牛の刻詣りで用意するのが藁(わら)なのは、農業人口9割以上の中世に手頃な素材が藁だったからで、中国の金持ちは木彫りの人形を、西洋の金持ちなどは蝋人形を使っていた。手間や費用のかかる木彫りや蝋は、その分、より精緻な形をしており、効果も高い。その際に髪の毛なり血なりでDNA情報を登録するのは、当人の再現をより完全にする為である。
これを突き詰めるなら、呪い相手の容姿をもトモグラフィー+3次元プリンタで完全に再現するのが正しい。そして、現在の赤外線・超音波・X線技術なら、本人の素裸状態の3次元像ばかりでなく、骨格までも再現できる。別名をフィギャーというが、これこそ牛の刻詣りに相応しい人形だろう。
さて、ここにフィギャー式牛の刻呪いを極めた女がいた。こんなことを極めるぐらいだから、当然ながら社会性ゼロであり、恋人はおろか普通の人付き合いなどできるはずもない。いわゆるキモオタ(ステレオタイプ)の女版である。小説等で誇張されるストーカー型キモオタと同じく、彼女もまた妄想力の塊であって、ある男を勝手に(遠くから)慕い、かつその男と仲の良い女性達にことごとく嫉妬していた。
彼女ぐらいに想像力が高くなると、3次元再現フィギャーという高級素材に対し、ごく普通に釘を打ったり、手足をもいだりするような陳腐な呪いは行なわない。フィギャーのお腹に粘土(便宜上粘土と呼ぶが、要するにフィギャーの材料)をくっつけては「太れ太れ」と呪うのが彼女のやり方だ。一回の牛の刻に加えられる粘土は一片のみ。そして、そのくらいのペースが、女たちに、その最大の敵「体重•体型」の恐怖をじわじわと実体験させるのにちょうど良いのだ。一片4日分分、一回り太るのに僅か1ヶ月。地獄の呪いの誕生である。
とはいえ、そこはイイ男だ。気休めに「ぽっちゃりしていて安心できる」ぐらいのことを言って、女性たちを見捨てない。そして、それこそが、女の嫉妬を刺激する。
呪い用フィギャーには、腰回り腹回りだけなく、女性的な腰尻足ライン自体が完全に消えるぐらいに全体的に粘土が加えられ、更には、乳房が完全に埋もれてしまうぐらいに胸も分厚く改造されて、女が気がついた時は、フィギャーの胴体部は、すっかり男性体型になっていた。しかも件の男と同じ体型。そもそも、キモオタ(ステレオタイプ)なみに件の男を妄想し続けているのだから、無意識に男の体を造形すれば、そういう形になっても当然だろう。
被害者は一人に留まらない。友達どころか、単なる同級生や単なる知り合いすらフィギャー式牛の刻呪いの毒牙にかかり、女っぽい体型の女が男の回りから消えてしまった。それは彼のクラスから「華」が消えてしまったことを意味する。性器だけが男でない男性体型。体型に全く似合わない女子制服を着たお化け。それが彼の回りにいる女達だ。かくて、折角の共学だというのに、通夜のような毎日になってしまったのは仕方ない。
そんなある日、女はとうとう件の男の目に留まることとなった。貧相で根暗な感じとはいえ、体型だけみれば明らかに女だから、男の目から見たら掃き溜めの中の鶴だ。こうして女は最高のチャンスを得たが、目に留ったのは件の男だけでない。女性体型に飢えていたのはクラスメート男子も同じである。女は男達から猛烈なアプローチを受けた。
キモオタ女に男からのアプローチへの耐性はない。だから、脳内で件の男が「白馬の王子様」のように現れて声をかけてくれることを期待するが、イイ男が面識もない女(会った事はあるだろうが記憶に残らないようなキモオタ女)のために友情を踏みにじるはずもない。結果的に、女は自分を救ってくれなかった「白馬の王子様」に怒りを覚える。逆恨み以上に怖いのがこの手の妄想であることは、被害経験のある方なら同意するだろう。
ともかくも、女は男の髪の毛を手に入れて、大量に残っている男性体型フィギャーの一つを牛の刻詣りに使った。このくらいのストーカー女なら、件の男のフィギャーを持っているのは当然だが、それは愛でる為のフィギャーであって、呪いに使うような無節操なことは、キモオタの鏡として断じて出来ないのである。
牛の刻詣りに使われたフィギャーは、元々は女性体型なので男性器はついていない。きちんとした手続きを踏むなら、フィギャーに男性器をも加えるべきだろうが、呪いたいけど愛しているという複雑な彼女の心情には、この程度の不完全なコネクションがちょうど良い。
こうして牛の刻となったが、呪い方が分からない。古典的にくぎ手に持ったものの、力強く刺す気になれず、胴体をなでるようにかするに終わった。一回に打てる釘は1本。普通の完成フィギャーならそこで終わりだが、そこは後から粘土を追加した脆い表面だ。かすった部分がボロリと崩れ落ちる。女はさすがに不味いともって青くなった。
翌日おそるおそる様子をみると、想い人は片腹を手で押さえている。まさしく昨日の釘のところだ。怪我ではないことに安心し、しかも苦しんでいる様子に気の晴れる。これはイける。そう彼女が思うのも当然だろう。
彼女はその性格からも想像できるように情緒不安定だ。週に1〜2度、勝手に男に腹を立てては同じことを繰り返す。フィギャーはその度に削られて、本体が少しずつ現れていく。
そんなことが3ヶ月も続いたある日、女が久々に男を「透視カメラ」で観察すると、そこにはフィギャーと寸分違わないナイスボディーが現われた。男性器こそついているものの、どうみても細い女の体であり、胸まである。それを必死に隠して男は生きて来たようだ。
これは不味い、バレたら、それこそ「唯一の美少女」として、性別関係なくクラスメートの毒牙にかかる。そう焦った女は、あわてて粘土をフィギャーにくっつけて男体型に戻したものの、牛の刻の手続きを踏まなかったのが悪かったのか、件の男「の娘」の体型は元に戻らない。フィギャーと男とのコネクションが切れたのかも知れない、と考えた女は、コネクションを強める為に、フィギャーにも男性器をくわえた。
粘土が合わなかったのか、それとも、男性器の接触面が、その重さに比して小さ過ぎたのか、数日後、フィギャーの男性器がボロリと堕ちた。件の男がどのような形で男性器を失ったかは別の話。
-
投稿:2016.05.07更新:2016.05.08
フィギャー式牛の刻詣り
著者 917 様 / アクセス 10359 / ♥ 6