カイロ博物館奇談◆PART1〜逃走と捕縛◆はこちら
僕は博物館のあの壁画を通り抜けてから、どうやら頭が変になったのか?。それとも全てが夢か?。でも縄で縛られている痛みはあるし、見えるもの、聞くもの、感じるもの全部が現実としか思えない。
じゃあなぜ聞いたことがない言葉がわかるのか。そして話せるのか?。だいいち「捕虜」だの「女にされる」だの何のことだ?。
知らない言葉が勝手に脳内変換されている。喋るときは舌先変換か?。いったいこれは・・・
「何を言ってるんだ。頭おかしくなったのか?」
呆然としていた僕は、捕虜集団のリーダーらしい男が怒ったように叫んだので、我に返った。
リーダーらしい男は40歳ぐらいで、やはり僕と同じように縄を両腕に掛けられて後ろ手に縛られている。
「こいつ、本当にベオルか?。鼻が低くて顔がちょっと違う感じだけど。」
傍らにしゃがんでいた僕と同じ歳ぐらいの青年が言った。
やれやれ気付いてきれた。助かりそうだと思ったが、そんな希望をリーダーの一言が吹き飛ばした。
「ヌン!。こんなに似ている他人があるか。第一1人でも逃げたら全員がなぶり殺しに遭うんだぞ。変なこと言うんじゃない。こいつはベオルだ、間違いない。」
そして付け加えた。
「女にされるなら助かる可能性が半分ぐらいはある・・・・。」
僕がそんな理不尽なと思っていると、ヌンより若い青年が口を開いた。
「アロン様、オレ、女になりたくない。まだミルカとの約束を果たしていない。」
リーダーらしき男はやはりこの集団の長で、アロンと呼ばれるらしい。
「セレデ!。だったら戦場で死ねばよかったんだ。今更弱音を吐くな。」
あの若者はセレデと言うんだ。
「オレはベオルじゃない!、人違いだ!、助けてくれ!」
僕はこらえきれずに声をあげた。
するとアロンは、離れて監視していた先ほどの兵士に向かって叫んだ。
「エジプト兵様。1人頭が変になって暴れているので来てください。」
アロンはあの兵士の言葉も話せるらしい。
あの兵士はエジプト兵?。あんなエジプトの軍隊はないだろ。映画の十戒じゃあるまいし・・・
ここまで考えて僕は「あっ!」と声をあげた。
ここはまるで壁画にあった古代エジプトじゃないか!。
エジプト兵が駆けつけてきた。
「こいつです。気が触れたようなことばかり喋ってどうにもなりません。」
アロンが僕の方を向いて言った。両腕を背中で縛られているので、指差すことはできない。それは僕も同じだ。
「どうする、舌を切るか?。」
エジプト兵同士が話している会話の意味も、僕には不思議に理解できてしまう。
「舌を抜かれるのは嫌だ!」
僕は自然にエジプト兵の言葉を発したらしい。兵士がぎょっとして振り向いた。
「おい、こいつもオレたちの言葉がわかるみたいだぞ。」
「珍しい、もしアロンとかいうリーダーが逝ってしまったら、将来使えるかも。」
「脱走したけど厳罰グループからは外すか。」
「じゃあ、とりあえず猿轡をさせよう。」
エジプト兵はそう言いながら布と皮でできた器具を僕の口に嵌めて、きつく引っ張ってから首の後ろで固定した。
「フガ・・・フガ・・・」
猿轡の機能は完璧で、僕の声はもう言葉にならない。
アロンは更に付け加えた。
「また逃げ出すといけないので、脚も縛ってください。」
兵士はうなずくと、僕の両足首を短い縄で結んだ。これでは他の人の半分の歩幅でしか歩けないので、走ることは不可能だ。
「座れ」
兵士が僕に命令したが、両足が思うようにならずにもつれて、僕は地面にドスンと尻餅をつくように倒れてしまった。
「これでよし。リーダー、全員にまもなく出発と知らせよ。」
兵士はそう言って離れていった。
アロンが僕たち捕虜グループの言葉で言った。
「まもなく出発だ。砂漠に行くが水は飲めんぞ。覚悟しておけ。」
本当はなぜ砂漠なのか、水が飲めないのか、そっちを考えるべきだったかもしれない。でも僕は地面にしゃがんで別のことを考えていた。
「・・アロン・・・ヌン・・・セレデ・・・僕と似た男はベオル、そしてミルカは女性らしい。なんとなくどこかで聞いたような・・・」
突然閃いた!「・・・旧約聖書の出エジプト記のあたりだ!、ヌンはヨシュアの父と同じ名、で、アロンはヨシュアの弟子の名だ。おそらく他の名前もそのあたり・・・・」
そうすると僕のいる捕虜の集団は、今のパレスチナかイスラエルの民ということになりそうで、時代はラメセス2世の頃かも。
ということは、僕は古代エジプトにタイムスリップしたのか?
気がつくといつの間にかエジプト兵が30人ぐらい近づいてきた。しゃがんでいた捕虜たちは何も言われなくても渋々立ち上がろうとしている。
僕も立ち上がろうとしたが、さっきの足首の縄のせいでうまく立てない。すると僕の背中を誰かが下から持ち上げるように助けてくれた。
振り返るとさっきヌンと呼ばれていた青年だ。彼も両腕を後ろ手に縛られていたが、うまく僕の身体を支えてくれたんだ。
「ベオルじゃないよな。オレには分かる。でもとりあえずベオルと呼ばせてくれ。ベオルはオレの親友だった。だからお前の力になるぜ。」
ようやく立ち上がれた僕の耳元で、ヌンが囁いた。
「全員を繋げ」
エジプト兵の声がした。兵士たちが2本の長い縄を僕たちの両肘あたりに通して、次々結んでいく。
50人が左右の縄で一列になると号令がかかった。
「出発!」
カイロ博物館奇談◆PART3〜処刑広場にて◆はこちら
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投稿:2011.05.04更新:2021.10.21
カイロ博物館奇談◆PART2〜不思議な俘虜たち◆
著者 名誉教授 様 / アクセス 18592 / ♥ 60