僕の名前は如月純一。
私立明光大学付属小学校の五年生。
僕の国では、「より実践的な…特に科学者の育成」に重点の置かれた教育が実施されている。
その為に、小学生からの解剖教育が普及している。
でも、動物の解剖は一切行われていない。
残酷だし、動物虐待にあたるからだって。
そこで、公立の小学校では身元不明の遺体や献体の遺体を用いた解剖実習が行われている。
僕たちが通っている私立の小学校の場合は…
死刑囚をつかう。
僕も五年生。今日はいよいよ解剖実習の行われる日だ。
いったいどんな素体がやってくるんだろうか。
僕たちは、滅菌ルームに入って体を殺菌した。
それから、全員おそろいの緑の術衣に着替えると、両手を肩の高さに挙げて滅菌実習室へと向かった。
「さあ皆さん、素材のそばに集まってください」
担任の曽根律子先生がおっしゃった。
僕たち三十人のクラスに素体は一体。
実習室中央の実習台に大の字の捕定されて横たわったそれは、パンチパーマに入れ墨の入った、片手の小指のない四十歳ぐらいのおじさんだった。
「素体は、脊髄に電気処理を施されています。意識はありますが、視覚、聴覚以外の感覚は全くありません。…この素体は、何人もの女の人を海外に売ったり妻や恋人に暴力をふるったりしました。挙句の果てに借金を払わない人に灯油をかけて火をつけた大悪党です。」
おじさんは、目を見開いたまんまで横になっている。
「さあ、学級委員の沢木さん、まず陰毛を剃って下さい。」
沢木さんは、先生に言われるまんまにおじさんの陰毛を剃り始める。
「陰嚢の毛もちゃんと剃るんですよ、いいですね。」
沢木さんは、おじさんのおちんちんを持ったり、袋を引っ張ったりしながら毛を剃り落としてゆく。
でも、ちょっと失敗しておちんちんの付け根に一か所、タマタマにも数か所切り傷をつけてしまった。
よく見ろと、おじさんは、まぶたと目玉だけは動いていて、沢木さんが傷をつけるたんびに、悲しそうな眼をしていた。
「次に学級委員の相川君。メスを手に持って。バキュームは誰の係ですか?」
井沢さんが手を挙げた。
「では井沢さん、滅菌バキュームで血液を吸引してくださいね。大悪党とはいえ血液は貴重な資源。特にこのおじさんの血液型はRHマイナスのABなんですからね。今日この日のために、この素体の状態を医療施設で二年もの年月をかけてこの年齢の健康値にまで改善したんですから。」
相川君がメスを手にした。
「さあ、素体ののどからおちんちんの付け根まで、縦に切り裂いてください。おへそは避けるんですよ。」
相川君のメスが、おじさんの喉元に入った。
そして、おじさんの皮膚を縦一文字におちんちんの付け根まで一気に切り裂いた。
溢れ出す血液は、井沢さんが手際よく吸い取ってゆく。
「相川君、きれいに切りましたね。ではほかの生徒の皆さん、素体の皮下脂肪と筋肉を切ってみてください。一人一太刀です、交代ごうたいに。相川君がやったようにするんですよ。」
メスの持ち手が五人ほど変わった頃、おじさんの内臓が見えた。
その時、滅菌室には温かく生臭い臭いが立ち込めた。
力自慢の芳川君が、ニッパーで肋骨を一本一本取り除いては保存液へと浸してゆく。
「さあ、人間の内臓はこうなっています。心臓が動くのがわかりますね。ほら、肺も動いています。ビデオで自動録画されていますからね。」
律子先生の説明を耳にしたおじさんは、涙を流し始めた。
「さあ、誰か…」
律子先生が静かに言った。
「おちんちんを切ってみたい人、いますか?」
誰もがざわめく中、一人が手を挙げた。
活発でスポーツ万能の美少女、由良菜美恵さんだった。
「由良さん、でははさみを手に取って下さい。」
由良さんが、解剖ばさみを手に取った。
「では、お尻の穴にはさみを刺して、そのまま皮膚だけを縦に切り進んでください。」
…おじさんのお尻の穴に、はさみの切っ先が入った。
「そうです、由良さん。丸くなっている部分を下にして…上手ですね。そのままでいいです。亀頭の付け根まで切っていってください。…そうです。そうやって左手で亀頭を持って上に引っ張ると切りやすいでしょう?」
由良さんのはさみは、おじさんのおちんちんの皮膚をどんどん切り進んでいく。
僕は思わず股間を抑えた。
周りの男の子たちを見ると、みんなそうだった。
でも、女の子たちはなんだかちょっぴり嬉しそうだった。
「由良さん、よくできました。ちゃんと亀頭の付け根まで切り終わりましたね。さあ、次は睾丸を摘出しましょう。志願者はいますか?」
…やっぱり、ぼくたち男の子の中にはだれも志願者がいなかった。
次に手を挙げたのは、クラスで一番小さい三河さんだった。
「さあ、三河さん、はさみで切り裂いたところから指を突っこんで、睾丸を一つ取りだしてみてください。」
三河さんの小さな手が、おじさんのタマタマの袋の中に差し入れられてゆく。
「これが睾丸です。副睾丸という小さな袋が付いているのがわかりますか?…輸精管で体の中につながっていますね。では、三河さん。ハサミで輸精管を切断してください。」
おじさんの片方のタマタマは、あっさり切り離され、続いてもう一方も同じように切り離された。
「男性器は移植用素材として用いることはできませんから、この場で仕組みを調べてみましょう。…精子を不妊治療用としても用いられませんし、ね。」
おじさんのタマタマは、片一方は縦割りに、もう一方は横割りに切断された。
「睾丸の中がどうなっているかは観察できましたか?きれいなオレンジ色の管がびっしり詰まっているのがわかりますか?割った方の一方はホルマリン標本に、もう一方はスライスしてプレパラートに加工します。保存液に浸しておいてくださいね。」
「先生、このおじさんのおちんちんはどうしていぼいぼなんですか?」
いきなり言ったのは木下君だった。
「木下君。いいところに気がつきましたね。こういう人はおちんちんに真珠を入れるんですよ。…そうだ。海綿体の仕組みも調べることですし、皮をむいてみましょう。佐藤君、吉田さん。ちょっとこっちへ。」
先生は二人を呼んでから言った。
「二人のどちらかが亀頭を持って上に引っ張って、もう一人がおちんちんの皮を付け根まで一気に剥いてください。」
吉田さんが亀頭を持ち、佐藤君が皮を一気に剥きおろした。
こん、こん、ころころころん…
皮の下にあった球が転がり落ちる。その数合計七つほど。
でも、真珠は一つもなかった。
みんな、黄色やオレンジ、青やピンクの球だった。
「先生。これはいったい何ですか?」
「…これは、歯ブラシの柄を切って丸く加工してある物みたいですね。こういうのは、刑務所で自分で入れたりするんですよ。この素体は、若いころからこうしてこんなことばっかりしてるからここでこうやってるようなことになってしまったんですね。」
先生の頬には、うっすらと小馬鹿にしたような笑みが浮かんでいた。
「さあ、誰かこの素体の体からおちんちんを切り離してください。こうやって見てみると、おちんちんが体の中にまであることが判るでしょう?」
おじさんのおちんちんは、仲良し三人組の女の子ががわいわい言いながら切り離した。
「すごーい、本当だあ。」
「お尻の穴の近くまであるんだね。これが全部おちんちんなんだ。」
「先生、奥の方にあるこれは何ですか?」
「前立腺ですね。おちんちんと一緒に切り離してください。」
切り離されたおちんちんは、改めて三つにバラバラにされた。
「おちんちんは、亀頭、それから陰茎海綿体と尿道海綿体から成り立っています。それを白膜が包み、さらにその上に皮膚があります。脂肪はありません。」
僕たちはゆっくりと観察した。
「さあ、最後の仕上げです。素体の内臓を全部体から切り離してゆきましょう。切り離したら重さを量って移植臓器用の保存液に入れましょうね。」
内臓を切り離しては、部位別のラベルが貼られた保存液に浸してゆく僕たちに、先生は言った。
「意識がある状態でこんな目にあうこの素体は、いったいどんな気持ちでしょうね。自分は力があると慢心し、おごり高ぶり、勝手に弱者を見下して支配する権利があると思っていたのに、その弱者からこんな目にあわされるなんて、ねえ。さぞかし惨めでしょうね、辛いでしょうね。…なら、こんな仕打ちを受けるような悪行などふるまわねば良いものを、ねえ。」
実際、この国ではこの制度が導入されてから犯罪発生件数が激減したんだそうだ。
「そういう状態で悪いことをするなんて、よっぽど自分に自信があったか…さもなくば大バカのどっちかでしょう。きっとこの素体は大バカの方でしょうね。」
最後に、実習台には、脳も目玉もなく、おなかの中も空っぽになった元おじさんが横たわっていた。
骨と筋肉と皮膚は、医療機関の方で移植用に処理すると言われた。
女の人の犯罪者は、なかなか死刑になるようなことをしないとかで、小学生にまでは回ってこない。
解剖できるのは大学生だそうだ。
僕は、今回は肝臓を切り離しただけだったし、女の子が楽しそうにしてるのを見てちょっぴり物足りなかった。
だからもっと勉強して、大学でもう一回解剖をしよう。
この学校は、勉強や素行が不良だと上に進ませてもらえない。
そうなったら大変だから頑張らなくっちゃ。僕はそう思った。
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投稿:2008.10.19更新:2009.06.05
解剖実習
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