カイロ博物館奇談◆PART1〜逃走と捕縛◆はこちら
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そのとき、前の群集の中から声が上がった。
「引き抜いて試してみなきゃわからんじゃないか」
「オレたちはそいつに金賭けているんだぞ」
僕の方に駆けて来た兵士の足が止まって、司令官の方を振り返った。
僕は自分たちに金が賭けられていることを初めて知った。司令官は、
「そいつも引き抜きだ。」
と、渋々の表情で命令を変えた。
捕虜仲間はエジプト語が分からないので、なぜ流れが変ったのか理解できないようだ。
兵士はヌンの穴の周りを掘ってから、縛っていた丸太ごとヌンを引き上げて、背後の崖まで運んできて、僕の隣に立てかけた。
僕はヌンに
「こめん。僕の汚い使用済み下着を口に押し込まれて猿轡にされて。」
と謝ったが、ヌンからは返事も反応もない。息はあるが顔も蒼白で腫れぼったく相当弱っているようだ。
ヌンの隣の捕虜仲間は絶命していた。兵士はすり鉢状の穴をそのまま埋めてしまう。地表がならされるとそこに人間が埋められているとは分からないぐらい平らな普通の地面になってしまった。
結局50人の捕虜仲間のうちで掘り起こしてもらえたのが28人。半分近い仲間は首まで埋められていた穴がそのまま墓穴になってしまった。墓標も何もない墓だ。
だが僕たちの試練はこれで終わらなかった。
群集もまだ僕たちを見ている。それも男性生殖器が完全に無くなって、固まった血と汚れた砂で覆われて尿道に挿された青銅の金属棒だけが突き出ている股間をじっと注目している。
司令官が腕を前後に振って
「位置について一斉にやれ。」
と命令した。
兵士が僕の右側に立って、僕の股間の金属棒を握った。他の兵士もそうしている。それから太鼓の音を合図に、力任せに一斉に金属棒を引き抜いた。
僕の股間にまた激痛が走った。その直後三日間溜まっていた尿が勢いよく吹き出てきた。まるで噴水だ。目の前の砂の地面が濡れていく。
右隣の捕虜仲間も盛大に小水を吹き上げている。ヌンは?と思って僕は左を見た。すると尿が一滴も出てないではないか。兵士が
「こいつは出ません。」
と報告している。司令官が、
「出ないのは埋めろ。」
と命令した。
兵士がヌンが縛られている丸太を担ぎあげた。遠くを見るとほかにも5人が持ち上げあれている。右の方で一人丸太に縛られたまま暴れている。身体は元気だったが尿が出なかったようだ。兵士が
「小便が出なければ苦しんで死ぬだけだ。早く楽になった方がいい。あきらめろ。」
と言っているが、エジプト語なので捕虜仲間には通じていない。
ヌンをはじめ5人の捕虜仲間は元の穴のところに運ばれ、さきほど埋まっていたのとは逆に頭から穴に落とされた。掘り出すときに穴が浅くなっているので姿が隠れることなく、ちょうど臍のあたりから上が地上に出ている。
兵士は丸太を回して捕虜仲間の前陰部が群集の方に向くようにすると、そのまま穴を埋め始めた。逆立ちしたままの生埋めだ。元気がある捕虜仲間は最後まで叫んでいたが、ヌンはぐったりして終始無言のままだった。
「ヌン!ヌン!」
僕は呼びかけ続けたが、ヌンの顔は土砂の中に姿を消していっってしまい、丸太の柱に縛られたままの腰から上だけが見えている。脚だけしばらく苦しんで動いていたが、窒息してしまったのがすぐに動かなくなった。
「ヌンが殺されちゃった。」
僕は涙を浮かべた。
こうして50人の捕虜仲間で一応生き残ったのは23人。22人は地面の下に完全に埋められ、5人は逆さ埋めにされて下腹部と両脚だけ露出して死んでいる。僕たちの生存率は半分以下という厳しい現実だ。
これで一応の結果が出たということなのだろう。大群衆が引き上げ始めた。中には帰りがけに商人風の男から金を受け取っているのもいる。おそらく当たりくじの配当金といったところだろう。そいつらがニコニコして帰っていくのを見ると腹がたった。
群集が去ってしまうと、丸柱に縛られたままの僕たちのところに大きな水瓶を持った兵士と、手に水桶を持ったエジプト人の女性がやってきた。考えればあの壁を通り抜けた不思議な体験のあと、初めて見る女性だ。
女性は僕たちの股間の血の塊にこびりついた砂を水で洗い流した。綺麗にしてくれるのはありがたいが傷に滲みて痛い。
局部の洗浄が終わると、兵士が水瓶の水を僕たちの頭からぶちまけた。全裸のままの全身が水で洗われて気持ちがいい。
つづいて女性が僕たちの局部に油らしきものを塗っている。これが傷薬なのかもしれない。鋭い傷のいたみがすっと鈍くなった。
兵士と女性が去っても僕たちはすぐには丸柱から解放されず、その日は夜になった。埋められていたときと違って、素っ裸の砂漠の夜は寒い。自由に話せるようになったが、うめき声しか出せない捕虜仲間も多い。
月夜なので目を凝らすと、ヌンたち5人の逆さ埋めの死体が目に入る。鈍くなったとっはいえ傷の痛みも続いていて、悪夢そのものの一晩だった。
結局、全員手足の縛めが解かれたのは翌日の朝だった。
今まで着ていた服は目隠しと口枷に使われてしまったので、違う服が配られる。アロンによるとエジプトの奴隷服だそうだ。
僕たち捕虜仲間は、全員そろってどこかに連れていかれるのかと思ったら、僕だけ別に呼ばれた。捕虜仲間と別れて司令官のところに行くと、ついて来るように言われ、天幕の中に招き入れられた。
そこには司令官のさらに上官らしいエジプトの軍人がいた。
「お前はアムルのヒッタイトではないらしいな。」
僕は思わず言い返した。
「あの50人はヒッタイト人なんですか。僕は巻き込まれただけです。」
傍らの兵士が無礼な言い方をとがめたが、軍人は制止し、
「逃げていたヒッタイト人が見つかった。カデッシュでも戦った男らしい。おそらくお前はその男の身代りになったんだろう。」
「身代りになるつもりなんかなかった。勝手に間違えられたんだ。」
そういいながら僕は頭の中で情報を整理しはじめた。ヒッタイト、アムル、カデッシュの戦い。もし僕の覚えている歴史が正しいならば、エジプト第19王朝のラムセス2世の時代か。
「人違いは分かっている。ところでエジプト人でもヒッタイト人でもないのになぜ両方の言葉が喋れる。」
そう聞かれても理由は僕にもわからない。いわゆる「真性異言」かなとは思うが新約聖書は遥か未来の話。説明なんてできない。
「いつのまにか覚えたみたいだ。」
そう答えるしかなかった。
「その才能と敵国人でないというのは重要だ。他の捕虜たちはこれから去勢奴隷として重労働の使役が待っている。どうせ寿命は長くない。お前はエジプトに宦官の官吏として忠誠を尽くす気はないか。」
人を勝手に去勢して酷い目に遭わせておいて勝手なことをとは思ったが、元の世界に戻れるまでそれしか生きていく道はなさそうだ。官吏になればあの謎の神殿に近づく機会もあるかもしれない。
それにラムセス2世の次の王はメルエンプタハ王。モーゼの「出エジプト」があったと伝えられている時代だ。大預言者モーゼを見れるかもしれない。
僕は、
「分かりました。宦官としてお使えさせていただきます。」
と答えた。するとその場で奴隷服に代えて宦官服が渡され、着替えるように言われた。
僕はこうして捕虜仲間と別れ、2ヵ月後に股間の傷が完治してからエジプトの官吏として勤め始めた。それからあの神殿にも行ってみたが、元の世界に帰る手がかりは得られなかった。
エジプトの役所には意外に宦官が多く、特別な目で見られることもなく、生活に特に不自由はなかった。やがて僕は専用の住居も与えられ、未来の歴史と科学の知識を小出しにして出世していった。
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投稿:2011.08.14更新:2022.07.28
カイロ博物館奇談◆PART7〜宦官への道◆
著者 名誉教授 様 / アクセス 19726 / ♥ 61