僕にはどうしても気になっていた場所があった。
子供のころ不思議な体験をした思い出の場所…。
それは祖母の実家がある村の静かな森にある祠。
「フフフッ…かわいいのぉ、大きくなったらまた会おうぞ」
祠の近くでオシッコをしていた僕の前に現れ、そう言い残すと忽然と消えた美しい巫女さん。
とても不思議な心地よさにその場で眠ってしまったのを覚えている。
「また会いたい」
とても美しい姿に子供ながら恋をしてしまっていた。
あれからちょうど十年の月日が流れた。
僕は父親の海外転勤に付いていかず祖母の実家にお世話になることになった。
と言っても祖母は介護施設に入っており実質は一人暮らし。
久しぶりに訪れた村はすっかり寂れており僕は廃校が決定した高校に転入した。
同級生は女の子が二人しかいない。
数少ない男子生徒として追加された僕に興味深々な二人、正直悪い気はしなかった。
ただ、時折どこからか感じる視線が気になった。
家路にと長いあぜ道を歩く間もずっと視線を感じ続けた。
怖い気持ちになりかけ足で玄関に飛び込んだ。
「おかえり、待っておったぞ」
「(なっっっ!)」
「久しぶりじゃの、大きくなったな」
そこにはあの巫女さんが立っていた…。
「あ、あ、あのときの巫女さん?」
「巫女ではない、わらわはマラキリノカミじゃ」
その女性、いや女の子は腰を抜かした僕にそう答えた。
「略してマキと呼んでよいぞ」
「マ、キ?…マキ?」
「いきなり呼んでは照れるではないか」
神聖な雰囲気なのだが会話が妙に軽い。
しかしあの時出会った容姿のままだ、やはり本当に神様なのだろうか?
あの時は大人の女性に見えたが、今見ると同い年の女の子のようだ。
「一体、何が何だか」
僕は彼女に説明を求めた。
「そなたは約束されたわらわの生贄じゃ」
「えぇっ!」
僕は驚き再び座り込んでしまった。
「そうおどろくでない、命まで取りはせん」
「で、でも生贄って…」
「わらわと契りを交わすのじゃ」
「契りって?」
「おなごの口から言わせるでない、契りは契りじゃ」
「とにかく今日からそなたは死ぬまでわらわと共に過ごすのじゃ」
「そんな、勝手な…一体誰が約束したと」
「そなたじゃ」
「え?してないってば」
「ムフフ、祠の前で女神に初恋をしたものは契りを交わすのが決め事じゃ」
「えー…」
確かに初恋だったかもしれないけれど…ずるいと思った。
「わらわは…力を失のうておるのじゃ」
悲しげな表情で神様、いやマキが語った。
「力?」
「わらわは代々この村を繁栄させておったのじゃ」
「繁栄の神様ってこと?」
「そうじゃ、それには生贄が必要なのじゃ」
「わらわの代になってからは生贄どころか祭りも無くなってしもうた…」
「先代…母様の時代にはこの村は栄えておったそうじゃ、わらわの記憶にそう伝わっておる」
「なるほど…だから村が寂れてるんだ」
「わかってくれるか?嬉しいのぉ」
「うわっ」
マキは喜んで僕を抱擁した、とても気持ちいい感触に負けそうになった。
「ちょ、ちょっと!だいたいなんでここに?」
「わらわの力が落ちて、祠は崩れてしもうた」
「ほれ、御神体もここに持ってきておる、これがわらわじゃ」
そこには磨き上げられた不思議な鎌が祭られていた。
「これって…カマ?」
「薙ぎ鎌じゃ、知らんのか?」
「これがマキ?」
「そうじゃ、今風で言うならば擬人化と言うやつじゃ、この身体も本物じゃ」
擬人化って…なんでそんな言葉知ってるんだろう?
「ハジメ…契りを結ぼうぞ」
「いや、ちょっと待って、うわぁ」
初恋の人が僕に迫ってくる、喜ぶべきシチュエーションなのだろうがしかし…生贄だなんて。
(後編に続く)
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投稿:2009.05.08更新:2011.08.30
マラキリノカミ(前編)
著者 いち 様 / アクセス 10033 / ♥ 2