『人類は常に進化しなければならない』
僕はそう謳われたディスプレイを横目に今日も多くのカリキュラムをこなす。
いや、命に代えてでもこなさなければならないのだ。
「やぁケイ、今日も成績トップじゃないか! 僕なんかじゃかなわないなぁ」
「ご謙遜なんて古めかしい価値観は捨てた方がいいぞ、ルッソ。君は子孫を残したくないのか?」
「よせよケイ、僕は君のような最優秀種じゃないんだからな。じゃあな」
僕たちは物心ついた時からこの男性養成コロニーに住んでいる。
およそ100万人の男がここで暮らし、そして競い合っている。ルッソも友人であると同時に競争相手だ。
知能・体力・体型や顔形、成人するまでに全てで高得点を得ないと僕たちは子孫を残せない…21世紀以前の旧人類たちの愚かな歴史からの教訓だそうだ。
ロビーに広がる大きな窓の外、深い森のはるか遠くにぼんやりと煌びやかなコロニーが見える。そこが女性居住コロニーだ。
みんなはそこをキャッスル(城)と呼んでいる。
キャッスルに行き女性と会えるのは成人を迎えた得点上位100位以内の男たちだけである。
成人を迎えるまでに得点をクリアできない劣等種は完全に去勢され労働に特化された存在となり、プラントユニットで働き続け一生を終えるのだ。
「僕は必ずキャッスルに行って子孫を残す!」
そう心に言い聞かせカリキュラムに精を出す、そして何より「女性に会いたい」という自然と湧き出る感情が抑えられない。
女性とは一体どのような存在なのか? 一体どうやって子孫を残すのか? どうしても気になってしまうのだ。
女性や子孫の残し方に関する情報だけはここのデータベースに存在しない。最重要機密となっている。
生殖器であるペニスと睾丸を使うのは日々の生殖能力チェックからおおよそ想像できる。
そう想像すると僕のペニスは隆々と勃起する。
何かわからない期待に胸を膨らませ僕はいつものように部屋に置かれた生殖能力チェックマシンにペニスを挿入する。
いつものように下半身から脳に走る一瞬の快感と共にドクンドクンと精液を放出した。
「女性と会うことは…こんなにも快感なことなのだろうか?」
僕の女性への想像は夜遅くまで継続した。
合格発表の前日、僕は早朝から担当教官から呼び出しを受け教官室を訪ねた。
ここで教官を務める人はみな女性と出会い子孫を残した最優秀種の先輩方だ、とても尊敬している。
「失礼します。おはようございます先生」
「おはようケイ君、君の成績は近年稀にみるレベルだ。特別に進化した存在と言ってもいいだろう」
「ありがとうございます! 先生」
僕は最優秀種の素質と弛みない努力によってライバルたちと大差を開けてゴールを迎える。
僕は湧きあがる喜びの感情を抑えながらロビーにいたルッソに声をかけた。
「ルッソ、僕はこのままトップでクリアできそうだ。一緒に喜んでくれるか?」
「そいつはどうかな…」
「ルッソ、一体どうしたんだ?」
「昨日から調子が出なくてダメなんだ、100位クリアも無理かもな」
「何を言ってるんだよ、先週の成績は10位だったじゃないか!」
「いいんだよケイ、俺はどうせ2級種なんだ…努力だけじゃ限界なんだよ、じゃあな優等生」
「ルッソ…」
少し悪い顔色のまま手を振るとルッソはロビーから立ち去った。その瞳は一瞬キャッスルの方を見つめていた…。
どうせ彼の悪い習慣であるご謙遜だろう、僕はそう思っていた。
そして運命の発表の日を迎えた。
コロニーのセンタードームには100人の合格した男たちが集まり、その中央の檀上に僕は登っていた。
男性養成コロニー所長から直々に合格証明書を授与される名誉を授かったのだ。
「おめでとうケイ君。君が歴代トップの成績で合格したことをここに証明する」
「ありがとうございます」
全ての合格者の代表として最優秀種合格証明書を授与された。これまでの人生で最高に幸せを感じた僕は思わず涙をこぼした。
99人の仲間たちも涙を浮かべながら盛大な拍手をしている。そしてその中にルッソの姿は無かった…。
僕は式典が終わると時間を見てルッソの住むユニットへと急いだ。
逃亡防止用の電撃首輪を装着されたルッソが少ない荷物を片手に管理官に連れていかれるところだった。
「ルッソ!」
「やぁケイ! 合格おめでとう…良かったな」
「ルッソ…その…何と言うか…」
「いいんだよ…君や女性を縁の下で支えるのも大事な役目だからさ! コイツを切られちまうのは男として…生物として寂しいけどな」
「ルッソ…」
「じゃあな! 女性に会ったらよろしくな!」
僕は何もできないままルッソの後姿を見送った。そして初めて言葉にできない感情を味わった。
もっと仲良くしていればよかった…一緒に努力をしていればよかった…そう心から感じた。
「そうだな…ルッソの分も僕が子孫を残せばいいんだ」
僕は気を取り直し手続きのため生殖管理室へと向かった。
肉体の最終チェックの為に衣服を脱ぎ待機しているとそこに担当教官が訪ねてきた。
「おめでとうケイ君。君のDNAは未来へと羽ばたくことができる、実にすばらしいことだ」
「はい、これまで大変ありがとうございました。先生のおかげです」
「ご謙遜はいかんよケイ君、これは君の生まれ持った素質であり権利なのだからね」
「は、はい。そうですね…」
僕は思わずルッソのセリフを思い出し軽く俯いた。
そこに奥の部屋から表面が凍結したカプセル型のベッドが運びこまれその蓋が開いた。
「ケイ君見たまえ。これが君の生殖ユニットだよ」
「こ…これは!? 」
冷気が立ち込めるそのベッドには僕が横たわっていた、否、僕にソックリな何かと言うべきか。
整った顔立ち、バランスの良い筋肉、つま先から頭髪まですべてが僕と全く同じだがその大腿部にはペニスと睾丸が無くポッカリと丸く穴が開いている。
その艶のある肉体を優しく撫でながら教官が口を開いた。
「これは君の全てのデータを完全に再現したアンドロイドだ、このとおり君同様に美しい肉体だろう?」
「しかし…これは一体どういう意味なのでしょうか? それに、ペニスが無いようですが?」
「ボディは耐久力のあるマシン、そしてペニスの感触は生体が良い。これが女性様の希望なのだよ」
「女性様…? ですか?」
「そう、母なる大地、全知全能の存在である女性様の希望する世界こそ人類が進化せしめる世界なのだよ」
「それは理解します、僕もそう習いました」
「君ほど優秀ならもう理解できるだろう?」
僕は理解した…と言うよりも簡単に想像はついた。
「つまり…僕の生殖器をこれに?」
「そのとおりだよ、ケイ君」
「し、しかし僕は女性に会えると聞いていたのですが…」
「君のDNAが女性様と会えるのだ、これは素晴らしい名誉だ!」
「僕は! 僕は女性に会いたい一心で努力してきたのです…これでは一体何のために!」
「女性様にとってパートナーである男性は完璧な存在でなければならないのだよ、自我を持った君ではダメなのだよ」
「しかし…そんな…こんな…酷い…」
僕は動揺を隠せなかった…冷静にと理解していてもとても受け入れられる事実ではなかった。
「アンドロイドであれば女性様にとって好みの性格プログラムが可能だ、しかしペニスは人間の暖かさが必要なのだよ…DNAの入った睾丸も薬剤によってパワーアップされる」
僕は予想していた未来とのギャップに、この隠された真実にショックを受けその場に座り込んでしまった。
他の仲間たちも動揺しているに違いない、そう思った。
「そう落ち込むことはない、君の容姿と肉体、ペニスを選んでいただいた女性様がキャッスルに存在するのだよ。これは大変な名誉だ!」
「選んでいただいた? それではカリキュラムやテストは一体?」
「あれは基本スキルを見る基準にすぎない、しかし基本スキルは選択の大きな要素には違いない」
「そんな…」
「やれやれ…君がここまで動揺するとは予想外だ、感情に少し乱れの要素があったのかもしれないな」
「しかし君を選んでいただいた女性様がお待ちだ、御覧なさい」
教官が会釈をすると壁面の3Dモニターに見慣れない人間の姿が映し出された。
「う…美しい」
その顔立ちはとても美しく僕は見とれてしまった。
長く整えられた頭髪、色とりどりに美しく飾られた着衣…その胸の部分は膨らみ全身にかけて柔らかい線を描いていた。
「こ、これが女性? これが…女性様?」
「はじめまして、ケイ君。私があなたを選んだのよ? お気に召したかしら?」
その声も美しい…幼少期のころを思い出す高い声が僕の心に突き刺さる。
心臓は高鳴り、その鼓動が頭いっぱいに響き渡る。
「は、は、はじめまして。お、お会いできて光栄です!」
「ウフフ…カワイイわね。これからずっとあなたの本体を可愛がってあげるわ…さぁ、早くあなたのそれを…本体を私に頂戴」
その視線は僕の生殖器、ペニスに集中しているのがわかりとても気恥ずかしい気分になった。こんな感情は初めてだ。
「女性様がお待ちだ…これを」
教官は僕に一本のナイフを手渡した。
磨き上げられた刃は鋭く、柄の部分には女性と思われる像が彫られたアンティークなナイフだった。
「こっ!? これでペニスと睾丸を切るのですか!?」
「これは女性様にDNAを捧げる為の儀式なのだよ、痛みも出血も抑えられるから心配ない。後できちんと手術マシンで移植されるから機能も大丈夫だ」
「し…しかし…そんなこと…自分で切るなんて出来ません」
「ケイ君? 何をしているの? さぁ…早く頂戴…あぁ早く」
女性…否、女性様の声を聞くと恐怖とは裏腹にペニスが隆々と勃起した。
「あぁん、すばらしいわ…私のペニス。さぁ、早くそれを私に捧げなさい」
優しくも厳しい口調で命令されると僕はそれに逆らえなかった…感情をコントロールされているのか、自分の意思なのか全くわからなくなった。
僕は女性様に見えるように右手にナイフを握りしめ勃起したペニスの根本にその刃をあてがった。
僕の顔には大量の汗が流れ鼓動が鼓膜を破りそうに激しく高鳴りその右手は震えた。
「ハァ…ハァ…自分でペニスを切るなんて…僕…怖いです…ウウッ」
「あなたは男でしょう? 男らしく早くそれを切り落としなさい。私にそれを捧げるのです…そのたわわな睾丸も共に…私にDNAを託しなさい」
「ハァ…ハァ…はい…ハァ…ハァ…」
「ウフフ…この姿はいつ見ても素敵だわ…私があなたの本体を愛してあげるから…安心してお切りなさい」
「あ、愛? 」
「そう、愛よ…ケイ君。愛してあげる…だから、私にあなたの全てであるそれを頂戴…」
「愛…して…僕を愛してください…」
初めて聞いた単語、意味も分からないのになぜか心を揺り動かされた僕はそのまま右手をスライドさせた…。
(サクッ)
軽快な音と共に僕のペニスと睾丸は切り離され左手の上に収まった。
僕は自然にそのペニスと睾丸を両手で持ち上げて女性様に捧げた。
「あぁん…それがケイ君の本体よ…それを私にくれるのね? ありがとう…」
女性様の映像はそのまま途切れ、そのまま僕の意識も途切れてしまった。
僕の本体…ペニスと睾丸は僕とソックリなアンドロイドに移植されあの女性様の元へと旅立っていった。
女性様と僕の本体がどのような生活を送っているのか、僕や男にそれを知るすべはない。
本体を失い抜け殻となった僕はそのまま高位の教官となり次世代の遺伝子を繋ぐために働いている。
ペニスと睾丸、男の本体を失ったのはルッソも同じだろう。
僕とルッソの違いは何なのか?
子孫を、DNAを残せるかの違いだけなのか?
結果として女性様のお役に立てる…その意味では僕もルッソも同じなのかもしれない。
そう思いたかった。
(END)
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投稿:2012.09.29更新:2012.09.29
選ばれしもの
著者 いち 様 / アクセス 12041 / ♥ 5