1.大和共和国
「やっと女の子になれる...」
健太は、まさにその切断を目の前にした瞬間、歓喜に溢れていた。
薄暗い手術室。両脚は金属溶接で開錠できない開脚台に固定され、大きなチェーンソーが
そのモーター始動の音をコダマし始めていた。
男権放棄契約書が手術室で最後通告として読み上げられる。
「辻元健太は、大和共和国の法律に従い、男性としての権利並びにそのすべてを、永遠かつ
永久に放棄することに同意する。依存ないか?」
執刀女医が高らかに契約書を読み上げると、健太はうっすらと笑顔を浮かべながら、コクン
と頷いた。
「生まれ変われるんだ...全く違う人生がまた始まるんだ...」
すべてを放棄し、これからは自分のすべてを神に捧げる人生...
緊張と共に、興奮と小さな喜びがこみ上げてくる。
このすべては、1ヶ月前、そう、1ヶ月前が始まりだったのだ。
執刀女医の手に収まったチェーンソーはゆっくり、健太の大事なところに向かって行った..
1ヶ月前の4月4日。大和共和国第一中級学校3年の辻元健太は何時も通りに朝7時50分
に登校していた。
校庭の桜は、まさに満開といった体で、その春独特の希望と夢を抱かせるに十分な美しさで
あった。
辻元健太、15歳。決して美少年といった雰囲気ではないが、引き締まった腹筋と広い肩幅
を持ち、日に焼けた顔は、彼の健康を象徴していた。
だが、学業の面では決して十分なものとは言えなかった。
むしろ下位グループに属しているだろう。
もし彼が500年前のこの国に生まれていれば、その社会状況のなか、十分に男性としてその
一生を、何の疑いもなく、過ごしていただろう。
大和共和国。今から100年前の新世紀革命により成立。知的エリート組織、新世紀党が、
革命を起こし、哲人政治を題目に、個人の知的水準により階級を定める「序列国家」を
建国したのだった。
最高級は「最高級知性男子」であり、国家の中枢を担う。それに続き、「最高級知性女子」
であり、最高級知性男子の国家行政をサポートする。その後に、「高級知性男子」「高級
知性女子」「中級知性男子」「中級知性女子」「下級知性男子」「下級知性女子」という
階級である。
男性が、女性より上位に属するのは、最新の遺伝子学により、男性の優秀性が科学的に説明
され、その為、新世紀党女性幹部も、その政策に同意していたのであった。
だが、この政策により、多くの女性達が男性に性転換することを望みはじめるという結末を
招いたのだった。
既にこの時代、男性側の性器提供さえあれば、女性も、完全な男性に、性転換できる技術が
あり、一部の女性達は、全財産をもって非合法に性器購入に力を入れ始めるありさまだった。
また、社会的に男の子を欲しがる夫婦が激増し、男女に比率が大きく歪になっていた。
そうした社会情勢の中、鉱山、建設現場で生計を立てる「下級知性男子」の強姦事件が,
連日新聞に掲載される状況にまで陥った。
無理もない。彼ら「下級知性男子」は貧民層で、一生結婚は期待できず、ただ毎日むさ
苦しい仕事現場で肉体労働を強いられているのだ。
そして、終に、大和共和国政府は性転換を望む「上級知性女子」に限り、合法的に性器購入
を認め、その性器は、中級学校3年生時の階級確定試験時に選び出し、性器を提供した男性
は完全に女性、に性転換し「下級知性男子」に体を捧げることとする法案を議会で可決させ
たのだった。
施行後10年が過ぎたが、性転換した男性は、国家管理の下、「下級知性階級」に、その
女体を提供し、慰安するという状況になったが、強姦発生率は激減し、性転換男性は「女神」
と呼ばれるようになった。
そして、階級確定試験は、今日この第一中級学校で行なわれるのであった。
2.運命の選抜試験1
元来、この国は、不完全ながらも、男尊女卑を国策としている部分がある。
さらに、排尿作業は小さいうちから子供達の興味を引くことになるが、昔からこの国家では、
普通女はしゃがむのが習慣であり、立位は男の特権であると見られていた。
この相違が、女の子にとって一番目立つ性差別に映る。
小便をするには、彼女達は屈んで、肌を剥き出しにする。これにより屈辱感が高まる。
そうして、多くの少女達は、「子供はみんなペニスを持って生まれるが、両親がすぐさま
その何人かを切り取って女の子にするのだ」と考えるのだという。
そして、その男尊女卑の社会の中、女の子の目にペニスがその威信と権力の象徴に映りだし、
切断されたに対して自分を責め始めたりしているのだった。
だが、そうしたコンプレックスは、最上級知性女子の性転換を認めたことにより、改善され
つつある。
少女達の中には、自ら男になることを夢見て勉強に励み、最上級知性女子階級になることを
目標にしているという。
だが.男性を中心にこの法律に反対する者も多い。勿論、健太もその一人である。
辻元健太は、「男尊女卑」的な思想を持っていた。時間があれば、男性の肉体美を表現した
ギリシャ、ローマ時代の彫刻を研究し、自らもそれを実現しようと体を鍛えていた。
性行為により、女を屈服させ、男性は肉体的機能の優秀さの優越感に浸り、女性はその渇望
しても手の届かない「男性」に嫉妬し、自身の劣等性を自覚し、男性に尽くしたくさせる
ものだと考えていた。
男性器は、まさに「優秀たる男子」の象徴であり、女性はそれを持たない故劣等である、
という思想である。
勿論、経験はまったくないのだが。
彼には、夢があった。
大和共和国のような、知性による序列ではなく、男性を無条件上位にし、女性をすべて
男性の下位に組み入れる古典的な男尊女卑国家を建国すること。
その為にも、今日の選抜試験では、少なくとも「中級知性男子」の水準に達することが
必要だ。
大人になれば、何時かは、己の腕力で革命を起こそう、今日の試験は絶対だ...
健太は教室の自分の机の前でそうしたことを考えていた。
担任が、教室に入室してきた。無言。すぐに試験用紙を配布し始めた。教室にはさすがに
緊張感が漂っている。
この試験結果で自分の序列が決定するのだ。「中級知性男子」のレベルなら、高級学校の
入学は許可される。
肉体改造に熱中し、学業を怠ってきた健太にとっては、人生の天王山とも言える試験だった。
担任の教師が、試験用紙がすべて行き渡ったのを確認し、低い声で「試験始め!」と叫んだ。
「いくら悪くても「下級知識男子」...性器提供の「女神」などありえない...」
健太は、何の心配もなく、試験用紙に挑み始めたのだった。
3.運命の選抜試験2
試験はマル一日費やされた。試験科目は「国語」「数学」の他に「国民序列思想」及び
「大和共和国史」である。
健太は「国民序列思想」が苦手だった。むしろ憎しみを持っていた。彼には彼の哲学が
あり、決して受け入れることの出来ないものだった。
試験終了と同時に帰宅することになる。試験が終わるや否や、健太は荷物を整理し、
教室を後にしようとした。
「辻元、ちょっと待て!」
担任の鈴木が健太を呼び止めた。
「何ですか?」
健太は面倒くさそうに答えた。健太は鈴木が嫌いだ。学校教員をしている以上、鈴木は
「高級知性男子」の階級に属しているのだろう。鈴木は、勉強を全くしない健太を心から
馬鹿にしていた。
また、健太も当然それを感じていた。
「お前、今までの成績じゃあ良くても「下級知性男子」の水準に成る筈だが、少しは試験
勉強したのかね?」
鈴木の言葉には、若干の侮蔑が含まれている。
「勿論勉強しましたよ。俺は夢があるからね。中級知性男子の同志を集めて、いずれこの国を
ぶっ潰してやる!」
「君は、自分が中級知性男子の階級に合格してると思えるのかね?」
「まあ、結果は1週間後でしょう?馬鹿にするなら結果が出た後にしてくださいよ」
健太は踵を返して、教室を後にした。
帰宅後、健太はすぐさまシャワーを浴びた。
バスルームに備え付けてある大きな鏡は、一糸纏わぬ健太の体を映し出していた。
その姿は、まるで、ダビデ像を連想させる。彼のペニスもまた、ダビデ像のように、
皮を被っている。
健太は自らの姿を、暫し眺めていた。自分が求めていた、ダビデ像の身体がそこにあった。
4.運命の結果
1週間後、いよいよ試験結果の発表の時が来た。
登校時間は、夕方の4時。結果の発表のみ行なわれる。
この試験結果は点数により、階級が厳然と決定され、それぞれの進路が決定するという、
人生で一番重い発表になっていた。健太を含め、他のクラスメートも既に着席して、その
運命の結果を待っている。
4時のベルが鳴り、担任の鈴木が教室に入って来た。
「では、階級決定試験の結果を発表する。すべて、成績順だ。名前を呼ばれたら、前に
出てきなさい。階級証明証を各個人に渡します。受け取ったら、その場で帰宅して宜しい」
相変わらずの、無表情な声で言った。
「先ずは...山崎君!君がトップだ」
鈴木はニンマリと笑いながら、山崎の名前を呼んだ。
「山崎...」健太は山崎が大嫌いだった。
山崎は、身体を鍛えるのとは、全く無縁といった、タプタプに肥満した身体を持ち、恐ろしく
分厚い銀縁眼鏡をかけ、健太のような勉強嫌いを全く相手にもしないような奴だ。無論、
担任の鈴木からはえらく愛されているようだが...
「山崎君!君は、本校で唯一の「最高級知性男子」の合格者だ。私のクラスから君のような
エリートを輩出することが出来、先生も嬉しく思う。」
山崎は,肥満で小さくなった目をもっと細めて、はにかんだ。
(いずれ俺が革命を起こせば、真っ先にお前をぶち殺してやるぜ...)
健太は、微笑みながら教室を出て行く山崎を見ながら、そんなことを考えていた。
...成績の結果発表は、引き続き行なわれる。小泉、土井、石原といった秀才組3人は
若干成績が足らず、「高級知性男子」に、そして残りのクラスメートも順順に読み上げられ、
教室を後にしていった。
残り10人になっても、健太の名前は読み上げられなかった。8人...3人と教室の中は、
閑散として来た。
とうとう最後のクラスメートが教室を後にし、残ったのは、担任の鈴木と健太だけだった。
「先生...俺、下級知性男子の階級なんですねえ...」
健太は力のない声で呟いた。下級知性の階級が決定すると、1年後の卒業と同時に、炭鉱や
建設現場での肉体労働に従事しなければならない。
(いや、労働者の連中の方が、革命に参加する奴が多いかも知れんな)
そのような考えが浮かんだ途端、鈴木は低い声で、
「いや、君は下級知性の階級ではない。」
と言った。
「先生...じゃあ?」
「全く...残念だが君は「女神」の階級だな。まあ、政府から「女神」決定者には
「おめでとう」と言うように指示されているんだが...君は...もう男でもなく
なるんだな。本校では君一人だった...」
健太は、一瞬、全身の血液が下がるのを感じた。何だって?俺が女の子になるんだって?
そんな馬鹿な話があるか!今まで築いて来たこの身体を全て差し出せって言うのか?
女の子になんてなれるか!そこまで自分を貶めれるか...
「先生...俺逃げますよ...そんな無茶な命令には従えない。」
「辻元君。それは無理だろう。もう政府機関から君を収容する為、軍人が学校に来ている...」
「今、飛び出せば間に合うでしょう?」
と言って、健太は急いで教室を飛び出ようとした、が、その瞬間、教室の扉が大きな音と
共に開き、そこには女性軍人が立っていた。女性用の軍の制服を着た、背の高い女性軍人が
言った。
「大和共和国女性教化収容所を管轄している李田英愛です。本日、辻元健太君を引き取りに
参りました」
軍人だが、その身体は一般の女性と全く変わらない。健太との腕力の差は、かなりある
ように見えた。
健太は、決心するや否や、英愛に猛烈なタックルを浴びせようとした。が、英愛はひらりと
健太のタックルをかわし、すぐさま健太の手首を捩じ上げた。
(こいつ)
すぐに空いた片方の手で顔面に一撃を食らわそうとしたが、その時には既に、強烈な拳が
健太の腹部に炸裂した。意識が遠のいて行く...
健太はその場で、大きく倒され、意識を失った。
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投稿:2008.07.28更新:2008.07.28
永遠の女神(1章〜4章)
著者 キャプテンヤマト 様 / アクセス 15242 / ♥ 3