カイロ博物館奇談◆PART1〜逃走と捕縛◆はこちら
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大学の春休みに僕は中近東の旅行を計画し、イスラエルからエジプトに来て、日本人のバックパッカーの若者に人気のカイロ中心部にある「サファリ・ホテル」に泊まっていた。そこに降って湧いたエジプトの革命騒ぎで身動きが取れなくなり、ちょっと近所に外出したら、何を間違えられたのか民兵のような男たちに追われることになってしまった。
無我夢中で目の前の考古学の博物館に飛び込んだら、無人の館内まで追手が来たので、目の前にあった壁画にへばりついたら、なぜか身体が壁画を通り抜けてしまい、その先が古代エジプトそのものの世界だった。
その世界でもなぜか兵士に追いかけられて捕まってしまい、どうもヒッタイト人らしい捕虜の集団のところに連行された。逃げ出した捕虜と顔かたちが似ていたらしく、なぜか通じた言葉で必死に人違いと訴えるの聞き入れられず、皆と一緒に連れて行かれたところは 見物人が待つ砂漠の真ん中の広場だった。
僕たちはそこで素っ裸にされて丸い木柱に縛り付けられ、ナイフで男性器をすっぱりと切り落とされ、尿道に金属棒を差し込まれてから、首まで熱い砂に埋められてしまった。
穴の部分は窪みになっていて、地面は頭の上なので、隣の捕虜仲間の様子は見えない。股間の傷口がジンジン痛み出した。きっと出血もひどいだろうと思う。
あまりのことに時間の感覚が飛んでしまったが、実際はほんの数分後だったのだろう。僕たちの前の見物人の大群衆が近寄ってきた。何人かのグループに分かれて、すり鉢の底から頭だけ出した姿で僕たちが埋められた窪みを見下ろしながら、布切れのようなものに何か書き込んでいる。ひょっとしたらあれがパピルス紙かもしれない。
エジプト人たちの会話が断片的に聞える。どうも僕たちが生き残るかどうか論じ合っている感じだ。奴隷として買う商談かとも思ったが、どうもそうではなく単に賭けをしているようだ。埋められている僕に親切にしてくれたヌンについて、「こいつはもうダメだな」とか言っていたのが気になる。切られた傷の状態がよっぽど悪いのだろうか。
しばらくすると見物人たちはどこかに引いていった。最後に全員があの布切れと貴金属の貨幣らしきものを一緒に持っていたから、これから富くじのように投票するのかもしれない。「人の命で賭け事をしやがって」と腹が立ったが、身動きできない僕にはどうにもならない。
群集が去ってからエジプト兵が布をもって来た。どうやら僕たち捕虜仲間が下半身に巻いていた昔の六尺褌のような腰巻だ。その布を伸ばすて僕の口に猿轡をした。布を歯の間にしっかり挟んで噛み合させてから、首の後ろで縛って更にもう一周口全体を覆うように回してから後ろで固定した。
この布だが僕はブリーフパンツに短パンだったので当然別の捕虜仲間のものだ。しかし傷の痛みの気持ち悪いなどと思っている余裕はない。
それから今度は上半身の服だった布が持ってこられて、僕の頭全体がそれで覆われてしまった。目隠しされた感じで何も見えなくなる。捕虜の服についている紐を使って、外れないように頭部全体をぎっちりと包み込んでいるようだ。僕のシャツには紐はないから、これぼ誰か別の捕虜仲間からまわってきたわけだ。
頭の形に合わせるように布の一部が無造作に破られる。僕の服は誰にどのように使われているのかと一瞬考えたが、どうもランダムにまわしているらしく見当もつかなかった。ただはっきりしているのは、おそらく僕たちがもうこの服を着ることはないらしいということだ。
前が見えなくなってしばらくたつと、黄色い声の歓声が近づいてきた。どうやら子供の集団らしいなと思うまもなく、突然石が降ってきた。子供たちが僕たちに向かって投げているらしい。遠くから投げているのか命中率は悪いが、時々顔に命中すると流石に痛い。
顔を外れて窪みの坂に当たった小石が、コロコロと首の辺りに転がってくる。このまま石詰めにされるのかと思ったが、投石はすぐに終わった。子供たちのエジプト語を聞くと、どうやら敵兵に対する復讐のセレモニーだったようだ。
そうこうするうちに遥か遠くで騒ぎが起こったらしく、大きな声がして兵士が何人もそちらの方向に駆けて行った。何か怪しい人物が見つかったらしい。騒ぎはやがて遠ざかり、僕たち捕虜仲間はこの状態で放置され、1時間たっても2時間たっても何事も起こらなかった。ただ、エジプト兵が巡回している足音だけが聞こえる。
耳を澄ますと捕虜仲間が猿轡越しにうめき声を出しているのが聞える。目隠しされていても周囲の明暗分かる。そのうち夜の帳が下りて真っ暗になった。温度も下がってきて素っ裸で地中に埋められていると寒いくらいだ。砂漠は寒暖の差が激しいということを思い出した。
股間の傷の痛みと恐怖で結局一睡もできないまま夜が明けた。周囲が明るくなっても状況は変らない。聞えるのは捕虜仲間のうめき声と、巡視の兵士の足音だけ。日が昇るにつれてまた暑くなってきた。身体の周囲の砂は暑いというより熱いと言ったほうが適切だ。
何も見えない、何も聞えない、話せない、仲間の様子も分からないというのはこんなに心細いものだとは思わなかった。その上、猿轡のせいで唾がうまく飲み込めず、喉がカラカラに渇いている。
永遠の時間がたったかと思う頃、ようやく二回目の夜が訪れた。
三日目は傷の痛みに暑さ寒さ、それから喉の渇きに空腹が加わって、何度も死を覚悟した。三日目の真昼頃になったら、周囲の人の気配が急に増えた。あの大群衆がまた集まってきているらしい。しばらくすると、あの聞きなれたエジプト兵の指揮官の声が聞えた。
「順番に確認して生きている者の穴だけだけ掘って出せ」
兵士は捕虜の列の先頭にいて、最初に丸柱に縛られたイテロのところに駆けて行ったようだ。
「息があります」
「よし、掘り起こせ」
どうやらイテロは生き延びたようだ。それから次々と確認の声と命令が飛び交った。
「死んでます」
「では埋めろ」
という声も聞える。去勢に耐えられずに死んだ捕虜仲間は、そのままここに埋められるらしい。ここが俺たちの墓地になるかも知れないというわけだ。
実際、僕のところに兵士が来るまでに生き延びていた捕虜仲間は半分ぐらいしかいないようだ。
一人一人順番に掘り起こしているからだろう。ずいぶん時間がたってから兵士が僕のところに来た。最初に僕の頭を包んでいた布が外された。久しぶりに見る直射日光がまぶしいが、すり鉢の底にいるので、周りの状況はよく分からない。
誰だかわからない捕虜仲間の腰巻を使った猿轡が外され、無造作に捨てられた。やはりもう衣服として使わせる気はないようだ。
もう一人の兵士は穴を覗き込んで僕の頭に手を当ててから
「息があります」
と報告した。
「よし、掘り起こせ」
という指揮官の命令が返ってきた。
僕の身体の周囲の砂が取り除かれた。丸太の柱に縛られたままの僕の身体が、兵士4人がかりで引き上げられる。すると3日前と同じように、前方の崖の斜面に見物人がたくさん集まっているのが見えた。すっかり露出した僕の身体を見て、歓声とため息が入り混じった声が聞えた。
右の方には生き残って引き上げられた捕虜仲間が、最初のように丸太に縛られたまま、後方の崖に立てかけられている。仲間の股間部は例外なくドス黒い血がこびり付いて砂と一緒に固まっていて、その中心から尿道に差し込まれた金属棒が、失われた陰茎の代わりのように突き出ている。
僕は、自分の股間を確認しようとしたが、縛られたままなので首をできるだけ下に向けても、血の跡と金属棒の先端が見えただけだ。でも、おそらく他の捕虜仲間と同じようにされてしまっているのだろう。
僕の股間にまた痛みが走った。
まもなく僕を縛り付けた丸太が崖際に運ばれるようだ。
「そうだ、ヌンは?」
僕はあわてて左の穴の様子を覗いた。
すり鉢穴の底のいるヌンは、驚いたことに僕のシャツを頭に被せられていた。そのシャツが取り除かれると今度は僕の短パンで口を覆われているのが分かった。その短パンも外されると、ヌンの口の中には、僕のブリーフパンツが押し込まれていたではないか。
ランダムに選ばれた代用品の口枷と目隠しとはいえ、ずいぶん悪いことをしてしまったなと思った。
ヌンは瀕死の状態ながらまだ息があるようで、空ろな目で僕の方を見た。何とか生き延びてくれたんだと喜んだのもつかの間、兵士が意外な報告をした。
「もうダメだと思います」
「では埋めろ」
司令官が命令した。
ヌンは僕のブリーフパンツのせいで死ぬのか。それはあんまりだ。
僕はエジプト語で抗議した。
「おい、生きてるじゃないか」
兵士たちが一斉に僕の方を見た。刀を抜いた兵士が駆け寄ってくる。
「やめろ、反抗したら殺される。」
遠くで仲間の言葉が聞えた。
カイロ博物館奇談◆PART7〜宦官への道◆はこちら
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投稿:2011.08.07更新:2022.07.28
カイロ博物館奇談◆PART6〜生か死か◆
著者 名誉教授 様 / アクセス 18102 / ♥ 60