小学校六年生の夏。授業が終わり、終業のチャイムと共に教室を出た。廊下を走る同級生を避けて端に寄って歩いているとランドセルを引っ張られて、僕は頭だけ動かして振り返る。
「相変わらず帰るの早いね~。一緒に帰ろうよ」
そう言ってにこやかな表情を浮かべた少女が立っている。ランドセルを掴んだ手はそのままで、僕が友好的な返事をしない限り離してくれそうになかった。
「わかったよ」
少しだけ面倒な表情を作ってから頷くと、少女は歯を見せてうししと笑った。少女は僕の手を掴むと勢いうよく引っ張ってそのまま階段を降りていく。僕はついていくのに必死で、学校から外に出るまでの間、何度も転びそうになっていた。
少女は僕の幼馴染だ。物心ついた頃から一緒に過ごしていた彼女は、家が隣な事もあって産み落とされた病院も同じで片時も離れた事がない、まさに姉弟といっても差し支えない仲だった。しかし、姉弟は仲がいいものとは限らない。僕は彼女に対してあまりいい印象を持っていなかった。
理由は山ほどある。神経質な僕と相反して彼女はがさつだし、誰とでもすぐに仲良くなる。その癖こうやって帰る時は毎回僕を捕まえて一緒に帰ろうとするし、拒否すればガラスが割れそうな勢いで泣き出すものだから、僕は学校の人間からいじめっ子扱いを受けていた。全く散々だ。そういう諸々が嫌になって見つかる前に帰ろうとするけど、いつも今日みたいに捕まってしまっていた。
「あ、見て見て。蝉が倒れてるっ」
家までの帰り道、先導して歩く少女が指をさすと、地面に蝉が倒れていた。覗き込んでみると辛うじて生きてはいるようで、細い脚を使って懸命に歩いている。少女は蝉の近くにしゃがみこんで、一生懸命な蝉をつついて茶々を入れ始めた。
「やめなよ、可哀想だろ」
「うはは、私に見つかったのが運のツキだよ。うりうり」
制止するが、少女は聞く耳を持たずに蝉を虐めていた。やがて蝉は諦めたように転がると動かなくなる。その様子を見届けた後、僕は少女に視線を移した。笑顔を見せる小さな顔には、うっすらと汗が滲んでいた。
男子みたいに振る舞う彼女は間違いなく女性の見た目で、小さな表情は綺麗に整っている。さらりと長い髪の毛は艶があり、湿気に交じって微かにいい匂いをさせていた。体つきだってそうだ。タンクトップにホットパンツという活発な服装をしているが、露出している手足は細く、胸の部分は僅かながら膨らみがある。こうして全体を眺めていると、少女はまごうことなく女性の体を持っていた。彼女の体を眺めていると、体中の血液が沸騰するように熱くなるのを感じて、どうしようもない感情がお腹の部分でぐるぐると回っているような気分になる。
「どうしたの?」
彼女の言葉に息を漏らすと、はっと現実に帰ってきた感覚がした。いつの間には僕の腕は彼女に伸びて、手の甲で彼女の頬に触れていた。
「――熱くなってる、熱中症で倒れちゃうよ」
「ん~、どれどれ」
慌てて言葉を繋げると、瞳だけ動かして僕の手を見た後、同じように腕を僕の顔に伸ばしてきた。額に彼女の手が触れる。じっとりと汗ばんだ手の平が額に吸い付き、少しだけひやりとした。
「本当だ。熱くなってる」
「……僕じゃなくて自分のおでこで計りなよ」
「アンタだって私で確認したでしょーが」
言われてからそのまま手を押しだされて僕は尻もちをついてしまった。むっとして彼女の方を見ると彼女は既に立ち上がっていて、僕の姿を見て楽しそうに笑っていた。いや、楽しそうとは少しだけ違う。『神秘的』、『魅力的』、『妖しげな』……彼女の顔を見つめて適切な言葉を探していたら、ゆっくりと彼女が近づいてきた。脚が触れるくらい近くまで来た彼女は、少しだけ腰を落としてこちらを覗き込むと長い髪がカーテンのように僕と少女を覆い隠した。彼女の瞳は調子を変えずにこちらを覗いたままで、じっと見つめていると吸い込まれそうな感覚を覚える。
――そうだ。『妖艶』だ。
彼女の表情を言い表すならば、これ以上適切な言葉はない。ゆるりと口角を上げた微笑み。目を細めながらも冷めた瞳で見つめてくる視線。少女のあどけなさを残しながらも成熟した女性を思わせる顔つきは、まさしく妖艶と言う他なかった。
「軽く押されただけで倒れちゃうなんて弱っちいね。あんたって本当に男の子?」
僕は返事が出来ずに彼女の瞳を見つめ続けていた。罵倒されて言い返そうと言う気持ちはあったけれど、それよりも彼女の瞳が綺麗で、目を離すどころか開いた口を閉じることも出来ずにいた。ほんのり赤味を帯びた瞳は影がかかっていてもキラキラと光って見えて、切り取られた宝石みたいに魅力的だった。一方で捕食者に睨みつけられているような冷たさも感じさせる瞳はこちらを見据えて動かない。
いつまでそうしているのかわからなくなってきた時、彼女顔が離れた。代わりに手を差し出してにこりと笑う。いつも通り、見慣れた少女の笑顔だった。
僕は彼女の手を取って立ち上がると、彼女は踵を返して歩き始める。追いかけようとする前にふと蝉の方を見ると、力尽きたようで動きを止めていた。
「あら一華ちゃん。いらっしゃい」
カウンターを挟んで椅子に座っているお婆さんがこちらを見て言った。一華とは少女の名前で、フルネームは相沢一華<あいざわいちか>という。一華はお婆さんに手を振ってから、店の中に入った。
家までの帰り道には駄菓子屋があって、毎日帰りがけに通うのが僕たちの日課になっていた。日課といっても親から貰える小遣いは大した額ではなく、毎日ほんのちょっとだけ買い物をして少し贅沢な気分を味わう程度だった。しかし、今日は小遣い一週間前。財布に残った小銭も残り少なく買い物も厳選しなければいけない。それは一華も同じだったみたいで、駄菓子が並ぶ商品棚の前で唸り声を上げて立ち尽くしていた。
吟味の末、硬貨を模ったチョコをいくつかと卵型のバニラアイスを購入した。店の外に出ると相変わらずの暑さで肌が焼かれる感覚がした。冷凍庫から出したばかりのアイスは早くも溶け始めているようで、強く握ると指が沈んでいく。早く食べないとあっという間に温くなってしまいそうだ。
日陰に隠れて一華が買い物を済ませるのを待っていると、ほどなくして彼女が店から出てきた。手には山ほどのチューチュー(僕はチューペットと呼んでいる)を持っていた。持っている一華本人は涼しそうにしているが、チューチューは彼女の熱を吸って容器に汗を浮かべている。この様子なら僕のアイスよりも早くに溶けてしまうんじゃないだろうか。
「よし、神社行こっ」
一華は僕の心配を余所に一華はずんずんと帰り道を進んでいく。
僕たちの帰宅ルートには駄菓子屋とは別にもう一つよく寄る場所があった。一華が言った通り神社だ。といってもそこまで厳かなものではなく、宅地にある公園程度の平地に鳥居と社があるくらいの質素なものだった。いつ見ても参拝客がいない事と大きく育った木が生えているのが特徴で、帰宅時間から夕暮れまでの時間は専ら僕たち子供の遊び場となっていた。
神社まで来た僕たちは木の影に入って適当に座り込んだ。巨木なだけあって神社の殆どに影を作ってくれるのは有難いのだが、この季節だと蝉の鳴き声がとにかく煩い。慣れてくるまでは耳元で叫ばれているような気分になる。一華は騒音を気にした様子もなく、早速買い込んだチューチューから一つ選んで手に取った。
「うわちゃ~、溶けてるし」
案の定、一華の購入したチューチューは溶けてしまっていた。真ん中からへし折ろうと力を入れるが、ぶにぶにと変形して切れる気配はない。そうしている間にも溶けていってるようで、容器には垂れ落ちる程の水滴が張り付いていた。
「最悪、温くなったちゅーちゅーに存在価値なんてないのに」
「もっと考えて買わないからだよ」
「うるさいなぁ。あんたにもあげるから食べるの手伝ってよ」
言いながら手に持っていたチューチューをこちらに差し出してきた。受け取ると仄かに冷たさを感じたが、温くなって殆ど液体になっていた。先端を噛みちぎって中身を飲む。あんまり美味しくない。横を見ると一華も同じようにして温くなったチューチューを飲んでいた。
「あーつーいー」
買った分を飲み干した一華はシャツをパタパタとさせて唸る。水分を取ったからか肌の表面には汗が雫になって浮かんでいて本当に暑そうだった。一華はシャツをばたつかせながら伏し目がちにこちらを見ると、嬉しそうな表情を見せてから指をさす。指の先には僕の戦利品が置いてあった。
「アイス買ってたんだっ。いいじゃん、ないすっ」
「何喜んでるの。あげないよ」
嬉々としてアイスを取った一華にそう言ってから、取り返した。結構時間が経っているからこっちも大分溶けてしまっているみたいだったけど、まだ冷たさは残っている。
「ケチ臭い事言わないでよ~、私のちゅーちゅー食べたでしょ」
自分から渡した癖に恩着せがましく言う一華は唇を尖らせて不機嫌な顔をしていた。無視して食べてしまおうかと思ったけれど、アイスを開けようとする度に彼女は悲鳴のような声を出してなんとも食べずらい……。このまま視線を投げかけられたまま食べるのはとても居心地が悪そうだったから、「わかったよ」と頷いた。
「やった。貸して、切ってあげる」
アイスを奪い取った一華はランドセルからハサミを取り出して飲み口になる先端を切った。するとアイスはみるみる外に溢れ出してきて、慌てて受け取ろうとしたけど間に合わず。一華の手に垂れ落ちてしまった。
「もう、何やってるんだよ」
手を拭いてあげようとポケットからティッシュを探していると、僕がティッシュを取り出すよりも先に一華の手が眼前まで伸びてきた。
「ね、綺麗にしてよ」
「待ってよ。ティッシュ持ってきてたはずだから」
「拭き取ったら勿体ないじゃない――舐めてよ」
何を言われたのかわからずに、僕は顔を上げる。一華の瞳はさっき見た時と同じ輝きをしていた。穴が開いたような深い闇の中にきらきらと光が散っている。あれだけ煩かった蝉の鳴き声が消えてしまったような感覚。まるで時が止まったかのような空間で、僕は、彼女の指に口を近づけた。
「ん……」
舌先が指に触れると一華の吐息が聞こえた。舌を伝って感じる彼女の指は、細く、それでいて柔らかい。自分の手とは全然別のものだった。少しのしょっぱさがアイスの甘味に交じって口の中で広がった。味がしなくなるまで綺麗に舐めとろうと、一華の指を咥える。
「ん……ふふ、犬みたい」
一華の小さな声が聞こえた。吐息と一緒に吐き出された笑みには嘲笑の意を感じたけど、不思議と僕は怒る気にならなかった。そんな事に反応する隙間がないくらい、彼女の指に神経を向けてむしゃぶりついていた。切りそろえられた綺麗な爪、張りのある肌、小さな手の甲、すべてが僕と違って女性的だった。今まで特に気にしてなかった一華の手が今日はとても魅力的に見える。もうアイスの味なんてとっくにしなくなっていた。それでも息を荒げて舐め続ける僕は我ながら犬のようだと思った。
ゆっくりと手が引かれて顔から離れていく。僕は頭だけ動かして一華を見た。
「悲しそうな顔してどうしたの? もしかして、まだ舐めたかった?」
心臓が跳ね上がるような衝撃を覚えて咄嗟に顔を逸らした。一華の言葉に頷こうとしていたからだ。冷静に考えれば指を舐めて綺麗にするだなんてどうかしている。それなのに僕は素直に従うばかりか、期待感に胸を膨らましてしまっている。心臓はドキドキと脈打っていて、顔が燃えそうなくらいに熱くなっていた。
「そんなわけ、ないだろ」
「ふーん……」
必死に声を振り絞ってそう伝えると、一華は鼻を鳴らして答えただけで静かになった。顔を上げて様子を確認してみると、何事もなかったような表情で僕が舐めた手をティッシュで拭いていた。
「拭くもの持ってるじゃん」
堪らず言うと、拭いたまま一華は答える。
「持ってないなんて言ってないけど」
「だったら最初から自分で拭きなよ」
「いちいちうるさいなぁ。あんたも楽しんでたんだから問題ないでしょ」
「なっ」
言われて僕は大きな声を上げた。楽しんだと思われているのが心外だった。すぐに言い返してやろうと思ったけどさっきまでの自分の行動を振り返ると返す言葉が思い浮かばない。結局何も言えないまま僕は顔を伏せた。
そのあと、何事もなかったように振る舞う一華と少し休んだ後、家に帰った。門を開けた所で一華が「ばいばいっ」と言って手を振っていた。僕がさっきまで舐めていた手だ。意識してしまったせいか、手を追いかけることに夢中になっていて上手く挨拶することができなかった。玄関に入って扉を閉めると汗が吹き出る感覚がした。蒸し暑さを感じる玄関で立ち尽くしたまま、僕は目を閉じる。
頭に浮かぶのはさっきまで舌で触れていた一華の手だ。彼女はなんてことないように振る舞っていたけれど、僕の頭の中はその出来事でいっぱいになっていた。一華の手とそこから伸びる腕を思い出すたびにもやもやとした感情が体中を這いまわるみたいで気持ちが悪い。
目を開けて自分の腕を見た。頭に浮かぶ一華の腕とは微妙に違う。彼女と比べて骨ばった腕ははっきり輪郭がわかるし指だって全然太い。確か授業で習った事がある、僕らには二次成長期というタイミングがあって、そこから男女の体格が明確に分かれていくと習った気がする。とするならばこの違いは、僕の体が男性のそれに変貌していっているからなのだろう。逆に一華から感じた艶めかしい雰囲気は女性由来のものだということだ。そう考えると体を這いまわるもやもやが強くなった気がした。
手を見つめる視線の先に違和感を感じて手をどけてみると、ズボンが少しだけ膨らんでいた。男性特有の物体。生理現象を目の当たりにして唐突に吐き気がこみ上げてきた。じとりと肌に張り付いた汗が気持ち悪い。僕は急いで洗面所に向かってシャワーを浴びようと洗面所に向かった。
風呂桶に湯舟を張って体を沈めた。熱い湯が体を清めてくれる心地よさに息が漏れる。頭までお湯に浸かると余計な考えも溶けてなくなっていく。でも、一華の事だけはこびりついたように離れない。
昔から彼女と一緒にいるが、ここまで深く考える事はなかった。ただ単に家が隣だというだけで他の友達と別段変わりない。それぐらいのものだった。ここまで意識したのは今年に入ってからだ。きっかけは僕と一緒に男友達とよく遊んでいた一華が急に混ざらなくなった事だった。喧嘩したりとか、そういう事情があった訳ではない。どうしたのかと話しかけた時もいつもと同じ調子だった。だが、遊びに誘ってもやんわりと断られるようになったのだ。しかしそれでも僕と帰るのは相変わらず一緒で、仲のいい友達たちを振り切るように誘ってくるようになった。一華は元々がさつな性格だったから、気分でふらふらと遊ぶグループを変えるところがあった。そのせいか周りはそこまで気にしてなかったけど、彼女の様子に僕は疑問に感じていた。
決定的なのはあの態度だ。男グループと遊ばなくなった同じタイミングで一華の態度がおかしくなった。普段から高圧的な物言いが多かったが、それはどちらかというとガキ大将といった具合だった。グループのリーダーのように振る舞い、男女分け隔てなく接する感じだ。その言動も男友達から距離を置くと共に静かなものになり、彼女の態度を苦手だと思っていた人も付き合いやすくなった。半面、僕には変わりなく接してきて、さっきみたいに人を動物扱いするような行動も増えていった。今では慣れてきた言動も最初はとにかく不快で、いつしか彼女を避けるように行動するようになっていた。
湯舟から顔を出して深呼吸をする。相変わらず頭の中には一華が住み着いていた。一華の事を考える度に頭がぐちゃぐちゃとしてきて気持ちが悪い。頭から追い出そうとしてもより強く考えてしまう。僕の前にだけ見せる冷たい瞳やペットにするような態度、そういうものが鮮明に頭をよぎって頭を大きく振った。すると下腹部からむず痒い感触を感じて下を見た。さっきまで落ち着いていた部分がまた大きく膨れ上がっている。
一華の変化に伴い、僕も変化をしていた。彼女に雑に扱われる度に、僕は一華に良からぬ感情を抱くようになっていた。劣情、と言える感情は授業で習った程度で深く理解はできていなかった。ただわかるのは、普段の快活に笑う一華ではなく、妖しく笑みを見せる彼女を見るとこうなってしまうという事。これは良くない感情だと頭が警笛を鳴らしているが、止める術が分からない僕は酷く持て余していた。
「ん……」
おそるおそる手を伸ばして屹立した部分に触れた。柔皮<じゅうひ>に包まれた部位は刺激を敏感に感じ取って体が揺れる。痛いくらい鋭敏になった雄棒を指でつまんで撫でると腰がくだけそうな気持よさを感じた。徐々に刺激に慣れてくると、つまんでいた指を増やしていき、最後は掴むように握りこんでいた。
「ん……くっ、はっ、はぁっ……」
上下運動で刺激を送る度に湯舟が揺れて水音が鳴る。規則正しくなる音を頼りに僕はリズミカルに手を動かし続ける。目を閉じた僕の眼前に見えるのは一華の姿だった。僕を見つめる一華は憐憫<れんびん>の表情で笑みを浮かべている。生まれたままの姿で息を荒げて、必死になって快楽を貪っている僕の姿を冷ややかな視線で笑っているのだ。
「あ……うあ、あっ、ああっ!」
断続的に声を吐き出しながら手の動きを速めると、頭の中で何かが爆ぜた。疲労感がいきなり乗っかってきたように体がだるくなり呼吸が荒くなる。ゆっくり瞳を開けて動かしていた手を見ると粘着性のある白い液体がこびりついていた。手を見つめながら息を整える。気が付けば一華の姿は頭から消えていた。
お風呂の栓を抜いてシャワーで体を流す。だるさの残った体にシャワーの水は重く、僕は壁に手をついて顔を伏せた。あれだけ頭から消し去ろうと思っていたはずなのに、実際に消えてみるともやもやが大きくなっていた。もしかして僕は、とんでもない事をしてしまったのではないか。
一華に対してとても失礼な事をしたと思った僕の胸は罪悪感でいっぱいになっていた。彼女の姿を頭の中で浮かべてみても出てくるのはいつもの元気な笑顔だけで僕の良心を更に抉っていく。苦しい、辛い、どうしてこんな気持ちにならないといけないんだ。
「……う……うえ、えぇっ……!」
考えれば考えるほど、気持ち悪さが全身に巡り、僕は堪らず吐き出した。だけども口からは何も出てこずに、涙がこみ上げるばかりだった。きっと一華は、僕がこんな事になっているなんて考えもしていないだろう、今だっていつも通りに過ごしているはずだ。自分だけが彼女に振り回されておかしな事になっている。そう考えると余計に疲れを感じてその場にしゃがみこんだ。
――この感情は、自分が男だから感じるのだろうか。
ふとそう思って自分の男性たる象徴に目をやった。僕が彼女と同じ女性なら、こんな気持ちを抱かずに過ごせたのだろうか。一華のような存在になれれば僕は彼女と素直に付き合っていけるのだろうか。
誰にでもない問いかけに答えは返ってこない。浴室にはシャワーの音が雨のように鳴っていた。
それから一華との付き合いは相変わらずだった。彼女は変わらず授業が終われば僕を捕まえてくるから一緒に帰っていた。僕は一華の顔を見て内心慌てていたけれど、気付かれないように平常心を心掛けた。そのまま、夏も終わり秋が過ぎ。小学校を卒業するまで残り三カ月のある日、一華が家にやってきた。
「おっす――」
手を上げて挨拶をした一華はずぶ濡れだった。外は雨が降っていて、扉が開くと玄関まで濡れ始めるぐらい雨足が強い。
「どうしたの? とりあえず入りなよ」
「うわはは……ごめんね」
僕は急いでタオルを用意すると一華に渡した。彼女の体はとても冷たくなっていた。頭を拭く彼女はいつも通り笑みを作っていたが、声には元気を感じられない。
「何か暖かい飲み物用意するから、部屋にいっててよ。僕の部屋覚えてる?」
「うん、大丈夫。おばさんは?」
「仕事だよ」
「そっか、ありがと」
階段を上っていく一華を尻目に、台所にいってお湯を沸かす。一華の方から家にくるのは珍しい事だった。確か前に遊びに来たのは一年くらい前だった気がする。帰りがけに新しく買ったゲームの話になり、一緒に遊ぼうと家にやってきた。そこから日が暮れるまでゲームで遊んだ。あの時は一華の様子も変わってなくて、一華もとても楽しそうにしていた記憶がある。しかし、今日の一華はその時と違って影があった。
火にかけていたポットがぼこぼこと音を立てはじめて火を止めた。二人分のインスタントココアを用意して部屋に戻ると、一華はベッドに腰かけて窓の外を眺めていた。
「お待たせ」
「ん、ありがと……いい香り」
カップを両手で持った一華は顔を近づけてココアの香りを楽しんでいた。
「インスタントで悪いね」
「凄く有難いよ。外めちゃくちゃ寒かったからね」
「そりゃ、十二月だもの」
曇り空の今日は暖房をつけていても肌寒さを感じる程だった。おまけに雨まで降っているのだから、外は相当な寒さだろう。濡れている一華はその中を傘も差さずにやってきたわけだ。彼女の方を見ると濡れたシャツが張り付いて肌の色が浮かんでいた。スカートも雨を吸って重くなっているのか絨毯のようにべったりと脚に乗っかかっている。髪の先端には水が溜まり雫になっていた。そのすべてが、一華の体を女性らしく演出している。
半年近くの間で、一華の体はとても女性的になっていた。夏の時点では些細な膨らみがあるぐらいだった胸部は山なりに服を引き延ばしている。スカートから伸びた足は肉がついて丸みを帯びていた。体の変化に対して一華の仕草も変わっていた。カップを両手で持っているのもそうだけど、今までは無防備に開いていた脚を閉じて膝を合わせて座っている。
「……何?」
一華が怪訝な表情でこちらを見てきた。僕は慌てて視線を逸らす。
「いや、大分変ったよね。一華」
「……うん。あんたもね」
「僕も?」
「そ、男らしくなってきた。勿論見た目だけね」
一言余計な事を付け加えて一華が言った。それは僕も気付いていた事だった。クラスの中でも細い方だった僕の腕は徐々に大きくなってきていて、指も太くなっていた。腕だけじゃなく体全体も鏡を見る度に縦にも横にも大きくなっているのを感じていた。丸みを帯びた関節はどんどん骨ばっていき、僕の体は一華とは全く逆の変貌を遂げようとしていた。だけど僕は嬉しくなかった。自分の姿を確認すればするほど、もやもやとした感情が体の中で渦を巻いていた。それは根を張った植物のように、日増しに大きくなっている。
「……変わるのは嫌?」
「え」
一華の言葉に、僕はどきっとした。心の中を覗かれたような気分になって、思わず息が漏れ出した。
「私は嫌。大きくなっていく体も、変わっていく気持ちも。ずっと子供でいたかった」
「いたかった……?」
一華の言葉に疑問を感じて僕は聞き返した。成長しているといっても僕たちはまだまだ子供だ。それなのに一華はもう違うと言い切っていた。こちらを見ていた一華はゆっくりと俯くと溜まった息を吐き出した。
「今日、朝起きたらね、ベッドが血まみれだったの。私びっくりしちゃって、体を確認してみたけどどこも怪我なんてしてないし、怖くなってママに事情を説明したら、おめでとうって言われたわ」
「それって……」
僕が言うと、一華は黙って頷いた。
「一華も大人の女性になれたねってママは喜んでたけど、私は凄く怖かった。いっぱい血が出てるのに嬉しそうして、私は凄く怖かったの。でもそんなの言い出せないじゃん。だって嬉しそうにしてるからっ。泣き出しそうになったけど、泣いたら不思議に思われるかもしれない! だから我慢するしかないじゃんっ⁉」
自分の気持ちを吐露するように話す一華はどんどん口調が荒くなっていた。ベッドにしがみつくように手を置いて一華は体を震わせる。
「痛いのに、苦しいのに……どうして笑いかけてくるの? 私は『大丈夫?』って声をかけて欲しいのに。心配してほしいのに。どうして逆の事をするの……」
一華はそこまで言うと黙り込んだ。雨の音だけ聞こえる室内に鼻をすする音が聞こえた。僕にはない。彼女だけの『女性』だけの問題に直面した一華は酷く混乱しているようだった。僕は彼女を見つめながら、今までの変貌は何だったのか、なんとなく理解し始めていた。ゆっくり、少しずつ、みんなが気付かないスピードで、彼女は大人になっていたんだ。それが具体的にどういうものかは僕にはわからない。だけど彼女が抱える問題は、男友達をいつも通りに遊ぶことができなくなったり、人との付き合い方が変わるようになったりするぐらい大変なものだったんだと思った。でも、僕にはその程度しか彼女を理解することができない。僕は女性じゃないのだから。
彼女の辛そうな姿を見てると心が痛む。それは間違いないけど、内心他人事のように受け止めていた。それよりも僕の胸中を占めていたのは彼女の有りようだった。辛そうに顔を伏せている一華の姿はとても絵になる。濡れた髪が顔を隠し、細い腕がベッドに垂れさがる姿は一枚の絵画を見ているような気分にさせてくれた。ずっと見ていた幼馴染が傷心しているというのに、僕はその姿に胸を打たれていたのだ。
それほどまでに今日の一華は美しく感じる。これも彼女の体が変化したせいなのか。それとももっと別の原因があるのかわからないけれど、僕はただ、彼女をじっと見つめ続けていた。
「――ね、あんたはどう思う」
「……どうって?」
「このまま大人になりたいの?」
俯いたまま問いかける一華は真剣に聞いているようだった。体と心の変化に関しては僕も同じように抱いている。だから意見を参考にしようとしたんだろう。少しだけ考えようとしたけれど、上手く頭が回らなくて、気が付けば口が勝手に動いていた。
「僕は、君になりたい」
一華は目を丸くしてこちらを見た。僕も同じ気持ちだった。自分の発した言葉が信じられなくてとてもびっくりしていた。でも、言葉にして胸にあったわだかまりがすとんと落ちた気がする。僕は女性に……一華に憧れを抱いていたんだ。
「は、私にって……? どういう事?」
一華は戸惑った様子で聞き返す。僕は落ち着いて、頭の中を整理してから話し始めた。
「僕は、女の子になりたかったのかも知れない。普段の君といると、僕はいつも通りの僕でいられた。だけど、最近の一華は凄く魅力的で、僕は君を見る度におかしな気持ちになっていたんだ。最初、この気持ちは嫌悪感みたいなものだと思ってた。君はいつも僕に対して当たりが強いからね。失礼な奴だと思ったこともいっぱいあったから、それで苛ついているんだと考えていたんだ。でも、」
僕は立ち上がって一華の傍に近寄った。彼女は逃げるでもなく僕を見つめていた。彼女の視線を感じながら、僕はその場で腰を落とす。
「それは勘違いだった。君が成長して女性になっていくにつれて、僕の気持ちも大きくなって、どうしようもなくなってた……」
「そんな素振り、一度も見せなかったじゃない」
「勿論、いけない感情だと思っていたから必死に隠してたんだよ」
腕を伸ばして一華の手に触れる。触れた瞬間、一華はぴくりと手を動かしたけれど離れる事はしなかった。
「僕と違う細くて綺麗な指。これを見る度に僕は辛い気持ちになっていた。今にして思えば嫉妬心だったんだろうね。僕の体は君と違ってどんどん大きく、逞しくなっていく。成長するほどこんな体は手に入らないんだって言われているみたいで、それで辛くなっていたんだと思う」
今ならすべてが理解できる。彼女が時折見せる魅力的な瞳に、妖艶な雰囲気に僕は魅了されていた。僕の求める姿を持つ君が羨ましくて、目を離すことが出来なかったんだ。
「君は女性になっていくのが嫌だと言ったけど。僕も男性になっていくのが嫌だ。でも、どうしようもないくらいに僕たちは成長していく。この気持ちを解決することなんて出来ないんだよ」
僕は自分に言い聞かせるように言った。どれだけ願ったとしても僕は男で、一華は女だ。その事実はかえられない。だからもう、これ以上悩んだって何も解決しない。少しだけ、そう思うと少しだけ胸がちくりと痛んだ気がした。
「――それってさ、私の事が、好きって事なの?」
圧着されるような強い力で触れていた手を一華は握り返す。
「なんでそういう話になるのさ」
「だってあんた、自分の言った事わかってる? 私が魅力的だとか綺麗だとか、告白にしか聞こえなかったんだけど」
「まぁ……ある意味では告白なのは間違いないけど」
改めて考えると一華に恋愛的な感情を持っているなんて考えた事がなかった。ただひたすらに、彼女の姿に憧れていて、彼女の笑顔が眩しくて、そんな彼女になりたくて――。
「……確かに、好きなのかも知れない」
言った瞬間。体が宙を浮いた。驚く暇もなく浮き上がった体はベッドに叩きつけられて、体の上に一華が乗りかかる。タオルで拭いたとはいえ、相変わらず濡れている体はとても冷たかった。
「冷たいよ、いきなりどうしたの」
押しのけようと力を入れるが、一華の体は全く動かない。
「必死だね、跳ねのけられないんだ」
一華の言葉に僕は心臓を撃たれたと思った。嘲笑を含んだ吐息。彼女の顔を見ると、僕の好きな瞳がこちらを覗く。
「私もね、あんたに秘密にしてた事があるの、聞いてよ」
顔を近づけて一華は言った。しなやかな手が頬に触れて首に向かって滑っていく。僕は言葉を忘れたように話すことが出来なくなって、首を縦に振った。
「私も、あんたが好き。背伸びして難しい言葉を使うところとか、嫌そうな顔しても付き合ってくれるところとか、それに……子犬みたいに可愛いところが」
耳元に顔を寄せて一華は耳に嚙みついてきた。鋭い痛みに顔を逸らそうとすると、首元にかかった手が締め付けてくる。
「う……うぁっ……」
「はぁ……その線の細い声も最高。あんたは私なんかよりも全然可愛いよ」
可愛い? 僕が?
一華の言葉に戸惑いながらも、心の中ではじわじわと滲み出るように喜びの感情が出てきていた。一華は僕の眼前に顔を持ってきて見定めるようにこちらを見つめてから、破顔する。
「ずっと前から私はね、あんたの事を女の子みたいだと思ってたよ。クラスの男子と違って綺麗な顔して、力も全然なくて、されるがままの可愛い男の娘。私はあんたのこと、ずっとえっちな目で見てたんだぁ」
一華の荒い吐息が顔に触れた。首を締め付ける手の力はまだまだ強くなり、僕は返事どころか息をすることすら満足にできていなかった。頬に涙が伝う感触がした。苦しくて流れ出たんじゃない。嬉しくて溢れ出たのだ。憧れていた彼女から、憧れていた存在だと言い聞かされて、堪らなく嬉しくなっていたのだ。
喜びと苦しさで気が遠くなる。このまま死んでしまってもいいぐらいだった。でもそんな幸せも、彼女が腰を動かすと一瞬で冷めてしまった。下腹部に感じる違和感。腰かける一華を邪魔するように膨れ上がったそれは僕が男性であるという証明だった。持ち主が意識を失いかけているこの瞬間でも、敏感に反応して自分が雄だと認識させてくる。
「……っ、ごめん……」
嗚咽を上げそうになるのをぐっと堪えて、僕は声に出して謝った。誰に対していったものかはわからない。でも言わないとおかしくなりそうだった。
「ふーん、そっか。私もごめん。確かにあんたは男だね。こんなものがついてるもんね」
どこか冷めた様子で言う一華の言葉に申し訳なさを感じて腕で顔を覆い隠した。少しの沈黙の後、のしかかる一華の重みが消えた。真っ暗な視界で、彼女が退いたのだと分かった。同時に失望されてしまったのだと。
そもそも悩みを打ち明けにきた彼女に僕の気持ちを話した挙句、ずっと一緒に遊んでいた幼馴染に卑劣な感情を向けてしまった。失望されるのは当然のことだ。考えるまでもない。胸にぽっかりと心が開いたような虚無感を感じて、僕は顔を見せる事が出来ずにいた。そうしていると、ベッドが軋む音が聞こえた。彼女が再び近くに来たのだ。
「私があんたを女の子にしてあげようか」
聞こえたのは間違いなく一華の声だった。女の子に、する? 意図のわからない言葉に顔を上げると、さっきと同じようにベッドに座った一華は僕を見ていた。さっきまでとひとつだけ違うのは、裁縫で使い大きなハサミを手に持っているという事。
「あんたは女の子になりたいんでしょ。でも男の部分が邪魔をしてる……それだけなら話は簡単だよ。男の部分を捨てちゃえばいいんだ」
「捨てるって……」
一華の持っているハサミを見て声を漏らした。捨てるというのは――つまりはそういう事だ。実に簡単で明確な、一華らしい答えだと思った。
「でも、そんな事したら死んじゃうんじゃ……」
「死んでもいいんじゃない?」
「ええっ」
淡々ととんでもない事を口走る一華に目を丸くすると、彼女は僕の体に抱き着いてきた。
「もし死んじゃったら、私も死んであげるよ。だから、一緒になろ」
「一華……」
一華の体は震えていた。寒さのせいじゃない。彼女はまだ、自分の未来に怯えているのだ。だから簡単に死ぬ、と思いつけるんだ。
「私、今までみたいにあんたと一緒にいたい。ずっと一緒に帰って、駄菓子屋によって、食べ歩いて笑っていたい。でも、それは無理だから……だから、せめて、あんたと同じになりたい。そしたらきっと、私は大丈夫、だから」
言葉まで震わせて、一華は言った。僕を抱きしめる彼女は堪らなく美しくて、綺麗で、儚い。そんな彼女が僕を必要としているのなら……そんな彼女に少しでも近づけるのなら――。
「……わかった」
一華の腰に手を回し、僕は言った。一華は何も言わずにただ抱きしめる力を強くした。僕も同じように返す。この瞬間僕たちは間違いなく、一つになっていた。
暫くして、覚悟を決めた僕は一華から離れた。ベルトを外してズボンを脱ぐと、象徴は大きくなったままでとても気持ちが悪かった。一華からハサミを受け取ろうと手を伸ばすと一華はかぶりを振った。
「私がする、私があんたを女にする」
こんな状況でも自分の意見を通そうとするとは、どこまでも彼女はわがままだ。僕は頷いてベッドに腰かけた。一華は初めて見るであろう象徴を観察してから、ハサミを開いて象徴を挟む。
「いくよ……?」
「……うん」
「きっと、凄く痛いよ?」
「だろうね」
「本当に大丈夫?」
「大丈夫だよ」
一華は固まったまま何度も確認をしてきた。この時間が延びるだけ恐怖心が上乗せされてしまう。でも、彼女が感じているプレッシャーはそれ以上だろう。
「ほんとのほんとにいくよ?」
「一華」
名前を呼ばれて一華はこちらを見た。僕は彼女をじっと見つめた。
「君が、好きだ」
僕の憧れであり、旧知の仲であり、僕の好きな人。めいっぱいを言葉に詰めた。一華は少しだけ停止した後、ゆっくりと頷いた。
そして――しゃりん、という金属音といっしょに鋏が閉じた。
四月。中学校の前には入学生とその親で溢れかえっていた。学校指定の制服に身を包んだ新入生はそれだけで少し大人になったように見える。
「ねぇ、本当に大丈夫。変な所ない?」
母親が心配そうに質問してきた。
「大丈夫だよ。全然何ももんだいなーし」
気さくに答えてやると、訝しい表情のままで「それならいいけど」と息を吐いた。
「おっすー」
「あ、一華―!」
手を上げて挨拶した一華を見かけて、私は彼女に抱き着いた。ぎゅーと力を入れてみると、一華が何度も頭を撫でてくる。
「スカート似合ってるじゃん。でもちょっと丈短くない?」
「これぐらいが可愛いんだよー、一華もお揃いにする?」
「いーやーだ。私は長いのが好きなんだよ」
あの日、僕たちは大変な目にあった。なんの準備もなく体の一部を切り落としたという暴挙は僕の悲鳴で始まり、ベッドに大量の出血痕を残した。慌てた一華は救急車を呼び、そこから親に知れて中々大変な事件になってしまった。僕が眠っている数日の間。一華は自分が悪いと親に謝っていたみたいで、親も見たことない表情で怒っていたらしいけど、意識がはっきりした僕の口から事情を説明して、なんとか理解してもらえるところまでは来た。といっても未だに不満はあるようで、ことあるごとに小言を言われているわけだけど。
「ね、一華。一緒に写真撮ろうよ」
「いいね、看板の前で撮ろう」
一華は入学式と書かれた看板を指さしてから小走りで近づいた。私も後に続いてから、スマホのカメラアプリを起動して腕を大きく伸ばす。
「――ね、一華。カウントダウンするからポーズ決めてよ」
「おー、いいじゃん」
一華はどういうポーズで撮ってやろうかと試行錯誤していた。その姿を見て私はとても満たされた気持ちになっていた。僕を終わらせてくれた大事な彼女、私を生ませてくれたただ一人の彼女、そして、私の大事な彼女。
「いくよー、さん、に~、いちっ」
「……!」
カメラには頬に口づけをする少女と驚き目を見開く少女が、とても楽しそうにしているのが映っていた。
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投稿:2023.08.08
君になる
著者 夜鳥生一 様 / アクセス 3421 / ♥ 28