ギリシャ神話に出てくるダマステス(プロクルステス)をご存知だろうか。ポセイドンから生まれた彼は、街道の途中に隠れ家を持っていて、通りがかる一人旅の旅人に親切そうに一泊を提供すると声をかけていたが、実は残忍な強盗だった。殺す際、大きめの寝台に旅人を寝かせるや、鍛冶用の金槌で旅人の足を圧延するがごとく叩いて、そのサイズを寝台に合わせた。旅人の足が寝台より大きい時は、それに合うように足を切り取った。この神話から「プロクルステスの寝台(外枠に無理矢理中身を合わせるたとえ)」や「プロクルステスの解決法(理論に合うデータだけを選ぶ誤摩化し)」などの言葉が生まれている。
その「プロクルステスのナントカ」シリーズに、補正下着が加わった。補正下着とは外見を魅力的な曲線にすべく、お腹や腰を圧迫する、主に女性の使用する非健康下着である。そして、プロクルステスの補正下着とは、補正下着の要求する形状に体の方を合わせるべく、下着からはみ出てしまった脂肪や贅肉等を切り取るシステムを指す。整形外科の技術の発達で、傷口すら残らない摘出作業が一晩で可能となったからこそのシステムで、将来的には、はみ出た部分を摘出する代わりに圧延して尻に移動させるという、女性の究極の夢を目指しているそうだ。
選べる補正下着には、ボディスーツ、(胸まで覆う)フルコルセット、(腰だけの)コルセット、(股付きの)ガードル、(膝のすぐ上まである)ロングガードル、ガードルショーツなどだ。それぞれ複数のカットがある。ガードル類の場合、尻部の膨らみ具合が巨尻風から微尻風まで、ショーツ系だと、股間部を広く覆うデザインから紐に近いものまで揃っている。覆い具合にバリエーションがあるのは、尻肉をどのような形ではみ出させるかで、尻の整形の形が決るからだ。
形を整えることが目的だから、素材は普通の布ではない。高級コルセットに硬めの専用素材で、肉圧に負けて形が崩れないようになっている。いわばマネキン人形に合わせて作った鋳型のようなものだが、それでも体の屈伸や脱着のための最低限の伸縮性は残している。
単純に考えればプロクルステスの寝台のように鉄で作っても良いのだが、それだと体に無理がくる上に商売上、あまり好ましくないということで、業界では禁忌になっている。名目上の理由は、一晩だけとはいえ、直接股間に触れるから再使用できないからだ。つまり、使用後に持ち帰りとなり、日常的に肌着として使える必要があるということだ。本当の理由は、持ち帰って貰うことが商売繁盛に繋げる意図がある。たとえば、再び太って補正下着からはみ出た場合や、もっと痩せたいと考えた場合に、気軽に再訪問して貰うきっかけにするのである。そればかりか、高価な補正下着の需要を高めて、下着業界にも貢献する。
日常的な使用を前提にしているから、肌触りは滑らかで、デザインも女性らしさを強調している。意味女性下着の専門店ともいえる。当然ながらカットによって値段が違ってくる。面積が小さな下着ほど補正下着代も整形代も安くなる。整形代が安くなるのは、面積が小さいほどはみ出る量が一般的に少なくなるからだ。
以上の経緯から、どのサロンも女性向けという表向けの看板がある。しかし、お腹の回りが気になるのは女性に限らない。むしろ太りの気味の男性にこそ、健康管理という面から必要だ。はみ出る部分だけ切り取る「プロクルステスの補正下着」はその点最適である。ただただ、男が堂々とは入りづらいだけだ。その点は「父娘家庭」「病気の妻」という理由で入ることが可能なランジェリーショップよりも敷居は高い。
だから、男の為に完全予約で裏口から入るサービスも当然ある。中には「施術前の相談」を喫茶店などで行なうという配慮までするサロンすらある。
しかし、ここで、サロン側の薦めるままに「一番安いお試しコース」を選ぶと悲惨なことになる。寝ている間に股間からはみ出た部分が翌朝には切り取られているからだ。
しかし、それが表に出ることはない。というのも、このサービスを受けること自体に、「女性下着を履くような奴」という世間の目があって、利用者が後ろめたいものが感じているからだ。それでも、この種の「事故」が利用者を減らすことはなかった。口コミで宣伝するのは、始めから股をしっかりサポートするガードルで贅肉のみを切り取った成功者だけだから。
ちなみに、これを流行らせた黒幕は、恋の競争相手が減ったり、人妻の不倫が社会的に認められるようになる状況を夢見ていたとかいう噂がある。
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投稿:2016.06.05更新:2016.06.19
プロクルステスの下着
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