「勇者の子供を去勢してほしい」
転生神(異世界転生の多くで出てくる奴)はそう私に言ってきた。
アニメやラノベで異世界転生が流行のようだが、その煽りを食って私も異世界に拉致された。脳にささやきかける転生神によれば、仕事を終えれば、元の世界の送り返してくれるそうで、拉致犯は転生神らしい。要は「協力しないと帰さない」というわけで、そんな人質論法を使うような神に協力するいわれは無いものの、拉致犯の言い分には少し同情した。なんでも、前回の危機に助っ人として呼んだ日本人が「知識チート」とばかりに医療救世を行なって、生産力に見合わない人口急増が始まっているらしい。しかも21世紀の地球の先進国でしか通用しない「倫理」を振りかざして、自然淘汰で減らない分、すなわち「口減らし」として捨てられた孤児をも徹底的に助けるようなことをやっているので、人口がまさに爆発しようとしているそうだ。
医療活動が尊いことは確かだ。私だって、そのお陰でかつて一命を取り留めたことがある。
しかし、だからといって、自然死の多さを高い出生率で補っているような文化・文明に、自然死を激減させるような医療技術や薬、福祉をそのまま持ち込むのは「小さな親切大きなお世話」で、自然と闘う必要になくなった余剰人口は、限られたリソースを巡って争いを起こす。「小人閑居して不善をなす」という諺は、深読みすると「普通の人間は(自然と闘う必要がなくなって)暇を持て余すと他人迷惑な事(=戦争)を引き起こす」とも解釈できるのだ。
結局のところ、人口爆発をいかに押さえ込むかは、地球に限らず大問題なのである。必要以上に生むのを止めないさせないと、目先の救済は結果的には残酷な戦争につながっていく。医療は人口政策とペアで進めなければ、最悪の害悪ともなりうるのである。
そこで転生神が目を付けたのが、動物の「去勢師」としての私だ。転生神の望みは、主人公の無責任なチートの結果の人口爆発を抑えるべく、主人公の子供たちや、主人公の医療技術の恩恵で助かった人々をことごとく完全避妊する(子供を作れない体にする)ことだ。というのも、異世界の民度では「教化」で自主的に避妊するなんて望むべくも無いからだ。コンドームは異世界には受け入れられまい。
ここまで聞いた私は、生産力や資源を何も考えずに医療チート・孤児無条件救済を行なった前任者が同胞の日本人であることに恥ずかしくなった。だからこそ、拉致にも関わらず転生神に協力する事にした。
もっとも、協力した理由は、転生神への同情や、人質論法だけではない。何よりも報酬が素晴らしいのだ。地球に戻った暁には、寿命こそは変わらないものの、生涯にわたって若さを1年分だけ余計に維持出来るようにしてくれるそうだ。ということは、世界を20救えば、20年余分に若々しくなれる。実は、転生日本人は異なったチートにとって人口爆発の危機を迎えている異世界は、ラノベの数ほど沢山あるのだ。私の年齢は28歳。肌とか頭髪とかもはや若くないと感じている。自分の知識を使った手助けで若返りできるなら、私でなくとも協力するだろう。
さて、完全避妊といっても、去勢手術とは限らない。手術は、その結果が外見上明らかで、騒ぎになりやすいからだ。それでは大量去勢というミッションはクリア不可能だ。だから、まずは目に見えない形の化学的去勢から始める。
チート世界なので、上下水道完備だ。下水を通して尿は終末処理場に集まる。しかも魔法のある世界だ。終末処理場の女性ホルモンを魔法で精製するのは訳ないし、それを上水道に入れるのも簡単だ。牛から抽出する方法もあるそうだが、そういう科学知識を持たない私には、ちょっと難しいだろう。
あと「若い男の子の睾丸を食べれば、男女関係なく若返りできる」というデマも流した。もちろん、奇跡を現代知識で(顔を隠して)見せてのことだ。食べた直後でなく、その数日後に若返ると説明しているので、その間に本人に気付かれないようにプチ整形を行なってる。私は整形手術もできるのだ。お陰で、今や宗教として広がっている。
同性愛ものの漫画の普及も行なっている。異世界には青少年云々条例もポルノ規制もないので、漫画には、女の子の股間の作り方を説明を加えている。お陰で、女装したい=女になってみたいという好奇心を持つ者が増えている。
こうして異世界で10年過ごした私は、ようやく現代に戻ってきた。そして違和感を感じた。あれ、日本の人口って、私の過ごした異世界より遥かに過密じゃないか? 世界の人口がわずか40年で倍になっている現実を。
そのとき、私は悟ったのだ。私が異世界に連れて行かれた本当の理由を。転生神は、地球の人口過密を憂えていたのだろう。だから、私のような人間を異世界という名の仮想空間で試し、人口調整に成功した者に、それを地球でも行なう役目を与えたのだろう。
となれば、魔法だけでなく、睾丸で若返りというデマも広げる必要もある。そうして生まれた都市伝説は、
「新鮮な睾丸なら一個で3ヶ月分若返り、半日古くなる毎に効果が1ヶ月分減る」
「人食いタブーの一種なので、医療関係者は効果を否定するが、実は本当に効果があるらしい」
「実は若死にした男の子から睾丸を買う裏商売が既にあるらしい」
という内容だ。おそらく、異世界での私の魔法よりも、こちらの方が影響が大きいだろう。これから楽しみと思っていたら、転生神から追加の褒美を貰った。なんでも10年分若返りできるらしい。
しかし因果応報というか、私は、都市伝説の被害者になった。あの転生神、もしかしたら悪魔だったかも。
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投稿:2016.12.03更新:2016.12.23
勇者の子孫を去勢せよ(改題)
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