら私の部屋にいらっしゃいね」
「はい」
不安な気持ちでドアを開けて出て行く川村先生を見送った。
周りを見回すと女の子達ばかりだ。
同じ位の年頃から大学生位までいる。
「では教義の説明を始めます」
みんなを見てにっこりと笑った。
「その前にみなさん自己紹介をしてくれますか?」
順に自己紹介を始めた。
僕は緊張して緑山高校の一年ですと挨拶した。
講義が始まった。
お昼みんなと一緒にダイニングに座った。
千香ちゃんが僕を見て手を振っている。
僕も小さく手を振った。
知らない人達で気が重い・・・
でもみんな僕の事女の子と思い込んでいるみたい。
午前の講義を思い返した。
何だか不思議なこと言っていたなあ・・・
全ての人は心の中にアニマとアニムスが存在する。
神様はすべての人にその両方を育てるように願ったのに、人類は勝手にそれをねじまげた。
その為にアニマが抑圧された男性は、破壊と殺戮に走った。
アニムスを抑圧された女性はその暴走する男性を止められずに、男性に隷属してそれに荷担した。
今男女共抑圧された本来の内的自我を解放して、神の願われたように生きることが世界を救うことになる。
要約するとそんな事を言っていた。
セミナーの為に聴いていたんだけど、何だかそんな事もあるかなって思い始めた。
「ねえ御園さんは何で入信する気になったの?」
隣の女の子に声を掛けられてびっくりして顔を上げた。
「お友達に誘われたから・・・」
本当の事何か言えない・・・
周りの女の子達と話していると自然に僕の気持ちまで同化してくる。
自分でもとまどってしまった。
その日がようやく終った。
午後の研修を受けている内におかしな気分になってきた。
僕達のグループは主に若い女の子だから、内在している男性的な自我を伸ばすことを教えられた。
何だか僕は男の子のくせに他の女の子と同じように思えてきた。
だけど前提としている女性的な自我何か萎縮している。
女の子として男性的なアニムスを伸ばす事をしている。
だけど、その女の子としての自我を作るために今女の子としてトレーニングしているの?
日々女の子として男の子の自我が芽生え始めた。
だけど女の子達と一緒に生活している中で女の子としての自我がそれ以上に膨らみ始めた。
自分の部屋に戻ってぼんやりしていると千香ちゃんが僕の部屋にやってきた。
「入っていい?」
「うん」
千香ちゃんは部屋の中に入ってソファーに座った。
僕はまだ女子高生姿のままだ。
「ジュースでも飲む?」
「うんオレンジがいい」
「じゃあ買ってくるわ。待ってて」
両手にジュースを持って戻った。
「買ってきたわよ」
微笑みながらジュースを渡した。
「ありがとう」
と言って何だか変な顔で僕を見た。
「光そうやって女の子してるの嬉しいんじゃない?」
「そんな事ないよ」
どきっとして顔を伏せた。
「だって前より生き生きしてるみたいだし、話し言葉も女の子みたいになっちゃてるし」
えっ。
研修の時の気分が残っていてつい女の子言葉になっていた。
ぽっと頬が赤くなった。
「いいのよ気にしないで。今光は女の子だものね」
そう言うとジュースをごくごく飲み込んだ。
「あー、美味しい」
気持ち良さそうに汗を拭っている。
「乗馬はどうだった?」
「うん。二日目だから上手になったよ」
楽しそうな顔をしている。
「光はどうだった?」
午後の研修の説明をした。
「ふーん」
ちょっと考え込んでいる。
「千香ちゃんも聞いたら。何だか面白いよ」
僕の目を見詰めた。
「光は信じてるの?」
「ううん。そんな事ないけど・・・」
「でも少し興味あるわね」
そう言うとにっこり笑って僕を見た。
「無理して男の子言葉使わなくてもいいわよ」
「うん」
「でもそうすると私なんかちゃんとアニマもアニムスも持っていて理想ね」
けらけら笑っている。
「宗教なんてどうでもいいけどさ。光もせいぜいこの機会に頑張りな」
「そうする」
スカートの上に両手を載せて神妙な顔で肯いた。
僕の様子を見て千香ちゃんが急に吹き出した。
「まあ男の子らしくなる為にせいぜい女の子の勉強するのね」
目に涙を溜めて笑っている。
「そんな事言わないで。協力してくれるって言ったじゃない」
「ごめんごめん。でも今の光見ていると男の子らしくなるの想像出来ないんだもん」
一通り笑ってから僕を見た。
「じゃあ協力してあげるわ」
そう言うとクローゼットの所に歩いて行った。
「これなんか良いんじゃない」
赤いドレスを手に取った。
「ほら着替えなさい。手伝ってあげるから」
赤いドレスに着替えた後ドレッサーの前に座らせられた。
「お化粧教えてあげるわ」
「うん・・・」
彼女に色々教えられた。
鏡を見ながら言われた様にやってみた。
何だか胸がときめいてくる。
鏡を見詰めて手を動かしていると夢中になってしまった。
「上手じゃない」
ちょっと驚いた顔で僕を見詰めた。
どきっとして手が止まった。
「いいのよ恥ずかしがらないで。光センスいいわよ」
「そう・・・」
そう言ってもらえると少し気が楽になった。
千香ちゃんとあれこれお化粧の事についておしゃべりしながら手を動かした。
「髪も教えてあげるわ」
「お願い」
結い方とか髪飾りの付け方とか色々教えてくれた。
何だか楽しい・・・
千香ちゃんとこんな風にした事なかったもん。
思わず笑顔が出た。
教えられた事を使って自分で工夫して髪をまとめてみた。
「どう?」
「うん。可愛いわよ」
千香ちゃんがにっこりと笑って僕を見詰めた。
ディナーに千香ちゃんと一緒にダイニングまで行った。
パンプスも少し慣れてきた。
川村さんが笑顔で僕達を迎えた。
「今日はとっても可愛いじゃない」
黙って笑顔で応えた。
「彼女にやってもらったの?」
「光がお化粧も髪も自分でやったんですよ」
千香ちゃんが僕を見て笑った。
「あら。上手じゃない」
感心した顔で僕を見詰めた。
「どう研修は?」
「はい。良く分からないけど何となくそうかもってのもあります」
「そう。頑張ってもう少し続けてみてね」
「はい」
こくっと頷いた。
「上条さんも一緒に受けてみたら」
「私は乗馬の方が面白いわ」
「そう」
ちょっと残念そうな顔をした。
あれっ。何で?
ちょっと気に掛かった。
ドレスを着てお食事するのが何となく楽しくなってきた。
「光じゃない」
急に後ろから声を掛けられた。
振り向くと研修で一緒だった田代さんが立っている。
「やだ。見違えちゃった」
僕のドレスを見ている。
思わず体が硬くなった。
「似合うじゃない。私達は普段着だから差が付いちゃうわ」
「ありがとう」
無理して笑顔をつくった。
「じゃあね」
そう言うとさっさと別のテーブルに行ってしまった。
気が付くとホールの中は女の人ばかりだ。
ちょっと不思議に思ったけど、何だか安らぐ気がする。
後で聞いてみよう。
第11章 伝道
3日目の研修が終って一緒にお昼を食べていると周りの人が何か噂話しをしている。
「ねえ、教主様が無垢なアニマとアニムスの持ち主を探しているって聞いた?」
「ううん」
「小耳に挟んだんだけど」
「へー。探してどうするの?」
何だか盛上がっている。
「わからないけど」
「どんな人なのかしら」
「無垢ってどういう事かしら。赤ちゃんの事?」
僕には関係無い事だと思って黙って食事をしていた。
でも何でそんな人探しているのかな?
聴いていて少し気になった。
研修も今日で最後か。
何だか聖光教団の教えを聴いていただけだったような気もする。
でも、今までと少し変わったみたいな気がする。
千香ちゃんや研修で一緒の女の子達と打ち解けて話せるようになった。
男の子の時は恥ずかしくて言えなかったような事が自然に話せる。
始めて友達が出来たような気がする。
みんなを騙しているって罪悪感はある。
だけど、そのままの僕を受け入れてくれるのが嬉しい。
以前みたいにおどおどしたりいじめられるんじゃないかって心配しなくっていい。
心が解放されるみたいで千香ちゃんにも生き生きしてきたって言われる。
来て良かった。
教義が段々染み込んでくるみたいでそれがちょっと恐い気がするけど・・・
教義室に入って席に座ると講師の女の人が口を開いた。
「今日はみなさんに軽井沢の街に出て教義を広めて頂きます」
思わず心臓が止まるかと思った。
「早速バスに乗りますからみなさん玄関に出て下さい」
みんな早速席を立った。
うそ・・・
そのまま座っていると田代さんが僕の手を取った。
「御園さん行かないの?」
「え、行くわよ」
僕達はマイクロバスに乗せられた。
どうしよう・・・
この建物の中だから平気だったのに・・・
不安な気持ちで外を見た。
バスはすぐ動き出して中世風の洋館を後にした。
霧が出てきてすぐ見えなくなった。
両手をスカートの上で握り締めて体を硬くして座っていた。
バスが駅の側で止まった。
「じゃあ、みなさんこのパンフレットを持って指定された場所に立って教義を説くのよ」
「はーい」
僕は黙って手を握り締めていた。
「御園さん私と一緒ね。行きましょう」
田代さんが僕を促した。
「緊張してるの?」
「え、ええ」
バスを降りる時足が震えた。
彼女に引っ張られて駅の出口の横に立った。
みんな僕を見ている。
体が竦んだ。
「ほら一緒に言おうよ」
「え、ええ」
声がかすれて出てこない。
僕達の前を通る人がちらちらと見て行く。
ミニスカート姿を見られるのが堪らなく恥ずかしい。
でもみんなちらっと見るだけど気に留めない様子で歩み去っていく。
随分長い間立っているような気がする。
何だかあまりにも大勢の目に晒されて感覚が麻痺してきた。
田代さんにも悪いから一緒に声を出し始めた。
「お嬢ちゃん達何の勧誘してるの?」
若いサラリーマン風の男の人が立ち止まって僕達に話し掛けた。
田代さんが説明している。
男の人が僕の方をちらっとみて笑顔になった。
「君も信者なの?」
「え、ええ」
顔を赤くして答えた。
胸がどきどきしている。
「君みたいに可愛い子が誘うなら入ってあげようかな」
「お願いします」
緊張して精いっぱい笑顔を作った。
「ははは、まあ頑張れよ」
そう言うと立ち去って行った。
ほっと体の力が抜けた。
「やーねー。軟派してるつもりなのかしら]
「ええ」
僕の事女の子と信じ込んでいたみたい。
何となく気持ちが軽くなった。
光が少し顔を上気させて私の部屋に入って来た。
「お疲れ様」
「ありがとう」
「今日は外に行ったんだって?」
「そうなのよ」
少し興奮して今日の事を話し始めた。
「大変だったわね。まさか外に行くなんて思わなかったものね」
「ええ。もうどきどきしちゃって」
頬を上気させている。
「その様子だと女の子で通せたみたいね」
「うん」
「軟派する人もいるのよ」
「光が可愛いからじゃない?」
「そんな事ないけど」
頬を赤くしてスカートをつまんでいる。
何だか光すっかり女の子になっちゃったみたい。
しばらく光の話を聴いてあげた。
「そろそろ着替える?」
「え、もうそんな時間」
外はもう暗くなってきている。
「じゃあ、着替えてくる」
「手伝ってあげるから待ってて」
私が身繕いするのを黙って見ている。
「じゃあ光の番ね」
光の部屋に一緒に行った。
光は一人であれこれドレスを選んでから最初の日に着た白いドレスを取り出した。
「やっぱりこれでどうかしら?」
「いいんじゃない」
下着姿になってドレッサーの前に座ってた。
一人で鏡を見ながらお化粧して髪を整えている。
途中で私に気が付いて、照れた顔をしたけどまた一心不乱に鏡を見て手を動かしている。
上手いものね。
パンプスをはいてドレスを着て私の前に立った。
「どう?おかしくない」
「とってもきれいよ」
嬉しそうな顔をして私を見た。
「髪こんな風にしてみたけど、リボン付けた方がいいかしら」
「そうね。その方がいいかもね」
楽しそうな様子で大きな白いリボンを結んでいる。
ひかる大丈夫かしら。
段々女の子になっていくみたいだけど。
確かに前より明るくなって積極的になったみたいだけど・・・
セミナー連れてきたの良かったのかしら。
千香は心配そうな顔で鏡を見ている光を見詰め続けた。
「良く頑張ったわね」
川村さんがグラスを持ち上げて言った。
「ええおかげさまで」
「光ちゃん随分変わったわよ」
嬉しそうな顔をして僕を見た。
「すごく明るくなったし、成果が出たわね」
「でも、男の子らしくなったんですか?」
千香ちゃんがちょっと不満そうな顔で言った。
「人の目も前より気にならなくなったでしょう」
「ええ」
「これから両方の自我が育つから焦らない事ね」
「はい」
「でも光すっかり女の子になっちゃったみたいに見えるけど」
「それは一面の見方よ」
「そうですか?」
まだ不服そうな顔をしている。
「どう女の子として過ごした一週間は?」
「ええ・・・」
思い切って言った。
「楽しかったです」
「そう良かったわね」
また嬉しそうな顔をした。
「本当はもう少し続けた方がいいんだけど」
僕を見た。
「どう続けてみる?」
心が揺れた。
「光。もう帰ろう」
千香ちゃんが横から口を挟んだ。
「そうね」
僕達は夫々の想いを胸に食事を続けた。
食事が終ってコーヒーを飲んでいると田代さんがやってきた。
「ねえ、明日帰るんでしょう?」
「その予定だけど」
「じゃあ一緒に帰りましょう」
「えっ」
田代さんの顔を見詰めた。
「何か用があるの?」
「ううん」
「じゃあ、明日の9時のバスで待ってるわ」
そう言うとさっさと自分の席に戻って行った。
「光どうするの?」
千香ちゃんが訝しげな顔で僕を見た。
「どうしよう・・・」
どうしてすぐ断らなかったんだろう・・・
「いいじゃない一緒に帰ったら。私がバスを出してあげるわ」
「でも・・・」
「そうよ。女の子のまま帰るつもり?」
「・・・」
千香ちゃんが驚いた顔で僕を見詰めている。
千香ちゃんの目を見れなくて俯いた。
「服だってないじゃない」
そうだよね・・・
「光さんの服は持って帰ればいいわよ」
川村さんがにっこりと笑って僕を見た。
「えっ」
驚いて顔を上げた。
「どうせ他の人にサイズが合わないからみんな上げるわ」
「だけど。どうして」
「いいのよ。あれは聖光教団のお金だから」
「聖光教団の?」
「入会希望者がいるからって出してもらったのよ」
「だけどそれにしては高価だし」
「いいのよ、光ちゃんは教団にとって大事な人だから」
「大事な人?」
「え、ええ。入信希望者って事よ」
ちょっと口を濁した。
「何だか変」
「そんなことないわ。自己開発研究所にとっても、貴重なモデルでもあるからお願いしたのよ」
「ふーん」
千香ちゃんが疑わしげな顔をしている。
「だから心配しないでいいのよ」
「私光が女の子になってるのこのセミナーの間だけだと思っていたのに」
「帰ったら上条さんの家で着替えさせてもらえばいいじゃない。それで終わりよ」
「そうねー」
ちょっと考えてから。
「何とかなるかなあ」
僕を見た。
「光は平気なの?」
「う、うん」
小さく頷いた。
「そう・・・」
千香ちゃんは川村さんを何か言いたげな顔で見詰めていた。
第12章 夢から醒めて
「じゃあ元気でね」
「はい。どうも有り難う御座いました」
僕と千香ちゃんと田代さんは三人で頭を下げた。
川村さんはマイクロバスに乗ると笑顔で手を振ってくれた。
走り去って行くバスを僕は黙って見詰めた。
何だか僕が一緒に行ってしまったような錯覚に陥った。
「どうしたの。ぼーっとして」
「う、うん」
「行こう」
ゆっくり軽井沢の駅に向って歩き出した。
何だか夢を見ていたような気がする。
車窓を流れる木々を見ながら思い返していた。
白い麻のワンピースを窓から入る高原の風が揺らしている。
でもまだ夢の続きなんだ・・・
向かいの田代さんが僕を見てにっこり笑った。
隣に座っている千香ちゃんは黙ってみかんを食べている。
食べ終わると二人で千香ちゃんがしていた乗馬の話をし始めた。
僕はぼんやりと二人の話を聴いていた。
途中でおばあさんが僕の斜め前に座った。
「お嬢ちゃん達は軽井沢に遊びに行ったのかい?」
にこにこしながら僕を見て聞いてきた。
「ええ」
適当に話を合わせたんだけど。
こうして女の子として扱ってもらえるのも今日までなんだなあ。
そう思うと胸が締め付けられる思いがした。
男の子にもどったら元に戻ってしまいそうな気がした。
また暗くなってしまうのかなあ・・・
何だかそんなの嫌っていう声が心の底で聞こえた。
彼女のお母さんが家にいたから、軽井沢で会った女の子の友達という事で彼女の部屋に入った。
僕だと分かるんじゃないかとどきどきしたけど分からなかったみたい。
彼女の部屋で着替えてからそっと玄関を出た。
「光じゃあまたね」
彼女に別れを告げて久しぶりに家に帰った。
男の子に戻ったけど、何だか自分じゃないみたいで落着かなかった。
たった一週間だったのに。
一週間程家でぼーっとしていた。
何だか魂が抜けたようになってしまった。
目をつぶると軽井沢の事が思い出される。
夜堪らなくなって目を覚ます事が度々で何だかおかしくなってしまいそう。
洋服ダンスの中につっこんでおいた旅行鞄に気が付くと目が吸い付けられている。
もんもんとしていると千香ちゃんから電話があった。
「どう元気にしている?」
「うん・・・」
「何だか元気がないわね」
「うん・・・」
「あれから何か言ってきた?」
「何にも」
「暇だったら遊びに行かない?」
「いいけど」
「じゃあ、明日自由が丘の駅9時ね」
「うん」
電話を置いてしばらく考え込んだ。
「どうしてた?」
「家で寝ていた」
「しょうがないわねー。折角セミナー行ったのに」
「だけど・・・」
「まあそうでしょうね」
そう言って笑った。
真夏の日差しが肌を突き刺す。
「何だかちょっと調子狂っちゃうな」
僕の服を見てくすっと笑った。
僕はティーシャツにジーパンっていうどうって事のない恰好をしている。
彼女の着ているサマードレスがまぶしい。
何だかあの時みたいに快活になれない・・・
千香ちゃんが僕の目に気が付いた。
「光、こういうの着たいの?」
いたづらっぽく笑って僕を見た。
「ううん」
急いで首を振った。
「無理しなくてもいいよ」
にっこりと笑って僕を見た。
そろそろかしら?
川村貴美子は青山の事務所に座って机を指で叩いていた。
きっとまた来るわ。
確信に似た思いが膨れ上がる。
あの子のアニマはもう成長を始めたはずよ。
もどかしい思いで手を握り締めた。
焦っちゃ駄目。
立ち上がって窓からビルの外を見下ろした。
無垢なアニマとアニムスの持ち主・・・
私は無垢じゃないのかしら・・・
純白のドレスに身を包んだ御園光を思った。
首を振って部屋の中を黙って歩き続けた。
「ねえどこ行くの?」
「お買い物」
「何買うの?」
「夏物バーゲンしてるから、光に見立ててもらおうと思って」
「僕に?」
「ええ。光センス良さそうだから」
にっと笑って僕を見た。
「そんな・・・」
彼女と一緒にブティックを回った。
ワンピースやスカートとか一緒に見て回るのが何だか恥ずかしい。
彼女に促されて、恥ずかしいのをがまんして服を選んだ。
手に取って見ていると軽井沢のセミナーが蘇ってきた。
こんなの着たら可愛いかななんて思ってぼーっとしていると横に店員が立っている。
「どうぞ遠慮しないでお試着なさって下さい?」
店員に言われて顔が赤くなった。
「彼女のです」
ちょっと驚いた顔で僕を見た。
「ごめんなさい」
急いで千香ちゃんを呼んだ。
「離れないでよ」
「いいじゃない。私も色々見たいんだから」
不満そうな顔をしている。
でも僕が手に持ったワンピースを見て顔を輝かせた。
「あら、素敵」
「着てみたら」
試着室から出てきた千香ちゃんを見て、僕がそこにいるような錯覚を覚えた。
「どう?」
「う、うん。似合ってるよ」
「じゃあこれにしよう」
嬉しそうな顔をしてレジに持って行った。
女の子の服に囲まれていると恥ずかしさと同時に不思議な安らぎを感じた。
翌日家でごろごろしていると机の上に置いて有るPHSが鳴った。
どきっとした。
田代さんからだ・・・
このPHSは別れ際に彼女が記念にって呉れたんだ。
恐る恐る手に取った。
「久しぶりお元気?」
「ええ」
少し話しているうちに軽井沢での気持ちが蘇ってきた。
「じゃあ、自由が丘のアマンドで待ってるから出てきてね」
「あ、待って」
答える前に切れてしまった。
どうしようか迷っているうちにまた堪らない気持ちになってきた。
洋服ダンスを見た。
自分の気持ちを止められなくなった。
のろのろとベッドから起き出すとタンスの前に立った。
ドアを開けて鞄を引き出した。
震える手でワンピースを取り出してじっと見詰めた・・・
第13章 再び霧の中に
一体どこに行ったのあの馬鹿。
上条千香はいらいらしながら部屋の中を歩き回った。
光が行方不明になってからもう一週間になる。
旅に出てきますなんて書き置き残しちゃって。
普段着てるものも服もそのままだなんて・・・
多分あの自己開発研究所が関係してるに決まってるんだけど。
でも自己開発研究所に電話しても知りませんの一点張り。
ドレス着て可愛く笑っている光が脳裏に蘇った。
何だかもう帰って来ないような予感がした。
いいわ。絶対に探し出してみせる。
急いで着替えて外に出た。
やっぱりあそこに行ってみよう。
聖光教団とも繋がってるみたいだし。
光が聖光教団にとって大事な人という言葉が蘇ってきた。
一体光をどうしようっていうの。
光をあんな風に女の子にしちゃっておかしいと思ってたのよ。
えーい。虎穴に入らずんば虎児を得ずだわ。
「すいません。川村さんいらっしゃいますか?」
「はい。お待ち下さい」
自己開発研究所の受付けで暫く待たされた。
「あら。久しぶり」
笑顔で川村さんが出てきた。
「どうしたの?」
「あの。私も光の見ていてアドバンスセミナー受講したくなったんですけど」
「あら。それはそれは」
にっこりと笑った。
でも目が笑っていないのを見逃さなかった。
「じゃあ申込書を書いてもらえる」
「ええ、でもお金があんまりないんで何とかなりませんか?」
「あらそう」
ちょっと考えて込んだ。
「それと光が、この間のセミナー気に入っていたみたいですよ」
ちょっと反応を見た。
私をじっと見てから聞いてきた。
「どういう意味?」
「ええ、また上のコースに申し込んだんじゃないかなって?」
「いいえ。知らないわ」
そう言うと受付けの人に申込書を用意するように言った。
「それとここで教えている事って聖光教団の教えと似てるなーって思ったんだけど」
彼女の目を見詰めた。
川村さんは急に笑い出した。
「すべてお見通しのようね。その通りよ」
「あ、私あの教え面白いなって思ってるから別に構わないんだけど」
ふふっと笑って私を見た。
「まあいいわ。じゃあ上級のコースにする?」
「上級って?」
「光ちゃんが受講したコースよ」
「あら、又軽井沢なんですか?」
「そうよ。でも上級は大抵入信する事になってるんだけど」
ちょっと考えた。
まあいいか。
やっぱり繋がっていたんだ。
光を見つけるのにはその方が早いかもしれない。
「入信かー?」
わざと考える振りをした。
「じゃあその代わ受講料只にしてもらえます?」
苦笑して私を見た。
「しょうがない子ね」
どうかな・・・
「まあいいわ。じゃあ申込書の代わりに入信書を書いてくれる?」
「はい」
やったー。
ふと疑問が生じた。
「あの上級コースは男女別なんでしょう」
「ええそうよ」
「じゃあ光はなんで女性用のコースに入ったんですか?」
川村さんがちょっとうろたえた顔をした。
「光ちゃんの場合はその方がいいと思っただけよ」
「ふーん。じゃあ男性用はどんなコースなんですか?」
「まあ似たような事をするだけよ」
何だか腑に落ちない。
それも調べてみる必要がありそうね。
「すぐ受講したいの?」
「ええ。出来たら夏休み中にしたいので」
「分かったわ。確か来週から始まるのがあったはずだわ」
「じゃあそれにします」
「じゃあ速達で案内を送っておくわ」
そう言うと戻って行ってしまった。
入信申込書を書いて提出した。
あの子気が付いたみたいだわ。
何とかしなきゃ。
川村貴美子は自分の部屋をコツコツ音を立てながら歩き回った。
上級セミナー受けさせてあげることにしたけど。
危ない気もするけど、却って手の内の方が安全な気がする。
眉間にしわを寄せて考え続けた。
ふっと上条千香に感じた違和感が蘇った。
何なのあの子は一体。
このいらいらする原因は何なの・・・
何で教主はあんな子達を・・・
アニムス・・・
ふとその言葉が浮かんで消えた。
まさか・・・
また来ちゃった。
もう8月に入っているから前より暑いけど。
軽井沢に降り立って周りを見渡した。
駅前のロータリーにはマイクロバスは見えない。
風は冷たいのに日差しが熱い。
一人で待つうちに不安が湧き起こってきた。
こんな事でくじけちゃ駄目。
光を助け出すんだ。
きっとあの中に居るような確信があった。
見慣れたバスが走って来るのが見えた。
バスを降り立った。
霧が目の前の洋館を包んでいる。
駅の周りとは別世界のような雰囲気だ。
冷気でぶるっと体が震えた。
「さあお入りなさい」
川村さんが私を手招きした。
ふと今入ってきた方を振返った。
門が霧に霞んで見えなくなった。
黙って荷物を持って中に入った。
第14章 ルームメート
与えられた部屋は二人部屋だった。
ちょっとがっかりした。
前の部屋の方が豪華だったな。
ちょっと苦笑した。
遊びに来たんじゃなかったわ。
荷物を片づけているとドアが開いた。
ちょっと驚いたような顔をして女の子が立っている。
「こんにちは。私上条千香」
「あ・・・」
ちょっと黙った後で口を開いた。
「こんにちは。加藤紀子っていいます」
丁寧に頭を下げた。
ちょっとハスキーな声が印象的だった。
細い体に大きな目だわ。
にっこり笑って加藤さんを見た。
「仲良くしようね」
「え、ええ」
何だか戸惑ったような顔をしている。
何だか変なの。
ちょっと気になったけど今はそんな事どうでもいいわ。
何だか光を見ているみたいでおかしくなった。
次の日教義室に入って行くともう5人座っている。
空いた席に腰を下ろした。
加藤さんが入って来て私の隣に座った。
「宜しく」
「ええ」
何だか私を頼っているみたいでおかしくなった。
黒いローブを着た女の人が入って来て講義を始めた。
光から内容は大体聞いていたから途中で眠くなってきた。
でも加藤さんは一生懸命に聞いている。
アニマとアニムスかー。
聞いていてまあそんな事もあるかなって思ったけど。
私なんかアニムスだけかなって思っておかしくなった。
聞いていて光が興味持ったのは分かる気がした。
光は今はアニマに支配されてるのかなあ・・・
ふと隣の加藤さんを見ると食い入るような顔で聞いている。
お昼クラスの人達と一緒に食べていると加藤さんが聞いてきた。
「あの上条さん・・・」
「なあに?千香でいいよ」
「じゃあ千香・さん」
「何よ他人行儀な」
「千香」
「なあに紀子?」
照れたような顔をしている。
可愛いわね。
「何で入信されたんですか?」
「そうね。面白そうな教義だからかな」
「紀子は?」
「私?私は生きてるのがつらくって」
私を救いを求めるような顔で見た。
「ふーん」
「それで聖光教団の教えを見た時救われるたような気持ちになって」
「じゃあ男の子みたいにもっと色々やりたいんだ」
複雑な顔をして黙っている。
ふと彼女が着ているチェックのミニスカートの制服を見た。
何だか見たことがあるような。
ちょっと首を傾げて考えた。
思い出せない。
どこのだったかなー。
「その制服どこの?」
「え。学校名は言いたくないんですけど」
「いいわよ。別に」
彼女が私を羨ましそうな顔をして見た。
講義が終って自分の部屋に戻った。
紀子も一緒について来た。
「何で制服なんか着なきゃいけないのかなー」
そう言って紀子を見た。
「そ、そうね」
「着替えちゃうけど、紀子も着替えたら」
「私はいいわ」
「じゃあ女同士だし失礼するわよ」
「ええ」
脱いでいる間彼女は恥ずかしそうな顔で横を向いている。
何だか変なの。
「バスに入っちゃおう」
面倒臭いから裸になって、バスに入った。
紀子は顔を真っ赤にして俯いている。
恥ずかしがりやなのね。
バスから上がってワンピースを着た。
上にカーディガンを羽織って髪を乾かした。
「紀子は入らないの」
「後でいいわ」
「じゃあ夕食に行く?」
「ええ」
二人でダイニングルームに行った。
クラスの人達も集まって来た。
でもこの教団は食べるものも自由みたいだし結構お気軽団体ね。
一体お金はどこから出てるのかな?
ふと疑問が湧いた。
そうかそこを突き止めるといいかも。
「千香見てるとうらやましいわ」
「えっ?」
驚いて紀子を見た。
「何で?」
「だって、女らしくってきれいなのに、男の子みたいにしっかりして頼り甲斐があって」
「やめてよ。そんな事言われた事ないんだから」
ふと紀子ならば光の事話してもいいかなって気になった。
「一人だけいたけどね」
「あらたった一人?」
「ええ紀子で二人目」
不思議そうな顔をして私を見ている。
「実は私が入信したのは訳があるの。他の人には黙っていてくれる?」
「そうなんですか?」
驚いた様な顔をして頷いた。
「実はね・・・」
彼女は聞き終わるとびっくりしたような顔になった。
何だか顔が蒼くなっている。
「どうしたの?」
「いいえ。ちょっと驚いただけ」
「協力してくれる?」
「え、ええ。いいわよ」
こくっと頷いた。
「嬉しい。一人で少し心細かったの」
彼女の手をしっかりと握った。
「可愛い人なんですね」
「うん。小さい時からね」
「その人の事好きなんですか?」
「何言ってるのよ。女の子みたいなんだから」
思わず笑い出した。
「だって女子高生の制服なんか着たらもう本当に女の子なんだから」
思い出して笑いが出た。
彼女の制服が目に入った。
「そうそう。丁度そんなの着てて」
その瞬間彼女の顔が強張った。
「えっ?何か悪いこと言ったかしら?」
「いいえ」
顔色が悪い。
彼女の着ているブラウスとチョッキを見詰めた。
そう言えば光が着ていたのとそっくり。
どこかで見たと思ったら・・・
何で?
「あなたまさか・・・」
紀子が蒼白な顔をして脅えた顔をした。
瞬間に全てが分かった。
「食事しましょうね」
「ええ」
彼女は震える手で食事を始めた。
何だか胸が痛んだ。
黙ってれば良かった・・・
部屋に入った途端に彼女が泣き出した。
「ごめんなさい。騙すつもりなんかなかったの」
「何言ってるのよ。気にしないわよ」
私を真っ赤な目で見た。
「分かったんでしょう」
「何の事?」
すっとぼけた。
「だって・・・」
「私には何の事か分からないわ」
「優しいのね・・・」
「ほら泣かないで」
彼女の肩を抱いた。
「千香さん」
胸の中で泣きじゃくっている。
何で私の周りにはこんな子ばっかり・・・
天井を見上げてため息を吐いた。
ようやく泣き止んだ。
「千香さん・・・」
「千香でいいよ」
「千香・・・分かったんでしょう・・・」
「何が?」
「だから、私がその光さんと同じだって・・・」
掠れた消え入りそうな声で言った。
「いいじゃない。ここに居る時は女の子なんでしょう」
「でも・・・」
「泣いてると折角の可愛い顔が台無しよ」
「うん・・・」
「紀子も光と同じなんだね・・・」
優しく彼女の肩をなぜ続けた。
第15章 適合
紀子の話を聞いてこの教団の一部が分かってきた。
何故この建物の中には女の人しかいないのかも。
上級セミナーにはそもそも男女の別はないのだ。
女性はそのままアニムスを伸ばす研修をする。
男の子はアニマを伸ばす為光みたいに女の子になって研修を受ける。
紀子もセミナーの後で見込まれて上級に誘われたらしい。
紀子、本名は紀夫って言うらしいんだけど、ここに来るまで髪を伸ばすように言われたって。
このセミナーに参加直前に地元の事務所で女の子の髪にカットされたらしい。
そこで今着ているミニスカートの制服に着替えさせられてから軽井沢に来たらしい。
それで彼女がおどおどしている理由は分かったけど。
でもその後紀子みたいな子はどうしてるんだろう?
これで脱会してるはずないのに?
横に座っている紀子を見詰めた。
今は安心して私の隣に座っている。
もう私の手なんか握っちゃって・・・
少し考え込んだ。
光にしても紀子にしても女の子になっても自然に見える男の子が選ばれているらしい。
そうすると、もっと上の方の人も。
ふっと閃いた。
川村さん・・・
もしかして彼女も。
そうかそうなんだ。
声が少しハスキーでちょっと気になった事を思い出した。
光があんなに素直にのめり込んだ理由も分かった。
彼女も同類だったんだ。
だから光の気持ちが痛いほど分かるはずだ。
でも何故光を・・・
見たところ今回のセミナーでも紀子以外男の子はいないみたいだし。
大体一回のセミナーに一人いるかいないか位の割合のはず。
一体教主というのは誰なんだろう?
素朴な疑問が湧いてきた。
少なくとも外見上は女のはず。
教義を思い返した。
男女ともアニマとアニムスを伸ばして地上の楽園を作る・・・
一見女だけの楽園・・・
でも男が女になってしまったら滅びてしまう。
じゃあ一見女だけのこの教団も実際には男と女がいるはず。
でもそれだけじゃあ何故光だけが特別なのかわからない・・・
無垢なアニマとアニムスの持ち主・・・
ふと川村さんが言った言葉を思い出した。
それが光だというの?
横にミニスカートで座っている紀子を見た。
何故彼じゃいけないのか?
そして何をしようとしているのか?
分からない・・・
そのまま横で安心した顔で私に寄りかかっている紀子を見詰め続けた。
次の日から教義の講義の合間を見て中を探検してみる事にした。
昼食の間と講義が終ってから夕食までの間、それと専ら夜に活動する事にした。
二日目の昼にそっと3階に上がってみた。
幸い誰もいない。
教団事務室と書いてある部屋ドアをそっと空けて中に入った。
お昼を食べているみたいで誰もいない。
パソコンが動いたままになっている。
画面を見ると信者名簿が出ている。
名前と性別、アニマ、アニムスと入会日等が書かれている。
御園光を探し出した。
あった・・・
御園光、性別女性、アニマ適合、アニムス適合・・・
何これ?
他の人のはアニマ良とか書いてあるのに。
それに何で性別女性なの?
興味に駆られて自分のも探した。
上条千香、性別女性、アニマ優良、アニムス適合
まただ。
他の人のを探したけどみんな良とか優良とか入っている。
男性も少ないけど女性の一割位いる。
他の手がかりはないみたいだから元に戻して急いで部屋から出た。
心臓がどきどきしている。
急いで自分の部屋に戻った。
ベッドに座って考え込んだ。
適合って何の事?
何で私と光だけ適合ってのがあるの?
自分も関係してるのかもと思うと背筋に戦慄が走った。
「お願いがあるの」
夕食後紀子に頼んだ。
「なあにお姉様」
「止めてよお姉様なんて」
「いいでしょう。だって千香なんて呼び捨てできないもの」
「まあいいわ」
「川村さんも紀子と同じだと思うんだけど確かめて欲しいの」
驚いたような顔をして私を見た。
「川村先生が?」
「ええ。多分そうよ」
「じゃあ女の子の恰好しているの今だけじゃないの?」
「多分・・・」
とまどったような顔をして私を見た。
「だってここの信者ってみんな女の人でしょう」
「うん・・・」
「男の人見たことある?」
「そう言えばないけど・・・」
「このセミナー終ったら更に次のがあるんでしょう」
「ええ・・・」
「内容知っている?」
「ううん」
不安そうな顔で私を見詰めた。
「でも川村さん大人でしょう。僕はまだ若いからこういう恰好できるけど・・・」
「何かあるのよ」
「僕自分を出すための修行だって言われたんだけど・・・」
彼もほっとくとこのまま女になって行くのかと思うと少し胸が痛んだ。
「じゃあ僕も大きくなったら川村さんみたいになるの?」
脅えたような顔をして私の手を握った。
「わからないわ。だからそれを確かめて欲しいの」
こくっと頷いた。
「じゃあ行って来る」
「気を付けてね」
青白い顔で部屋から出ていった。
ドアをノックする音がして顔を上げた。
「どなた?」
「加藤紀子です」
「どうぞ」
おずおずとドアを開けて女子高生姿の女の子が入ってきた。
「何の用?」
「あの、相談があって・・・」
「そこにお座りなさい」
「はい・・・」
消え入りそうな声でソファーに座った。
「話してごらんなさい」
「はい」
女の子は実は自分は男の子だと切り出した。
知っているから別に驚かなかったけど。
「大きくなったらここで働きたいんです」
私を訴えるような目で言った。
「立派な心掛けね」
にっこりと笑った。
「でも男の人はいないみたいだし・・・」
私を蒼い顔でじいっと見た。
「女の人しか働けないんですか?」
「そんな事ないわよ」
「でもみんな女の人みたいですけど・・・」
「男の人は別の所で布教活動してるのよ」
「でも僕今の姿で働きたいんですけど・・・」
どきっとした。
「そう・・・」
「川村先生教えて下さい」
「何を?」
「教義では男の人も内にある女性としてのアニマを育てるべきだって言ってましたよね」
「そうよ」
「じゃあ修行として僕みたいな人はずうっと女性として生活してもいいんでしょう?」
詰め寄られてうろたえてしまった。
「そ、そうよね」
「川村先生もそうじゃないんですか?」
「何言ってるのよ」
「お願いします。教えて下さい。僕信じているから本当の事を知りたいだけです」
涙を流している。
胸が熱くなった。
ああ、私と同じだわ・・・
「先生・・・」
「そうよ」
ほっとした顔をして私を見詰めた。
きっとこの子もいい信者になるわ。
「どうもありがとう御座います。これで安心して修行できます」
頭を下げて出ていった。
加藤紀子。確か加藤紀夫だったわね・・・
ぼんやりとドアを見詰めた。
30分位してから真っ青な顔で紀子が帰って来た。
聞くまでもなかった。
「やっぱり・・・」
紀子は僕の胸に顔を埋めた。
「僕恐い・・・」
黙って背中をなぜ続けた。
ふっとこの子は本当はそれを望んでいるんじゃないかって思った。
光も・・・
第16章 イブ
もう来てから四日も経った。
あれから新しい情報を得ることが出来ない。
少し焦ってきた。
今ごろ光何をしているんだろう。
不安が膨らんできた。
退屈な教義を聞いていてはっとした。
「神は無垢なアニマとアニムスの持ち主を地上に使わしそれを新しいイブとなさるのです」
何だって?
そんな馬鹿な。
頭が混乱してきた。
どういう事?
じゃあ無垢なアニマとアニムスの持ち主って女の子って事?
「そして無垢なアニムスを地上に使わしそれをアダムとなさるのです」
どきっとした。
どういう事。
その時講師の目が私を見て光ったような気がした。
一瞬背筋が凍り付いた。
まさかね、そんな馬鹿な事って。
笑おうとしたけど顔が強張った。
「アニマを持ったアダムはイブを助け地上に真の楽園が誕生するのです」
違うよね、やっぱり私達は違うよね。
湧き上がる疑念を消そうとした。
でも・・・
こんな教義を信じている人達だから・・・
夜そっと起き上がった。
紀子はすやすやと寝ている。
そっと部屋を抜け出した。
幸い廊下には誰も出ていない。
四階まで階段を使って上がった。
確か五階もあったはず。
そのまま五階に上がった。
そっと廊下を歩いて行くと降臨の間と書かれたドアがある。
何だろう。
あたりを見渡してそっとノブを回した。
駄目だ鍵が掛かっている。
ふと誰かに見られている気配がして振り向いた。
誰もいない。
心臓がどきどきする。
もうあきらめて戻ろうとした時中から声が聞こえた。
「誰?」
聞き覚えのある声だ。
光・・・
「光私よ開けて」
中からノブを回す音がしてドアが開いた。
「千香ちゃん・・・」
中から美しい少女が私を見詰めている。
「光?」
涙が出てきた。
無事だったんだ。
でもでも・・・
「どうしてここに・・・」
確かに光の声なんだけど・・・
純白のレースのドレスみたいなネグリジェの裾を引きずっている。
薄明かりの中に真っ白い肩がローブに透けて見える。
レースの胸元からふっくらした胸が・・・ふっくらだって?
どうなってるの一体?
抜けるように透明な白い肌で覆われた愛らしい顔が私を見詰めている。
止めてそんなつぶらな目で見るの。
おかしくなっちゃいそう・・・
「中に入って・・・」
「うん・・・」
光、多分光がスタンドを点けた。
ソファーに座った。
「元気そうで良かった」
笑おうと思ったのに顔が引きつっている。
「うん・・・」
「もう心配しちゃったじゃない・・・」
本当に、光がどうにかなっちゃうんじゃないかと思って・・・
どうにか・・・
「ごめんね」
はにかんで俯いた。
胸がきゅんっとなった。
「光その胸・・・」
恐る恐るかすれた声で聞いた。
黙って俯いている。
その様子を見ていて光だって実感が湧いてきた。
でも・・・
「私のアニマなの」
光がそっと胸に手を当てた。
ぞくっとした。
何でこんなに艶めかしいの?
「何が有ったの教えて」
光がぽつっと話始めた。
話を聞き終えて呆然となった。
「光本当に女の子になりたいの?」
恥ずかしそうに顔を赤くした。
「駄目よ。そんなの駄目」
顔を上げて私を見た。
「これが僕の本当の姿なの」
そう言うとローブをはらりと落として立ち上がった。
驚いて見上げた。
きれい・・・
スタンドの薄明かりの中にシルエットが浮かび上がった。
「でも光女の子になんかなれないのよ」
「いいんだ。わかっているんだ」
寂しそうな顔をした。
「男の子が嫌とか女の子になりたいって訳じゃないの」
私をきっと見た。
「ただ自分の心の姿になりたいだけ」
そう言うとにっこりと笑った。
「光・・・」
涙がこぼれてきた。
「僕イブになるの」
どきっとした。
「光・・・」
「千香ちゃんが来るの分かっていたんだ」
何故?
それに何故光がイブなの?
光が抱き付いてきた。
「千香ちゃん」
光の胸のふくらみが感じられてどきっとした。
私の胸に顔を埋めた光を拒むことが出来ず長い髪を撫ぜ続けた。
「私のアダム」
光が胸の中で小さく呟いた。
戦慄が走った。
光を思わず突き放した。
「一体何の事?」
窓の外を霧が包んでいる。
「僕はイブとなって神様の御許に捧げられるんだ」
「光何を言ってるか分かってるの?」
私を見詰める目に狂気が走った。
「千香ちゃん。君も・・・」
思わず立ち上がってドアに走った。
その時急にドアが開いた。
体が竦んで動けなくなった。
スーツ姿の川村さんがそこに立っている。
「上条さん光ちゃんを見付けたわね」
冷たい目で私を見詰めている。
「やっぱりあなたがアダムなの・・・」
戦慄がまた走った。
「光帰ろう」
光の手を取った。
そのままドアに向って突進した。
川村さんは虚を衝かれて尻餅を付いた。
無視して光の手を取ったまま階段に向った。
光は黙って私の後を付いてきた。
とにかく一階まで降りて外に出た。
霧があたり一面を覆っている。
ぞくっとした。
目の前にマイクロバスがある。
運転席を見るとキーが付いている。
光を乗せるとエンジンを掛けた。
何故キーが付いていたかなんか考えなかった。
運転位できるわ。
ハンドブレーキを外して思い切ってアクセルを踏むと車は動き出した。
玄関で川村さんが冷たい目で私達を見ているのがバックミラーに映った。
横に女の子のシルエットが見えた。
ハンドルを切って門に向った。
第17章 聖水
光は夏休みの間私の家に泊まることにした。
ママには前回の軽井沢の帰りに会っているから疑問を持っていないみたい。
光は私と一緒に寝起きするのが嬉しそうだ。
今思い出してもぞっとする。
良く事故も起こさないで帰ってこれたなあ。
門が開いてたから良かったけど。
でも何で開いていたんだろう。
それにまだ分からない事が一杯ある。
「千香ちゃん」
「なあに光」
「ねえ遊びに行こうよ」
「しょうがないわねえ」
光が私のクローゼットを開けて服を選んでいる。
「ねえ、これどうかしら?」
「いいんじゃない」
「新しいの買いたいな」
「我慢しな」
「でも・・・」
「わかったわよ」
もう私のお小遣いみんな無くなっちゃうわ。
肩が出る夏用の萌黄色のワンピースに白いカーディガンを羽織って私の前に立った。
「似合う?」
どきっとした。
胸当てから膨らんだおっぱいが可愛らしく見える。
つばの大きな白い帽子を被って首を少し傾げている。
可愛らしい・・・
「それ私が中学生の時着たやつよ」
「いいじゃない。これ気に入ってるんだもん」
にこにこして私を見た。
もう光どうなっちゃったの。
両手を挙げた。
「はいはい。可愛いわよ」
嬉しそうな顔をしている。
「でも、ご両親にはいつまでこのままにしておくつもり?」
光は顔を曇らせた。
「どうせパパはいないし」
「えっ。そうなの?」
「うん」
「ごめん。死んじゃったの?」
「ううん。行方不明になっちゃってるんだ」
「そうだったの・・・」
何だか光の弱々しいのが少し分かったような気がした。
「でもお母さんは」
「今のママ僕の本当のお母さんじゃないもん・・・」
知らなかった・・・
こんなに長い間付合っていたのに・・・
「いいんだ。今千香ちゃんいるから」
「光・・・」
痛ましくなった。
「でも光女の子になっちゃったんでしょう」
「うん。でもまだ僕男の子だよ」
そんな事言ったって・・・
光の股間を見詰めた。
こんなに可愛いのに・・・
でも行方不明のお父さんと本当の母親というのが心に引っかかった。
光にとって幸せな時間が過ぎて行った。
以前の光からは考えられない程明るくなった。
日増しに笑顔に輝きが増して来た。
上条千香はそんな光を見て不思議な気持ちになって行った。
この子のこんな笑顔見たことなかったな。
笑顔が何だかまぶしい。
あのセミナーで言ってた事はもしかして本当かもなんて思っちゃう。
一緒に歩いていても、男の子達が振り向くのが分かる。
でもとても高校生の男の子には見えないよね。
良くって中学2年位の女の子かな。
見ていて可笑しくなる。
何だか段々幼くなっていくみたいだなー。
光を見ていると、またふっと急にいなくなってしまうような気がして恐かった。
それにあの人達がこのままでいるはずないし。
少し調べてみなきゃ。
新聞社に行って少し調べさせてもらった。
心配だから光も連れて行った。
「やあ、学校の発表で使うのかい?」
「ええ」
そういう事にしておこう。
「可愛い妹さんだね」
私が中学生の時の白いサマードレスを着ている光を見て笑顔になった。
誰が妹よ。誰が・・・
思わず光を見たら黙ってにこにこ笑っている。
どきっとした。
無視して調べ始めた。
一日調べたら大分分かってきた。
設立したのが14年前。
教祖は日本人の女性らしいけど誰か分からない。
夫が亡くなった時に神の啓示を受けたって言ってるらしい。
アメリカで最初の本部が出来て、5年程前に日本にも入ってきたらしい。
変わった教義でしかも信者は女性だけだった為、最初は信者は少なかったらしい。
だけど、西海岸の医療関係者を中心に少しずつ広がって行ったみたい。
スポンサーは良くわからないけど引っかかるわね。
教義はもう知ってるからいいとして。
1999年に真のアダムとイブが誕生し、世界を救うって書いてある。
もしかして来年?
「千香ちゃーん」
光が退屈そうに私に絡み付いて来る。
「もううっとうしい。あっちに行ってなさい」
拗ねたような顔をして隅に行って座った。
何でこんな女の子がイブなのよ。
やっぱり信じられない。
「ねえ14年前で光に関係した事で何かあった?」
「うん。本当のパパが行方不明になった年よ」
どきっとした。
何か関係があるのかしら。
でも日本人だけど女性となってるし。
「お母さんが亡くなったのはいつの事?」
「えーと、その二年前よ」
「じゃあ、光が生まれてすぐに亡くなったの?」
「そう」
光の顔を見詰めた。
「やっぱり上条千香に連れられて行ってしまいましたね」
川村貴美子はそう言われて黙って頷いた。
「いいのよこれで」
「でもほっておいて宜しいのですか?」
「すべて教主さまの予言通りですから」
「はい」
「光様は必ず戻ってきます」
「でも何故あの方なのですか?」
「私にもわかりません」
少し黙ってから続けた。
「もし上条千香がアダムなら必ず舞い戻ってくるはずです」
千香はベッドに寝転んで考え込んだ。
鍵は光にあるわね。
まずあのおっぱい。
僅か数週間でしょう。
信者が医療関係者に多いか。
まあホルモン剤位どこでも手に入りそうだな。
光に関係するなら普通肉親か。
行方不明の父親が教団に何か関係があるのかしら。
再婚してすぐ行方不明?
何か引っかかる。
行方不明の前に再婚?
初めから計画していたなんて事は?
可能性はあるわね。
じゃあ何の為。
そうか光を育てるだけの為か。
それなら何らかの形で光だけ迎えに来てもおかしくないか。
頭の中でピースが一つかちっと音を立ててはまった気がした。
「光」
「なあに?」
ベッドでねそべりながら光に聞いてみた。
光はソファーにスカートを広げて横座りになって少女コミックを読んでいる。
見上げた顔を見るとほほが濡れている。
「やだ、泣いてたの」
「だって、可哀相なんだもの」
「もう、今時少女漫画で泣く女の子なんかいないわよ」
「でも・・・」
まだしゃくりあげている。
何だか可愛いわね・・・
無垢で純粋な少女って感じ。
今時こんな女の子はいないよね。
みんなすれちゃってるもん。
「ねえ、光がイブだって教団の人達が言ってたの?」
「うん」
「何で光がイブなのか教えてくれた?」
「ううん。でも何だか上の方にそう言われているみたいだったよ」
「適合って言葉聞かなかった?」
訝しげな顔をしている。
「教団の目的って一体何なのか教えてくれた?」
「ううん」
光が頭を左右に振った。
「じゃあ光の胸どうして大きくなったの?」
光ははにかみながら、でも少し誇らしげにおっぱいを見下ろした。
「内的自我に反応する薬ってのを飲んだらこうなったの」
透き通るような白いほほを少し赤く染めた。
「アニマが大きければ女性っぽくなるし、アニムスが大きければ男性っぽくなるって言ってたわ」
「じゃあ両方大きかったらどうなるの?」
「若い少女の姿になるんだって」
私を見詰めて微笑んだ。
「アニマだけだと、おばさんになっちゃうって」
可笑しそうに無邪気に笑っている。
「そんな薬無いわよ。ただのホルモン剤じゃないの?」
真面目な顔で光を見た。
「違うわ。神の啓示で作られた聖水だって言ってたわ。
内的自我を発現させる聖なる水だって」
「聖水・・・」
「私それを飲んだの」
嬉しそうな表情になって続けた。
「それで少女の体になったの」
「光・・・」
「私やっぱり本当は少女だったの」
確信しているような目で私を見ている。
「だけど下はそのままなんでしょう」
目を曇らした。
「でも儀式で完全なイブになれるって・・・」
哀願するような目になって私を見た。
「何儀式って?」
黙って答えない。
私を見る目が光った。
「ねえ、千香ちゃんも聖水飲んで欲しい」
背筋がぞくっとした。
「嫌よ」
「何で?」
「だって・・・」
光の目に吸い込まれそうになってあわてて目を閉じた。
第18章 再会
川村貴美子は青山の事務所で電話を受けていた。
「ええ、あの効果は大したものですわ」
「おかげでこちらも助かりますわ」
頭を何回か下げた。
「はい。出来るだけ早いうちに試せるようにしたいと思ってますけど・・・」
受話器を静かに置いてじっと外を見た。
光の変化に一番驚いたのは貴美子だった。
光様に会いたい・・・
あれほど嫉妬心を抱いていたのに今は消えて無くなっている。
本部での光様の姿を思い浮かべた。
光様を見ていると幸せな気持ちになってくる。
目を見ているだけで吸い込まれて行きそうな錯覚を覚える。
必ず戻ってくるわ。
だけど上条千香。
あの女の子が気になる。
居場所は分かってるんだけど・・・
部屋の中をコツコツをハイヒールの音を立てて歩き回った。
千香はあれから聖水の事を考え続けた。
たしかにただのホルモン剤にしては少し違うような気がする。
もし光の言っている事が本当なら私の知らないものに違いない。
だけど何でそんなものが・・・
光は無邪気な様子でミニスカートから出てる足を横に崩してコミックを読んでいる。
何だか本当に若くなったみたい。
体中からアニマのオーラが発散しているみたい。
光を見ていると本当に聖水があるような気がしてきた。
もしそんなものを飲まされたら・・・
ぞくっとした。
でも人の手で作ったものなら聖光教団は何でそんなものを持っているのかしら?
神様の啓示というのは何となく怪しげだし。
「ねえ学校どうしよう?」
コミックを閉じて光が聞いてきた。
「学校?」
そういえばもうすぐ新学期が始まる。
まさか光はこのまま学校に行くわけにいかないだろうし・・・
「ねえ一緒に教団に戻らない?」
光がお願いするような顔をして私を見詰めた。
「だけど・・・」
「だって、私だけここにいるの変でしょう?」
「そうだけど」
光を戻したらもう帰って来ない気がする。
「私千香ちゃんと一緒に戻りたい・・・」
「光・・・」
真相がわからないまま光を戻すのは危ない気がする。
ここにいても分かりそうもないし・・・
何だかすっかり女の子してるなあ・・・
話言葉も女の子みたいだし。
どうせ学校に行けないんだから。
学校は少しさぼればいいかな?
急に光と一緒に行っても良いかなって気持ちになった。
自己開発研究所と書かれたドアを開けた。
光は私の後ろに寄り添うように付いて来ている。
「あら、上条さん」
川村さんがびっくりしたような顔をした。
「よう来てくれたわね」
この間の事は忘れているみたいな態度だ。
後ろの光に気が付いてこぼれるような笑顔になった。
「まあ、光様」
光は嬉しそうな顔をしている。
「まあ奥に入って」
奥の応接室に入った。
「わざわざ来てくれて。でご用件は?」
少し緊張した顔で聞いてきた。
ちらちらっと光を見ている。
今日は光は白いカットソーにミニの赤いプリーツスカートをはいている。
髪の毛は昨日美容院に行ったから可愛らしくセットされている。
光が男の子だなんて信じられないなもう。
「光様も一段ときれいになられて」
何で光様なんて言い方するのかしら?
「光が戻りたいと言ってるんで連れてきたんです」
「あら、そう」
嬉しそうな顔をして光を見た。
「でも、条件があります」
「何かしら?」
「私も一緒に連れて行って下さい」
「まあ・・・」
「それと同室にすること」
「はい。それはかまわないけど」
私を少し疑い深い目で見た。
「この間は連れて帰られたのにどうしてまた?」
「気が変わったんです」
「まあ、いいわ。じゃあ準備しますね」
「ありがとう御座います」
「いつから?」
「ええ、明日からでも」
「まあ、そんな急に?」
私の目をじいっと見た。
「わかったわ。早速準備するわ」
「光良かったね」
「うん」
嬉しそうな顔で頷いた。
川村さんの顔を見てふっと不安がよぎった。
本当に良かったのかしら?
霧に包まれた洋館が脳裏を掠めて体がぶるっと震えた。
ふふふ。あちらの方から飛び込んで来てくれたわ。
光様もおきれいになって。
でもあの子何か感づいているみたいだか気をつけなくっちゃ。
早速受話器を取った。
しばらくあちこちに電話をしてから呟いた。
儀式の準備を始めないと・・・
黙ったまま窓の外に広がる青い空を見詰めた。
第19章 アンプル
降臨室と書かれた部屋のドアを開けた。
ここを脱出したのが昨日の事のように思える。
何だかとんでもない事をしているような気がするけど・・・
頭を振って光を見た。
二人とも不審に思われないように高校の制服を着て家を出てきた。
家と学校にはしばらく戻れないけど心配しないでって書いた書き置きを残してきた。
光を探しに行くからっていう内容も残しておいた。
光を、どの光を?
思わず光を振返った。
光の白いベストの下のチェックのミニスカートからのぞくすらっとした足がまぶしい。
「光本当はそうして学校に行きたいんじゃない?」
「う、うん」
はにかんで頷いた。
胸がきゅっとなった。
男の子でも女の子でもないんだけど抱きしめたくなる程可愛い・・・
柔らかな白い肌の中に突き出ているピンクの唇に思わずキスをしてしまいたくなっちゃう。
「入ろう」
中は明るくして見ると思ったよりも広い。
続き間にはダブルベッドが置いて有る。
一瞬かっとなった。
「川村さん。何でダブルベッドなのよ」
「女の子同士ですからいいかと思いまして」
澄ました顔で答えた。
「だけど・・・」
「良いじゃありませんか。ねえ光様」
「うん」
頬を赤くして肯いている。
光ったら。
クローゼットを開けると中には二人分の衣装が一杯入っている。
「これは?」
「ええ。滞在中ご不便がないようにとの指示で」
又だ。
一体どこから資金が出てくるんだろう?
光は女子高生姿のまま、はしゃいでいる。
私の手を取って口を開いた。
「千香ちゃんここでずうっと一緒に暮らそうよ」
「駄目よ。帰らなくちゃ」
でもどこに?
微笑んでいる光を見て胸が痛んだ。
あたりはすっかり暗くなって来た。
霧が深く立ち込めて外界から閉ざされていくような錯覚に陥った。
夕食はルームサービスになっていた。
二人ともゆったりしたドレスに着替えた。
光きれい・・・
白い肌が純白のドレスに映えて輝いている。
小柄なのに細いせいか、大人っぽい印象を与える。
長いスカートを少し嬉しそうにつまんで歩いてきた。
「きれいよ」
「ありがとう」
向き合って食事を始めた。
でもここって本当に食事がいいわ。
食事が終ると川村さんがお盆を持ってやってきた。
「さあ、光様聖水ですよ」
光が嬉しそうな顔をして手に取った。
聖水・・・
ただの水みたいだけど。
「上条様もどうぞ」
「私はいいわ」
「そうですか」
あっさりと横に置いて出ていった。
「千香ちゃんも飲んだら?」
光が飲んで欲しそうな顔をしている。
「私はいいわ」
光が飲み干すのを見て複雑な気分になった。
私余計な事してるのかしら・・・
でも光の事ほっとけない・・・
昔からそうなんだよなー。
今度の事も男の子っぽくしてあげようと思ったのになー。
たまたま家にパンフレットが送られて来たから光にいいかなって思ったのに。
長い髪を掻き揚げている光を見詰めた。
それがすっかり女の子みたいになっちゃって・・・
それもこともあろうかイブだか何だかしらないけど怪しげなものにされてしまいそうな感じだし。
そうだ。聖水の出所を調べれば糸口が掴めるかも。
食後二人でベランダに出て外を眺めた。
もう暗くなって、白い霧しか見えない。
スカートのドレーブを引きずってベランダにもたれかかっている光を見た。
光何を考えているんだろう。
暗闇の中に浮かび上がる光は中世の貴婦人を思い起こさせた。
その夜二人ともレースのネグリジェに着替えてベッドに入った。
何だか光と一緒に寝るの緊張しちゃう。
ふとんに潜り込んで目をつぶったけど何だか寝付かれない。
何でこんなに穏やかなんだろう・・・
却って心配になってくる。
少しうとうとしてきたら何かが腕を掴んだ。
驚いて横を見ると光が私を見ている。
どきっとした。
私の胸に潜り込んできた。
驚いているとそのまま私に抱き付いたままじっとしている。
嫌だ。胸がどきどきしちゃう。
そっと光を抱きしめると体をびくっと震わせた。
光・・・
光の体温が感じられる。
この子ってこんなに華奢だったっけ・・・
「千香ちゃん・・・」
小さな声で呟いて私の胸に顔を埋めた。
胸に暖かいものを感じた。
光泣いているみたい・・・
そのまま二人共眠りに落ちていった。
そっと隣で安らかな顔で寝ている光を起こさないようにしてベッドから抜け出した。
ベランダに出ると朝もやに包まれて深い海の底にいるような気持ちになる。
今日は調べなきゃ。
ふと人の気配に気が付くと光が恥ずかしそうな笑顔で私を見詰めている。
光の肩を抱いてそのまま外の景色を見詰めた。
朝食を食べながら作戦を練った。
きっとあの聖水をまた持ってくるはずだわ。
川村さんを探れば出所はわかるかも。
「川村さんが来たら出来るだけ引き止めておいてくれる?」
「何で?」
「いいから。お願い」
「分かった」
不審げな顔をしている光を残して川村さんの部屋が見えるところに急いだ。
少し待つと川村さんが部屋から出てきた。
もうおぼんを持っている。
あの部屋にあるのね。
見えなくなったので急いで部屋に入った。
中を見渡すと、冷蔵庫が置いて有る。
開けてみると、中にアンプルが一杯保管されている。
何か英語で書いてあるけど、一本手に取って急いで部屋を出た。
心臓がどきどきしている。
部屋の前で呼吸を落ち着かせてからドアを開けた。
「光やっぱり見つからないわ」
川村さんが僕を見た。
「あら、川村さん」
「どこに行ってらしたんですか?」
「蝉の抜け殻見たいって光が急に言うんだもん」
「無かったの?」
「ごめん」
こころの中で舌を出した。
「じゃあ。千香さんはお飲みにならないようですのでジュースを置いておきます」
「ありがとう」
ジュースを手に取った。
「のぞ乾いた」
そう言って一息に飲み干した。
川村さんが出ていってから光が聞いてきた。
「どうだった?」
「ばっちりよ」
手の中のアンプルを見せた。
貼って有る紙を読んでみた。
カルフォルニアバイオケミカルリサーチインスティチュートと 書いてある。
日の光にかざしたけど只の水のように見える。
何で聖水がこんな会社のアンプルに入っているんだろう・・・
千香はアンプルを見詰め続けた。
「光様教義の勉強のお時間です」
二人でテレビを見ていると川村さんが入って来た。
光は承知しているような顔で立ち上がった。
「上条さんも宜しかったらご一緒にどうぞ」
「私はいいわ。散歩してきたいから」
「わかりました」
今日も川村さんはミニスカートのスーツを着ている。
そう言えば川村さんも光と同じだったわね。
じゃあ、この聖水を飲んでいるのかしら?
だけど、あそこには一種類しかなかったはずだし。
川村さんを見詰めた。
女の人みたいだけどなあ・・・
二人が出て行くのを見計らってから外に出た。
本部を出る時誰かに見られているような気がした。
自転車を借りて県道を走って郵便局かコンビニを探した。
これを調べてもらわなきゃ。
公衆電話があったので、親友の佐野早苗に電話した。
「早苗元気?」
「一体どこ行ってるのよ」
「ごめん。理由が有って言えないんだけど軽井沢よ」
「軽井沢?」
驚いていた。
とにかく彼女をお兄さんに頼んでアンプルと作っている会社を調べてもらうように頼んだ。
「じゃあ、これから送るから。お願いね」
「わかったわ。でもどうやって連絡するの?」
「じゃあ、一週間後また電話するから」
「わかったわ。早く帰ってきなさいよね」
「うん」
電話をきって少しほっとした。
郵便局を見つけて送ると肩の荷が少し降りた。
糸口が見付かるといいな。
ここまで来ると真相を意地でも知りたくなってきた。
第20章 聖水の秘密
それから一週間何事も無く過ぎていった。
毎日光がベッドの中で抱き付いてくる。
今日も私の腕の中にいる。
優しく抱きしめながら髪をなぜてあげると気持ちが良さそうにした。
いたずら心を起こして他の所を愛撫してあげると女の子みたいな声を出して体を震わせている。
何だか妙な気持ちになってきちゃう。
光の顔を見ると胸がキュンってなってきて思わずキスしたくなっちゃう・・・
女の子同士なんだからそんな事駄目って自分を押さえているんだけど・・・
何だかここにいるとおかしくなってきそう。
私の腕の中でもだえている光をじっと見た。
光このまま女の子になっちゃった方がいいのか?
光を抱く手に思わず力が入った。
光が「あっ」っと声を出した。
私を潤んだ目で見詰めた。
そんな目で見ないでよ・・・
「千香ちゃんキスして・・・」
光に見詰められて思わず唇を重ねた。
光が嬉しそうな顔をして目を閉じた。
可愛い・・・
胸がきゅんっと鳴った。
横ですやすや寝ている光を見詰めた。
男の子の時はこんな気持ちになった事なかったのに・・・
光が女の子になってから急に私の心の中にどんどん入ってきてしまう。
そっとキスをしてあげたら、微笑みを浮かべた。
複雑な思いで光を見詰め続けた。
「川村様、このままで宜しいんですか?」
「いいのよ」
川村貴美子は目の前に座っている女の子に優しく言った。
「イブがアダムをそしてアダムがイブを引き出してくれるわ」
「そうですか?」
不満そうな顔をしている。
「大丈夫よ」
確信に満ちた目をした。
「光様は今確実にイブに育ちつつあります。
最後の儀式を光様が自ら望まれなくては」
「でも、上条千香は不審な動きをしていますが」
「ほっておきなさい。光様の魅力には勝てませよ」
「でも、もし外部に漏れることがあったら」
「教主さまはそれでも良いとおっしゃってます」
「わかりました」
少し黙ってから口を開いた。
「新しい伝道師達はもう洗礼を受けさせても宜しいでしょうか」
「ええ。いいでしょう」
そう言うと冷蔵庫に近付いた。
「これから新しい聖水を使いなさい」
女の子は中を黙って見詰めた。
千香が持っていったアンプルが中に詰まっている。
「これがアニマとアニムスの聖水・・・」
目を輝かせて見詰めた。
「そう。すべての人が心の姿になるの」
冷たい目で女の子を見た。
「心を清めなさい」
神妙な顔で頷いた。
アンプルを何本か掴むと頭を下げて部屋を出ていった。
貴美子はアンプルを一本掴むとしばらく黙って見詰めた。
光様はあのような美しい姿になられて・・・
私は・・・
ぞくっとして体が震えた。
千香は部屋に戻ってもまだ興奮していた。
早苗に電話して期待以上の事を知る事が出来た。
あのアンプルはホルモン剤なんかじゃなかった・・・
ある意味では本当に聖水かもしれない。
そう思うと背筋に戦慄が走った。
彼女の説明を頭の中で復唱した。
脳の中の心の動きによって微量の物質が分泌される。
それをトリガーとして体内の多くのホルモンバランスを変化させる物質が体内で合成される。
結果として心の中の姿が体に現れてくる。
強いアニマを持っている男性はその効果によって外見は女性のように変化していく。
同時に優しいアニムスを持っている人は体が若返り、エネルギーに満ちてくる。
強いアニムスを持っている女性は、エネルギーが満ちて若返ってくる。
女性ホルモンによって妨げられていた意志の力が顔にも現れてきて、引き締まった顔付きになる。
体は全体に引き締まったものになるが女性の機能が保全されるか不明。
そして醜い心を持っている人は醜い風貌になっていく。
また戦慄が走った。
効果が現れるのには、人体の場合一週間位かかるだろう。
人体で実験した訳ではないから確証は掴めないがと言っていた。
早苗のお兄さんは優秀なバイオの研究者だ。
興奮して一週間ほとんど徹夜して調べてくれたって言ってくれた。
残念ながら人体実験は出来ないだろうと言っていた。
何故このようなものを私が持っていたか不思議がっていたらしい。
それに、このようなものをどうやって作ったかとても不思議がっていた。
作っている会社は残念ながら調べても良く分からなかったようだ。
ただ、アメリカにある宗教団体と密接な関係にあるといううわさが流れているらしい。
「ただいま」
光が講義から戻って来た。
光はあのアンプルを飲んでいる。
今の姿が光のこころの姿ってこと。
講義には光の希望で女子高生姿になっている。
というか女子中学生みたいだけど。
思わず笑顔になった。
ミニスカートが良く似合う。
愛らしい顔が長いしなやかな髪に映えている。
胸元に結んだ赤いリボンが胸の膨らみと白いベストのVカットにマッチして可愛い。
美しいわ。
胸が熱くなった。
「どうしたの?そんな顔して」
「ううん。可愛いなって思っただけ」
頬を赤らめてはにかんでいる。
ふっと早苗の言葉が蘇った。
人体実験は出来ないだろうって・・・
でも光は聖水を飲んでいる。
まさか・・・
頭を振った。
そんな事は・・・
光と一緒にベッドに入った。
何だか不安で光を抱きしめた。
「千香ちゃんどうしたの?」
可愛らしい声が聞こえた。
「光」
胸の中に抱きしめた。
戸惑ったような、でも嬉しそうな顔をして私を見上げた。
ぽっちゃりした唇が目の前に可愛らしく開いている。
不安をかき消すようにして光にキスした。
光の体の力が抜けていくのが分かった。
「光・・・」
たまらなく愛おしい。
いつまでもそのまま抱き続けた。
朝目覚めると何だか体がだるい。
洗面所に行って鏡を見た。
何だか顔付きが少し変わって見える。
ぼんやりしているせいか少し若くなったような気もする。
でも、全体にくっきりとした印象がある。
はっとした。
胸に手をあてると柔らかい感触があった。
ほっとした。
でも、まさか・・・
不安な気持ちのまま着替えてソファーに座った。
ここに来てから今日で一週間位になる。
私は聖水を飲んでいないはずだけど・・・
川村さんが聖水の代わりにジュースを持ってきてくれてるけど。
何でそんな事に気が付かなかったんだ。
今更のように自分のうかつさを嘆いた。
あの聖水は何に入れてもいいんじゃない。
味もないし・・・
もしジュースに入れてあったら・・・
首を振った。
早く次のアクションを取らなきゃ。
心臓が早鐘のように鳴っている。
でも何で私に・・・
名簿に載っていたアニムス適合と書かれた項目が頭に残っている。
信者の中で光と私だけ。
そして光はイブになろうとしている。
じゃあ私は?
「千香ちゃんもう起きたの?」
振り向くとネグリジェ姿の光が笑顔で私を見ている。
「ええ、おはよう」
見詰めると頬を赤くした。
胸がきゅんっとなった。
守ってあげなきゃ。
強い気持ちが湧き上がってきた。
光の肩を抱いた。
「どうしたの?」
はにかんだ様子で私を見詰めた。
光の胸の膨らみが感じられた。
心臓の鼓動が聞こえる。
「何でもないわ。光は安心していなさい」
「何を?」
不思議そうな顔をしている。
「いいの。光は知らなくても」
何だか光が愛おしくなって強く抱きしめた。
「何だか千香ちゃんいつもと違うみたい」
怪訝な顔をして私を見詰めている。
第21章 アダムの誕生
光はドレス姿でぼんやりとベランダに寄りかかって外を眺めていた。
今日は霧も晴れて浅間が見える。
風に吹かれて髪が頬を撫ぜている。
ここに来てから無性に千香ちゃんの事が気になる・・・
ずうっと一緒にいたい・・・
千香ちゃんに抱きしめられた感触が残っている。
千香ちゃんの事を思うと胸がきゅんっとなってくる・・・
このまま女の子になって千香ちゃんと一緒にいたい・・・
それが出来るなら教団の人がいうようにイブっていうのになってもいい。
ここの教えってきっと変なんだと思うけど救いを与えてくれる。
聖水の事千香ちゃん気にしてるけどいいんだ・・・
胸をそっと抱きしめた。
自分の気持ちにぴったりの体になってきた気がする。
暖かい気持ちが胸を満たした。
「光様」
「なあに?」
川村さんが部屋に入って来た。
「イブになられる儀式の事についてお伝えに来ました」
どきっとした。
「6ヶ月後にアメリカで執り行われます」
川村さんを見詰めた。
「千香ちゃんは?」
川村さんは黙っている。
「私千香と一緒じゃなきゃ嫌」
思わず叫んだ。
「光様」
「嫌、絶対に嫌」
黙って静かに私を見詰めて立っている。
「何で黙ってるの?」
「まだアダムとなられる方がどなたなのか分かっていません」
「千香でいいじゃない。私が説得するから」
「そういう訳にはいきません」
「何で?」
「上条さんはまだその気になっていませんし、教団にとって危険な存在です」
「危険な?」
「少し知りすぎてしまったみたいです」
「千香に何かしたら私はイブになんかならないから」
「では上条さんにアダムになられるようお願いしてみて下さい」
そう言うと部屋を出ていった。
どういう事?
不安になった。
そう言えば千香ちゃんはどこかに行ったままだ。
何をしているんだろう・・・
窓の外の霧が濃くなってきた。
千香ちゃんが帰って来た。
ほっとして駆け寄った。
「千香ちゃん大丈夫だった?」
「大丈夫って何がよ」
微笑んで僕を見た。
「ううん。良かった」
涙がこぼれてきた。
「何があったの?」
川村さんが言った事を話した。
「そう」
少し考え込んでいる。
「光。驚かないで」
「何を」
「座ってから話すわ」
ソファーに横に座った。
何だか嫌な予感がした。
何を話すんだろう・・・
千香ちゃんはゆっくりと話し始めた。
「ここで洗礼を受けた人達のレポートがある所に送られてるの」
「バイオ?」
「ええ。それでその代わりに大金が支払われてるみたいなの」
「何でそんな事が?」
「川村さんの部屋の中に大金の領収書と一緒にそのレポートが有ったのを見つけたの」
「どういう事?」
言おうかどうしようか迷っているみたいだ。
ゆっくり口を開いた。
「もしかしてだけど、人体実験をしているのかもしれない」
「人体実験?何の?」
「聖水のよ」
千香ちゃんが私を見詰めた。
「だけど・・・」
信じられない・・・
「だって、教団は私をイブにしたいじゃないの?」
「そうよね」
「そんな事したら教団困るんじゃないの?」
「そう言えばそうね」
千香ちゃんが考え込んだ顔をしている。
何だか素敵・・・
見ていてどきっとした。
「でも教団の資金はそこから出てると思うんだけど」
黙って千香ちゃんを見詰めた。
「まだ裏があるのかなあ?」
「千香ちゃんもう止めて」
驚いたような顔をしている。
「川村さんが千香ちゃんの事知りすぎて危険だって言ってた」
千香ちゃんがちょっと驚いた顔をした。
「じゃあ、私がしている事みんな知ってるのかしら?」
「わからない。でも心配」
千香ちゃんの手を握り締めた。
「じゃあ、何で部屋に鍵も掛けておかないのかしら?」
「もう危ないこと止めて。もし千香に何かあったら・・・」
胸が痛くなった。
「千香ちゃん私のアダムになって」
千香ちゃんの手を握り締めた。
「私千香じゃないと嫌。もう一人にしないで。お願い」
「光・・・」
千香ちゃんの胸に顔を埋めた。
「千香・・・」
胸が熱くなった。
離れたくない・・・
夕食の後いつもの様に川村さんが聖水とジュースを持って来た。
テーブルに置かれたグラスを二人で黙って見詰めた。
光は聖水のグラスを手に持って私を見た。
「千香ちゃん飲んで」
静かに私に差し出した。
「光・・・」
「お願い・・・」
目の前のジュースのグラスをちらっと見た。
きっとこれにも入っているはず。
川村さんが身じろぎもせず二人を見詰めている。
「千香ちゃん」
光の哀願するような顔を見て心が揺れた。でも・・・
「駄目。恐い・・・」
それを聞いて、光の目に涙が浮かんでほほを伝った。
「お願い・・・」
掠れた声が聞こえた。
無意識に手が動いてグラスを取った。
光が身じろぎもしないで涙を浮かべた目で私を見詰めた。
もういいわ。
死ぬわけじゃないし。
光と一緒にいてあげるよ。
グラスを持ち上げて喉に流し込んだ。
川村貴美子の目がきらっと光った。
第22章 清めの儀式
ママ心配してるだろうなあ。
千香は横に寝ている光を見詰めた。
ごめんね・・・
元気だからって一回電話したけど・・・
でも光をほっといて帰るわけにはいかないの。
もうすぐ3月になろうとしている。
雪が窓の外を降り続いている。
光が身じろぎしてこっちを見た。
寝顔を見ていて胸がうずいた。
可愛い・・・
光が男の子だなんて信じられない。
一緒に寝ているからわかっているんだけど。
本当にイブなのかもしれないと思ってしまう。
そっとキスをした。
目を開けて私を見た。
私に気が付いてにっこり笑った。
「千香」
抱き付いてきた。
「こら朝から止めなさい」
「いいじゃないの」
もうすっかり女の子になっちゃって・・・
光のアニマが何の拘束もなく溢れ出している。
信者の人達もこんな光見たら本当にイブって信じるだろうな。
早苗のお兄さんの言ってた事が本当だったら、光ってすごいきれいな心を持っているんだろうな。
愛おしくなってしっかり抱きしめた。
私の方は心配したような変化は起きなくて良かった・・・
自分の心の中は本当はわからないもの。
光を守ってあげたいって気持ちは前より強くなった。
信者の人達と会うとみんな憧れるような目で見られる事が多くなったけど。
でも、教団の目的がまだ分からないから不安は残っている。
朝食を摂っていると川村さんが入って来た。
「来週光様の降臨の儀式が行われます」
何降臨の儀式って?
千香は川村貴美子を見上げた。
光も戸惑ったような顔をしている。
「教主様が来週イブがこの地に誕生すると予言されました」
イブって光の事じゃないの?
何を今更。
「光様はその時古い衣を脱ぎ捨て神が遣わされたイブと一体になるのです」
「どういう事?」
「今まで光様は純潔を守るため仮の体でおられましたが今こそそれを脱ぎ捨てる時が来たのです」
一体何を言ってるの?
不安が膨らんだ。
「ではこれから一週間は清めの期間ですので光様は別室で過ごして下さい」
「千香と離れるのいや」
「儀式の後はいくらでもいられるのですから我慢して下さい」
そう言うと光の手を取った。
光が抵抗しようとしたけど川村さんは強い力で連れて行こうとしている。
引き止めようとしたら田代さんがドアを開けて入ってきた。
「上条さまはここにおいで下さい」
何で田代さんが?
彼女が両手を広げて私を止めている。
「千香ー」
「光」
光が連れて行かれてしまった。
急に現実が目の前に現れた気がした。
胸騒ぎがする。
「そこをどきなさい」
「駄目です」
田代さんとにらみ合ったけど、部屋を出ることが出来ない。
「どこに連れて行ったの?」
「それは教えられません」
冷たい目で私を見詰めている。
ぞくっとした。
「教えて」
胸騒ぎが止まらない。
結局どこに連れて行かれたのかわからなかった。
光必ず見つけ出すからね。
光がいなくなってぽっかりと穴が開いたようになった。
光のあの笑顔が見たい。
絶対に探し出すからね。
何をされるのか心配で堪らない。
それから毎日光がいそうな場所を探した。
見付からないで段々焦ってきた。
もう明日儀式が行われる・・・
ロビーを歩いていたら後ろから呼び止められた。
「上条さんじゃありませんか?」
振り向いたらミニスカート姿の可愛らしい女子高生が立っていた。
あれ、見覚えがあるけど。
誰だったか思い出せない。
「忘れたんですか?」
そう言って笑顔で私を見ている。
細い体に大きな目。
「あっ」
「思い出してくれました?」
はにかんで私を見た。
髪が長くなってるけど。
でもどうみても女の子に見える。
「まさか紀子?」
嬉しそうな顔をして頷いた。
「信じられない。可愛くなっちゃって」
「そうでしょう」
そう言ってもじもじしている。
聖水を飲んだのね。
なっとくした。
「でも、まあすっかり可愛い女の子になっちゃって・・・」
あきれて加藤さんを見詰めた。
恥ずかしそうに頬を赤くしている。
あの後川村さんに誘われて洗礼を受けたらしい。
そうか、もしかして何か知ってるかも。
降臨の儀式について聞いてみた。
「ええ、知ってますよ。大切な儀式ですもも」
「じゃあ、イブがそれまでどこにいるか知ってる?」
首を傾げている。
「そう言えば清めの間があるって言ってたけど」
「どこそれ」
「別館だって言ってたと思うんだけど」
別館・・・
ここを探しても分からなかった訳だ・・・
「どこ別館って」
加藤さんに教えてもらって、急いで別館に向った。
雪に埋もれた道を滑らないように注意しながら歩いた。
チャペルに繋がった煉瓦作りの建物が見えてきた。
玄関を開けたけど誰もいない。
そっと中に入って様子を伺った。
どこに居るのかしら。
なかなかそれらしい部屋が見付からない。
あきらめて戻ろうと思った時階段の方から人の声が聞こえた。
どきっとして柱の陰に身を隠した。
様子を伺うと川村さんと田代さんが地下から話しながら登ってくるのが見えた。
私には気が付かない様子で外に出ていった。
胸をどきどきさせながら地下に向う階段を降りていった。
突き当たりに大きなドアがある。
丁度チャペルの真下位かしら。
ドアを開けようと思ったけど開かない。
中で人が動く気配がした。
「光いるの?」
「千香ちゃん」
中から声が聞こえた。
居た・・・
思わず涙がこぼれた。
「光大丈夫?」
「うん」
「開けられる?」
「駄目。鍵が掛かっている」
鍵穴を見詰めた。
「他に入れるところない?」
考え込んでいるみたい。
「ないみたい・・・」
「わかったわ。また来るから待っててね」
「うん。会いたい」
「食事を持ってくるのはいつ?」
「7時には持ってくるけど」
「わかったわ。その時中に入るから、注意を引き付けておいてくれる?」
「うん、分かった」
一旦戻ることにした。
7時前に入り口の側の柱の陰に隠れた。
少し待つと田代さんが食事を持って階段を降りてきた。
鍵を開けてドアを開いた。
中に姿が消えた。
そっとドアの陰に隠れて中の様子を伺った。
中で何か話す声が聞こえる。
光うまくやってくれるかな?
急に大きな音が聞こえて光が叫ぶ声が聞こえた。
あわてて走る足音がドアに向ってくる。
急いで陰に隠れると田代さんが急いでドアを開けて階段を上って出て行った。
「光」
ドアを開けると中で光が蹲っている。
私を見て笑いながら立ち上がった。
「千香ちゃん」
「光・・・」
光はギリシャ時代を思わせる純白のロングドレスを来て微笑んでいる。
きれい・・・
細い体に長い髪が流れて白い顔と肩に掛かっている。
思わず息を呑んだ。
「どうしたの?」
訝しげな顔で私を見た。
「な、何でもないわ」
急いで光のそばに駆け寄って抱きしめた。
光も私の背中に手を回して抱き付いてきた。
「取り敢えず隠れるところない?」
部屋の中は中央に大きな台が置いてあって、周囲に家具が置かれている。
横にドアが見える。
「あのドアの中が泊まれるところだから中に入っていて」
「うん」
ドアを開けて中に入った。
大きなクローゼットがあったから中に隠れた。
「もう誰もいないよ」
クローゼットの外から声がしてドアが開いた。
まぶしい。
目の前に光が微笑んで立っている。
「もう出てきても大丈夫だよ」
「みんな帰った?」
「うん。大した事ないって分かったから」
ソファーの机の上に食事が乗っている。
「千香ちゃんも一緒に食べる?」
そう言えばお腹が空いているわ。
取り敢えず二人で急いで食事をした。
田代さんが後片づけをしに戻って来たからまたクローゼットに隠れた。
「もういいわよ」
光が私を出してくれた。
ようやく落ち着いて二人になれた。
二人並んでソファーに座った。
「今まで何をしていたの?」
「清めの儀式をしていたの」
「何それ?」
恥ずかしそうな顔をしてドレスのスカートを見下ろしている。
「そこって・・・」
「うん・・・。あそこの周りの毛をきれいにして、毎日水浴びさせられた」
「きれいにって?」
黙って立ち上がってドレスをめくりあげた。
驚いてパンティだけになった下半身を見詰めた。
「脱がしてみて」
「光・・・」
顔が赤くなっている。
そっとパンティに手を掛けて下げた。
可愛い男の子の印が目に飛び込んできた。
周りには一本の毛も無くってつるっとしている。
白い肌に飛び出ているあそこはまだ小さくてきれいな色をしていて不思議といやらしい感じはなかった。
パンティを元どおりにすると、めくっていたドレスを下ろした。
光が黙って私を見詰めた。
「何の為にこんな事を?」
光が顔を曇らせた。
「今までこれが神様が遣わすイブの体が汚れるのを守っていたって・・・」
「いよいよイブが降臨されるから、正しい体になって神様に捧げなくてはいけないって言われた」
儀式で何をするのか瞬間に閃いた。
「光あんたそれでいいの?」
首を振っている。
「僕恐い・・・」
体を震えさせている光を強く抱きしめた。
狭いベッドに二人で横になった。
「光ここを逃げ出す?」
天井を見詰めたまま体を震わせている。
「でも行くところなんてないし・・・」
私を見た。
「千香ちゃんと一緒ならいいけど・・・」
光を優しく抱きしめた。
「僕男の子じゃなくなっちゃうの?」
黙って不安気な光の目を見詰めた。
可愛い・・・
でも・・・
「千香ちゃん。女の子になっても一緒にいてくれる?」
不安気な眼差しで私を見詰めている。
「光・・・」
「何されるか考えると恐い・・・」
光を抱き寄せた。
光このままだと本当に女の子にされちゃうんだ・・・
「僕千香ちゃんと一つになりたい・・・」
驚いて光の目を見た。
私の背中に両手を回して抱き付いてきた。
建物の外はまた雪が降り始めた。
すべてを包み込むようにチャペルが雪に埋もれていった。
第23章 降臨
降臨の儀式が始まった。
真っ暗な寝室の中で、ドアのすきまから中の様子を伺った。
地下室の中央の台の前に光が手を取って連れていかた。
周りを見知らぬ黒いドレス姿の女の人達が取り巻いている。
光が脅えた顔で立っている。
純白のロングドレスに身を包んで頭につけたベールが足元まで伸びている。
ウェディングドレスみたい・・・
何だかぼーっとしているみたい。
顔が透き通るように蒼白になっている。
それが生身の人間でないかのような美しさを引き立たせている。
背筋がぞくっとした。
光の正面に立っている女性が何か唱え始めた。
その女の人の顔を見詰めた。
どこかで見たような・・・
光もその女の人を見詰めている。
光何を考えているのかしら。
胸が潰れるような思いがした。
光が今の姿で自然な心のまま生きる場所って・・・
恐くて逃げ出したくてもそんな事できないんだわ・・・
部屋が暗くなった。
光が台の上に乗せられて横に寝かされた。
光が一瞬私の方を見たような気がした。
身じろぎすることも出来ず目が光に釘付けになった。
夢を見ているみたいな気持ちになった。
急にドアが開いた。
心臓が止まるかと思った。
驚いて前に立っている人を見詰めた。
「いらっしゃい」
川村さんが神妙な顔で私の手を取った。
操られるように光が寝ている台の方に連れていかれた。
光が私に気が付いて蒼白な顔に笑いを浮かべた。
光・・・
「アダム様でいらっしゃいます」
遠いところから声が聞こえたような気がした。
正面の女性が私を見て唱えるのを止めた。
「わかっています」
私を見て優しい微笑みを浮かべた。
胸がどきっとした。
目を見ていて吸い込まれるようになった。
どこかで同じような気持ちになった事が・・・
「主よイブを遣わせたまえ」
再び低い声で唱え始めた。
「降臨の準備を」
黙って周りの漆黒のドレスを着ている人達が光の手足を固定した。
動こうとしたけど体が金縛りになったように動かない。
ドレスの上に小さく突き出ている光の胸が激しく上下した。
「始めなさい」
光のスカートがまくられて下半身が露になった。
下には何も付けていない。
光の可愛い男の子の証に目が吸い付けられた。
横に立っている漆黒のドレスを着た女の人の手にメスが光った。
まさか。
目を見開いてメスを見詰めた。
「主よイブを遣わせたまえ」
一瞬光の口が動いたような気がした。
メスが動いて光の股間に消えていった。
光が絶叫を上げ、純白のドレスが真っ赤に染まっていった。
光・・・
止めようとしたけど体が竦んで動かない。
光は蒼白な顔のまま体をのけぞらせた。
その瞬間青白い光が光を包んだような気がした。
光はそのまま気を失ったようにぐったりとなった。
「おお、主よ・・・」
光を取り囲んでいる信者を見回して静かに手を組んだ。
「イブが降臨されました」
光のドレスが真紅に染まっていくのを呆然と見詰めた。
気が遠くなってその場に崩れ落ちた。
気が付くと自分の部屋のベッドに横になっていた。
部屋の中は真っ暗だ。
はっとなって飛び起きた。
光・・・
あれは夢じゃなかったよね。
まさか死んじゃったのでは。
胸騒ぎがする。
部屋を出ようとしたら鍵が掛かっていて開かない。
「光ー」
無我夢中でドアをドンドン叩き続けた。
ガチャっと音がしてドアが開いた。
川村さんがいつものスーツ姿で立っている。
「光を返して」
川村さんの肩を掴んだ。
「生きてるの?」
私を見て微笑んだ。
「光様はもうおられません」
「うそよ。うそよそんな事」
川村さんの肩を激しくゆすった。
涙がでてきた。
光・・・
川村さんが笑顔を浮かべた。
「光様はイブになられました」
「どういう事よ」
「ですから、イブが降臨されたのです」
「光は生きてるの?」
「ええ」
そう言うと私の手を外した。
「上条様落ち着いて下さい」
「落ち着いていられないわよ。光に会わせて」
「わかりました」
そう言うと私に背を向けて歩き始めた。
「光・・・」
光が静かにベッドに横になって寝ている。
蒼白な顔で死んでいるみたいに見える。
息をしているのがわかって体中の力が抜けた。
「あんなひどい事をして・・・」
涙が溢れてきた。
「もし光が死んじゃったら・・・」
光を涙で曇った目で見詰めた。
「光どうなっちゃったの?」
「イブのお体になられました」
体が竦んだ。
やっぱり・・・
でも、生きているだけで嬉しい。
手で涙を拭った。
何だか光が光じゃないような気がした。
第24章 教主
ぼんやりした目でベッドの横に座っている女の人を見た。
優しい目をして僕の髪を優しく撫ぜた。
なぜか懐かしいような感じがした。
「あなたはイブになったのよ]
黙って見詰めた。
「何故僕が?」
下半身が疼いて顔をしかめた。
「今にわかるわ」
「教えて」
「今は黙って体を休ませなさい」
それ以上話してくれそうもない。
僕もう男の子じゃなくなったんだ・・・
本当にイブなんかになったの?
実感が湧かない。
イブって何なの?
僕には本当の両親の記憶がない。
「まさかママなの?」
「違うわよ」
そうだよね。ママは死んじゃったんだもの・・・
「あなたは主に無垢なアニマの持ち主と認められたのよ」
女の人を見詰めた。
「あなたが教主なの?」
「ええそうよ」
「僕イブになって何をするの?」
「何もしないわ」
「じゃあ何故・・・」
「あなたは存在してるだけでいいの」
優しい笑顔になった。
「すべての人のアニマを育てる母になるのよ」
「そんな事無理です・・・」
「いいえ。あなたなら出来るわ。あなたの姿を見せるだけで」
分からない・・・
「これから全ての人はその心のままの姿になっていくの」
一瞬教主の目の中に狂気が宿ったみたいな気がしてぞっとした。
「あなたは、全ての男性のアニマの母になるのよ」
そう言うと僕の両手を握った。
心の中が暖かい光で満たされた。
「教主さまアダムは今のままでよろしいのですか?」
川村貴美子はひざまづいたまま教主に心配そうに尋ねた。
「いいのです。アダムはイブが誕生させてくれます」
「どういう事ですか?」
「アダムはイブによって作られるのです」
「わかりました」
「決してアダムの行動のじゃまをしてはいけません」
「はい」
貴美子は素直に頷いた。
「それが主の御心です」
黙って頭を下げた。
「それより、イブが降臨されたのですから計画は進んでいますか?」
「はい。計画は順調に進んでおります」
「聖水の秘密が漏れたようです」
貴美子は黙って見上げた。
「男性に誤って与えられたアニムスがこの世界を滅ぼそうとしています。
早く男性のアニマと女性のアニムス復活させないと」
「はい」
「敵はあらゆる手を使って妨害してくるはずです。
今まで以上に気を付けなさい。
イブはアダムが守ってくれるはずです」
「わかりました」
立ち去って行く貴美子を教主はじっと見詰めた。
千香はぼんやりテレビを見ていた。
来週には光がこの部屋に戻ってくるって言っていた。
それまで大人しく待ってるしかないなあ。
取り敢えず光は無事(?)だったし・・・
光にはこれで良かったんだね。
なんとかそう思い込もうとした。
後で又会いに行こう。
テレビのアナウンサーがしゃべっているのが聞こえた。
アメリカの要人が突然その表舞台から姿を消して話題になっています。
原因は今のところ分かっていません。
また日本でもリベラル党の幹部が突然引退表明をして話題になっています。
ぼんやりと聴き流した。
学校のみんなは元気かなあ・・・
ママも心配してるみたい。
でも、まだ帰る訳には行かない・・・
光から離れたくない・・・
もう雪も消え始めた木立を見詰めた。
また霧がかかってきた。
早苗に電話した。
「もういつまでほっつき歩いてるのよ?」
「ごめん・・・」
「いつ戻ってくるの?」
「まだしばらく戻れそうもない」
「・・・」
「母に元気だと言っておいて?」
「もう・・・」
電話の向こうで文句を言う声が聞こえる。
「まあいいわ。千香は昔から言い出したら聞かないからなあ。
進級は出来たみたいだけど、早く出てこないと来年は難しいわよ」
「分かってる」
「そうだ。お兄さんがあの薬発表したいって言っているよ」
どきっとした。
思わず口を衝いた。
「駄目よ」
「何でよ?」
「悪い予感がする」
「何で?」
「お願い止めさせて」
電話の向こうで黙っている。
「科学者として伏せておけないって」
「早苗お願い」
「わかったわ」
受話器を置いた。
何であんな事言ったんだろう・・・
聖水・・・
自分でも分からなかった。
光の顔が浮かんだ。
今の生活が脅かされそうな不安が膨らんできた。
私どうしてしまったんだろう?
今の生活続けたく思ってきてしまっている・・・
「うまく行ってるようね」
「ええ、実験は順調です」
「でもまだ未完成だわ。体内に入る前にすぐ分解されてしまうわ」
「はい。完成を急がせます」
「その為にもっと信者を集めなさい」
「わかりました」
頭を下げて川村貴美子が出ていった。
教主はアンプルを手に持って見詰めた。
もう中年以上は駄目ね・・・
高校生までの無垢な心を持った子達を目覚めさせなくては・・・
夏までには・・・
「主よ」
両手を合わせて天を仰いだ。
「光ー」
二人で抱き合った。
光はこぼれるばかりの笑顔で私を見詰めた。
「千香ちゃん]
また強く抱きしめた。
「もう平気なの?」
「うん。もう何ともないよ」
「良かった」
本当に良かった。
無意識に涙がこぼれた。
「もう心配させて・・・」
ドレスの生地の上から光の体温が伝わってくる。
ああ、生きているんだ。
小さくて柔らかくて・・・
男でもなく女でもないけど、でも私にとってとっても大事な光・・・
「千香ちゃんずうっと一緒にいて欲しい」
私を見詰める目が愛おしい。
唇が愛らしい。
思わずキスをしてしまった。
光が身じろぎして体の力を抜いた。
久しぶりベランダに二人で出た。
光が恥じらんだような顔で私を見た。
「千香ちゃん背が伸びたんじゃない?」
「そういえばそうね」
「僕よりも頭一つ大きくなったんじゃない」
「光が伸びないだけよ」
「そうだね。もともと千香ちゃんの方が大きかったしね」
二人で笑った。
光が眩しそうな顔で私を見詰めた。
胸がきゅんっとなった。
教団の人はみんなのイブだって言ってるけど、私だけのイブをよ。
光の背中を強く抱きしめた。
夕暮れの中で二人のシルエットがいつまでも浮かび上がっていた。
「何だか世の中大変な事になってきたみたいね」
隣で光が肯いて見ている。
テレビでは、世界的な不況の影響で次々と失業していく人達の姿が映し出されている。
その原因は大抵男性経営者達の不正や、一方的な男性原理による経営政策が発端であった。
どんどんじゃ弱肉強食に近い競争原理が正しいことになりつつある。
人間的な経営は忘れ去られて、女子やハンディを持った人達の雇用は無くなっていった。
それを反映してか暴力を肯定する若者が増え、それになびく女の人が増加していっている。
マイノリティに対するいじめはエスカレートして、太平洋戦争の時の様な世相になっていっている。
一方では先進国の指導者達が一方的に戦争をしかけ始めている。
「神様がいるって事は信じられないけど、聖光教団が言っていることは間違ってないかもね」
光が私を見て頷いた。
「僕みたいな子は学校に戻ってもはじきだされるだけだろうな」
「うん。光の性格直した方がいいと思ってたけど、何だか今はそう思えなくなってきたわ」
光の肩を抱いて、光の顔を見詰めた。
テレビがニュースを流し始めた。
「軽井沢を中心にして少年の女性化が起こっている事がわかりました」
二人とも驚いてテレビを見た。
「環境ホルモンの影響ではないかと当局は調査を開始しました。
また聖光教団という宗教団体が、これは神の意志に基づくものであると声明を出しております。
教団の宣伝部の話では、神の遣わした新たなるアダムとイブが誕生すると言っております。
その元で、選ばれたアニマとアニムスに目覚めた無垢な少年少女がこれからの世界を作って行くと話しています。
当局は教団の教義が今回の出来事に似ているため、それを利用した宣伝活動との見方をしております」
二人共顔を見合わせた。
「聖水?」
二人で同時に声を出した。
「そうに決まってる」
光を見て確信した。
「だけど、何で信者じゃない人達が?」
「わからないわ」
何か起こり始めた予感がして光の肩をぎゅっと抱いた。
7月も半ばになった頃川村さんが二人の部屋に入ってきた。
「イブ様。今度開かれる世界大会にご臨席するように教主様が申されております」
「世界大会?」
「ええ、イブ様のお姿を信者の方にお披露目する式典になります」
お披露目?
いずれそういう事があるのではと薄々思っていたけど・・・
「光出るの?」
千香ちゃんが真面目な顔で僕を見た。
黙って首を振った。
恐い・・・
大勢の前に今の姿を晒すなんて・・・
「駄目です。教主さまがお決めになった事です」
教主の優しい笑顔が思い出された。
「教主様はイブ様がご臨席なさるのを強く望まれております」
嫌とは言わせないような目で僕を見た。
「是非そのお姿を信者の方とこれから信者になられる方々に見せてあげて下さい」
川村さんが微笑んだ。
「世界を救えるのはイブ様しかおられません」
川村さんが頭を下げてから出ていった。
「千香ちゃんどうしよう」
「どうしようって言ったって逃げるわけにいかないし・・・」
困った顔で私を見た。
「それとも逃げちゃう?」
本当にそうしても良いような顔で私を見た。
「逃げるっていったって、どこに?」
「夏休みになるから、又私の家に来る?」
心が揺れているみたい。
「でも、何だか出ないといけないような気がする・・・」
「いいわよ。私がついていて上げるから」
「千香ちゃん・・・」
不安そうな顔で私を見詰めている。
でも、光を見たら信者の人達感激するだろうな。
ふとそう思った。
でも信者になられる人達ってのが気になる。
少年の女性化のニュースが頭から離れない。
第25章 大会
目に前にいる大勢の人達を見て足が竦んだ。
「さあ、ご挨拶を」
川村さんが僕の手を取って歩き出した。
講堂の中には数百人の信者達が座って僕が出るのを待っている。
女の人だけかと思ったら、前の方に男の子達が何人も母親らしき人と一緒に座っている。
演壇では教主がにこやかな顔で何か話している。
教主は黒いドレスに身を包んでいる。
僕を見て手招きした。
恐い・・・
僕イブなんかじゃないのに・・・
でもその時ふっと行きなさいって声が心の中で聞こえた気がした。
「千香ちゃん」
横で心配そうな顔をしている千香ちゃんを見た。
「大丈夫?」
「ううん」
千香ちゃんを助けを求めるように見詰めた。
純白のドレスに白い髪飾りを付けた僕を見て千香ちゃんがにっこりと笑った。
「きれいよ」
「千香ちゃん・・・」
千香ちゃんは黒いドレスを着ている。
すらっとしていてちょっと見とれた。
「イブ様」
教主が僕と千香ちゃんを見て二人を手招きした。
「上条様。連れていって下さいますか?」
「わかったわ」
千香ちゃんが僕の手を取った。
ふっと気が楽になった。
千香ちゃんに守られるようにして演壇のところまで歩いて行った。
講堂が一瞬静まり返った。
二人の歩く音だけが響いている。
教主の顔だけが見える。
千香ちゃんに助けられて前を向いた。
静かな会場のあちこちでため息が聞こえた。
前の方の席に座っている男の子と母親達が食い入るような目をして僕を見ている。
「主が遣わされたイブが宿られた光様です」
教主が言うと会場がまた水を打ったように静かになった。
「さあ、皆様に微笑み掛けてあげて下さい」
教主が僕を見て微笑んだ。
千香ちゃんを見たら肯いている。
前の方の男の子達を見た。
良く見ると女の子みたいに見える。
僕と一緒?
救いを求めるような顔で僕を凝視しているのを見て突然何かを伝えたい強い衝動が湧き起こった。
胸が熱くなった。
千香ちゃんの手を強く握りしめた。
「そこの男の子達心配しないで」
自然に微笑みが浮かんだ。
「私もあなた達を一緒よ。心配しないで」
口から声が無意識に出ていた。
みんな一様に驚いた様な顔をして僕を見た。
千香ちゃんの手を離した。
きっとみんなきれいな心の持ち主なんだわ・・・
「そのままでいいのよ。心配しなくてもいいのよ。
あなた達はそのきれいな心のままの姿になっただけなのよ。
イブはみんなの心の中にあるのよ。
心配しないで私の元に来なさい」
両手を胸の前で結んだ。
不安な顔をしていた男の子達は涙を浮かべて救われたような顔をしている。
見ると母親達も涙を流している。
気が付くと会場のあちこちで泣き声が聞こえる。
「ありがとう」
振り向くと教主が僕を見て微笑んでいる。
「それでいいのよ」
もういいわという表情をしている。
千香ちゃんが僕の手を取って舞台のすそに向って歩き出した。
何であんな事を言ってしまったのかわからない。
呆然としていると川村さんがやってきた。
「有り難う御座いました」
頭を下げている。
「感激致しました。何故光様がイブなのかわかりました」
目に涙を浮かべている。
僕何にもしなかったのに・・・
「光は本当にイブかもしれないわね」
千香ちゃんがとまどったような顔で僕を見詰めた。
千香は光と一緒に控え室で休んでいた。
何だか外が騒がしい。
「お願いします。イブ様に会わせて下さい」
そんな声が聞こえる。
ドアが開いて川村さんが男の子達と母親達を連れて入ってきた。
何だかみんな女の子みたいに可愛い顔をしていて華奢な体付きだ。
ぴんと来た。
ニュースで言っていた子達ね。
「どうしてもお会いしたいと言っておりますのでお連れしました」
川村さんが光に頭を下げた。
光は男の子達を見て微笑んだ。
母親達は不安そうな顔で光を見ている。
「心配しないで。心配しないで」
光が微笑んで男の子達の手を握っている。
光自分と同じだから良く分かるんだわ。
男の子達を見ていて胸を締め付けられる思いがした。
きっと色々あったんだわ。
「みんなここにいらっしゃい」
男の子達が光の手を握ったまま涙を流した。
光の姿が薄暗い部屋の中でまた青白く光ったような気がした。
長い髪に純白のドレスを纏った光が聖母マリアの姿とだぶって見えた。
二人の部屋に戻ってソファーに座った。
「疲れたでしょう」
「うん」
「でも驚いた。光があんな事話すなんて思ってもいなかったんだもの」
「何でか自分でもわからないわ」
「でも、あれで良かったんだろうね」
「うん」
こくっと頷いた。
「あの男の子達入信したんだろうね」
「そうね」
「またみんな女の子の服着て研修受けるのかな?」
ちょっと可笑しくなった。
「そうね」
光も笑っている。
「光見てるとそういうのもあるかなって思っちゃう」
光が微笑んだ。
「でも、急に気が重くなっちゃったな」
「何で?」
「だって、僕こうして千香ちゃんと一緒に居たいだけなんだもの」
複雑な表情で私を見詰めた。
「まあイブ様だからしょうがないか]
私の手が届かない所に行ってしまうような不安がかすめた。
それから一週間平和に過ぎた。
光が戻ってきてくれて嬉しい。
心の中にぽっかり開いた空洞が埋まった気がした。
夜も一緒に抱き合って寝ていると幸せな気持ちになってくる。
光は安心しきった顔で私に体を委ねている。
朝食を終ってくつろいでいるといつものように川村さんが聖水を持って入ってきた。
光と私はグラスを持ち上げて飲み干した。
川村さんが、私達が飲み干すのを待ってからおもむろに口を開いた。
「イブ様、新しく入信された方にお会いして頂きたいのですが」
光は黙って頷いた。
「上条様も同行お願い致します」
空になったグラスを持って出ていった。
「光これがいいんじゃない」
クローゼットを開けて少し胸が開いている純白のロングドレスを取り出した。
クローゼットの中は白いドレスが大半を占めている。
光がそのドレスを見てはにかんで頷いた。
白いほっそりした肩がドレスの白い生地にマッチしている。
柔らかく膨らんだ胸がドレスの胸元を引き立てている。
白い髪飾りを付けてあげた。
まあイブならこれくらいしなきゃね。
微笑んで光を見た。
私は黒いドレスを手に取って見に纏った。
鏡の中で純白のドレスに身を包んだ無垢な少女が微笑んでいる。
その横で黒いドレスに身を包んだ長身の凛々しい少女が肩を抱いている。
私いつの間にこんなに背が伸びたのかしら。
光のスカートを見詰めた。
この下には・・・
教義室に入ると10人程の少女が座っている。
恥ずかしそうな顔をして座っている。
光が中に入るとざわめきが起こった。
「みなさんもうご存知のイブ様です」
みんな真剣な顔で光を見詰めている。
少女と思ったけど、みんな髪も短くて、少年っぽい顔立ちの子も何人かいる。
みんな光が着ていたチェックのミニスカートに白いチョッキの女子高生ルックだ。
だから一瞬少女だと思ったんだけど。
あの時の少年達かしら?
「この方達はここで教義の勉強をした後で聖光教団の付設高校に編入して頂きます」
光に説明をしている。
少年達は不安そうな顔をして光を見詰めている。
「みなさん今まで試練を受けてこられたと思います」
川村さんが優しい顔になって見渡した。
「ここではイブ様の庇護のもと安心して修練をして下さい。
信心すれば皆様もいずれイブ様のようになることが出来ますから」
教義室がどよめいた。
光が優しい目で少し口を動かして微笑んだ。
みんな憑かれたような目をして光を見詰めている。
それ程光は美しい。
女の子とか男の子を超えた輝きを放って立っている。
「こちらがアダム様です」
急に言われてどきっとした。
少年達が私を憧れる様な目で見詰めている。
やめてよそんな目で見るの。
でも、少年達が光にだぶって見えた。
光は千香を見詰めながらぼんやりと考え込んだ。
最近新しい入信者に顔見せする事が多くなったみたい。
みんな僕と同じような少年の気がする。
僕の時はたった一人だったのにどうなっているんだろう。
それに色々な所から来ているみたいだけど・・・
何だか胸騒ぎがする。
でも、少年達に会うと自分の事のように胸が痛んで無意識に優しい顔になる。
ここにしか生きて行く場所がないんだよね、という思いが強くなる。
彼らのとまどいと恥じらいが手に取るようにわかる気がする。
みんなを守ってあげなさい。
不意に心の中から声が聞こえた。
9月になった。
教団付設の聖光学園で式典があるから二人で参列するように言われた。
何だか私達天皇みたい。
少し可笑しくなった。
そう言えばもう二学期なんだなあ。
光だって・・・
もう普通の生活には戻れないんだろうか。
高校も出れそうもないわ。
まあ何とかなるかしら。
川村さんが入ってきたから聞いてみた。
「ねえ、川村さん私達高校中退になっちゃうのかしら」
「心配いりませんよ」
「どういう事?」
「お二人共聖光学園に編入しておきましたから」
えっ?
光もびっくりした顔をした。
「聖光学園?」
「ええ」
私達を見て微笑んだ。
「アニマとアニムスに目覚められた少年少女を世間の迫害から守るために設立されました。
じゃああの子達はみんな?」
「そうですよ。今までの研修ではやはり限界がありますし、それに収容人員にも限界がきましたから」
そんなに増えているの?
「じゃあ私達もそこに通うの?」
「ええ、そういう事になります。
これも教主様のご指示です」
「学校に行けるの?」
「ええ」
川村さんが微笑んで光を見た。
「女の子で学べるの?」
光が着ているドレスを見下ろした。
「いいえ。男の子とか女の子の区別はありません。
本人のアニマとアニムスに合わせた制服を着ればいいのよ」
光が私を嬉しそうな顔で見詰めた。
やっぱり光も学校行きたかったんだ。
第26章 聖光学園
光は緊張して舞台の横に座っていた。
五百人程の生徒が講堂の中に緊張した顔で座っている。
世界大会が行われた場所だ。
講堂の横に真新しい校舎が建っていた。
全寮制になっていて、日本各地から生徒が集まっている。
ほとんどは女子高生の制服を着ている。
ブレザーを着ているのが違うだけで、他は僕が着させられたのと同じだ。
僕はいつもと同じように白いドレスを着ている。
良く見るとちらほらズボンをはいている子もいる。
「何でズボンをはいてるの?」
隣に座っている川村さんに聞いてみた。
「強いアニムスの持ち主達よ」
小さな声で答えてくれた。
良く見るとみんなすらっとして凛々しい顔をしている。
千香ちゃんみたい。
隣に座っている千香ちゃんを見詰めた。
「さあ、始まるわよ」
黒いドレスに身を包んだ千香ちゃんに手を引かれて壇上に向った。
「驚いたね」
千香が控え室で光を見ながら言った。
「うん」
「あんなに集まったなんて」
「僕も驚いちゃった」
「川村さんがもっと増えるって言ってたわね」
「うん」
「あんなに光みたいな子がいたなんて・・・」
恥ずかしそうな顔をした。
「でも、何だか不自然だわ」
考え込んだ。
「そうね。普通じゃない気がする」
光が少し不安そうな顔をしている。
「でも、女子高生で学校に行けるなんて、嬉しい」
本当に嬉しそうな顔をして私の手を握った。
「千香ちゃんとも一緒に行けるんだよね」
「もちろんよ」
ちょっと考えてから光に聞いてみた。
「ねえ、もし光みたいな子が増えたら、他に行くところないからみんなここに来るんだろうね」
「うん」
「それでみんな入信するよね」
「うん」
「もし、教団がそれを目的としていたらだけどさ」
光が真剣な目をして私を見た。
「聖水を何らかの方法でばらまいたらどうなるんだろう・・・」
「でも、そんな事したら・・・」
光の目が翳った。
「まさかね・・・」
「もしそんな事がばれたら大変だよ」
「そうよね・・・」
そんな恐ろしいことあるはずないわよね・・・
私達は学生会館の特別室に移った。
特別室は最上階である五階にあって、本館と繋がっている。
他の生徒達は二階から四階までに相部屋で寝泊まりしている。
久しぶりに授業を受けるから少しわくわくする。
「ねえ、おかしくない?」
光がミニスカートを引っ張りながら恥ずかしそうな顔をしている。
「久しぶりでしょう。そういう恰好」
「うん」
頬を赤らめている。
紺のブレザーに赤いチェックのミニスカートが良く似合っている。
胸元の赤いリボンがベストのV衿とあいまって、光の白い顔を引き立たせている。
随分髪伸びたのね。
腰の近くまできている。
「可愛いわよ」
嬉しそうな顔をして私を見た。
「でも、こういう恰好でみんなと授業受けるなんてやっぱり恥ずかしいな」
「もうとっくに恥ずかしく無くなってるのかと思ってた」
「そんな事ないわ」
私を可愛い顔で睨んだ。
「そういう恰好できて嬉しいんでしょう」
「それと恥ずかしいのは別よ」
「ふーん。そういうものなの?」
二人で笑った。
「千香ちゃんも恰好いいよ」
「そう有り難う」
私も久ぶりに女子高生できると思うと胸がわくわくした。
普通の学校みたい。
教室の中を見てそう思った。
千香ちゃんが隣に座っている。
反対側の子が僕を見て恥ずかしそうに頭を下げた。
「あのー。イブ様ですか?」
「そうよ。でも光って呼んでもらえる?」
イブ様なんて何だか自分じゃないみたいで嫌だ。
まぶしそうな顔で僕を見て目を潤ました。
この子もまだスカート姿慣れてないみたい。
女の子もいるみたいだけど、男の子が多そうだな。
見た目は可愛い子も多いけどみんな恥ずかしそうにして静かに座っている。
「光が一杯いるね」
「うん」
「髪の毛が短い子がそうかな」
少し可笑しくなった。
隣の子に話し掛けた。
「ねえ、何でここに来たの?」
もじもじしながら話してくれた。
胸が膨らんで女の子みたいになってから、周囲の子がいじめ始めた。
もともと大人しくて優しい方だったから、いじめられがちだったのが急にエスカレートした。
それで最初はがまんしていたんだけど、がまんできなくなって学校に行けなくなった。
いっその事女の子として学校に行けないか頼んだけど、学校に拒否されてしまった。
そんな時、教団の伝道師がやってきてここを勧めてくれた。
教義を説かれて入信も勧められた。
始め入る気はなかったけど、僕を見て入信する事にした。
親もここに入れて、親戚とかには内緒にしている。
ここに会いに来るけど、女の子の姿で家には帰って来るなと言われている。
大体そんな事だった。
話を聞いていて胸が痛んだ。
「そうなの・・・
他の子も似たようなものなのかしら?」
「うん。そうみたい」
僕をまぶしそうに見詰めた。
「僕も光みたいになれるかなあ?」
「きれいな心を持っていればなれるんじゃない]
隣の子に微笑みかけた。
その子は佐々木俊子って名前だった。
千香ちゃんは黙って僕達を見ている。
ここに来てから一ヶ月経った。
一見普通の学校のように授業が進められる。
クラスメートも段々馴染んできて顔付きが明るくなってきた。
夕食の後には僕達と同じように聖水が出されるらしい。
飲みたくない人は飲まなくてもいいらしいんだけど、みんな飲んでいるって言ってた。
時々編入生が入ってくる。
軽井沢周辺の人が多いんだけど少し気になる。
僕はみんなの相談役みたいになって、放課後も悩みを聞くことが多くなった。
当然千香ちゃんにいつも一緒にいてもらった。
「光。大変」
千香ちゃんが週刊誌を持って入ってきた。
「クラスの子達が何だかいつもと様子が違うから問いただしたらこんな本を持っていた」
興奮して週刊誌を開いた。
僕達の学校の事が書いてある。
どきっとした。
急いで記事を読んだ。
ひどい・・・
日本にもおかまの学校誕生!
就職先はゲイバーか?
何これ・・・
心臓が締め付けられるようになった。
「ひどいでしょう」
「うん」
千香ちゃんが怒ったような顔をしている。
「何でここの事が分かったんだろう・・・」
「生徒の親がばらすわけないし・・・」
考え込んでいる。
「でも、何だか大変な事が起こりそう」
心配そうな顔をしている。
「まだ光の事や聖水の事は知らないみたいだけど」
二人は不安な様子で顔を見合わせた。
次の日はクラスが何だか落着かない。
みんなあの記事の事知っているんだ。
俊子が不安そうに僕に話し掛けてきた。
「僕がここに転校したのみんな知ってるんだ」
「そう・・・」
「どうしよう。パパが連れ戻しに来るかもしれない」
返事が出来なかった。
黙って両手を握った。
かすかに震えている。
「ここを出て行きたいの?」
「ううん・・・」
首を振った。
「何か悪いことでもしているの?」
また首を振った。
「じゃあ、今まで通りにしていようね」
安心したように小さく頷いた。
ミニスカートの制服を着た俊子が小さくなったような気がした。
何だか外が騒がしい。
休み時間に教科書を見ていた千香は顔を上げた。
光が不安そうな顔で私を見た。
窓のところに行った。
教団の人達がカメラを持った集団と入り口のところでもみあっている。
記者だわ。
クラスの子達は不安そうな顔で顔を見合わせている。
その時川村さんが入ってきた。
「みなさん、落ち着いて下さい。席に戻って。」
そう言ってから私達を見た。
「イブ様、上条様すぐ一緒に来て下さい」
急いで光の手を取って川村さんの後を付いていった。
「どういう事?」
「ここの事外部にもれました」
「どうなるの?」
「別にどうもなりませんが、イブ様の身に何かあると大変です」
自分達の部屋に連れて行かれた。
「いいですか。私が来るまで絶対に部屋のドアを開けないで下さいね」
「はい」
ドアにしっかりと鍵を掛けた。
「大丈夫かしら?」
光が不安そうな目で私を見詰めた。
「わからないわ・・・」
何かが動き始めたような気がした。
第27章 暴露
「聖光学園の事が公になってしまったのはまずかったわね」
川村貴美子は恐縮して頭を下げた。
「申し訳ありません」
「どこから漏れたの?」
「調べていますが、まだ分かりません」
「そう」
教主は美しい顔の眉間にしわを寄せて考え込んだ。
「計画との関連は気付かれていませんね」
「はい。それは大丈夫だと思います」
「気を付けなさい」
「はい」
「いいわ。もう行きなさい」
頭を下げて貴美子は出ていった。
まあいいわ。いずれ公にするつもりだったし・・・
少し騒がしくなるでしょうけど。
早速次の日に生徒を連れ帰りに来た両親が何組かいた。
どうも、母親はこの事を承知していたみたいだったけど父親は知らなかったみたい。
世間体を気にして激怒した父親もいたらしい。
クラスの中に幾つか空席が出来て寂しくなった。
俊子は大丈夫だったみたい。
光は隣に座っている俊子に小さな声で尋ねた。
「俊子は御両親は来なかったの?」
「うん。来たんだけど戻りたくないって言ったら許してくれた・・・」
「そう良かったね」
微笑んだ。
「でも、僕の姿を見てお父さんはショックを受けていたみたい」
「そう・・・」
そうだろうね。
僕だって・・・
僕のお父さんって一体どこに・・・
「お母さんはそれでもしょうがないわねって言ってくれたんだけど・・・」
「お父様は?」
「僕がスカートはいてるのを見て声が出なくなって、すぐ男に戻るんだって言われたんだけど」
「それで?」
「僕が泣いてお願いするのを見ていて何も言えなくなったみたい・・・」
「そう・・・」
悲しそうにしている俊子を見ていて哀れになった。
「友達もみんな知ってしまったからもう帰りたくない」
「そうよね」
俊子の手を握り締めた。
「ここに居れば心配ないわよ。私もいるし」
笑顔になって僕を見た。
優しそうな俊子の笑顔を見ていて胸が痛んだ。
週刊誌に記事が出てから却って編入者が増えてきた。
今まで入学して来なかった地方の子供達が入ってきた。
体は別に男の子のままだったけど、どうしてもここに入りたいと言って編入して来た。
自分からそういう風に思ってる子も一杯いるんだなあ・・・
千香は光を見ながらぼんやりと考えた。
光も本当はそういう風に思っていたのかなあ・・・
そういう子達は始めすぐ分かった。
女の子用の制服を着ていても体付きや顔を見れば男の子だってわかる。
でも、誰もその事については触れないようにしている。
本人達はそれが救いだったみたいで、日増しに元気になっていくのが分かった。
聖水のせいか、そういう子達も段々他の子と見分けがつかなくなっていった。
3年次に上がる頃には、私の事をみんなアダムと呼んで慕ってくる。
どうしても、みんなと光がだぶって、守ってあげたくなってしまうせいかもしれない。
まあ式典の時にそう紹介されたからしょうがないかなとも思うけど。
しかしまあみんな男の子のはずなのに、優しくって可愛い事。
女子高生姿も板に付いてきて、時々本当は女の子だったかなって錯覚してしまう。
お互いに髪の毛を結い合ったりして楽しそうな表情をしているのを横目で見た。
私は又背が伸びてクラスで一番大きい。
宝塚の男役だねこれじゃあ。
くすっと笑った。
光が愛らしい顔で不思議そうに私を見上げた。
光も始めてセミナーに行った時とは違って、大人びてきて、みんなの面倒を見てあげている。
みんな光に憧れている。
こうして見ていると他の子達とそう違わないように見えるんだけど不思議。
物怖じしない明るい性格になって来た。
新入生とかの悩みを聞いてあげてる時などは、ふっと男の子らしい強さも感じられる。
自己開発セミナーに入れた結果こうなっちゃったけど、性格だけは確かに変わったわね。
男らしくなったと言えば言えるかな。
姿は女の子になっちゃったけど・・・
甘えん坊のところは変わってないなあ。
毎晩私の胸で甘えて寝る姿を想像して微笑ましくなった。
光と二人でテレビのニュースを見ていたらどきっとするような事を話し始めた。
「軽井沢地区を中心に発生している少年の女性化現象は調査の結果環境ホルモンの影響でない事が判明しました。
当初患者の少年が多数通学している同地区にある宗教団体との関係はないものと思われていました。
しかし患者の少年により聖水と呼ばれるものの存在が分かってきました。
聖水とこの現象が何らかの関係があるのではないかと調査が進んでいます。
城北大学が独自に調査を進めていた、特殊な成分の薬品がこの聖水と関係があることが疑われております。
この薬品の製造元とこの宗教団体は深い関係にあり、当局は捜査の手を強めると述べております」
二人とも食い入るように画面を見詰めた。
その中でここの制服を着た女の子の姿が写っている。
「光」
「千香ちゃん」
見詰め合った。
「どうなるんだろう?」
「不安だわ」
光が本当に不安そうな顔をして私の手を握り締めた。
「あのアンプルは私が早苗に送ったものだわ」
光が驚いたような顔をして私を見た。
「アンプルって?」
私は光を探し出した時の事を話した。
「じゃあ、聖水って・・・」
「そうよ」
光をじっと見詰めた。
「誰が作ったかしらないけど、光のアニマに反応して光の体を女の子の体に変えてしまったのよ」
「じゃあ、今の姿が僕の心の姿だっていうの?」
「そうよ。きっと」
光を抱きしめた。
「千香ちゃんも飲んでいる・・・」
「そう、私も変わったわ」
光を強く抱きしめながら囁いた。
「千香ちゃん・・・」
急に涙を浮かべた。
「僕そんな事知らなくって、千香ちゃんに飲んで欲しいなんて勧めちゃったの?」
「いいのよ。最初は恐かったけど、思ってたより悪くはないわ」
光が私を抱く手に力を込めた。
次の日全員が講堂に集められた。
千香は漆黒のドレスを、光は純白のドレスを着て演壇の横に座った。
「みなさんもうご存知のようにテレビが我々を中傷するような報道をしています。
妄言にまどわされずに落ち着いて下さい」
川村さんが必死に説明している。
あーあ、あれじゃあ駄目だ。
「光おいで」
光の手を取ってマイクの方に向って歩いて行った。
川村さんが驚いたような顔で私を見た。
「それじゃ駄目よ」
手を差し出した。
川村さんがマイクを私に渡した。
一杯いるなあ。
講堂には女子高生で埋め尽くされている。
ほとんど光と同じなんだな。
こんなに多くなったんだ。
不思議な感慨が湧いた。
光が私が持つマイクに手を伸ばした。
マイクを持つ私の手の上からそっと握った。
「わかってるわよ」
私を見詰めた。
「一緒にやろう」
「うん」
聖水の秘密、心のアニマとアニムスを発現させる力の事を説明した。
会場は水を打ったような静寂に包まれている。
息を整えた。
光が私の手を包む手に力を入れた。
「みなさんの今の姿はみなさんの心の姿です。
聖水を誰が作ろうとそんな事は関係ありません。
あなた達は今自分の心の姿で生きているんです。
誰が作ったものでもそれは主が命じて作らせたものです。
あなた達は他の人より早くその恩恵に服しているのです。
誰も怨んではいけません。
今の姿はあなた達が望んでいたものなのです」
光を見た。
「イブをご覧なさい」
光が体を硬くした。
そっとマイクを持つ手を離して前に出た。
「私の子供達。一緒に私達の世界を創りましょう」
光が両手を前に差し出した。
その時会場の電気が消えた。
光の姿が青白く光っているように見える。
どきっとした。
又だ・・・
会場がどよめいた。
泣き出す子達もいる。
ふっと会場のライトが点灯した。
今の何だったの?
いつもの光に戻っているように見える。
第28章 ドイツへ
「申し訳ありません」
川村貴美子が教主に向って深く頭を下げている。
教主は難しい顔をして窓の外を見ている。
「いいわ。でもおかげでアダムとイブが覚醒したみたいね」
にっこりと笑った。
「これでイブは安全だわ」
「と言いますと?」
「イブを守れるのはアダムだけよ」
貴美子が訝しげな目で教主を見た。
「警察の動きに気を付けなさい」
「はい」
「アメリカの工場は一旦閉鎖しなさい」
「わかりました」
「十分イブの子供達は集まったから第一次計画は修了します」
「はい」
「すぐ、イブをドイツに移しなさい」
「分かりました」
頭を下げて出ていった。
イブ・・・
小さい声で呟いて霧に煙る外の景色を見詰めた。
光の肩を抱いてテレビを見ていて、思わず声が出てしまった。
光は呆然とした顔で私を見た。
アナウンサーが聖光教団の信者を逮捕したと報道している。
「どうなってるの?」
光が不安な目をしている。
「田代さん・・・」
画面を見ると田代さんが写っている。
「聖水と呼ばれる薬品を軽井沢を中心とした高校の給食に混入した疑いが持たれております。
警察はその背後関係を全力を挙げて調査しております・・・」
その時川村さんが入って来た。
「すぐ出掛けるから準備して」
「どこに?」
「ドイツです」
ドイツ・・・
「一体何故?」
「イブ様をお守りするのです」
「何をしたの?」
光が川村さんを問い詰めた。
光を見て川村さんは観念した顔で話し始めた。
主な荷物は教団の人がしてくれると言うので、身の回りのものだけ持って外に出た。
「とんでもない事考えているわね」
「うん・・・」
光が遠くを見るような目で頷いた。
「でも、それがいいのかも知れない」
光が呟いた。
光を見詰めた。
「みんなを見捨てる訳にはいかないわ」
きっとした顔で言った。
「でも今は言われた通りにした方がいいわ」
「だけど・・・」
「ここに残るのは嫌な予感がする」
「そうだけど・・・
あの子達が可哀相・・・
これからどうなるのかしら・・・」
優しいんだな。
だから好きなんだ。
「向こうに行ってから考えよう。教主も考えているよ」
「そうね。教主と話し合わなきゃ駄目ね」
何だか光強くなったなあ。
光がまぶしい。
向こうに行っても必ず守ってあげるからね。
光と千香は、空港のロビーで川村さんが発券手続きをするのを待った。
「千香ちゃん恰好いいね」
くすくす笑っている。
「笑わないでよ」
「だって・・・」
可愛らしい顔を笑顔で崩して声を立てた。
光はミニスカートのスーツ姿で、長い髪を両側で結って女子高生らしい装いをしている。
まあそれは良いんだけど・・・
情けない気持ちでスラックスを見下ろした。
「ごめんね。だけど見とれちゃうわ」
目を輝かして私を見た。
「ネクタイが決まってるね」
私の紺のスーツ姿を見てまだ笑っている。
「何で私があんたのパスポートを持ってなきゃいけないのよ」
私のパスポートには御園光と書いてある。
写真もしっかり私の顔だ。
一見女性的なハンサムな青年に見えない事もないけど・・・
光のパスポートは上条千香で光の可愛い笑顔が写っている。
もう、髪の毛も短くされちゃって。
川村さんを恨めし気に睨んだ。
気が付いて申し訳なさそうな顔をした。
「ごめんなさいね。イブ様は男の子にはどうしても見えないもので」
「じゃあ私は男に見えるって?」
川村さんがくすっと笑った。
「でも、すらっとした長身で、とっても素敵ですよ」
「こんなの嫌だわ。そりゃ胸もあんまりないけどね」
「千香素敵よ」
私の腕に光の腕を絡ませた。
横にあるステンレスの柱に素敵なカップルが写っている。
「千香ちゃん拗ねないでよ。私気に入ってるんだから」
「大体、本当はこういう恰好はあんたがしなきゃいけないんだよ」
「だって、私そんな恰好似合わないもん」
わざと私に甘えて来る。
「お似合いのカップルですこと」
川村さんが微笑んで見ている。
通りかかった女の子達が私と光を見て立ち止まった。
モデルかしら素敵ねって言っているみたいだ。
あーあ。もう勝手にして。
ふてくされて光の肩を抱いた。
嬉しそうな顔をして私を見上げている。
頬を赤らめちゃってもう。
大体昔からあんたがそんな女の子みたいだから、私がこんな事してるんだからね。
そんな事全然知らない振りして川村さんと話している。
「すごーい」
光は旅の疲れも見せないで目の前にある中世のお城みたいな建物を見上げた。
私も唖然として見上げた。
「川村さん。一体ここはどこなの?」
「ブラウンシュバイクから20キロ程北の街です」
「こんな所住めるの?」
「ええ、昔はお城だったものを、ホテルとして改装して使われていたのを教団が買い取ったのです」
「一体そんなお金どこから出てくるの?」
川村さんがにっこりと笑った。
ヨーロッパの貴族は私達が想像も出来ない富を持ってるのよ。
そんな人達の中に私達の教義に賛同してくれる人がいても不思議じゃないでしょう」
驚いた。
「じゃあ、光みたいな貴族がいるって事?」
「ええ。そういう事」
川村さんの顔を見詰めた。
軽井沢のような深い霧が立ち込めて、建物が見えなくなって行った。
霧の中から金髪の美しいドイツ人の女性が出てきた。
「グーテンターク」
「何て言ってるの?」
「こんにちはよ」
川村さんが通訳してくれた。
「オウ。シェーネメードヒェン・ウンツ・ユンゲ」
私と光を見て両手を開いてから抱き付いてきた。
「美しい少年と少女だって言ってるわよ」
川村さんが微笑んだ。
「ジント・ジー・イブ?」
光が頷いた。
分かっているのかしら?
「ジント・ジー・アダム?」
私も頷いた。
「マイネ・ナーメ・イスト・クリスティア」
何だかクリスティアって言うみたい。
川村さんが何かしゃべっている。
私達は案内されて城の中に入って行った。
お城の中は昔の造りを残しながら近代的な造りになっていた。
大きな螺旋階段に圧倒された。
「すごいね」
「うん」
二人で感嘆の声を上げた。
二人の部屋は高い天井の広い続き間で、バストイレが付いている。
「素敵ね」
光が部屋を見回してため息を付いている。
「カーテンが素敵」
大きな窓にかかるドレープ状のカーテンを触って肯いている。
「晩餐の為のドレスはそこのクローゼットに用意しておきましたから」
川村さんがドアを開けた。
「すごーい」
光が中に入っているプリンセスラインのドレスを見て叫んだ。
「バリエが一杯でお姫様みたい」
うっとりした顔で見ている。
光嬉しそうな顔をしちゃって、恥ずかしさなんて全然ないみたい?
すっかり女の子してる。
「今日から、この中から気に入ったのをお召になって、晩餐に出られますように」
「本当?」
「私は?」
「アダム様はタキシードを用意しておきました」
「ドレスじゃないの?」
「千香ちゃんきっと似合うよ」
「そう?」
まあいいか。
光みたいにドレス着てうっとりって気にはなれないから。
横ではしゃいでいる光を見ながら考えた。
「ねえ、見てみて」
光がウェディングドレスみたいな白いドレスを来て回って見せた。
バリエがたっぷりだから、スカートが膨らんでフランス人形みたい。
小さな愛らしい顔がドレスに映えて美しい。
首飾りと手袋まではめちゃって。
可愛い白いカチューシャで髪を止めている。
ため息が出た。
「行くよ」
光の手を取ってダイニングに向った。
「こんな事するの夢だったの」
光が潤んだ目をしている。
大きな螺旋階段を、スカートを広げた光と私が降りて行った。
「夢だったって、もしかして光昔からこんな風にしたかったの?」
恥ずかしそうに頷いた。
そうだったんだ・・・
ダイニングでクリスティアさんが私達を待っていてくれた。
「おお、何て美しい」
光を見て目を見張っている。
光が大きく開かれた胸を恥ずかしそうに押さえた。
これは川村さんが通訳してくれたんだけど。
晩餐の席で私達は色々な事を聞かれた。
また日本での事も話した。
私は教主とクリスティアさんの関係が知りたかった。
川村さんの説明によるとこんな風だった。
教主とクリスティアさんは教主のドイツ留学時代に一緒にマックスプランク研究所で研究をした仲間だった。
二人は遺伝子工学の研究をしていた。
遺伝子と脳の働きの関係の研究に没頭していた。
研究しているうちに、遺伝子の形態の発現には、プロモーターってのが関係するらしいけど、
それが脳の働きによって分泌される物質と関係していることを突き止めたんだって。
特に性的な発現に関係するものを見付けた時には、二人共興奮して寝られなかったって。
心の中の動きが遺伝子に伝わる力は微弱だった。
そのため、何とかその力を増幅させようと教主はやっきになっていた。
彼女は教主が何故そこにこだわるのか最初は分からなかった。
結局その時は研究は未完のまま教主は日本に帰ってしまった。
それから2年後、突然教主が研究所に現れて彼女は驚いた。
その時は何だかすごく興奮していたらしくって、徹夜で彼女に話した。
彼は結婚して男の子が生まれたらしいけど、すぐ奥さんが亡くなってしまった。
その時あたかも神の啓示のように未完の部分が閃いたんだって。
赤ちゃんを新しい奥さんに預けて、すぐ飛んできた。
二人はそれから研究を再開して一年後にはその薬が出来上がった。
教主はどうしても人体実験をやりたがったけどそんな事は出来なかった。
彼女が止めるのを振り切って自ら実験台になってしまった。
その後は彼女には驚くことばかりだった。
教主は実験後二週間程であたかも女性のような体に変化していった。
顔付きも柔和な女性の顔になって行った。
彼の精神は大きくは変化しなかったけれど、日が経つにつれて女性的な部分が表に出始めた。
彼女はそれでも研究者だったから克明にその変化を分析した。
その結果、その薬はこころの中の隠された部分に大きく反応する事が分かった。
男性の場合アニマ、女性の場合アニムスと呼ばれる部分が発現した。
彼女も元は男性であったが、自分の心がどうなっているか知りたい欲望に勝てずついに飲んでしまった。
クリスティアはそこまで話してにっこりと微笑んだ。
川村さんの通訳を介してまた話してくれた。
「私はそれで後悔しませんでした。
私も教主と同じように潜在的に大きなアニマを隠していました。
二人はお互いの姿を見て、心底お互いを理解する事ができました」
彼女は大きく息を付いた。
光は驚いた様な顔で彼女を見詰めている。
彼女はまた話始めた。
「二人は変化した後で、如何に今まで大事なものを抑え込んでいたか理解しました。
同時に女性に対してどう変化するか知りたくなってとうとう親しかった研究者に飲ませることに成功しました。
しかしほとんど変化がなかったのでがっかりしました。
もう一人アニムスが強いと思われた女性に最後の実験を行う事にしました。
その結果、その女性はほぼ女性としての美しさを残しながら、男性を凌駕する存在になりました」
そこまで話してから私を見詰めた。
「私達は、人類の進歩に疑いを持っていました。
もしこの薬を使ったらどういう事が起きるのか?
幾晩も議論した結果、教主は教団を作る事を提案しました。
まず始めはアニマとアニムスに目覚めた信者を増やす。
そして、最後はすべての人のアニマとアニムスを解放して新しい世界を作る事に」
彼女の目が妖しく光った。
「あなた達はその新しい世界の創世者となるのです」
「そんな事無理です」
光が叫んだ。
「何故私なんですか?」
彼女が微笑んでゆっくりと口を開いた。
「あなたはヘル・ミソノの後継者なのです。そして主がお選びなさったのです」
まさかと思っていたけど・・・
光は呆然とした顔で彼女を見詰めている。
のどがからからになった。
「そしてあなたは、イブがお選びになったアダムなのです」
二人は呆然として見詰め合った。
光達は自分の部屋に戻って、放心したような顔でソファーに座った。
光が千香の手を取って口を開いた。
「千香ちゃんどう思う?」
千香ちゃんは黙って座っている。
「千香ちゃん・・・」
「わからない」
千香がやっと口を開いた。
「だけど、聖水を世界中にばらまこうとしていることは確かだ」
僕を優しい目で見た。
「それと、教主が光のお父さんだって事も」
目に涙が浮かんだ。
「あの人が・・・」
胸が熱くなって目の前にいる千香ちゃんの姿がにじんで見えた。
千香は朝日の光で目を覚ました。
横で光が平和な顔をして寝ている。
光・・・
髪の毛を優しくなぜた。
可愛い・・・
私のアニムスが光のアニマを求めているんだろうか・・・
光が男の子だった時はこんな気持ちにならなかったのに・・・
何だか知らないところで恐ろしい事が起こっている気がして背中が寒くなった。
思わず光を抱きしめた。
「ここに来てからもう二週間も経ったんだね」
光が黙って頷いた。
あまりにも平和なのが却って不気味だ。
メイドが日本の新聞を持ってきた。
二人で新聞を開けてあっと驚いた。
一面に聖光教団の幹部逮捕とでかでかと載っている。
川村さんの姿が写っている。
二人で顔を見合わせた。
「大変・・・」
光が絶句した。
新聞によると、聖水と呼ばれる危険な薬品を無差別に混入した疑いで教団本部の強制捜査に乗り出したと書いてある。
少年を無差別に女性化させるという過去にない悪質で破廉恥な犯罪と決め付けている。
また教団は悪質な手口で現在の社会体制の転覆を謀る政治結社でないかとの疑いも持たれている。
識者の意見も出ていた。
優秀な男性が作り上げた現在の社会体制を、変質者の妄想で混乱させるだけの暴挙であると述べている。
「どう思う?」
光は黙ったままだ。
更に、教団が作った学園も信者の親達の非難が集中し事実上廃校状態にあると書かれている。
「あの子達どうなるのかしら・・・」
光の目に涙が浮かんでいる。
「可哀相・・・」
光が慈愛に溢れた眼差しで中空を見ている。
「みんな自分自身の姿になっただけなのに・・・」
「光・・・」
「ねえどうしたらいいの?」
二人で黙って見詰め合った。
第29章 霧の中へ
僕は不安な気持ちのまま日々を過ごした。
千香ちゃんがいるから堪えられるけど。
それにあの子達の事が頭から消えない。
あの子達には千香ちゃんみたいな人がいないんだ。
きっと周囲の人の冷たい目に晒されているんじゃないかと思うといてもたってもいられなくなる。
どうしたらいいの?
千香ちゃんも不安な顔で窓の外を見ている。
「ここは霧が多くて何だか気持ちが暗くなるね」
千香ちゃんが呟いた。
黙って千香ちゃんを見た。
「僕達どうなるんだろう・・・」
千香ちゃんが優しく僕の肩を抱いた。
「フロイライン・イブ」
クリスティアが僕を呼びながら部屋に入って来た。
「ヤー」
彼女の後ろに教主が立っている。
「光」
シルクのブラウスに黒いミニスカートのスーツを着た教主を見詰めた。
きれいな女の人に見えるけど、でも・・・
「パパ?」
教主が黙って微笑んだ。
胸が高まって思わず駆け寄った。
手を握ってもう一度聞いた。
「パパなの?ねえパパなの?」
教主の胸をどんどん叩いた。
僕は優しく抱きしめられた。
「パパなのね」
「光きれいになったわね」
教主を見上げた。
「パパ・・・」
涙が知らないうちに溢れてほほを濡らした。
僕達はソファーに腰を下ろした。
千香ちゃんが心配そうな顔で僕の横に座った。
パパにドレス姿を見詰められて頬が赤くなった。
「恥ずかしがらなくてもいいのよ」
パパが微笑んだ。
「あなたは、私の子供よ」
そう言って私を見詰めた。
「今のあなたを待ちわびたわ」
「どういう事?」
「光が生まれた直後、光のママは息を引き取ったのよ。
ママは天使の様な女の人だったわ」
パパは遠くを見るような目をした。
「光も今にも死にそうだったわ」
息を付いた。
「光のママが息を引き取る直前に私の命も魂もこの子にあげるからどうか神様この子を助けてと・・・」
私をじいと見詰めた。
「でも、お医者さんがもう二人とも助かりませんって言ってさじを投げた直後・・・」
「錯覚だったかもしれない」
パパの目が光った。
「だけど、確かに光のママの体からその赤ちゃんに青白い光が流れてその瞬間ママが動かなくなったの」
パパは少し黙り込んだ後でゆっくり口を開いた。
「光が一瞬青白く光ったと思うとその瞬間おぎゃーと泣いて息を吹き替えしたの。
その時私の頭の中で確かに声が聞こえたわ」
パパは何かを思い出すかのように天井を仰いだ。
「私はこの子と一つになります。主の遣わすイブとなって・・・。
その声が聞こえた瞬間私は気を失ってしまったわ」
僕はパパを見詰め続けた。
「ところが生まれた子供は男の子だったの。
どういう事かわけがわからなくなってしまった。
イブって一体何だろうと。
でもあれは確かに錯覚ではなかったわ」
僕をまた見詰めた。
「赤ちゃんの中にいるはずの光のママいいえイブをどうしたら見付け出すか、一睡もしないで考え続けたの。
もうろうとした頭の中に、ふっと聖水を作りなさいという声が聞こえたわ。
その瞬間、最後までわからなかった成分が頭の中に浮かび上がったの。
急いで光を育ててくれる人を見つけて結婚し、すぐにドイツに向ったわ。
後は知っているでしょう」
話し終えて、ほっとため息を吐いた。
僕を優しい目で見詰めた。
「あなたは光の体から生まれたイブなのよ。
光と光のママとそして主の御心を持った」
慈しむような愛するようなそして敬うような不思議な表情をしている。
信じられない・・・
でも心のどこかで肯いている。
でも疑問が沢山残っている。
「でもパパは何故女の人になったの?それに他の人達まで・・・」
「始めはとにかく聖水を完成させる事しか頭になかったの。
自分で聖水を飲んでから、光のように女の人になって行くのが分かって愕然としたわ。
でも女の人になって行く自分の姿を見て、始めて押し込めていた自分がわかったの。
いつの間にか聖水を作る事が名声とか富のために摩り替えていたのに気が付いたわ」
笑顔になった。
「男の時には、本当に大事なものを押し込めていたんだなって。
もっと大事なものが一杯あるのに気が付いたの。
クリスティアもそうよ」
彼女を見て微笑んだ。
彼女も黙った頷いた。
「聖水は私だけの為にあるのじゃないんだって気が付いたのよ。
今の光を見ていて確信したわ」
僕の横に来た。
愛おしむように僕を抱きしめてから口を開いた。
「あなたが、新しい教主になるのよ。
私の役目は終ったわ。
イブをお願いね」
千香ちゃんを見て頭を下げた。
「千香ちゃんどうしよう」
「どうしようって言っても・・・」
千香ちゃんもとまどった顔をしている。
「でも、あの子達を何とかしてあげたいし」
「そうだね」
千香ちゃんが優しい目で答えた。
「パパがやっていた事も、私悪いことだとは思えないんだけど」
「うん・・・」
「このままじゃ、ひどい世界になっちゃう気がするわ」
城を包む深い霧を見詰めた。
「でも私達きっと迫害されるね・・・」
ぞくっとして体が震えた。
「千香ちゃん助けてくれる?私恐いわ」
千香ちゃんが私の肩を抱いた。
「いつまでも守ってあげるよ。光が決めなよ」
千香ちゃんを見上げた。
「お願い少し考えさせて」
黙って優しい目で私を見詰めた。
光が霧に煙るバルコニーに出てきた。
手摺に寄りかかりながら、唇をかみ締めて何か考えている。
純白のドレスに身を包んだその美しい姿が暗闇の中に青白く光っている。
長い髪が心の揺れを現すかのようにかすかに揺れている。
深い霧が光を包んで見えなくなった。
深いしじまがあたりを包んだ。
再び霧が薄くなった時光はまだ身じろぎもしないで立っていた。
千香が黒いローブを羽織ってバルコニーに出てきた。
光の体を気遣うようにその華奢な肩に手を回した。
光が千香の顔を見詰めた。
その時低い鐘の音が鳴り響いた。
光が一瞬覚悟を決めたような表情をすると、千香が頷いた。
二人の姿がバルコニーから消えると森は再び静寂に包まれていった。
また深い霧がすべてを包み込んだ。
その後二人がどうなったか誰も知らない。
ただ時々ニュースが男性の女性化現象と少年の失踪を伝えている。
深い霧に包まれた森の中を鐘の音が響き渡った。
完
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投稿:2007.06.11
聖なる生け贄(由紀の世界)
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