カイロ博物館奇談◆PART1〜逃走と捕縛◆はこちら
カイロ博物館奇談◆PART2〜不思議な俘虜たち◆はこちら
カイロ博物館奇談◆PART3〜処刑広場にて◆はこちら
カイロ博物館奇談◆PART4〜緊縛と切断◆はこちら
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カイロ博物館奇談◆PART7〜宦官への道◆はこちら
オレはベオル。ヒッタイトのアムル出身の兵士だ。オレの国はエジプトと戦って調子が良かったんだが、オレの部隊は突然の夜襲を食らって、オレは50人の仲間と一緒に捕虜になっちまった。オレだけは途中でうまく逃げ出したんだが、仲間が心配で隠れて様子見していたら、エジプト兵に見つかってしまったんだ。
エジプト語なんか知らないから誤魔化しようがない。捕まったら最後だ。オレは砂漠を全速力で逃げ出した。
エジプト兵は重そうで切れ味も良くなさそうな青銅の刀剣を振りかざして追って来る。オレたちヒッタイトの刀は鍛えた鉄で、こんな武器なら楽勝のはずだけど、武器を没収されたまま逃げてきたので、いかにせん素手では逃げるしかない。
でも敵の中に数人脚が速いのがいて、土地勘もあるんで近道したんだろう。岩陰からオレの前に3人のエジプト兵が現れ、すっかり囲まれてしまった。背後にも5人いる。
仕方なくオレは、敵の中で一番剣の扱いに慣れてなさそうなヤツに向かって行って、その懐に飛び込んで相手の剣の柄を握って奪い取ろうとした。相手も必死で抵抗したが、腕に注意が行っている隙にちょっと足掛してやったら、見事に転倒して剣がオレの手元に残った。
さあ来いと剣を構えたら、エジプト兵たちの動きが一瞬止まった。それから7人が一斉に斬りかかってきた。オレは、あんな構えで前後から来るなんてこいつら戦いをあまり知らないなと思い、とっさに身を伏せたら、案の定、エジプト兵同士で斬りあって6人が倒れた。
残るは1人だけだがこいつが強い。オレは剣に慣れないせいもあって、防戦一方だ。
突然、オレの背中に激痛が走った。振り返るとさっき剣を奪ったエジプト兵が、倒れた兵士の剣を借りて、オレに斬りつけて来ていた。
しまった!、抜かった!、と思いながらオレはそこに崩れ落ちるように倒れこんで意識を失った。
それからどのぐらいたったのだろうか。気がつくとオレは薄暗い石造りの狭い部屋の中にいた。両手両脚を拡げた格好で壁に固定されているらしく、身動きできずに立たされていた。服は全て剥ぎ取られて素っ裸だ。
オレの手首と足首にはがっちりと鉄の輪が嵌まっている。剣は青銅を使うのにこんなところに鉄を使うとは、エジプトは変な国だ。
それはともかく、オレは殺されなかったんだと安堵する一方、なぜこんなところにという疑念が湧いた。
すると部屋に一ヶ所だけある扉が開いて、エジプト人の服装をした男が入ってきた。そして驚いたことにヒッタイト語でオレに話しかけた。
「名前は何という?」
「ベオル」
オレは仕方なく答えた。するとその男は、
「自分はエジプトの武官イテロだ。元はヒッタイトの戦士だ。」
と、びっくりすることを言い出した。
「なぜ?、ヒッタイト人なのに?」
「自分もエジプトに捕まって殺されるところだったが、剣術を見込まれて助けられた。それからエジプト人の師範になっている。」
「故郷を裏切ったのか?」
「自分は武官だが戦場には出ない。母国と戦えばついつい怯むし、エジプト軍も自分にそこまでは期待しない。」
「でもエジプトに一応信用されているんだろ?。なぜだ。」
オレがそう聞くと、イテロは自分の服の紐を外して裾を左右に分けてから、下帯を解いた。エジプト風の下帯がハラリと床に落ちる。
オレはイテロの下腹部を見て驚いた。大人の毛はあって玉袋も見えるのだが、中心部にあるはずの男の象徴が全くない。それがあったはずの部分には毛がはえておらず、火傷をしたような引きつった傷が見えた。
「どうしたんだ?。それ。」
オレは思わず聞いた。
「エジプト人以外の者がエジプト軍の武官になる場合は、忠誠を示すためにこうする慣わしなのだ。玉まで取ると女々しくなるから、男の棒のところだけ切り取られるのだ。」
イテロは続けて驚くことを言った。
「ベオルとやら。エジプト兵との戦いは見事との評判だ。司令官は自分と同じ剣の師範に欲しいらしい。どうだ。」
「もし断ればどうなる。」
オレはおもわず聞いた。
「エジプト兵を6人も殺した犯人として処刑される。それも胸や腹の筋肉を削ぎ取られ、手足は一本づつ切断されるなぶり殺しだ。もちろんそも股間のモノは真っ先にズタズタにされる。」
イテロは恐ろしいことを淡々と話した。
「オレの仲間が砂漠で衆人環視の中で去勢された。半分も助からないと聞いたことがある。そんな賭けをしろというのか?」
「それは捕虜だからだ。エジプトの武官になる気なら手厚い治療がされる。痛みはあるが死んだという話は聞いたことがない。」
「お前とオレ以外にも、そういうヤツがいるのか。」
「いる。現にもしお前がこの話を受けるなら、他に3人の仲間が一緒に手術を受けることになる。そのうちの2人は別のところで捕まったヒッタイト人だ。」
「他にもいるのか・・・・」
オレはおもわずつぶやいて考え込んだ。
イテロは下帯を締め直し服装を整えている。オレはここで殺されれば終わりだが、生き延びればチャンスはありそうだと考えた。
「分かった。お前の言うとおりにしよう。」
オレはイテロに答えた。
「よし。準備しよう。他の3人も待っている。」」
イテロがそう言って立ち去ろうとするので、オレは続けた。
「さっきの捕虜仲間の中に、オレの代わりに捕まっているのがいるみたいだ。無関係だから助けてやってくれ。」
イテロが答えた。
「それは無理だろうなあベオル。お前が捕まってからもう3日がたっている。その身代りの男はとっくに去勢されて、もし生き残っていても宦官奴隷になったあとだ。まあ、現地の責任者には連絡しておくが。」
そう言ってイテロは立ち去った。
しばらくするとエジプト兵が2人入ってきて、オレの手足の鉄枷に付いた鎖を壁から外した。それから4本の鎖をまとめてから、こっちへ来いと言うかのように引っ張った。逃げられないように油断なくといった感じだ。
兵士に連れられて行った先は、さっきとは違った広い部屋で、これも石造りのベッドのような台が4つ並んでいた。そのうち3つには、オレと同じ歳ぐらいの若者が、仰向けに全裸で縛りつけられていた。2人はヒッタイト人のはずだが、顔に記憶はない。
そこには8人の若いエジプト人女性がいた。彼女らがオレたちの手術をするらしい。彼女らの近くには鉄製の小刀が何種類も用意されていた。エジプトにも鉄の刃物があるんだ。
兵士はオレを空いている台に導き、仰向けにしてから手足の鉄枷をそのまま台の四隅にの鉤に固定してから、どこかに行ってしまった。後はエジプトの女性去勢医らしい彼女らの仕事のようだ。彼女たちはオレの下の毛を小さな刃物で全部剃ってしまった。
それからオレの陰茎の根元を細い紐で縛りつけた。
オレの鼻先に布が突きつけられ変な匂いを嗅がされた。続いて口に苦酸っぱい液体を流し込まれる。オレは何かぼや〜っとしてきた。どうやら幻覚を見る薬の一種らしい。
ほかの3人の目が空ろだったのはこのせいだったのかもしれない。
遠くから女性去勢医が近づいてくる。右手にはキラリと光る小刀を持っているようだ。その小刀がオレの陰茎の根元に当てられたと思うまもなく、オレの大事な部分はスッパリと切り落とされてしまった。
痛みは思ったほどではない。あの謎の薬が効いているのだろうか。
女性去勢医はオレの尿道に金属の棒を突っ込んできた。あの砂漠の広場で見た光景と同じだ。そのあとどうも血止めの治療をしているのかなと思っているうちに、オレは意識を失った。
目が覚めたのは2日後だった。ちょうど尿道の栓が抜かれた直後で、溜まっていた小水が噴水のように吹き出しているところだった。
それから1ヶ月間、オレたちは寝たきりだった。ずっと全裸で手足を拡げられて固定されたまま。食事を口に運ぶのも、排尿排便の始末も、あの女性去勢医たちがやってくれた。
でも言葉が分からないので、話すことは出来なかった。ひょっとしたら女性去勢医もオレたちと話すのを禁じられていたのかもしれない。
ヒッタイト人の2人とは話が出来た。彼らはやっぱり全然違う街の出身だった。オレがいずれ逃げ出す心積もりをしていることは彼らにも秘密にしておいた。
1ヶ月たって、傷も痛まなくなったころ、オレの前にイテロがやってきた。
「よく頑張ったな。もう立派なエジプトの軍人だ。今日から歩けるそうだから迎えに来た。あと2ヵ月ぐらい静養したら、正式に任官式だ。」
オレはエジプト人の服を着てから、イテロに連れられ馬車で彼の部隊の宿営地に行った。そこにはテントがたくさん張られていたが、そのうちの一つがオレの静養室に当てられた。
1週間ほどしたら鍛冶屋がやってきて、オレの両手両足の鉄枷を外してくれた。
トイレは何も無い野外で適当にする。生粋のエジプト兵たちが堂々と立小便しているのに、オレだけは小用でもいちいち下帯を外してしゃがまないといけないのは屈辱だ。その気持ちを察したのか、時々イテロが来てオレをツレションに誘っってくれて、2人でしゃがみツレションをしてくれた。
2ヶ月したらオレも普通に歩いたり走ったりできるまで回復した。ただエジプト語は相変わらずあまり分からない。会話もようやく片言だ。
イテロは時々、オレを連れて街まで出かけた。あるとき見覚えがある光景を目にした。オレたち捕虜仲間50人が集められていたとき、オレが逃げ出したところにあった神殿だ。
今日、改めて見てみると、まだ未完成らしく工事人夫が外装の作業をしている。
イテロはちょっと買い者してくるとか言って、どこかに行ってしまいオレは1人になった。ふとその神殿の入口から中に入っていく人影が見えた。
あれ?、あいつひょっとしてオレの身代りの!、と思ったらそれからのことを聞きたくなって、オレも神殿の中に入って行った。中は思ったより暗い。
どこに行ったのだろう、人違いだったのだろうかと探し回っているうちに、出口が分からなくなってしまった。後ろから何やらエジプト語の声がする。どうも怪しい人物が潜入したとか言っているようだ。
今、揉め事はまずい。そう思ったオレは奥の方に身を潜めようと駆け出した。
走っているうちに目の前に大きな壁画が迫ってきた。左右に道はない行き止まりだ。困ったなと思って壁画を触っていると、突然オレの身体が壁画を通り抜けてしまった。
抜けた先も部屋のようだ。何が起こったんだ?。と思うまもなく、目の前に2人の変った服装の人間が現れた。手に黒い棒のような武器のようなものを持っている。柄みたいな部分もあるが、剣だとしたら太くてゴツくてあまり切れそうもない。
突然現れた2人は、何か叫んでその棒の先をオレの方に向けた。
オレは、何だ?、そのヘッピリ腰の構えは?、なってないなと思って、2人の方に近寄ろうとした。
すると突然、大轟音と同時にその棒の先端から火が吹き出した。するとオレの全身に激痛が走り、オレはその場に倒れこんだ。
それがオレが覚えている最後の光景だった。
カイロ博物館奇談◆PART9(最終回)〜革命の落とし子◆はこちら
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投稿:2011.08.27更新:2021.10.21
カイロ博物館奇談◆PART8〜手術と銃声◆
著者 名誉教授 様 / アクセス 21570 / ♥ 64