2016年に元年を迎えたVRゲームは、より過激なスリルを楽しめる違法改造を施された裏ゲームをも生み出した。違法といっても、始めのうちは飲み会などの罰ゲームと同じノリの、死に戻りなどのペナルティーが、現実世界にもにも及ぶ程度だったりする。たとえば、VRのギアに連動したワイヤーが体のあちこちに張り巡らされて、血流をモニターして安全を確保しつつ、ゲーム内で怪我を負った時は、その箇所のワイヤーを若干締めるという類いのものだ。死に戻りぐらいの敗北の場合、改造ゲームでは全身がワイヤーで締めるられる。スリルには違いない。
そんな中で一定の人気を保つゲームがある。それは、ダンジョン型ゲームのペナルティーとして、ステイタスを失う(一定時間「女のように」弱い筋力でプレイさせられる)かわりに、現実世界で「男らしさの象徴を失う」ように実感させるものだ。それは全身型競泳着のように体全体を覆うギアの開発を促した。
胴体ギアの最新版は、圧迫機能がある。各ステージのクリア時に異性と上半身を接触させたような感覚(男性だと、脇や背中、胸などに胸を当てられているような感覚、女性だと抱きしめられたりキスされたりする感覚)を与え、難敵クリア時に至っては股間部に異性と合体したような快感感すら与えてくれる。
逆に死に戻りぐらいの敗北となると「あなたはしばらく男でなくなります」というアナウンスとともに、男性の場合陰嚢を圧迫して睾丸が存在しない状態(タック)になるように変形する。胸部もブラジャーで締め付けたような感覚を与える。女性の場合のペナルティーは、悪臭プンプンの男に愛撫されるというものだ。だからネカマやネナベでプレイする者は皆無に近い。快楽に当たる部分もペナルティーに相当する部分も同性愛者以外には苦痛だからだ。
改造ゲームの中には、ペナルティーを課せられると、その状態で最低1時間プレイして、その間に一定数の敵を倒さないとペナルティーが延長されるような鬼畜仕様もある。ペナルティーを解除しない限り、予約時間以前のログアウトは出来ないというおまけ付きだ。ちなみに、途中で尿意を催しても問題ない。ギアに開いた導尿管を通して溲瓶に排尿できるような機能もあるからだ。いや、そんな機能の開発から下半身の感覚を生み出す機能が生まれたというべきか。
一番過激な改造ゲームとなると、特殊ギアだけでなくドリンク剤まで加わる。ドリンクはスポーツなんかで使う管式ドリンクで、ダンジョンの各フロアをクリアすると、合法的興奮剤がノズルから出て、それを飲むと快感が倍増するのだ。俺も楽しんでいる
もちろん快楽にはリスクがつきものだ。各層のボスは「男の急所を狙う」攻撃をするし、ダンジョンで死に戻ると、全身型ギアが骨格をより強力に締め付けるだけでなく、「化学的去勢を施して股間を萎えさせます」というアナウンスと共に一応は美味しいドリンクが出て、それを全部飲まないとゲームを進められないし、ログアウトすら出来ない。そしてログアウトとログインの度に「怖いなら止めても良いですよ」というログまで流す脅かしようだ。
その一方で、完全クリア時に、ゲームを第3者的に楽しんでいるスポンサーから約束されている。それは俺たちプレイヤーの様子が配信されている事、すなわち配信利益があがって、その分、報酬の大きさが確実な事を意味する。噂では、一生働かなくても良いぐらいの現世的な報酬が出るらしい。さすが違法改造ゲームの頭骨頂といえよう。
そうなると、多少のペナルティーも気にならなくなる。それどころか、骨格の締め付けなどの身体的ペナルティーも、アバターがナヨナヨした感じになるVRペナルティも、「そんな状態で敵を倒す」楽しみに転ずるのだ。「化学的去勢」というアナウンスにしたって、結局は股間は萎えなかったし、アバターはともかく現実世界で体型などの変化はない。誰も気にしないだろう。もちろん1ヶ月そこらで分かる訳もないが、今はどうでも良い事だ。唯一気になるのは、あのタックの感覚だけだが、前のゲームで慣れているので、苦痛というほどではない。こうして俺は違法ゲームにはまった。
死に戻りのペナルティーが階を進む毎に厳しくなる。ドリンクの味が少しずつ変わり、締め付けの時間も長くなるのだ。しかし、徐々にしか厳しくならないので拒絶感はない。こうして3ヶ月が過ぎたころにはダンジョン中層に到達したが、今にして思うと、ゲーム開始からいきなり中層レベルのペナルティーだったら、ゲームを止めていたかもしれない。そのくらいのタックや締め付けだが、体が慣れたしまったので、むしろ死に戻りを怖れずにガンガンに攻められるようになっている。現実世界の体型に変化を感じないのも、死に戻りを怖れなくなった理由の一つだ。だから、アバターはほとんど恒常的にペナルティー状態だ。もっとも、出会うプレーヤーのアバターは俺より酷い。本当になよなよしているのだ。その意味では、俺は成功者の部類に入るだろう。
そんな俺でも、とうとうペナルティが切れる前に前線に出ての死に戻りを経験した。その時は、ドリンクの量が一気に3倍になり、体の締め付けも急激にきつくなて、股間が痛みを感ずるほどに押さえ込まれた。そのため、なかなか力が出せずに、とうとうペナルティから抜けだせる前に予約時間切れで強制ログアウトとなった。しかし、その際ですら、現実の身体が傷つけられる怖さよりも、強制ログアウトになった屈辱の方が大きかった。もしかしたら、ドリンクにアドレナリンでも入っているのかも知れないが、そんな詮索は後回しだ。すぐさまダイブしなおして、俺はペナルティから抜けるべく敵を倒し続けた。俺のやり方に間違いはなかろう。
更に3ヶ月が経ち、下層に到着した。出会うプレーヤーのアバターは、ますます華奢となり、顔も可愛い系が増えている。稀に、普通の男もいるが、それは例外に近い。かく言う俺も、かなり細身になったと思う。ペナルティの時間が長くなっただけでなく、ペナルティ終了後も完全にはアバターが戻らないからだ。時間をかければ完全に戻るみたいだが、そんなちんたらやるゲーマーなんていない。中層以下ではペナルティ状態で階層ボスを倒すと、普通の状態で倒した場合より魔法ボーナスが余分につくからだ。
もっとも不安材料もある。それは、勃起が長続きしなくなったことだ。タックに慣れすぎて来たのかもしれない。これで、ちんたらやっていたら、インポになりそうだ。もちろん本当に怖いならゲームを止めるのが一番だが、ここまで来て、という思いがあるので、そちらには踏み切れない。そもそも、ゆっくり慎重に攻略するというのは俺のスタイルにあわない。
こうして下層前半を3ヶ月かけて攻略して、いよいよ下層後半、最後の2割である。ここまでくると、プレーヤーのほとんどが女っぽいアバターだ。中には胸が膨らんでいるように見えるな奴もいる。おそらく死に戻りのペナルティーを繰り返した奴らだろう。というのも、下層ともなると、ペナルティーが日単位で残るからだ。
ペナルティとしてのアバターの女性化だけならまだ良い。問題は、現実世界での体の変化だ。
実は俺にも少しだけ胸がある。始めは肋骨を締め付けた際の余った贅肉だと思っていたが、乳首の変化を見るに至って心配になった。改めて股間に思いを馳せると、ここ1ヶ月ほど朝立ち以外には一度も勃起していないし、全体的に小さくなっている気がする。どうやら、あのドリンクは確かに化学的去勢を促すものだったらしいと今になって気がついた。でも、ここで止めるのは悔しい。攻略wikiには、ドリンクはそれほど危険な濃度でなく、たとい乳首が立っても、ゲームを止めて1年もすれば完全に戻ると過去のプレーヤーらしき人が説明している。それで、もう少しだけ、もう少しだけとズルズルと続けているのだ。
もっとも、股間が縮み、勃起しなくなったお陰で、ペナルティーでの股間の締め付けは苦にならなくなっている。だから、ペナルティ状態でボスに再戦してボーナスを狙うという戦略が有効になる。それは連敗することでアバター上も現実上もますます去勢が進むリスクを意味するが、攻略wikiにある先達の「大丈夫」に間違いはない筈だからと、クリアーを優先させた。
こうして、他人より速く攻略を進めたが、最後の3層で足止めを食らった。攻略wikiによると、身を軽くし魔力を高めるしかないらしい。そしてその為に必要なのは、出来るだけ華奢なアバターのままで以前の層を再攻略することらしい。女は魔力と軽さ、男は筋力と重さってのは確かに常道だが、これを実行するということは、「去勢」ドリンクを大量に飲み、骨格を四六時中締め付け、ほぼ1ヶ月タックした状態でプレイすることを意味する。
攻略wikiにはもっと過激な方法も書いてある。「物理的に玉抜き」すれば、ペナルティ時にギアが玉なしを探知して、魔力が簡単に上がり身も軽くなるそうだ。そんな本末転倒やった奴がいるのか、と俺は呆れた。とりあえずは、今やれることをやる。それは力押しだ。
結局、何度も負け、結果的には筋力など男っぽい能力が最低の条件で再攻略する羽目となった。おかげで下から3層目は攻略できたが、代償も大きい。それは現実世界で上半身裸になれなくなったことだ。9割の人間は気付かないだろうが、気付く人間もいると思うからだ。これでは海に行けない。
それでも、俺はマシな方だ。下から2層目で出会う連中は、いずれもアバター上は完全な女なのだ。俺だってアバターは股間が(タックで)消え、代わりに小振りの胸がある華奢な体つきだが、まだ「女っぽい男」で通る。でも彼女らは、男に全く見えない。戸籍上は男かも知れないが、現実世界ではきっと男性機能を完全に失い、体型も女っぽくなっているニューハーフだろう。それに比べれば、俺はちょっとだけ女っぽいだけだ。
間もなくゲームを始めて1年になる。今は最下層の攻略中だ。そこにはナイスボディの女しかいない。つい最近クリアした一つ上の層と大きく違う。攻略wikiに最近出された仮説によると、魔力の強さは、胸の大きさに比例し、かつ股間の大きさに反比例しているのではないかとのことだ。だからこそアバター上でナイスボディの女ほど下層攻略に優位になるのではないかと。
仮説が正しければ、俺も股間がしぼんだからこそ魔力が上がったということになる。でも俺は信じない。いや、信じたくない。それは、現実世界で股間を消さない限り魔力が最大にならない事を意味するからだ。そして、このゲームの難度からするに、経験だけや身の軽さだけでなく最大の魔力をも得ないと完全クリアできそうにないから。こうなると「物理的に玉抜き」すれば攻略が楽になるという、呆れたアドバイスが現実味を帯びてくる。俺は初めて「このゲームは怖い」と思った。
それでも身の軽さと筋力を最大にすればクリアできるのではないかと2ヶ月頑張った。しかし俺はあきらめた。物理的去勢をしないとクリアできないと確信したからだ。時折会うプレーヤーもそんな噂をしている。
ゲームを止め、冷静になった今、男性機能が戻る確率が10%以下である現実に向き合っている。1年以上に渡る化学的去勢で、俺の股間はすっかり萎縮し、胸が大きくなっている。それでいて骨格が小さくなっているから、胸と尻がいっそう目立って、だぶだぶの服でごまかさないと外出が怖い。後ろ姿すら女に近いらしく、間違えられた事が何度もある。ブラジャーをせずに薄めの服で外出したら、逆にノービラが目立つのではないかと不安になるほどだ。でも、その一線を越えると負けた気がするので、未だにブラジャーは買ってもいない。
そんな俺でも、去勢手術を考えることがある。普通の結婚生活を営める股間でなくなった以上、その方が社会的に楽かも知れないからだ。
件のゲームの噂だが、現実世界での去勢が有利というwikiはあっても、そうしないとクリアできないという噂は広がっていない。俺だって言いふらす気はない。そんな変態性に気付いてもプレイし続けたと皆に知られたら、社会的に白い目で見られそうだからだ。wikiに書き込むだけでも、書き込んだのが俺だと皆に知られたら怖い。
クリアの話は聞かない。下層後半では俺は遅々としか攻略できなかったが、それでも前の連中を抜いて行った。そして、各層の顔ぶれは、俺の攻略中は全然変わらなかった。特に最下層はそうだ。俺が参戦してから増えたのは2人のみ。そして、俺がゲームから引退する前に減ったのはゼロ。俺が引退した後にクリアの噂が立ったが、それは俺が最下層からいなくなった事からの誤解だった。
噂の一つに報酬の内容がある。永久就職らしい。
下層後半で出会った多くのプレーヤーのセクシーな輪郭を思い出す。アバターとはいえ、あそこまで女っぽくなったのは、きっと去勢手術で股間がなくなった事をVR機械が反映させたからだろう。そして、既に去勢してしまった者にとっては永久就職は最高の褒美だろう。男色に我慢できる男なら、永久就職は悪手ではないからだ。永久就職という餌につられて去勢手術に踏み切った者もいるに違いない。愚か者とは言わない。俺だって、最下層で苦労していた時にその噂を知っていたら、いくら男色には吐き気を催すとはいえ、手術をしていたかも知れないから。
しかし噂は噂だ。永久就職の内容は分からない。最下層の3K家事を一生やらされるという意味かも知れないのだ。俺はクリア者を一人も知らないから確認のしようもない。ただ、本当に今までにクリアした者がいるのなら、きっと幸せに暮らしている気はする。でないと悪い噂がたって、ゲームの参加者が減るからだ。あまにネガティブに考えるのは止めよう。俺はギリギリで踏みとどまった。いま最下層にいる連中は一線を越えたが不幸ではない。それで十分ではないか。
最後の噂は、VR技術の次の目標だ。神経信号をコントロールすることで五感の幻覚を与える技術が開発中なのは世に知れている。噂になっているのは改造版のほう。五感だけでなく、ホルモン分泌に必要な神経信号をも支配する技術を開発中らしい。知らないうちに去勢される世界。そんなゲームに参加したら俺ですら去勢手術まで進んでしまう気がする。
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投稿:2016.06.22更新:2016.06.25
改造ゲームの魔力
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