カイロ博物館奇談◆PART1〜逃走と捕縛◆はこちら
カイロ博物館奇談◆PART2〜不思議な俘虜たち◆はこちら
カイロ博物館奇談◆PART3〜処刑広場にて◆はこちら
カイロ博物館奇談◆PART4〜緊縛と切断◆はこちら
オレの名はベオル。ヒッタイトに属するアムルという国の兵士だ。今、砂漠の真ん中にある、崖に囲まれたれた広場のような窪地を、岩陰に隠れてこっそり見下ろしている。
どうしてこんなところにいるかというと、オレが18歳のとき、オレたちの街シミュラにエジプト軍が攻めてきたんだ。しかしオレたちはすぐに義勇軍を組織してエジプト軍を追い返し、ついにカデッシュという場所でエジプト軍を破って、逆にエジプトのウピ地方を占領した。
オレはそのままウピの守備隊に配属されたが、4年ほどたったとき、突然エジプト軍に寝込みを急襲され、武具を着ける暇もなく、ほとんど抵抗できないまま50人の仲間とともに捕虜になってしまった。
そしてエジプト領の本拠地近くの神殿前に連れて来られたところで、隙を見て両手を縛っていた縄を、岩の角にこすり付けて切って、一人だけ逃げ出したというわけだ。
でも、本国は遠いし灼熱の砂漠を横断しなければならない。言葉も分からず無一文の上に敵国人の服装をした者に協力してくれる人などいない。その上に他の守備隊仲間がどうなったかも気になるので、こっそりと仲間たちの近くをつけて来て、ちょっと先回りして仲間が来るのを待っているわけだ。
オレの眼下の広場が仲間たちの目的地らしい。窪地の崖は、オレが隠れている方がやや緩やかで、そこに千人ぐらいのエジプト人が集まっている。反対側の崖は切り立っていて、そこに人の背丈より長い丸柱が70〜80本ぐらい立てかけられている。丸柱の前には何に使うのか穴が50個掘られている。
群衆はまるでお祭りのように騒いだり、何やら話し合ったりしている。酒もかなり入っているようだ。中には楽器を叩いたり歌ったりしている者もいる。
群集が急に静かになったかと思うと、オレの右手の方の崖の切れ目から、エジプト兵の隊列がやってきた。その後ろに守備隊仲間が腕を縛られて、一列になって続いている。よく見ると、列の途中に見たことがない服装をした青年がいる。彼だけが両足首も繋がれていて、何か特別扱いのようだ。
守備隊仲間は崖の丸柱の前に一列に並ばされた。群集は近くにいるのでよく見えるのだろう。変った服装の青年が特に注目されているようだ。でもオレの場所からは遠すぎて、自慢の視力をもってしても、彼の顔かたちもよく分からない。他の仲間は背丈や髪形から大体誰か想像がつくのだが、あの青年に思い当たる人物がいない。
エジプト兵の指揮官が腕を振って指示を出している。守備兵仲間は全員素っ裸に剥かれてから、斜めになった丸柱の上に仰向けに縛りつけられた。両手首と両足首は丸柱の下で結び直され、丸柱を背中で抱きかかえているような格好だ。遮るものがない股間が、大群衆に晒されている。
変った服装をした青年だけは、エジプト兵と何か話をしてから、自分で奇妙な服を脱いだ。エジプト語が話せるということはエジプト人なのだろうか。肌の色がオレたちと違う気もする。
そういえばオレが逃げ出したので守備隊の捕虜仲間は49人のはずなのに、ここにはちゃんと50人いる。
全員が丸柱に縛りつけられると、左右についたエジプト兵が守備隊仲間の股間のモノを糸で縛り上げたようだ。それから片方のエジプト兵が腰の短刀を引き抜いて、守備隊仲間の股間に当てて一気に切り落とした。あの青年もいっしょだ。中には短刀の手入れが悪いのか、ゴリゴリといった感じでムリヤリ引きちぎられた守備隊仲間もいた。
ここは敵国の捕虜を公開去勢する場所だったんだと、オレはようやく気がついた。
捕虜仲間全員の股間から、真っ赤な鮮血が吹き上がる。エジプト兵が何も無くなった守備隊仲間とあの青年の股間に金属の棒を挿し込んでいる。血止めはしないらしく、エジプト兵は守備隊仲間が縛られた丸柱を持ち上げると、そのまま足を下にして丸柱ごと目の前の穴に落としこんだ。
穴の入口は太く開いているらしく、身長より深い穴に落とされたのに、顔だけは見えるようになっている。
エジプト兵は穴の横に積んであった砂で、守備隊仲間の首まで埋めてしまった。あの変った服装をしてた青年も同じだ。エジプト兵が捕虜仲間一人一人の穴の後ろに札を立てた。字が書いてあるが字数からみて名前じゃなくて番号のようだ。
指揮官が何か合図をすると、群集が穴に近づくことを許されたらしく、大移動を始めた。首だけ出して埋められている守備隊仲間を見下ろしながら、布切れのようなものに何か書いている。やはしあの青年が注目されているようだ。やがてその布切れを、金か銀かとにかくお金らしきものと一緒に、まとめ役らしき男が集め始めた。
これはいったい何をしているのか。もし去勢された捕虜仲間を奴隷として買う入札ならここでやるのはちょっと早いし、雰囲気も違う。どうやら、誰か生き残るかの賭博をしているらしい。それに思い当たるとオレの背筋に悪寒が走った。
群集全員が布切れを渡し終わると、エジプト兵は穴の後ろに脱ぎ捨てられていた捕虜仲間の服を、まとめて穴の前に持って来た。それから股間に当てて前後を結ぶ下半身用の腰布を使って、捕虜仲間に猿轡をした。ひとつにまとめられていたので、誰の腰布だかはお構いなしだ。
あの青年の変った下着は、青年の隣の捕虜仲間に使用された。形が変っていて猿轡にならないので、口に押し込められ、その上からもうひとつの下半身用の服が被せられた。オレの視力が確かならその捕虜仲間は親友のヌンだと思う。
エジプト兵は続いて上半身用の服で捕虜仲間の頭部を包みこんで、首のところで結んでしまった。オレから見ると顔が隠されたわけだが、捕虜仲間からみると、目隠しをされた形だ。あの青年も一見どこにいるのか分からなくなった。
群集が後ろに引き下がって、もといた崖のスロープに腰を下ろすと、今度は100人ぐらいの少年たちが入ってきた。両手にこぶし大の石を持っている。少年たちが埋められた捕虜から20歩ぐらい離れた場所に整列すると、捕虜に向かって石を投げ始めた。
一人が2個づつだか投げるのがなかなか上手く、いくつかは確実に守備隊仲間の額に当たっている。どうもこれも先ほどの賭博を面白くするための方策らしい。
何やら泣き叫びながら投げている少年もいたので、親をオレたちヒッタイト軍に殺された孤児かもしれない。
実に残酷な余興だと思いながら、早くここを立ち去ろうと思ったとき、背後で突然とがめるような大声がして、そこに数人のエジプト兵が立っていた。
「まずい」
オレはあわてて逃げ始めた。
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投稿:2011.07.24更新:2022.07.28
カイロ博物館奇談◆PART5〜広場を見る者◆
著者 名誉教授 様 / アクセス 18500 / ♥ 58