〈D1965区画のみなさん、おはようございます、本日はXX16年12月31日、本日の就業班は1班、2班、4班、5班……〉
けたたましい放送によって、この『エデン』の朝は始まる。
その昔、地上が汚染され、人間たちは宇宙と地下に逃げた。
それからとてつもなく長い年月が経った今でも、宇宙に逃げた人間とは、連絡はついていない。
きっと全滅したのだろうと、大人たちは口をそろえてそう言う。
対して地下はと言うと、こちらは安定した生存と繁栄が約束され、大昔の理想郷を指した言葉を、この地下社会の名前とした。
マザーコンピューターによって、全ての人間が平等に管理、繁栄を約束される社会『エデン』。
〈昨日、この地区でお亡くなりになられたのは、……さん、イシュさん、……〉
「ああ、お婆ちゃん死んじゃったんだ、前回の休みの時に会っておいてよかった」
肉親が死ぬというのは辛いものだが、ここエデンでは皆が幸せなまま死ぬのだ、何の心配も、悔いもない。
「……ふぁあ、おはようアティス」
ルームメイトが起き出してきた。
「寝坊だよリヒト、今日は大事な日なんだから、さっさと学業区画へ向かわないと」
「ああ、そうだったな、なんたって今日は俺たちの仕事と結婚相手が決まる日だからな」
明日から、僕たちは各班に割り振られ、仕事を行い、このエデンに尽くすことになる。
そして、マザーコンピューターが見定めた相手と結婚し、同じ部屋に住み、性行為を行い、子供を作ることとなる。
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「これは、どういうことですが」
〈何も驚くことはありません、これがあなたの適正判定から基づいた、あなたが最大限に幸せに過ごすための決定です〉
適正職業:助産師
結婚相手:リヒト
個室の判定部屋で、その診断結果について、マザーコンピューターに疑問を口にする。
何故なら、助産師は女性にしかなれない職業であり、結婚相手のリヒトは男である。
「待ってくださいマザーコンピューター、僕は男ですから助産師にはなれないはずですし、リヒトとは結婚できません」
〈はい、確かに現状のあなたでは助産師の職に就くことはできず、男性同士の結婚も行うことはできません〉
「なら……」
〈なので、あなたを適正な身体へと作り変えることになります〉
「さあ、アティス君、こちらへ」
不意に、個室のドアが開かれた。
開けたのは、女性医師と、看護師の職に就く大人達だった。
「いや……」
訳が分からない、僕がリヒトと結婚……!?
「これはいけない……反逆的兆候だわ、大人として見過ごすわけにはいかないわねぇ……」
すると、大人たちは個室へと入ってきた。
「嫌だ!嫌だ!嫌だ!」
抵抗むなしく、両腕をガッチリと掴まれ、引きずられる形で、僕は部屋を後にした。
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授業で見たことがある分娩台……には近いものの、色々と違う点は多々ある。
例えば、固定具の違い。
両足どころか、両腕も体の上で固定され、お腹と腰でも固定される。
これでは、処置が終わるまで全く体は動かせない。
「それでは、下半身に麻酔を使用します、全身ではないから、眠ることはないわよ」
裸にされ、針を刺され、下半身の感覚が消えていく……だが。
「目を閉じちゃだめ、君はこれから睾丸をつぶされるところ、陰茎が切断される場面を見なければならないのよ」
首は、ちょうど自分の性器がみえるような位置で固定されている。
そして、口には猿轡をされ、声を出せないでいる。
「いいかい、君はマザーコンピューターによって決められた相手と結婚するため、それに適した体に作り替えられることになるわ」
「つまり、男性器を切断、使用不可能とし、その後女性器を埋め込むことになるわ」
「その後、君の精神も速やかに女性化するために、男性であること自体にトラウマを持ってもらうこととなるわ、つまり……こういうことよ」
女性医師は、手袋も何もせず、僕の睾丸を……握った。
「私も長年医師として仕事をしてきたけど、この瞬間だけは今でも興奮するわ」
少しずつ、力が込められていく。
熱い、熱い、熱い!
麻酔によって、感触が無いはずの下半身に、とてつもない熱さが伝わるそして……あっ。
「左は終わりよ……次は右……」
再び、熱を感じる。
とてつもない熱さが、熱が、伝わる。
潰された。
怖い、怖い、怖い、どこからか湧き上がる感情、熱が、伝わらない痛みが、頭の中を駆け回る。
気が付くと頬に涙が流れていた……痛みではなく、恐怖からの涙だ。
不意に、おちんちんの先から、赤いおしっこが漏れ出し、床を汚す。
「最後の最後でおしっこができてよかったわね」
そういうと、大型のハサミを取りだし、無造作におちんちんの根元にその刃先を合わせる。
「強情な子なら、先端から少しづつ切り落としのだけど、君ならもう大丈夫そうね」
一瞬だった。
床に落ちた肉の棒が、自分の物”だった”と認識するのに、そう時間はかからなかった。
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「彼女、アティスさんだったかしら、その後の様子はどうなの?」
〈はい、身体の自己修復は滞りなく終了、生物学上の性別は紛れもなく女性となりました〉
「今日だったかしら、ルームメイトとの再会は」
〈はい、相手も当初は動揺していましたが、時間が経つにつれ、落ち着いてきた様子です〉
「しっかし、珍しい例とはいえ、機械であるあなたが、種の繁栄のための完全なる適正結果を無視してまで、こんな判断を下すとはね」
〈いえ、同性愛というのはまだまだデータが足りていないのが現状です〉
〈種の最大の繁栄のために、一時的に最善手を打たないのも、戦略の一つなのです〉
「同性愛の兆候を見せたペアに対し、実験的な数多くの手段を投じる」
「今回は片方の人間の性別を転換させ、それでも愛が続くのかと言う実験……」
「助産師という職業適性も、子を成すためのより高度な知識習得のため……」
「マザーコンピューター、あなたはよっぽど"愛"というものを疑っているようね」
〈はい、汚染前の世界ですら、愛の定義は未規定のままでした〉
〈ですが、種の最大繁栄と同時に、最大幸福を追求するようプログラムされた私には、この愛を明確に規定し、より最大幸福に近づける義務があります〉
〈何故なら、ここは『エデン』、ありとあらゆる人間にとって楽園でなくてはならないのですから〉
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投稿:2016.08.25
地下完全管理社会『エデン』
著者 ルミナス 様 / アクセス 10968 / ♥ 12